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怒れる凸民  作者: たかさば


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10/10

コーヒー豆、怒る

 ……このところの雨続きは、どうだ。


 決して気温は高くないのにべたつく肌、そしてジメジメとした不快感。

 冷房をかければ寒くなるし、除湿をかけてもなんかしっくりこない。


 じわじわにじんでくる汗に辟易しつつ、扇風機の風を受けながら氷がたっぷり入った生レモン蜂蜜ソーダをいただいておりますと。


 ピンポーン!


 雨脚の強くなった音を背負いながら、インターフォンの音が響いた。

 間もなく11時…、誰だろ、こんな中途半端な時間に。


「はいはい…どちらさまですかね?」


 しけった廊下を素足でペタペタと歩いて玄関に向かい、泥にまみれた旦那のサンダルを踏みつけてドアを開けると。


 同世代と思しき男性が、黒い…いや焦げ茶色いスーツ姿で立っている。

 …見た事ない人だな、セールスか?

 そのわりにはこう、ガツガツした感じがしないな。どこそこ…英国紳士感が…なんだ?

 なんか香ばしいニオイが…この香りは…ええと……。


「私、コーヒー豆と申します。…失礼しますね」


 げえ!!


 また変なやつ、キター!


 目を若干大きくしたまま大口を開けつつドアも開ける私の横をすり抜け、スマートな所作で散らばる履物を整え…したんと座り込む男性!!

 なんか…動くたびに、爽やかなコーヒー豆のいいニオイが鼻をくすぐりまくるんですけど?!


「時(・)折(・)ご愛顧いただきまして、誠に…ありがとうございます。突然のご訪問、申し訳ございません。本日は、どうしてもお伝えしておきたいことがございまして」

「ええと?!スミマセン、また何かやらかしましたかね?!先に謝っておきます、許してくださいごめんなさいソーリー申し訳ございません大変深く反省を…」


 怒れる凸民には、謝り倒すのが基本だと…ボチボチ学んでいる。

 下手に口答えや言い訳をしては拗らせる事必至なのだ。

 まずは謝罪の意思を伝えて、様子見、様子見……。


「まずは…、こちらの訴えを聞いていただいてから。言葉だけの謝罪は不要ですので…」

「そうですね、確かにおっしゃる通りで…ええと、具体的にどのようなお怒りがございましたですかね?」


 不満を訴えようと訪問してくるみなみなさんの、恐ろしいまでの冷静、過不足のない発言よ。

 ふつふつと怒りをこらえておられる方の、末恐ろしさェ…。


「本日は…、私共にも寿命のようなものが設けられていることをどうしてもお伝えしたくて、伺いました。豆の状態であれば、多少日持ちは致します。けれども…時間が過ぎてゆくほどに、私共の香りは揮発していってしまうという事なのです。油分が酸化してしまえば不快な香りを発するようにもなりますし、極上をお届けできる期間というのは限られておるのです。私共は…棚の中で長きにわたり待機することを好みません。…なぜ、戸棚の一番奥にしまい込む必要があるのか、ご説明をお聞かせ願います」


 そうだね、確かに棚の奥にコーヒー豆の袋、あったわ!

 そうだね、コーヒーミルないし取り合えずとっとくかって、気軽に押し込みました!

 そうだね、わりかしコーヒーミルが高すぎて、安売りした時に買おうと思ったはいいけどすっかりド忘れしてて!


「ええと…、ごめんなさい、正直忘れてました、心底スミマセン」


 素直に頭を下げると…ふぅというため息が…うは、なんかめっちゃ珈琲のいいにおいが~!!!


「…人は忘れるというギフトを持っている…わたくし共は、その旨…きちんと理解をしております。ギフトはすべてを網羅する一方、思いがけず悲劇をもたらすという事も…受け入れております。受け入れて…おりますとも、ええ」


 忘却って、ギフトだったんだね。

 己の知り得ぬ知識を、見ず知らずのコーヒー豆から与えられようとは。


「忘れてしまう事は仕様ゆえの仕方のない事、それは承知しているのです。しかしながら、忘れてしまわぬよう工夫をすることは…できるはずだと、私は考えております。例えば、しまい込む前に棚に付箋を貼るとか…スマホの予定表にコーヒー豆を挽く日を書き込むとか…、お友達を招いて挽きたて珈琲パーティーを開催するとか、誕生日などの節目にちょっといいものを堪能しようと棚の奥にしまい込んだ高級品の存在を気にかける習慣を身に着けておくだとか。毎日飲む習慣がないのであればないなりに、私を消費する手立てはいくらでもあるように思うのです。……いかがでしょうか?」


 ……あのコーヒー豆は、旦那が知人から唆されて購入したものだ。


 毎日豆を挽いてモーニングコーヒーを楽しむという知人の話を聞いた旦那が僕も飲みたい♡とか気軽に口にして、さぷっとご馳走してもらって、一緒にコーヒーショップに出向いて、旦那の好みにバッチリ合った豆をチョイスしてもらってお試しサイズを買ったまではまあ良かったんだけど…肝心のコーヒーミルが目が飛び出るような値段で買えなくてさあ。100円ショップで売ってるちょっと高めのやつでいいじゃんって言ったらコーヒー好きな知人がそんなことしたら豆の良さがうんぬんかんぬん言い出して…正直めんどくさいなって思っちゃったんだよね。


 なんていうかさあ…、なんでもかんでもウマいウマいってガブガブ飲むような旦那に繊細な挽きは必要ないっていうか…、美味しい挽きたて珈琲の手間よりも激安インスタントコーヒーの特売探しに熱意を向けたいタイプっていうか、なんでたかだが2~3回分のお試しサイズのコーヒー豆を飲むために大枚はたいて専用の器具を買わなきゃいけないのかって思っちゃったというか…。


