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身代わり花嫁の幸せガーデニングライフ  作者: 岩上翠


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21.手紙

 次の日になっても、さらにもう一日が経っても、まだレオンは魔物討伐から帰還しなかった。


 イリスは毎日窓から外を覗いては、夫であるレオンの無事を祈った。

 市街を囲む高い城壁の外側には深い森が広がっており、何が起きているのかはまるでわからない。

 ただ、ときおり森の中から黒い煙が上がっていた。

 それが救援を求めているサインのように見えて落ち着かなくなる。

 レオンが殺しても死なないような手練れの騎士であることは知っているが、もしも彼の身に何かあったらと思うと、イリスはいてもたってもいられなかった。



「バートンさん、私、城壁の外の辺境騎士団に追加のミントポーションを届けに行きます」


 分厚い上着を着て、両腕にぎっしりとミントポーションの入った籠を提げて、イリスは玄関ホールで執事のバートンにそう言った。

 バートンは全力で止めた。


「奥様、どうか落ち着いてください。おそれながらそれはおやめになった方がよろしいかと」

「でも……」

「旦那様より留守中の奥様の安全には重々気をつけるようにと念を押されております。それに、むやみに戦闘中の場所に近づくのは危険です」

「だけど、こんなに討伐が長引くなんて……」


 そばにいた侍女のベスが、イリスの右腕から片方の籠をそっと取った。


「夏なのに厚着をしてどこへ行かれるのかと思ったら、そういうことだったのですね。僭越ながら私も反対です。旦那様は魔物討伐には慣れていらっしゃいますし、非常にお強いので、きっとすぐに無事にご帰還されますよ」

「それはそうかもしれないけど、もしかしたら森の中で大怪我をして動けないのかも……」


 通りかかった庭師のヘルマンは一目で状況を理解したらしく、イリスのもう片方の籠をさっと取った。


「奥様、旦那様に重傷を負わせるような魔物がいたとして、その魔物に襲われたらあなたは逃げ切れますか?」


 そう言われるとぐうの音も出なかった。

 けれども、そんな恐ろしい魔物と戦っているレオンのことが余計に心配になる。

 自分は安全な城壁の中の、さらに一番安全な丘の上の堅固な城の中にいるのでいたたまれない。

 バートンが優しく諭した。


「奥様がご無理をしてお怪我でもされたら、旦那様はご自身がお怪我をされる以上に、深く悲しまれると思います」


 イリスはとうとう諦めた。

 自分がうかうかと城壁の外へ出て魔物に襲われでもしたら、その方が迷惑になるだろう。


「……わかったわ。それではせめて、このミントポーションを辺境騎士団の詰所に届けてもらえないかしら? 少しでも足しになるように」

「かしこまりました」


 詰所は城壁内にあるので、魔物に襲われることはないだろう。

 すぐにバートンがフットマンたちに指示を出し、二つの籠は運ばれていった。

 ぎゅっと両手を握り合わせてそれを見送るイリスに、ベスが優しく声をかける。


「大丈夫ですよ、奥様。少し長引いているかもしれませんが、魔物の巣を見つけて駆除しているのかもしれませんし、ついでに足を延ばして他の地域も見回りをしているのかもしれません」

「……そうね、ベス。ありがとう」


 固く強張っていた心が、彼女の言葉でほぐれていった。

 少し落ち着いて周りを見れば、自分を気遣い、励ましてくれる人たちがいる。


 実家では味方はヘルマンだけだった。

 けれども、今のイリスはレオンの妻で、シュヴァルツブルク城の女主人だ。

 頼りになる人たちがたくさんいるし、自分もその人たちのためにしっかりしなければならない。


 きっとレオンも辺境騎士団の人たちと協力して魔物討伐をしているのだろう。

 手こずっているのかもしれないが、必ず帰ってくる。

 今はそう信じるしかない。


 気を落ち着け、普段通りに庭園へ行き植物の世話をしようと歩きだしたところで、何かを持ったメイドが足早に近づいてきた。


「奥様、お手紙が届いております」

「お手紙? どなたからかしら」


 差出人はレオン・シュヴァルツとなっていた。


(……え?)


 心臓がどくどくと早鐘を打ちだす。

 封蝋はないし、流麗なはずの彼の筆跡も乱れている。

 だが戦場からの手紙だと思えば不思議はない。


 仕事に戻ろうとしていたヘルマンたちも、足を止めてイリスのそばへ来た。

 彼らに見守られながら、イリスは震える指で封を開いた。




《イリスへ

 深手を負い街外れの廃教会にいる。

 すぐに来てくれ。

              レオン》




 本物だろうか?


