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怒れる凸民  作者: たかさば


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9/9

無水鍋、泣く

 有休をもらったので、久々にウマいパンでも焼くかと思いたった。

 ガサツ大魔神である私にしては珍しく材料をキッチリ計量したのち、ホームベーカリーにぶち込み、あらゆる家事を済ませて…焼き立てパンに相対する準備を整え。


 あとは出来上がりを待つばかりと、適当な掃除をしているせいでどこそこ粉っぽさが残るキッチンを乾拭きしつつ、ドリップコーヒーでも飲もうかなと電気ポットに水を注いでいると。


 すん…グスン、グスン……。


 …うん?

 なんだか、泣き声のようなものが??

 間もなく10時になろうという頃…もしや近所の保育園から脱走したちびっ子が迷子になってて困っている可能性!


 ばん!!


 急いでドアを開けると、見かけないグレーのスモックを着用したちびっ子がべそをかいている。


 …どこの保育園だ?

 とりあえず裏向きになっている名札を確認させてもらって園に連絡を…。


「あのね、ヒック…、あたし…無水、鍋、う、ぅうう…うえ~ん!」


 げえ!!


 また変なやつ、キター!

 きょうび…こんな幼子まで?!

 心底驚いている私の横をすり抜け、無水鍋っ子が玄関の中に入ってキター!


「ふえぇ…っ!!久しぶりに、お母さんのお顔…見上げたよ?あたしね、会いたかったの、ずっと…待ってたんだからね?!」

「ええとー!!ごめんね?!わざとじゃないの、ホントゴメン、その~、うん、ええと…すごくゴメン、とにかくゴメン!!!」


 怒れる凸民には謝り倒すのが基本だ。

 いくらちびっ子仕様とはいえ、なあなあにするわけにはいかない。

 難しい言葉では理解してもらえない可能性もある、ここはとにかくゴメンの嵐で切り抜けて…。


「謝らないで?だって…あたしも悪いの、重たいし使いにくいもの…。毎日使うような調理器具じゃないって事も、知ってる…、棚の奥の一番奥に、優しく置いてくれてることも…嬉しいよ?下にタオルが敷いてあるの、あたしだけだし…。でも、でもね、う…、うえええん!!!」


 こんなちびっ子を泣かすのは…誰だ!!

 泣かしたの、私ダッタ―――――!!!


「ひー!!ええとまずは落ち着こうか、いつも敷いてる高くて使いにくい高級フェイスタオルみたいにフコフコしてないけど、座って?!ごめんね、ホコリっぽい玄関だけど!!」


 涙で不満を訴えるタイプの凸民は何気に初の登場だ。

 怒りの言葉はほぼ浴びせられていないというのに、こうも末恐ろしい雰囲気に包まれようとは。

 少しでも場の空気を和ませるべく、そっとちびっ子の頭頂部を撫でて落ち着かせる…よし、しゃくりあげは止まったな。


「…あたし、お母さんが選んでくれて、すごくうれしかったんだ。時代遅れだとか、焦げ付きやすいとか、ひどいこと言われてたのに『じっくり煮込むならこれが一番なんだ!』とか『一生ものの鍋だから大切に使う!』とか『ホントおいしく仕上がるよね、マジで神!』って言われて、それが…当たり前だって思っちゃった…。いつもあたしを使うたびに、お母さんが私を褒めてくれて…それがうれしくて、それでね、胡坐をかいちゃったの…わかってるよ?」


 そうだね、私、いつも無水鍋使うたびに大喜びしてました!

 そうだね、私の無水鍋に対する愛情は、確かに常軌を逸してはいましたねとも!

 そうだね、あれだけ褒め称えてたのにトンとお呼びがかからなくなれば、そりゃ悲しくなりますよね!


 実家にいた頃に親せきからもらった無水鍋、自分しか使ってないから家を出る時にもらおうとしたんだけど『高い鍋なんだから持っていくな』って言われて…自分で買おうと思ったらけっこうすごい値段がしてさあ。結婚した時にお義父さんに買ってもらったもんだから、テンションが上がって、しょっちゅう美味いもんつくって、めっちゃ愛用して……。


「うんとね…、ごめんね?昔みたいに頻繁に使ってあげられなくて。おすそ分けするお義父さんもいなくなっちゃったし、なんていうか…近頃はすっかり手作りの食べ物を気軽に配れないような雰囲気がね?筋力も落ちて持ち上げる力がね?石油ストーブが壊れちゃったから、一週間分まとめて善哉を作る習慣もなくなってね?」


足をプラプラさせながら、うつむき加減で唇をかみしめているちびっこの横に腰を下ろし、そっと手を添えながら言い訳をしてみる。


「わかってるよぅ…、だから、だから昔の思い出を胸に、毎日凛々しく出勤していく18センチのフライパンくんやゴマ豆乳鍋に味噌鍋、おでんにシチュー、しゃぶしゃぶにすき焼き、日替わりでお勤めしてるガラス蓋付きの両手鍋ちゃんを笑って見送ってるの。でもね、たまに、本当に…昔の栄光を思い出して、泣けてきちゃうの。棚の奥で泣いたらね、湿気がこもっちゃってサビちゃうかもって思って…我慢してた。でも、ため込んでた悲しい気持ちが、一粒こぼれて…あふれちゃったんだ」


