或るセールスマンの口上
アイザック・アシモフ、アーサー・クラーク、ジョン・キャンベルJr、ジョン・ウィンダムなど、古めのSFが好きな方へ捧げます。
なんだ、これは。わたしが最初に思ったのはそれだった。
秘書官がわたしの前に持ってきたその名刺には、たしかこう書いてあったと思う。
「惑星環境改善コンサルタント 貴惑星担当 タルタン・カパポギド」
そのほかに何も書かれていない名刺をつまみあげたわたしは、目の前の男を見つめた。
「すまないがミスター・タルタン。君はわたしに、何かセールスしに来たのか?そういうことなら、適当な省の担当部門に行ってほしいんだが」
わたしはイスにまっすぐ座った男の着たスーツをさりげなく観察した。黒とも言えるし、紺とも言えるダークスーツ。金属のようなツヤを見せて光を反射しているその布地は、わたしも知らない不思議なものだが、仕立ては上等のようだ。
「アメリカ大統領にじかに営業した君は、伝説のセールスマンになるだろうな・・これには君の名前とポスト以外、なにも書かれてない。会社名はなんだね?」
「社名は今はあえて申しません。それに、私どもの社名は、この星の言語には変換不能でして」
この星の言語には?これを聞いたわたしの眉はたぶん、ピクンと吊り上がったのだと思う。
「あなたのお考えはわかります。いまわたしの言った事は少々、奇抜な印象を与えましたが、事実そうなのです。しかし私のプレゼンテーションには支障ありません」
「プレゼン?プレゼンとはなんの・・」
認めよう。わたしは少し混乱し、興味を持っていた。
それはタルタンと名乗るセールスマンがヒザに乗せていた、金属製のブリーフケースを開けはじめると、少し大きくなった。
わたしは職業柄、いろんなブリーフケースを見ているが、このセールスマンの持つような、虹色の光彩をはなつ金属でできたケースは、断じて見たことがない。それはサムソナイトでもゼロ・ハリバートンでもないが、わたしの知らないどこかのメーカー製なのだろう。
「こちらをどうぞ、ミスター・プレジデント」 机に差し出された一枚の紙には゛二百五十プラスマイナス三十゛とだけ書かれていた。
「これは何を表すのかな、ミスター・タルタン?」
「タルゥトゥランです」
「タルゥトゥラン?」わたしはフランス語を学ぶできの悪い生徒のように繰り返した。
「わたしの名前です。より正確な発音はタルゥ=トゥ=ランです。゛英語゛ですか。この惑星の最大多数言語に合わせるとタルタンがいちばん近いですが」
わたしは目をパチパチさせた。そして、完全にこのタルトゥアンだかタルタルだか、そんな名のセールスマンのペースに巻かれかけている自分を感じた。
「話がそれて申し訳ありません。私の悪いクセです。ついこういうところでコミュニケートしようとしてしまう。その数字は、この惑星の文明を維持しうる限界予想年数です」
なんだって?わたしは思った事を口に出した。「なんだって?」
「はい。この惑星の文明を維持できるのは、この惑星時間であと二百五十年と・・」
「何を言っとるんだお前は!!今日は四月一日か?ろくでもないホラを・・」
「ホラ話ではありません。この惑星住民の人口増加率や文明の機械化度など、二千種類の指標を用いて計算した結果です。わが社が調査に用いるのは、銀河系標準カルメッツ=ルプーラ方式です」
わたしの尻は革張りのイスにドスンと落ちた。これはいったいどういう状況なのかわからない。アメリカ大統領をドッキリでだまそうというテレビ局があるのか?
