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翌朝早く、綺良は神在坂へと向かった。
男から聞いた話を頼りに、「桔梗屋」という商家を探ることにした。
井戸端で年配の女に声をかけると、話好きな調子ですぐに返ってきた。
「桔梗屋のご主人? ああ、最近おかしいよ。道端でぶつぶつ言ったり、山伏みたいな得体の知れない男が出入りしてるんだって。店もずっと閉めっぱなしさ」
女は少し声をひそめる。
「でもね……ご主人も気の毒でさ。七つの娘さんが去年、流行病で亡くなって。奥さんも心労で先月逝っちまったの。身内を二人も続けて失えば……ねぇ」
桔梗屋を窺っていると、裏口から大柄な男が出てきた。
古びた法衣に数珠を下げ、頭巾を深くかぶっている。
その全身から、禍々しい気が漂っていた。
「では、今宵……」
男の低い声に、桔梗屋の主人とおぼしき人物が深く頷いた。
(あれが──呪詛を請け負った陰陽師か)
恐らく、彼らが放つのは命を代価にする呪。
最も苛烈な術で、狙われた相手は必ず死ぬ。そして、それを望んだ者もまた命を落とす。
桔梗屋の主人は、承知のうえで依頼したのだ。
「灯神敬道を殺せるなら、自分の命など惜しくない」
そう言って、陰陽師に金を積んだのだろう。
このままでは、術は燈守神社へと向かう。敬道も晴臣も、命を奪われてしまう。
(ならば……俺が受けるしかない)
呪いを引き受け、結界の内で逆に返す。
それが今の自分に残された、唯一の贖いだった。




