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身代わり花嫁の幸せガーデニングライフ  作者: 岩上翠


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26.イザベラは今

 修道院長の長い祈りを聞きながら、修道女姿のイザベラは、堅苦しいウィンプルとトゥニカを脱ぎ捨てたい衝動と必死に戦っていた。


 イザベラがこの女子修道院に放り込まれたのは二日前のこと。

 ここは辺境伯領の北端だ。

 領地の中でも、まるで王都のように華やかな中心部とは違い、まさに辺境らしい寒々しい荒野。

 そのど真ん中に建つ、古くてあちこちから隙間風の吹く石造の修道院である。


 初めてイザベラがこの修道院を見たときは、何かの冗談かと思った。

 こんな寂しくて陰気な場所に、王都では常に話題の中心にいたこの自分が幽閉されるはずがない。

 だが文句を言いたくても、両親はどこにもいない。

 今ごろはレオンとの契約を果たすために、辺境伯領西部の魔石鉱山で働いているはずだった。



 ○



 異母姉と入れ替わろうと、イザベラが両親とともに辺境伯領へ乗り込んだのは、もう一か月以上前のことである。

 その結果、ローゼンミュラー伯爵夫妻と娘のイザベラは、レオン・シュヴァルツ辺境伯の命令で騎士団に捕らえられた。

 地下牢に放り込まれ、わけがわからないまま釈放を待つ。

 いや、いくらイザベラでも、ここへ来たのは失敗だったということは薄々わかっていた。


 偽の手紙で呼び出され、あの廃教会へ現れたイリスは、王都にいた頃とはまるで別人のように堂々としていた。

 なぜかイリスのそばにいた庭師のヘルマンも、やたらと派手な赤いドレスの女も、ぞろぞろと付いてきていた護衛たちも、みんなイリスに味方していた。

 そして申し合わせたように本物のイザベラをニセモノ扱いし、身代わりのイリスの方を「イザベラ」と呼んで大事にしていたのだ。


 ここの連中は皆、どうかしている。


 しかもイリスは恐ろしい鳥の魔物相手に毒をまき散らし、最後に現れた辺境伯に至っては、まるで彼自身が悪魔であるかのような強さで魔物を一刀両断にした。

 魔物の首を見て気絶したイザベラは、気がつくと地下牢にいた。


 どうかしている。

 こんなこと、現実なわけがない。


 暗くじめじめした独房に何日も閉じ込められ、ようやく外へ出された。

 騎士団庁舎の狭い一室へ連れて行かれる。

 そこで久しぶりに会った両親は別人のようにやつれ、一気に老け込んでいた。


「お父様、お母様、こんなところはうんざりよ! 早く王都へ帰りましょう!」


 会うなりそう叫んだイザベラに、父は疲れた顔で言った。


「……もう王都には帰れん。帰ったらどうなるか……」

「な、何を言ってるのよ、お父様? どうにかなるでしょう? またどこかからお金を借りればいいじゃない!」

「どこが貸してくれると言うのよ……借りてはいけない相手からも借りて、踏み倒してしまったのに……」


 そうつぶやく母はまるで生きた亡霊のようで、イザベラは怖くなった。

 父も生気のない声で説明する。


「ザイフェルトというしつこい借金取りがいただろう……あいつは裏の世界に顔が利くらしくてな……地の果てまで追いかけ、金を取り立てることで有名なんだそうだ。もし金を払えなければ、他のどんな方法を使ってでも……」


 イザベラは青ざめて、ごくりと唾を呑んだ。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 ただ、素敵なドレスを着て、楽しく暮らしたかっただけなのに。

 他の貴族たちと同じように────。


 そこまで考えて、ふと気がついた。

 王都の貴族たちは、誰もかれもがいいドレスを着て遊び暮らしていたわけではない。

 同じドレスを工夫して着回し、夜会の開催は滅多にしないし、呼ばれても毎回は参加しないという、慎ましい貴族もいた。

 イザベラは派手好きな仲間たちと一緒になって、そんな貴族を「貧乏くさい」と裏で馬鹿にして嘲笑っていた。

 だが、今はどうだろう。

 そうした慎ましい貴族たちは王都で堅実に暮らし続け、享楽にふけっていたイザベラの一家は辺境で借金取りに怯えている。


「……っ、でも、イリスお姉様がいるじゃない! 辺境伯に言って、ザイフェルトなんてどうにかしてもらえばいいわ! それからお金を貸してもらって……」

「イザベラ、聞きなさい。もう、貴族には戻れないんだ」

「……え?」

「私たちは、イリスには二度と接触しないと辺境伯に誓約書を書かされた。その上で名前を変えて十年のあいだ、私たち夫婦は魔石鉱山での労働、おまえは修道院での清貧な生活をすることを条件に、ザイフェルトから命を守ってもらうことになった。これでも破格の条件なんだ。辺境伯の手紙を偽造し、辺境伯夫人を連れ去ろうとした罪だけでも、本来なら三人とも極刑を受けねばならないそうだ……」


 言葉を失い、イザベラは父を見つめた。

 これは悪夢か何かだろうか?