「そこで、私の名刺をもう一度ごらん下さい」わたしはそうした。
「惑星環境改善。それが私どもの使命とするところです」セールスマンは完璧な歯並びを見せて笑う。
「ちょっと待ってくれ、ミスター・タルトラン。つまり君は、滅びそうな文明を救う会社のセ・・セールスマンだと言うのか?だったら会社はどこにある?」
「この惑星からですと、オリオン座ですか?あちらの方向に、光年の概念にあてはめて、ザッと八千光年。わたしは本社にはめったに行きませんが」
あいた口を閉じられなかった。これが本当なら、目の前にいる男は、宇宙人と言うことなのか。こいつは狂人なのか本物か、まるでわからない。まあ、どちらであっても大変なことなのだが。
「わが社は公共の利益に貢献しております。ある知的生物種が進化なかばで滅びるのは、宇宙全体の損失です。それは未来に起こる、異文明同士の交流の芽をつんでしまう。そうした状況を改善するのが、わが社なのです。私をここに派遣するよう要請したクライアントも、私と同じ意見を・・・」
わたしはここで跳びあがって、大声で叫んでいたと思う。
「クライアントだと?ちょっと待て、クライアントとは誰のことを言っている?」
「それは申せません。私は依頼主の秘密を守る義務がありますので。ただしミスター・プレジデント。この依頼主はあなたがたの未来を本気で心配なさっていますよ」
わたしはここで大統領執務室にいるほかの人間たちを見回した。このセールスマンの言うことは、わたしの理解を超えはじめていたからだ。
だが、わたしと同じ話を聞いているはずの衛兵やカメラマン、速記者、国務長官たちは、それぞれ立ったり座ったりした姿勢のまま、カメラマンなどはカメラをかまえた姿勢のまま、不自然に固まっていた。
わたしは自分の目か頭がおかしくなったのかと思った。よく見ると彼らの体のまわりは四角いカゲロウのようなもやに包まれていて、それに包まれた部分は、色がうすく見えるのだ。だから彼らはみんな、灰色っぽい顔色の人形のように見えた。
「ほかの皆様には、ちょっとズレていただきました。今回のこのセールスは、あなた様お一人だけに、特別におすすめするのが重要だと思いまして」
ちょっと弁解がましい響きの言葉をうわのそらで聞きながら、わたしは必死で、ズレたとはいったいなにがズレたんだという言葉を飲みこんだ。
まあいい。これでもわたしは、SF大好き少年だったのだ。これくらいわたしにも予想できる。おそらく次元だか時間だかをちょっとズラしてみたのだろう。
報告ですカーク船長。わたしの部下たちの次元だか時間が、ちょっとズレました。なに、そいつは大変だ。ミスター・スポックを呼んで聞いてみよう。
「わたしどもの見たところ、この惑星が急ぎ解決すべき問題は二つ。一つは、新しい無公害資源の獲得。二つめは大気成分の改善ですね」
わたしは、セールスマンがブリーフケースから取り出した二つのものを、まじまじと見つめた。
ひとつは、十五センチほどの長さと十センチくらいの高さをした、金属製の四角い箱。どこにも継ぎ目がないその箱の側面には「OUT」と手書きで書いた出力端子のようなものがついていた。
ひとつは、ガラスの筒に入った、たぶん植物のような緑色のもの。
「この二つは、ある一定の進化を達成した文明が、ほぼ確実に経験する問題です。わが社はそれを解決するノウハウを豊富に持っておりまして、この惑星にある文明の科学技術を調査し、その程度に見あった、即効性のある、適切な解決法をご提供します。まず、その箱をごらんください」
銀色の箱をおっかなびっくりひねり回すわたしに、ミスター・タルタンは言った。
「それは小型原子核発電ユニットです。ひとつで一テラワットの発電能力があります」
わたしはそれを窓の外に投げ捨てそうになったが、今度は必死でそれを止めた。
「ご安心ください。その装置は一万気圧のなかでも正常に動作します。放射性廃棄物をヤモ・マットゥ式空間転移により、恒星中心部に投棄する手間いらず設計。この惑星の科学技術ではリバースエンジニアリング不能な安全性を確保しました。わが社はそれをまず、五万セット提供いたします。装置を利用するためのマニュアルも付属します」
わたしはハデに冷や汗をかきながら、この営業トークを聞いていた。つぎはなにが出てくるのだろう。もうこのときわたしの頭は、すでにテクノロジーの飽和状態になっていたのだが。
「そしてこちらの植物は」セールスマンの手が、もうひとつのガラスケースを指し示した。
「いま人類のみな様がお困りのCo2を高効率で吸収する特性をもった、ある惑星の原生植物を、わが社が改良したものです。これが適切に働いた場合、およそ十五年でCo2濃度はこの惑星時間で四百年前のレベルに戻ります」
夢か魔法のような話だった。世界中が必死に減らそうとしている二酸化炭素が、このウネウネ動く植物を植えるだけで、産業革命以前の状態に戻るだと?
