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『う〜ん…なんでだろう?』

 

 教室受付からは見えない位置にある、サロンロビー奥のソファの居心地がとても良い事に最近気づいたサトルは、ソファに身体を沈めながら考え事をしていた。大地の事である。

 体験レッスンの翌週から正式なレッスンが始まり、およそ1ヶ月半が経とうとしていた。

 大地はサトルとの時間から得たキッカケを逃さず、順調に音を合わせる訓練を積み重ねた甲斐もあり、今では一曲の7〜8割くらいは音を外さずに歌えるようになっていた。

 これなら夏休み前に開催されるというクラス合唱祭でも、恥ずかしい思いをする事は無いだろうと感じたサトルは、少し欲を出してみたのだが……、

 

「あ!白髪先生!こんなところに居たんですね」

 

 沢田がおちゃらけた声音でロビーに現れ、サトルに声を掛けた。

 

「あ、沢田さん!ごめんなさい、ここ、良いですか?」

 

 生徒さん用のサロンソファに居て良いのかわからぬまま、こっそり座っていたサトルは慌てて沢田に確認するように謝った。

 

「えっ?あー、全然構いませんよ〜、生徒さんで溢れてたらマズイですけど、今は誰も居ないですし」

 

「すいません、じゃあ、遠慮なく…」

 

「それに、〈伝説の体験レッスン〉をされた白髪大先生様ですから、何も問題ありません」

 

 沢田は突然、芝居口調になり、宣言するようにはやした。

 

「…伝説の?…体験レッスン…??」

 

「みはるちゃん、あれからずっと、スタッフだけでなく、他の先生達や生徒さん達にも言いまくってますよ。『私、あんなに御礼ばっかり言われた体験フォロー、した事ないです!白髪先生って、実は凄い先生なんじゃ…』ですって!キャハハ!」

 

「えー……それは…やめてほしいなぁ…」

 

 楽しそうに前田みはるのモノマネをする沢田に、サトルは心から迷惑そうな顔をした。

 

「えっ?なんでですか?評判になって良いじゃありませんか!もうみはるちゃん、訳アリな体験は全部白髪先生にお願いしましょうって言ってますよ」

 

「うっ…、それも…やめてほしいなぁ…」

 

 体験レッスンとは本来、地味なものである。

 もちろん講師も教室の思惑と同じく、少しでも楽しんでいってもらって、うまくいけば入会に繋げたいとは思っているが、初めて会う大人に何かを教授するという事はそれだけでも充分な緊張感とプレッシャーであり、必然的に探り合いの様相を呈してくるものがほとんどである。


 サトルにしても今回のようなセンセーショナルな体験レッスンは、たまたま起きた事であり、また同じような相談が来たからといって、必ず同じ結果をもたらせるとは限らない。また、他の講師がそれを聞いて更なるプレッシャーに見舞われたり、余計なりきみを生んでしまっては本末転倒が過ぎる事になり、良い結果など得られるはずもない。

 

『まぁ…風化するのを待つしかないか…』

 

 悪気は無いであろう、みはるの顔を浮かべて、サトルは心の中で諦めた。

 

「それで?どうなんです?中里さんのお子さんは?」

 

「えっ?あー、大地くんですか?はい、順調に良くなってますよ。たぶん、ご相談に対する成果なら、ある程度は出てきてるかなぁと思います」

 

「おー!それは素晴らしいですねー、何よりです!」

 

「ただ…」

 

「ん?…ただ…?、なんです?」

 

「あ…いや、大地くん、もの凄いスピードで変化していくので、僕も少し欲を出したくなって幾つか試し始めてる事があるんですけど、なかなかうまくいかなくて…」

 

「…欲?」

 

「はい、音はかなり合うようになってきたんですけど、声量が…あ、声がものすごく小さいんです」

 

「あー、なるほど!」

 

「やっぱり音程が合うようになってきたら、次は声量と響きを上げていきたいなって、僕が勝手に思っちゃって…」

 

「いいじゃないですか!大きくて響きの良い声ってやっぱり説得力ありますもんね!大地くんも喜びますよ、きっと」

 

「だと思ったんですけど…」

 

「え?ダメなんですか?」

 

「う〜ん…、本人はやろうとはしてるんですけど、なんか、身体が抵抗してるというか…、声変わりの時期を想定した音域ではやってるんですけどね…、それで、なんでだろうなぁと」

 

「お年頃ってのもあるんじゃないですか?思春期の男の子だから大声出すのは恥ずかしい、とか?」

 

「う〜ん、そう…なんですかねぇ…」

 

「まぁまぁ。成果は出てきてるんですから、そう焦って考え込まずに気楽にやってくださいよ〜、白髪、大•先•生!なんちゃって!キャハハ!」

 

「はい…えっ…?、それ、やめてください!」

 

「キャハハ、ごゆっくり〜」

 

 進行中の懸念はあれど、依頼は履行できてると聞いて安心したのか、沢田はさっさと去っていった。

 

「まいったな…はは」

 

 沢田のクセのある励ましに感謝はしつつも、やはり、なんだか釈然としないサトルであった。

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