 どうしてこんなことになったのだろう?


「……い、嫌よ、そんなの……そうだわ! フロリアンを呼んで……」


 だが、愛していると言ってくれたフロリアンは他の女と浮気していて、イザベラは彼をひっぱたいて婚約破棄を突きつけたのだった。


「じゃあ、イリスお姉様……お姉様ならきっと助けてくれるわ!」


 凶暴な鳥の魔物からかばってくれた異母姉の背中を思い出し、イザベラは叫んだ。

 だが父は疲れ果てたように言った。


「……この条件を辺境伯に通してくれたのは、イリスだ……辺境伯は元々、問答無用で私たちを死罪にするつもりだったそうだ…………」


 今度こそ、イザベラは顔面蒼白になって黙りこんだ。



 ○



 そして今、イザベラは隙間風の吹く礼拝堂で、まだ続いている修道院長の長い祈りを聞きながらギリリと奥歯を噛んでいる。


(……いくら命が助かったからって、こんなところに十年もいられるわけがないでしょう!? 結婚だってできないし、なんの楽しみもないわ!)


 小さな窓の外に広がる荒野を憎々しげににらむ。


(今ごろイリスお姉様はお城にいて、美味しいものを食べて綺麗なドレスを着ているっていうのに……!)


「アメリーさん、どうしたのですか?」


 気がつけば祈りを終えていた修道院長が目の前に立っていた。

 他の修道女たちの視線もイザベラに集まっている。

 いや、イザベラはとっくに「イザベラ」ではなくなっていた。

 もう「イリス」ですらなく、今は修道女「アメリー」としてここにいる。

 名前を捨て、僻地の修道院にでも隠れなければ、執念深い追手からは逃れられないのだそうだ。


「……いえ、なんでもありません」

「そうですか。それではみなさん、()へ参りましょう」


(えっ?)


 畑、とはなんだろう。

 疑問に思いながらも、ぞろぞろと動きだした他の人たちと一緒に、イザベラも移動する。


(嘘でしょう……)


 裏口から出た先に広がっていたのは、言葉通りの畑だった。

 綺麗に畝が作られ、色々な種類の野菜が育てられている。

 どうやらこの修道院では野菜を自給自足しているらしい。


「さあ、神に感謝をささげ、作業をしましょう。アメリーさんはこちらへ」

「あ、はい……」


 カボチャ畑らしきところへ、修道院長にぐいぐいと連れて行かれる。

 短い麻紐を何本か渡され、命じられた。


「この紐で、カボチャの蔓を支柱に巻きつけてください」

「…………」


 なぜ、この自分が、明らかに平民出身の修道院長からこんなくだらない作業を命令されなければならないのか。

 イリスじゃあるまいし、庭仕事などまっぴらごめんだ。

 不満に思ったが、この修道院の最高権力者は彼女だ。

 逆らって目を付けられるのは得策ではないので、愛想よく笑って、はぁいと返事する。


 だが、紐を巻き付けようとカボチャに近づいたら、何かが足元で蠢いた。


「ん?」


 視線を下へ向けると、イザベラの布靴のすぐそばに、太ったミミズがうねうねと動いている。


 イザベラはミミズがこの世で一番嫌いだった。


「……ギャ────ッ!!」


 静寂をつんざく悲鳴に、修道院長が何事かと戻ってくる。


「どうしたのですか、アメリーさん」

「あ、あ、あれがっ……」


 名を呼ぶのもゾッとするその生物を指さし、涙目で修道院長に訴えかける。

 修道院長はミミズに目を留めると、ああ、とつぶやいた。

 そして慈悲深いほほえみを浮かべた。


「ミミズも神がお造りになった大切な命です。土も豊かにしてくれますし、大事にしてくださいね」

「………………っ!」


 イザベラは心に誓った。


(絶対に、絶対に、こんなところ出ていってやる…………!!)




 はたしてイザベラが修道院で清貧な生活を送り改心するのか、それとも耐えきれずに逃げだすのか。

 それは、神のみぞ知ることだった。

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『お針子令嬢と氷の伯爵の白い結婚』

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