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身代わり花嫁の幸せガーデニングライフ  作者: 岩上翠


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13/27

13.初めてのデート②

 そこは貴族御用達の、黒光りする鉄のアーチに蔦が絡まった、どっしりと風格のある店だった。

 貴族令嬢とはいえ高級レストランになど入ったことのないイリスは、内心圧倒されながら門をくぐった。

 しかもレオンによると、ここも本来は店休日なのだが、せっかくの機会なので貸し切りの特別営業をしてもらっているというではないか。

 今日何度目かわからない、「もっといいドレスを着てきたかった……」という思いをどうにか振り払う。

 だが今さらじたばたしてもどうしようもない。

 せっかくなので、高級レストランを楽しむことにした。


「素敵なお店ですね」


 店内も内装や雰囲気が素晴らしく、席に着きながら心からそう言った。

 椅子を引いてくれたレオンは頬をゆるめた。


「ああ。父が好きだった店なんだ」

「お父様が……」


 レオンの父、ハインリヒ・シュヴァルツ前辺境伯は、数年前に亡くなっている。

 代替わりの際に起きた血なまぐさい出来事を乗り越え、レオンが辺境伯の地位を受け継いだというのは執事のバートンから聞いたが、ハインリヒの死因やレオンとの関係などをイリスは知らない。

 けれど、レオンのまなざしからは、亡き父とのあいだに温かな絆が存在したことがすぐにわかった。


 イリスは父親に対していい思い出がまったくないのでうらやましくなった。

 ボロを出さないようになるべく自分の話を避けながら、食事のあいだ、レオンの父についてあれこれと聞いてみた。


 ハインリヒは厳しくも優しい父親だったらしい。

 運営の難しいこの領地を多くの敵から守りながら、レオンを強く賢く育てた。

 だが、政略結婚の妻とはあまり折り合いが良くなかったそうだ。

 地方貴族の娘だったカトリンは、レオンを産んだあとシュヴァルツブルク城を出て、今は別居しているという。


「俺の母は派手好きで、王都から多くの店や職人を誘致したんだ。昔はこの辺りは何もない田舎だった。それがここまでの街に発展したのは、ある意味母が一役買ったとも言えるが……」

「お母様はすごい方なのですね」


 イリスは感心した。

 実際、ひと昔前まで、この辺境伯領は本当に辺境だったのだろう。

 イリスの父、ローゼンミュラー伯爵が辺境伯領をド田舎の何もない荒野だと言っていたのは、その頃のまま情報が更新されていなかったせいだろう。伯爵は情報収集には熱心ではなかったから。

 だが実際は、一人の派手好きな女性のせいで、王都にも引けを取らない都会に発展していた。

 レオンの母カトリンは、ものすごいパワーと影響力を持った人物のようだ。

 だがレオンは、苦いものでも飲んだかのような顔で言った。


「だが、どうしようもなく遊び好きな人なんだ。城にじっとしていられず、俺を産んだらすぐに出ていった。息子の俺も、彼女が今どこにいるかはわからない」

「……すごい方ですね……」


 イリスはまた別の意味で感心した。

 レオンはひゅっと眉を上げた。


「他人事のように言うんだな。きみも同類だと思っていたが」


 ワインを飲みかけていたイリスは激しくむせた。

 慌ててレオンが席を立ち、イリスの背中をさする。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫、ですわ……ゲホッ……」


 咳が治まると、イリスはつんと鼻を上に向けた。


「私は、ミントポーション作りが軌道に乗るまで大人しくしようと思っているだけですわ。それが落ち着いたら……」

「……俺の母のように遊び歩くと?」


 間近で、子犬がすがるような目で見つめられる。

 イリスは二の句が継げなくなってしまった。

 背中に回された大きな手に、グッと力がこもる。

 一瞬、レオンは何か言いたげに顔を近づけたが、思い直したように離れ、自分の席に戻った。


「すまない……束縛するつもりはないんだ。きみは好きにふるまってくれて構わない」


 彼は感情を削ぎ落したような顔でそう言うと、あとは黙って食事を続けた。

 イリスも食事に集中しようとした。

 けれど、背中に残った手の感触とさっきのレオンの寂しげな瞳が、頭から離れなかった。


 そうこうするうちに歌劇の時間が近づいてきた。

 気まずいままレストランを出て、二人は劇場へ向かった。



 ○



 レオンが足を踏み入れるなり、劇場の支配人らしき男性が笑顔でやってきて挨拶を述べた。


「これはこれは領主様! お運びいただけるとは光栄の極みでございます!」


 顔パスでVIP席に入れそうな雰囲気だ。

 しかし、レオンは生真面目にチケットを出して支配人に渡した。

 支配人はにこやかにレオンとイリスを案内した。

 だが、三人が通っているのは観客席への道ではなく、関係者用の通路のようだった。


「まだ開演まではお時間がございます。ぜひとも領主様と奥方様に、当歌劇団の歌姫にお会いしていただきたく」


 支配人が揉み手をしながらそんなことを言う。

 こういうことはよくあるのか、レオンはどこか面倒くさそうだったが、イリスの胸は高鳴った。

 初めての歌劇鑑賞で歌姫に会えるなんてとんでもない幸運である。

 一度も行ったことはないが、王都の劇場では主演をつとめる歌姫の人気はすさまじいらしく、チケットは即完売、終演後は毎回出待ちの列が大通りにまで長く伸びるという話だった。


 楽屋に着き、支配人がドアをノックして開ける。

 壁の鏡の前に座っていた女性がこちらをふりむいた。

 白鳥のような真っ白の衣装に、金髪に挿した羽飾り。

 彼女のあまりの美しさに、イリスは息を呑んだ。


 だが、立ち上がって挨拶をしようとした彼女は、ケホケホと咳をした。

 支配人が顔をしかめる。


「なんだブリジット、風邪でも引いたのか? この繁忙期に」

「すみません……ここのところ公演が立て続けにあって……」

「それをうまくこなすのがプロだろうが」


 チッと舌打ちした支配人が、レオンとイリスの存在を思い出したように慌てて笑みを浮かべる。


「どうも失礼いたしました、領主様、奥方様。こちらが当劇場が誇る歌姫のブリジットでございます」

「はじめまして、ブリジットと申します。領主様ご夫妻にお目にかかれて光栄です」


 白くほっそりとした手を差し出すブリジットの声はやはりかすれていた。

 握手しつつも、イリスは心配になった。


(こんな声で舞台に立って歌うことなんてできるのかしら?)

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