【書籍発売記念SS】窓辺の灯り
本編終了後のお話です。
辺境伯領に冬が来た。
初夏に、イリスが異母妹イザベラの身代わりとして嫁いでから半年。
そのあいだに辺境伯レオンと仮面夫婦になり、協力してミントポーション作りをするうちに気持ちが通じ合い、彼の真の名前を教わり、春が来たら結婚式を挙げることになった――本当の夫婦として。
だがイリスもレオンも共に多忙で、なかなか二人の時間を取ることができずにいた。
どうやら焦れたらしいレオンは、全力で領主業の日程調整をし、辺境騎士団の魔導士たちにイリスのミントポーション作りを代わってもらい、無理矢理二人分の休日をもぎ取った。
そして今日、イリスとレオンは外出着で街を歩いている。
午後の城下町を並んで歩きながら、イリスはごくりと唾を呑んだ。
(うう……やっぱりレオン様と二人で出かけるのは緊張するわ……!)
イリスはちらりと隣のレオンを見た。
冬の陽に輝く銀の髪。すっと鼻筋の通った形のいい横顔。長身の体に上質な黒の外套がほれぼれするほど似合っている。控えめに言ってとても格好いい。
緑色の瞳がイリスに向けられた。
「どうした」
「なんでもないです」
ぱっと目をそらして即答する。
それから、ふたたびそろりと目を向けた。
レオンはまだイリスを見ていた。表情がやわらかい。一緒に出かけられることがうれしくてたまらないとでも言うように、何度もイリスが横にいることを確認しては頬をゆるめる。
その顔を見ると、緊張が溶けて消えていった。
イリスはさっきよりも少しだけレオンの近くを歩いた。
風は冷たいが、城下街は賑やかだった。
冬至の祝祭が近づいており、通りにはマーケットが立っていた。綺麗なオーナメントや、色々な形と色の蝋燭や蝋燭立て、カードなどがあちこちで売られ、道行く人々が楽しそうに買い物をしている。
心が浮き立つような雰囲気の中、レオンと一緒にあれこれと品物を眺めては他愛のないおしゃべりをした。
お腹が減ると、菓子店の軒先で売っている湯気の立つ焼き菓子を買って一緒に食べた。
冬の日没は早い。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、街は段々とすみれ色に染まっていった。
ふと、街角の家の窓が目に留まった。
通りに面した出窓に燭台が置かれ、暖かそうな蝋燭の火が灯っている。
イリスは首をかしげた。
普通、燭台はテーブルか机の上に置くものだろう。窓辺に置いても室内は明るくならない。
もしもイリスが生まれ育ったローゼンミュラー家で窓辺に火の点いた蝋燭を置いたりしたら、父親と継母から蝋燭の無駄遣いをするなとこっぴどく怒られたに違いない。
だが、よく見ると街のあちこちの家で、同じように窓辺に火が灯されていた。
不思議そうな顔をするイリスに、レオンが尋ねた。
「イリス、どうかしたのか?」
その言葉に、イリスは傍らのレオンを見上げた。
「なぜ窓辺に蝋燭が灯されているのでしょうか?」
「……たしかに王都では見かけないな。あれはこの辺りの風習なんだ。寒さの厳しい冬は、窓辺に蝋燭を灯して、見る者に少しでも暖かさを分けようという」
「暖かさを……」
その話を聞くと、窓辺の蝋燭の火がまるで自分のために灯されているように感じられ、ぽかぽかと胸が温かくなった。
まるで灯りを点けた人の優しさを受けとったようで。
だが辺境伯の居城では、一度も窓辺に火を灯しているところを見たことがない。
「お城ではしないのですか?」
「見る者がいないからな」
「なるほど……」
彼の言う通り、通行人の多い市街地とは違い、丘の上にそびえる城のそばをたまたま通りかかる者などほとんどいない。
けれど――。
イリスは思い切って尋ねた。
「レオン様、少し戻って買い物をしてもよろしいですか?」
一瞬、彼は目を瞬かせ、それからほほえんだ。
「ああ、いくらでも付き合おう」
〇〇〇
次の日。
レオンは朝早くから騎士団に向かい仕事をした。午後は街でギルド長たちとの会合。
城に帰ったのは日が落ちてからだった。
いつものように白馬に跨がったまま城門をくぐり、正面玄関へと向かう。
そのとき、レオンはいつもとは違うものを窓に認め、目を見開いた。
玄関の両隣の窓辺に置かれた、真新しい銀細工の蝋燭立てに灯る温かな光。
昨日、イリスが迷いに迷って買ったものだ。
その灯を見たとたん、朝からの仕事で張り詰めていた肩から、ふっと力が抜けていった。
馬丁に白馬を預けて城の玄関ホールに入ると、待ちかねたようにイリスが笑顔で出迎えた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
言いながら、レオンはイリスの体にそっと腕を回した。
外の空気を纏う冷えた体にイリスは少し驚いた顔をして、それから、ぎゅっと背中を抱き返した。
その茶色の髪に、レオンが顔を埋めた。
ぽつりとつぶやく。
「いいものだな……温かい家に、誰かが待っていてくれるというのは」
イリスはうれしそうにほほえんだ。
「はい」
レオンとイリスは寄り添って食堂に行った。
暖炉が赤々と燃え、テーブルの上には料理人たちが腕によりをかけた夕食が並んでいる。
席について食事をしながら、今日あった出来事を互いに教えあう。
どんなささいなことでも二人は相手の話に耳を傾け、相槌を打って言葉を交わし、笑いあった。
その頃、城の前では仕事終わりの馬丁が玄関の窓の灯を見て笑みを浮かべ、軽い足どりで家に帰っていった。
冬の空には宵の星がきらきらと光っていた。
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