感謝
「そうだな。吾輩はどのような生物であれ、どのような現象であれ、どのような無生物であれ、遥か遠い存在として、敬われ、恐れられ、畏れられる。咲茉。そなたも例外ではない」
「ああ」
「しかし同時に、遥かに近い存在でもある。咲茉よ。そなたが吾輩の距離を縮めた。距離をなくした。そなたがどれだけ思い込もうとも、その事実は変わらぬ。そなたがどれだけ遥か遠くへ飛翔しようとも、その事実は変わらぬ。吾輩とそなたは遥かに遠い存在でもあり、遥かに近い存在でもある。わかるか?そなたがどれだけそなた自身を遠ざけようとも。そなたがどれだけそなた自身を近づけようとも。吾輩はそなたを離すつもりはない」
「………マスターが望んでも、私は、マスターの望み通りにはならない」
「それもまた、吾輩の望みでもある」
「マスターは。遠すぎる。ゆえに私は、恐怖を抱きながらも、離れられない。離れたくない。離れたいのに。私が、受け入れられない私自身すら、マスターはいとも容易く受け入れるのだろう。私はそれが、それも、怖い。あなたは、本当に。とても怖い御方だ」
「だが、それでも、そなたは離れない」
「………」
「無意識にそなたは吾輩を引き寄せた。吾輩の羽ばたきに打ち勝ち、一音も欠かす事なく、吾輩に届けた時。そなたは無意識であった。吾輩はこの一時で十二分ではあるが。そなたにはおよそ足りぬのであろう。意識して、吾輩を引き寄せねば。そなたは、飛翔する事はおろか、日緋色金の両翼を内から出す事も叶わないのであろう。そう言ったのならば、そなたはこう返すであろう。ならば、飛翔は一生叶わぬ。と」
「………マスターは本当に、おそろしく、優しい」
「無論だ」
「………眠る。夕食を食す元気はない」
「クハッ。では、朝食を多めに用意しておこう」
「感謝する」
(2024.8.30)