「この植物は少しばかり繁殖力が強いので、植えるには無人島がおすすめです。この惑星の原生植物を競合・淘汰しないようにデザインしてありますので、陸上でもお使いいただけます」
いったん言葉をくぎったセールスマンは(これで契約しないヤツは大マヌケです)というような口調でダメ押しをした。
「そして今なら!この大気改善セットに加えて”オゾン層修復プロセス”を無料でサービスいたします」
「ひとつ聞いていいかな。ミスター・タルタン」わたしは努力して、もののわかった男の冷静な声を出そうとしたが、たぶん無理だったにちがいない。
「なんでしょう。ミスター・プレジデント?」
「なぜきみはわが国に、わたしに、この話を持ってきた?」
「はい。この惑星の環境をいちばん汚しているのはここ、アメリカ合衆国ですから」
「それは言いがかりだ!どう考えても中国だろう!」わたしはむきになって反論した。
「わが社のセールスターゲット選定調査は、きわめて客観的です。国家の先進度や人口比など、さまざまなデータを参照した客観的な事実です」
わたしはドッと疲れてきた。これは人類史上最高におもしろい夢なのだろうか。ひょっとしたらほんとうに夢なのかも知れない。
しかしここでわたしの心中に、これが現実だと確信を持てるほど明瞭な、ある一つの疑問がわき起こった。
「・・・はなんだ?」
「なんとおっしゃいましたか?ミスター・プレジデント」
「報酬は・・・なんだと聞いたんだ。君のなんとか言う会社が、地球の文明を救う代金だ。きみはまだその話をしてない」
「メタンです。固体や液体ではなく、常温で気体の。これはわが社の台所事情ですが、わが社にテクノロジーを提供したある種族の方々が、決済にメタンをお望みでして」
わたしは激しく驚いた。そんなもので人類が救えるとは、あまりにも安すぎないか?海水を三分の二とか、月を半分とか、そういうレベルの条件かと思ったが。
「そんなものなら、自由に持っていってくれ。地球の海には、メタンなんとかレートとかいうものがあると聞いた」
わたしの言葉に、実に惜しいと言いたげな顔のセールスマンが、ひかえめに首を振った。
「それは存じていますが、今回は少し事情がありまして。われわれは、生物由来のメタンガスを望んでいるのです」
「生物・・・もしかして、われわれの尻から出るアレの事・・・なのか?」
「その通りです!スムーズな取引というのはいいものですな、ミスター・プレジデント。体内でメタンを生成して放出する生物を、年に五十ほど採集すること。これが今回の代価です」
あれから三年たった。
あのセールスマンの出した条件で、わたしはすぐに契約をし、そのおかげでいまの地球環境は、世界中の科学者が首をひねるほど劇的に改善しつつあるらしい。
あの小さな新エネルギー源はアメリカが発明したということにして、気前よく世界各国に提供した。そのおかげでわたしはノーベル平和賞をもらい、エネルギー源を開発したという役割を演じているある物理学者は、人類の救世主とまで呼ばれている。
もうひとつのヘンテコな植物は太平洋の島を三つほど埋め尽くして、今日もせっせと大気を浄化しているはずだ。
わたしはそれを、わたしがあの日、あるセールスマンとひとつの契約をしたからだと公言することはできないが、あの契約をしたとき、わたしがほめられてよいことが一つだけある。
セールスマンが要求した体内でメタンを生成する生物とは、つまり人間のことなのだ。
契約どおりに地球から連れ去られた五十人は、どこか宇宙のかなたで、世にもめずらしいメタン生成生物としてオナラを採集される運命にあったのだろう。
しかしわたしはそこでセールスマンに、人間よりも、野原で草を食っている牛のほうがはるかに大量のメタンガスを放出するのだと教えてやったのだ。
これを検討して狂喜したセールスマンはオゾン層修復サービスのほか、火星テラフォーミングプラン(お試し版)と、銀河系一周の無料旅行券を、ただでつけてくれた。
旅行券のほうは、わたしの家の暖炉の上に飾ってある。あのセールスマンの訪問が夢ではなかったという証拠として。
ということで、さいきん世界のあちこちで、謎の飛行物体が牛を連れ去るのが目撃されているのはまちがいなくわたしに責任があるが、五十人の人間ならともかく、五十頭の牛で世界を救えるなら安いものではないか?
そしてときどきわたしは、あのセールスマンに地球に営業しに行くように依頼したクライアントとはどこの誰なのか、考えることがある。
考えても答えは出ないが、それでいいとも思う。きっとそのクライアントは、今のわれわれを見て、安心しているのだろうから。
<終>2010/5/2~2010/5/5
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