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灯神家の夕餉は、味噌と煮物の匂いがやわらかく漂っていた。
玲が箸を止め、思い出し笑いをしながら言った。
「今日、すごく変な人を見たんだ」
「変な人?」
晴臣が顔を上げる。
「うん。犬に吠えられててさ。髪が白くて、目が少し赤い。顔を襟巻きで覆って……ふふっ、あれで、隠せてると思ってるのかな」
その瞬間、晴臣と敬道の間に、張り詰めた沈黙が流れた。二人は、ちゃぶ台越しに鋭く目を合わせた。
「どこでだ、玲!」
晴臣の声に焦りが滲む。勢いよく膝をつき、身を乗り出した。
「石段の下。さっきだよ」
立ち上がりかけた晴臣の肩を、敬道が押さえる。
「今はやめておけ。探して見つかる相手ではない」
「でも、父さん!」
「いいから」
父の有無を言わせぬ声に、晴臣は口を閉じた。
玲はきょとんとする。
「え、知ってる人なの?」
敬道は短く息を吐き、静かに視線を落とした。
「……綺良という」
「きら……?」
玲には聞き覚えのない名だ。
「八年前、ここを出て行った。晴臣より三つ上で、今は二十二になるはずだ……」
敬道の声には、重い後悔が滲んでいた。
晴臣は目を伏せ、苦しそうに呟く。
「綺良兄……」
石油ランプの灯りが、その俯いた横顔をゆらゆらと照らした。




