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身代わり花嫁の幸せガーデニングライフ  作者: 岩上翠


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10/27

10.仕事の合間に

 ミントポーションの商品化が本格的に進み、イリスは毎日、シュヴァルツブルク城の庭園で忙しく働いていた。

 ミントを収穫して運ぶのも、洗浄も、葉を取るのも自分でやるし、各種ミントの世話も手ずから行った。


 庭師のマックスとヤンは「そんなことはわしらがやりますので!」と止めようとするのだが、イリスにとって植物の世話をすることは息をするように自然なことだったし、品質管理という意味でも自分でやりたかった。

 それだけでは物足りなくて、こっそりと他のエリアでも目についた雑草を抜いたり、害虫を駆除したりしていることは秘密だ。


 ゼールラント王国の北東に位置する辺境伯領の気候は寒冷で、土壌は砂質だ。

 植物の栽培には少し厳しい環境だったが、丈夫なミント類はどこに植えられていてもすくすくと育つ。

 イリスは実家の庭園よりも水やりを控え、肥料を少し足した。

 それに応えるように、実家よりも風味の強い爽やかな香りのミントたちは、元気に葉を茂らせて大きくなっていった。




 辺境伯夫妻の夕食の席は、ミントポーションについての打ち合わせの場となりつつあった。

 レオンがサンプルを領内の有力者に配ったことを伝えれば、イリスもミントの生育状況を彼と共有する。

 イリスが自分でミントの世話をしたいと頼んだときには、彼は渋い顔をしつつも許可してくれた。


「……わかった。だがくれぐれも無理はしないように」

「はい!」


 元気に返事をしてから、遊び人の異母妹イザベラはこんな反応はしないわ、と気がつく。


「レオン様って、本当にお優しいのですね」


 イザベラを真似て上目遣いにほほえんでみる。

 言葉自体は本心だが、仕草はぎこちない。

 目を潤ませたくてぱちぱちと瞬きをするのだが、あまりにも不慣れなので、目にゴミが入ったのかと勘違いされそうな気がする。

 こんなとき、レオンはいつも一瞬だけ妻に見入る。

 だがすぐに視線をそらして、仕事の話を再開させるのだった。




 魔導士たちへの技術供与も、少しずつ道筋が見え始めてきた。

 庭仕事を終えたイリスは、毎晩城の図書室へ行き、魔法理論について調べていた。

 感覚ではなく、理論として魔導士たちに伝えられたら、ミントポーションの大量生産もうまくいくのではないかと思ったからだ。


 イリスは学校に通えず、優秀な母に教わったとはいえ独学でしか魔法を勉強してこなかった。

 そのため基礎からの勉強は大変だったが、楽しくもあった。

 城の図書館も自由に使っていいとレオンに許可をもらったイリスは、夜中まで猛勉強をした。


 目をしょぼしょぼさせながら深夜に自室へ引き上げようとすると、途中にあるレオンの執務室からは、いつも明かりが漏れていた。

 彼も毎日、イリス以上に夜更かしをして仕事をしているらしい。

 そういえばレオンは美しく整った顔立ちをしているが、目の下には常にうっすらとクマがある。

 

