第1話「しずコイン、暴落」
本日、我が県の通貨「しずコイン」の価値は誕生以来最高の暴落を記録した。
原因はただ一つ。
知事が朝の記者会見で、「静岡の価値はサバ缶で支える」と本気で発言したことだ。
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3分前の知事会見より抜粋:
「本日より、しずコインの担保資産を“サバ缶”とし、各家庭に10缶ずつ配布いたします!」
\ドッ/
\静岡県民騒然!/
\静コイン市場、開場10分で-42%!/
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経済とは繊細な生き物である。
ひとつの政策で信頼が音を立てて崩れることもあれば、奇跡的なアイデアひとつで価値が暴騰することもある。
問題は、うちの知事が両方やる人間だということだ。
私は椅子に深く座り、天井を仰いだ。
この県には、伝統・文化・自然・資源など、あらゆるポテンシャルが揃っている。にもかかわらず、うちの知事はなぜか突飛な方へばかり突っ走る。
「秘書官。知事からのお呼びです」
「ああ……やっぱり」
私は重い腰を上げ、知事室へと向かった。
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知事室。
「アオイちゃん。どうだい?バズってるだろ?」
満面の笑みで出迎えたのは、静岡県知事の北園颯一。
切れ長の目に柔らかい微笑、整った顔立ちとスーツの着こなし。はっきり言って、イケメンだ。
元大学講師であり元スタートアップのCEO。天才肌でプレゼンはうまい。選挙戦でもTikTokを駆使し、二十九歳と若いながらも若者票を掴んで当選した。
……でも。
(たぶん、この人が当選したの、経済政策とかじゃなくて顔面偏差値だと思う)
「……知事。なぜ、サバ缶をベーシック通貨に…?」
「いいか? 今、静岡には“顔”が足りない。全国に静岡のインパクトを叩き込むには、これしかなかった」
「いえ、もう“静岡=サバ缶”ってSNSで馬鹿にされてます」
「してやったりだな」
「炎上してます!!!」
「うーん、じゃあ次は干物かな」
「お願いですからやめて」
はははと北園は楽しそうな笑い声を上げる。
笑いごとじゃない。
それでもこの人は、決して悪気ではない。むしろ本気で県をよくしようとしているのだ。手段さえ間違わなければ。
「アオイちゃん。“地元の価値”って、誰が決めると思う?」
その言葉に、私は少しだけ黙った。
知事の目は、こういうときだけ真剣になる。
「僕たちが、決めていいと思うんだよ。“あたりまえ”を、こっちから逆流させる」
一瞬、県庁の窓から見える富士山の稜線が、いつもよりくっきりして見えた気がした。
この人がトチ狂ってさえいなければなあ。
「で、次の政策だけど――」
「まだあるんですか」
「“県民に対して、1投稿につき0.01しずコイン支給するSNS活性化プラン”ってどう?」
……静岡の未来が、今日も激しく揺れている。