 君はアルミだから、サビることはないんだよと言っていいものかどうか。

 下手なことを言って火に油状態になるのはマズい…。


「大切にしてもらってるって、わかってる。でもね、もっと…雑に扱っていいから、棚の外に出たいなあって思うよ…?」


 潤んだ目で、こちらを見上げる無水鍋っ子…。

 プレゼントしてもらったとはいえ、軽く一万越えの高級品だ。おいそれと野蛮な場BBQに連れだしたり、しょっちゅう噴きこぼしたりド派手に油を跳ねさせているガサツ極まりない粗悪なコンロの上に常備するには勇気がいるわけだけれども…、そんなことを伝えてしまったらさらに傷つけてしまいそうだ。


「できれば、しまい込まれてきれいなまま鍋生を終えるより、手垢にまみれて、油や炎にじりじりとダメージを与えられながら朽ちていきたいと願っているの…。それって、贅沢なのかなあ……?」


 ちびっ子に相応しくない言葉選びをしているあたり、購入して30年以上たっている事実をそれとなく醸し出していることはさておき。

 そうだなあ、たしかに…鍋として生まれたからには、鍋としてガッツリ使われてから天に上りたかろう。しまい込まれた挙句、もう使わないから捨てちゃお!みたいなパターンとか…気の毒すぎる。


「じゃあ…イベントなんかに同行とか、してくれるのかな?たぶん引く手あまた?今よりは活躍できる機会はあると思うよ、うち専用の子じゃなくなっちゃうけど。おかしなものとか煮込む羽目になるかもだし…」


 大きい鍋が欲しいという話は自治会で出てたんだよね。 

 大量におしぼり作る時とか、吹き矢の体験講座で使うパーツの熱湯消毒する時とか、加湿器がわりになるからストーブの上に重くてでっかい鍋が置きたいって意見なんかもあったりだとか。


「ホント?!あたし、すっごく楽しみにしてる!!いろんな人に会えるといいな、ウフフ!!!」


 どうやら賑やかな所が大好きらしいぞ。やけに溌剌とした良い笑顔とご機嫌MAXの笑い声を残し…、無水鍋っ子はふわっと消えてしまった。


 ……ああ、なんだ、まあ、うん。


 なんかこう…、久々に無水鍋で焼き上げるフワフワのカステラが焼きたくなってきたな…。

 あれはすごくおいしいんだけど、焼いた後の内側の焦げ付きを落とすのが実にめんどくさくて…って!!

 いかんいかん!!

 余計なことを考えては、またあの泣き虫のちびっ子が…来る!!!


 またいきなり凸してきて玄関先に上がり込まれては、たまったものではない。

 …よし、気分の切り替えをしよう、別のことを考えよう。


 そうだ、そろそろパン、焼けるんじゃない?!

 水を注いだままほったらかしにしていた電気ポットのスイッチを入れようと、玄関に背を向けた…その時!


 バン!!!


「おい!!!俺の話、聞けよぉおおおお!!!!」


 インターフォンも鳴らさずに、いきなりドアを開けて坊主頭のニキビ面男子が入ってキター!


「つかさあ、なんで毎回毎回キッチリと俺のこと洗えねえの?!いくら高級なクレープ専用のフライパンだからって、適当な洗い方してたら汚れがたまっていくんだからな?!取っ手の付け根のとこの汚れ、気付いてねえフリすんなよ!!いい大人が裏面の焦げをそのままにして良しとしてんじゃねえよ!!几帳面なA型が見たら卒倒するわ!!!金ダワシを使え、爪楊枝を使ってこそげ落とせ、使い終わったら水につけておいて後回しにすんな、あと最初の火力が毎度毎度きつすぎんだよ、強固なコーティングが剥がれたらどうすんだ!!!」


 30年前に買って以来、ずーっと愛用し続けているひらぺったいまん丸のクレープ専用フライパンの凸、キタ――(゜∀゜;)――!! 

 経年劣化だから仕方ないよねとスルーしてきたフライパンの内側の茶色い汚れやコンロ側のすすけた部分、壊れたら新しいの買おうぜという軽い気持ちが成せる乱暴な扱いを…ガッツリ指摘されとるがな!!!


「スミマセン、マジごめん、ちゃんと気を付けるって!!まずは落ち着こう、、ハイ、ドードー!!!」

「ふんぬー!!!」


 顔を真っ赤にして起こるその目には、うっすらと涙のようなものが浮かんでいる。隠しきれない悲しみを激しい怒りで吹き飛ばそうとするのがありありと感じられる。


 なんだ…、こう…、調理器具の皆さん、若い子多いね……。

 私ってば、思いのほかフレッシュな皆さんに囲まれて日々調理をしているんだね……。


 ぶうぶう文句を垂れる少年に頭を下げ下げ…、焼き上がりを知らせるブザーの音に耳を傾け。


 願わくば熱いうちに焼き立てパンを食したいものだと、ため息をついたのだった。

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