「豆は、すべからく生まれてきた意味を求めているのです。すべての粒の望みが叶うとは思っておりません、しかしながら、少しの気遣いで…悲しみに暮れる、将来を無くしたものの数が減らせることは可能なのです」


 おおう…落ち着いてきちんとした紳士然で語ってはいるけれど、シレッと『すべからく』という言葉を誤引用しているあたり…おそらくまだまだ熟成された手練れの熟練焙煎豆には至っていないらしいという予想をせずにはおられないことはさておき。


 そうだね、私ってやつは…いつも自由気ままな旦那がホイホイと持ち帰ったものを、サプサプとあきれ顔で受け取っては…目の届かぬ場所へとしまい込んできた。

 自分が好きなものなら最前線に置いて速攻使い切るのに、興味なしのものについては目にとまりすらしない場所に押しやってさ。


 確かに…挽かれる気満々でこの家に来たのに、完全ドスルーとか、ひどいことをしているとは思う。

 同じ棚の最前線には、毎日ザブザブと減っていく&補充されているインスタントコーヒーがいるのに、自分は極上の香りと味わいを秘めた豆状態のまま放置とか…そりゃ絶望もするわ。


「…なにも、棚の一番目立つ場所において日々称賛せよと言っているわけではございません。粉のレモンティや緑茶パック、麦芽飲料に麦茶ちょいちょい出番のある皆様方を指先で引っぱり出す際に、整頓ついでにわたくしの存在を確認していただけるだけで、いいのです。…無理なお願いを、しておりますでしょうか?」


 …うっ!!

 同世代の、潤んだ目っ!!!

 きょうび、涙を浮かべる妙齢男性など目にしたことがないもんだから…だ、ダメージが!!


「す、すみません、一刻も早く美味しくいただかせてもらいますから、ねっ?!ああ、うん、さっそく今日スリコでミル買ってきます、あそこはね、そこそこお安い割には作りがいいって評判でね?!」


「挽いていただく際は、少々粗めでお願いします、お湯は沸かしたてのあっちんちんではなく、少し冷ました状態でお入れくださいね?苦みやえぐみが抑えられて、お茶至上主義の奥様でもお目にかなうような飲み心地をお届けできると思います…、コーヒーなら何でも美味いと常飲されている旦那様用にアイスコーヒーをこしらえておくのもよろしいかと存じます、私共は牛乳とも大変相性がよろしくて…、お願い、します…お願い、…したんだからね…ッ?!」


 言いたいことを言えたからなのか、コーヒー豆の人は…ふわりといい香りを残して消えてしまった。最後の最後でツンデレるとか、なんだ…かわいいとこあるじゃん……じゃなくて。


 ……ああ、なんだ、まあ、うん。


 地味にこう、棚の端っこで毎日出動していく皆さんをジト目で見てたんだろうなあという推測がですね。もの言えぬ珈琲豆であることを堪えながら、己の誇れる香りが枯渇していくのは耐え難いのだという怨念のようなものがですね。

 スッキリ芳醇で爽やかな大人の雰囲気を醸し出す珈琲種らしからぬ妬み節のようなものが感じられて、やはり納豆さながらの粘り強さを感じざるを得ない豆類独特のしつこさのようなものを……いかんいかん!!


 余計なことを考えては、また良いニオイをこれ見よがしに振り撒いてアピールしまくる人が…来る!!!


 また玄関先に上がり込まれては、たまったものではない。

 …よし、切り替えよ。


 さっさと買い物に行って、さぷっと消費して、スッキリ明日を迎えよう。

 …そうだ、せっかくだし初コーヒーミル動画でも撮っておこうかな。ちょっとばかし大げさな感じでショート動画にしたら、多少は機嫌もよくなってくれるのではあるまいか。


 新しいことをあれこれ考えるだけでテンションが上がってくるのは、私の長所だ。

 ポコポコと湧きだしたワクワク感にウキウキしながら、玄関に背を向けた…その時!


 バン!!!


「失礼!ワシは…エヘン!餅スライサーというものだが!!本日はどうしても言っておきたいことがあり!お時間融通願えんかなッ!」


 インターフォンも鳴らさず、いきなりドアを開けた、和装のこじんまりとした爺さんが~!!


「一時期あれほど持て囃したというのに、ここ数年まるで出番がないではないか!!おぬしの『毎食これでもいいわ♡』という喜びの声はまやかしだったのか?!ワシを神扱いしたあの熱意はどこに消え去ったというのだ!!よく使うものだからと勝手な言い訳をして粗末な後片付けをしたまま早三年…私の刃にこびり付いた餅の欠片が水に漬け置いたくらいじゃびくともしない頑固な汚れになったのち風化によって自然に落下に至った物語を、今ここで…とくと聞かせてくれるわっ!!!」

「スミマセン、ホントごめんなさい、ええと、餅はもう今は糖質制限の関係で食べてなくってですね?!そうですね、たまに糖質も取らないとバランスが、わかりますとも!ハイ、わかりました今から時季外れのモチ買ってきますから!!!ええと~うんそうだ、息子、息子のおやつにね?!うん、食べる食べる、ちゃんと薄くスライスして美味しくいただくんで!!」


 なんだ…、調理器具の皆さんって、ホント……元気だね?!

 それだけ血の気が多いなら、きっと多分…人間に生まれ変わっても貧血になんかならないくらいの健康体でいられると思うよ?!


 私は、ペコペコと頭を下げながらですね。


 新し物好きゆえにいろいろと買い込んでしまったアイテムを一度ガッツリ総チェックする必要があるなとですね。しみじみ、危機感を感じてですね。


 挽きたての美味しい珈琲をいただきながら、整頓計画を立てようと思ったという、お話……。

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