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身代わり花嫁の幸せガーデニングライフ  作者: 岩上翠


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11.レオンからの誘い

 イリスがシュヴァルツブルク城へ来て一か月が経った。


 これまでにイリスが作った小瓶入りのミントポーションは、まず辺境騎士団に支給され、前線で戦う騎士たちによって使い心地が試された。

 最初は「不味くないポーションだ!」と現場で熱狂的に大歓迎されたのだが、使われていくうちに「甘過ぎる」という意見が多くなった。そもそもがミントシロップの原液なのだから無理もない。


 そこでイリスは、砂糖を半分に減らしたバージョンを作ってみた。

 ミントジュースのようなものだが、これから夏場に向かうというのに、糖分が少ないとどうしても保存がきかない。

 頭を悩ませたイリスだったが、レオンが兵站部隊(へいたんぶたい)に冷蔵機能の付いた魔道具を配備させることで解決した。

 すっかりミーティングの場と化した夕食の席でそうしたことを報告し合い、解決策を提示してくれるレオンは、とても頼もしいパートナーだった。


 魔導士隊によるミントポーションへの回復魔法の付与も、道筋が見えてきた。

 イリスが毎日遅くまで勉強し魔法理論の理解を深めたことが功を奏したのか、段々と魔導士たちへの説明がスムーズになっていったからだ。

 もともと騎士団の魔導士たちはこの地方の生え抜きのエリートということもあり、一度感覚をつかむとあとは速かった。

 魔導士どうしであれこれ話し合い、試行錯誤を繰り返す。


 そして、ついに魔導士たちもミントポーション作りに成功した。

 さらにこの成果をレポートにまとめ、騎士団で共有して、量産化に向けて本格的に動き出すらしい。


「イザベラ様のおかげです、ありがとうございます!」


 魔導士のリーダーは、いい笑顔で礼を言った。

 こちらこそ、とほほえみながら、母の遺したレシピがイリスの手を飛び越えて広がっていくことがなんだか不思議で、感慨深かった。



 ◯



 そんなある日の夕食の席のこと。

 いつも冷静沈着で余裕たっぷりのレオンが、なぜかいつになく落ち着かない様子だった。

 イリスの報告にも上の空のようだし、同じ内容を二回も説明するに至って本気で心配になってきた。

 そういえば、今日はすっかり習慣になった午後のハーブティーの時間にも、心ここにあらずといった顔をしていた。

 毎日ティータイムと称して休憩時間を取ってもらい、カモミールティーやミントティーを一緒にゆったりと飲んでいるおかげか、彼の目の下のクマも薄くなってきたようで喜んでいたのだが。

 イリスは食事の手を止め、レオンに尋ねた。


「あの……レオン様、もしかして何か問題でもあったのですか?」


 ミントポーションのことに限らず、辺境伯領主であり辺境騎士団長である彼は常に山ほどの懸案を抱えていることだろう。

 だがレオンは軽く首を振った。


「いや、何も問題はない」

「そうですか……」


 それではどうしたのだろうと思っていたら、彼はカトラリーを置き、改まってイリスに向き直った。


「イザベラ」

「は、はい」


 普段は滅多に彼から名前など呼ばれないので、たまに呼ばれると心臓に悪い。

 しかもその名前は、本来自分のものではないのだ。

 そんなことは知らないレオンは、どこか緊張したような険しいまなざしをイリスに向け、口を開いた。

 

「……歌劇は好きだろうか?」

「えっ? 歌劇って、あの歌劇ですか? 俳優たちが舞台で歌ったり踊ったりする?」

「そうだ」


 イリスは考え込んだ。

 新しいビジネスの話だろうか。

 次はミントポーションを歌劇団に売り込みたいとか?


 そういえば、城下町には大きな劇場があった気がする。

 王都にいた頃は家族から虐げられていたイリスは、イザベラと両親が歌劇に行くときも一度も連れて行ってはもらえなかった。

 だからとても興味はあるが、どんなものかはわからない。

 だが、今のイリスはイザベラの身代わりとして、好きかどうかを答えなければならない。

 異母妹の言動を必死に思い出しながら、自分の茶色い髪を指で弄び、どちらとも取れる返事をした。


「そうですわねぇ……まあまあでしょうか」

「そうか。チケットが二枚あるのだが、きみが興味がないなら捨てるとしようか」

「ぜひ行きたいです」


 姿勢を正しきっぱりと告げる。

 レオンは面食らったようだった。


「いや、無理をする必要は……」

「無理などしておりません。今思い出しましたが、歌劇は大好きなのです」

「……そうか。では、週末に行こう」

「はい、楽しみです!」


 うれしそうなイリスを見たレオンは、その日初めてやわらかい表情を浮かべた。

 さきほどの険しさとは真逆の、とろりと甘いまなざしを注がれる。

 今度はイリスが、なんだかそわそわと落ち着かなくなった。




 週末が近づくと、イリスは歌劇に着ていく服のことで悩んだ。

 と言っても手持ちのドレスは三着しかない。

 そのどれかを着ていくしかないのである。

 だが、曲がりなりにも辺境伯夫人が、さんざん着古したドレスで劇場というきらびやかな社交の場に出ていいものだろうか。


 しかも自分は遊び人のイザベラとしてここにいるのだ。

 仕草や表情を真似る努力はしているつもりだが、今のところ、異性との華々しいロマンスなどは生まれていない。

 なにしろ使用人たちも魔導士たちもかなり真面目な人々なのである。

 だからこそ、信用が大事なその職業に就けたとも言えるが。

 そしてイリスも真面目な性格だった。

 一見良いことのようだが、男遊びで有名なイザベラのはずなのに、浮き名も流さずオシャレもしないとあっては、レオンに怪しまれてしまいそうだ。


「でも、すぐに新しいドレスなんて手に入らないものね……仕方がないわ。今回はこのドレスで行きましょう」


 少しでもましなドレスを手に取る。

 今まではがむしゃらに仕事をしていてドレスのことなど気にならなかったが、イリスは生まれて初めて、見た目も素敵な女性になりたいと思った。

 だって、見目麗しく有能な領主のレオンと一緒に街へ行くのだ。

 夫人である自分がみすぼらしい格好をしていたら、彼の足を引っ張ってしまうことになる。

 それに────レオンにも失望されてしまうかもしれない。


 そう思うだけで、イリスの胸はきゅっと苦しくなった。

 あんなに誠実で頼もしいビジネスパートナーのレオンを、がっかりさせたくないのに。


 その中には「レオンに綺麗だと思われたい」という気持ちも何割か混ざっていた。

 けれど、イリスはそのことに気がつかないふりをした。

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