「辺境伯のお仕事は忙しいのね……」


 暗い廊下で、イリスはつぶやいた。

 王都にいたころは知らなかったが、この辺りはのどかな田舎などではなく、帝国や賊や魔物から王国を守る要衝である。

 周辺地域の主要都市間の交易路にもなっており、シュヴァルツブルク城近辺は商業的にも大いに賑わっている。

 昼間はこの執務室を領内の重要人物たちがひっきりなしに訪れるし、レオンの部下たちもせわしなく出入りしている。


 ちなみに、二日に一度は真っ青な顔で胸を押さえた人や、半泣きの人が執務室からよろよろと出てくる場面を目撃する。

 レオンの怒鳴り声は一度も聞いたことがないのだが、室内では氷の刃のような言葉で彼らの心を串刺しにしたりしているのだろうか。ちょっと怖い。


 さらにレオンは辺境伯としての仕事のみならず、辺境騎士団の騎士団長も兼任しているのだ。

 ミントポーション開発を担当する魔導士だけでなく、騎士たちも執務室を訪れることがあるので、イリスもそのうちの何人かとは顔見知りになった。

 レオンもさすがに実務は副団長たちに任せているのだろうが、激務であることに間違いはない。


 イリスに「無理をするな」と言うくせに、自分は深夜を過ぎても仕事をしているレオンのことが心配になってきた。

 仮面夫婦だから、あまり干渉するべきではないのだろうけど……。


「……ビジネスパートナーでもあるんだもの。体調を気遣うくらいはいいわよね?」



 ○



 翌日。

 イリスはいつもの仕事を終えると、小さな籠を腕に提げた。

 木の剪定をしていたマックスとヤンに断りを入れ、庭園の一角にあるカモミールの花畑へ向かう。

 そこには一面に、白と黄色の可愛らしい花が咲いていた。

 イリスはかがんで、カモミールの花を摘み始めた。




 一時間ほど後、ティーワゴンを押して廊下を歩いていたイリスは、レオンの執務室の前で止まった。

 耳を澄ますが、今は来客はないようだ。

 緊張しながら一度深呼吸をする。

 ノックをしようとした瞬間、この部屋から死んだような顔で出てくる人々の姿を思い出し、背筋がひやりとした。


(……邪魔をするなと怒られたら…………いえ、それでもいいわ)


 彼にはなんとしても休憩が必要だ。

 勇気を出してノックする。

 入室の許可が出て、イリスは中に入った。


 レオンは眉間にしわを寄せながら、机で書類仕事をしていた。

 イリスとティーワゴンに気がつくと、いぶかしげに尋ねる。


「何事だ?」

「あの、突然すみません。お茶でもいかがでしょうか」

「お茶……?」


 彼の眉間のしわが深くなる。

 執事のバートンによると、レオンはいつも午後のお茶を飲まないらしい。

 そんな時間があるなら仕事を片付けたいのだろう。

 断られたら瞬時に退室しようと思いながら、イリスは早口で説明した。


「さきほど、庭園でカモミールの花を摘みました。カモミールティーにはリラックス効果や消化促進効果、その他にも色々な体に良い効果があるんです。ですから、お仕事の合間に飲んでいただけたらと思いまして」


 レオンはおもむろに立ち上がり、イリスのそばまで来て、ティーワゴンを覗いた。

 いつもより距離が近くて緊張する。

 すぐそばの壁には、彼の長剣が立てかけてある。

 あれで敵を血祭りにあげてきたのかと思うと、後ずさりしないでいるのに精いっぱいだ。

 だが、レオンは穏やかな声で言った。


「……いただこう」

「! はい!」


 イリスは張り切ってフレッシュカモミールティーの用意をした。

 ティーポットにカモミールの花をたっぷりと入れて、魔道具のポットから熱湯を注ぐ。

 蓋をしてカバーをかけてから、五分間蒸らす。

 そのあいだに、応接テーブルにティーカップとソーサーを一人分置いた。


「きみの分は?」


 立ったまま腕組みをしてイリスの動きを眺めていたレオンが尋ねた。

 毒を警戒して見張っているのだろう。

 イリスは「わかっています」という顔でうなずいた。


「こちらのカップは、私が毒見をするために用意しました。毒見が終わったら、私は出ていきますね」


 もう一セットのカップを見せ、にこりと笑う。

 だが、なぜかレオンは微妙な表情を浮かべた。

 そしてイリスの手からティーセットを取ると、向かい合うようにテーブルに置いた。


「いや、遅効性の毒もあるだろう。飲み終わるまでここにいてくれ」

「……わかりました」


 ずいぶんと用心深い人だが、その位の方が領主としては安心とも言える。


 ……と思ったのに、お茶を注いでイリスが飲み始めると、ほぼ同時にレオンも口をつけた。

 どういうことだろう。


 ほのかに甘い香りのカモミールティーを飲みながら、二人は他愛のない話をした。

 レオンが意外と猫舌なことや、好きな菓子の種類など。

 珍しく仕事のことではない会話だ。

 そのうちに、いつの間にかレオンの眉間のしわが消えていることに気づいて、イリスはうれしくなった。


 お茶を飲み終え、ティーワゴンを押して出ていくとき、レオンはイリスのために扉を開けながらそっけなく言った。


「ありがとう。いい休憩になった」


 イリスはパッと顔を輝かせた。


「よかったです! またお茶を淹れに来ますね」

「ああ。だが次は毒見は不要だ」

「……はい」


 毎回毒見をするつもりだったのに、やはり自分がいたら邪魔なのかとシュンとする。

 だが、そうではなかった。


「普通にきみと俺の二人分、お茶を用意してくれ」

「……はい!」


 カモミールティーもそうだが、誰かと雑談することもリラックス効果をもたらすと、本で読んだことがある。

 どちらも気に入ってくれたのか、レオンが休憩を取ることに前向きになったようで安心した。


 イリスは笑顔でティーワゴンを押しながら、明日はカモミールをたくさん摘んで乾燥させ、いつでも彼が飲めるようにしておこうと決めた。

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