 イリスには手紙の真贋の区別はつかなかった。

 ヘルマンとバートン、それからベスにも手紙を見せたが、誰も確証は持てないようだった。

 メイドに誰が手紙を持ってきたのか尋ねると、郵便受けに入っていたということだ。

 辺境騎士団の誰かが持参したというわけではないらしい。


 そもそも手負いの騎士団長がなぜ街外れの廃教会に?

 そしてなぜ安全に気をつけろと命じておいて妻を呼びつけるのだろうか?

 かなり怪しい。

 じわりと嫌な予感もする。


 だが万に一つでも本物の可能性があるなら、イリスには行かないという選択肢はなかった。


「廃教会へ向かおうと思います」


 使用人たちにそう告げると、今度は反対の声は上がらなかった。

 皆、怪訝に思っているのがひしひしと伝わってくるが、レオンが書いた可能性も捨てきれない以上は対応が必要だ。

 てきぱきと準備が進められる。


「奥様、城の警備の者たちを護衛として同行させます。決してご無理はなさいませんよう」

「はい、バートンさん」

「奥様、万が一のためにドレスの下に着用する防護服をご着用ください。先代夫人のものが残っておりますので」

「そ、そんなものがあるの? わかったわ、ベス」

「奥様、及ばずながら、このヘルマンもご一緒いたします」

「ありがとう、ヘルマンさん」


 こんなにも頼りになる存在がいることが心強い。

 もう自分は一人ではないのだ。


 瞬く間に準備が整った。

 いざ出発しようとなったそのとき、メイドが来客を知らせた。


「ごきげんよう、イザベラさん。新しいカタログをお届けに参りましたわ!」


 秋冬物のドレスカタログを手に笑顔で入ってきたのは、鮮やかな洋紅色(カーマイン)のドレスを着たオリヴィア・リースフェルトだった。


 情報通のオリヴィアもレオンの不在を知っているはずだった。

 意外と面倒見のいい彼女は、夫の心配をしているだろうイリスを元気づけようとして来てくれたに違いない。

 胸にじんわりとした温もりを感じながらも、イリスは困ったようにほほえんだ。


「ありがとうございます、オリヴィアさん。ですが、今はちょっと取り込んでまして……」

「あら、どうなさったの?」


 レオンの幼馴染である彼女には、手紙を見せた方がいいだろう。

 そう判断して筆跡を見てもらったが、やはり本物かどうかはわからないということだった。

 だが、彼女は即断した。


「そういうことでしたらわたくしも同行いたしますわ。手は多い方がいいでしょうから」

「オリヴィアさん……ですが、危険かもしれません」


 オリヴィアは美しい笑みを浮かべた。


「まあ、貴女はリースフェルト商会をなんだと思ってらっしゃるの? これでも危険には慣れっこですわ」


 彼女がスッと合図をすると、衣装箱を運んでいた部下たちがすぐさま荷物を下ろし、隠し持っていた暗器を構えた。

 その隙のない佇まいで、彼らがただの商会の従業員ではないことを理解する。

 リースフェルト商会は決して敵に回してはいけない相手のようだ。

 イリスは協力してもらうことに決めた。


「ありがとうございます、オリヴィアさん。それではよろしくお願いいたします」

「うふふ、任せてくださいな」


 そして、大所帯となった一行は、二台の馬車で廃教会へと向かった。



 ○



 城下町の外れにある、今は使われていないさびれた教会の前に馬車が停まったのは、空が黄昏に染まる頃だった。

 真っ先に馬車から降りたイリスに続き、ヘルマンと数名の護衛たちも足音を殺して降り立つ。

 オリヴィアも少し後からついてきてくれた。

 当然彼女の部下たちもだ。

 ベスも同行していたが、何かあったときのために馬車に残ってもらった。


 護衛たちがしのびやかに建物に近づき、配置に着く。

 西日の差さない東側の窓から内部を確認し、礼拝堂の祭壇付近に三人の貴族らしき人物がいることを報告した。

 嫌な予感が当たりそうだ。


 イリスはヘルマンに付き添われながら扉の前まで進んだ。

 ごくりと喉を鳴らし、厚手のレースの手袋を嵌めた手で、古い扉の取っ手をつかむ。


 ゆっくりと扉が開いて、薄暗い礼拝堂に夕方の光が差し込んだ。

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