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1週間後、教室入口で前田みはると共にお客様を待つサトルの姿があった。
「今日はお願いしますね、白髪先生」
「いやぁ…やっぱりお母様もレッスン見られるんですかね?そこだけ気が変わったりしてくれないかなぁ…」
「何を弱気な事を仰ってるんですか!レッスンを受けるのはお子さんでも、お金を出すのは親御さんなんですよ!逆に見てもらった方がいいじゃありませんか!」
「いや、まぁ、理屈はそうなんですけど…」
「あ、いらっしゃいましたよ!」
途端に二人揃って笑顔に変わり、入口の方へ穏やかな視線を向けた。自動ドアが開き、二人組の親子がおそるおそる入ってきた。あまりこういう習い事に慣れてなさそうな雰囲気を感じたみはるは、すぐに笑顔のまま駆け寄る。
「いらっしゃいませ!中里様でしょうか?」
少しおとなしそうな印象の母親らしき女性が、かなり恐縮気味に答えた。
「あ…、はい、あの、今日体験レッスンを…」。
「中里様!お待ちしておりました!どうぞこちらへ。あちらが本日担当させていただきます、ボーカル講師の白髪先生です!」
と、みはるは少し後ろに居たサトルを紹介した。
「はじめまして、白髪サトルと申します」
「あ、どうも、中里芳子です。今日はあの、息子の事で申し訳ございませんが、なんとかよろしくお願いします。ほら、あんたもちゃんと挨拶して!」
サトルは一瞬、何故お母さんが謝るのか、意味がわからなかったが、すぐに母親の背中に隠れるようにして立っていた小柄な男の子に目を向けた。芳子に促されるまま、素朴な印象のその男の子は少しおどおどしながらサトルの前に立ち、
「…中里大地です」
と、緊張してるのか、少し聞き取りにくいモゴモゴとした声で挨拶をした。そういう年頃なのだろう。
「こんにちは、大地くん、今日はよろしくお願いします!楽しんでいってね」
サトルはニコッと笑って、大地だけでなく、何故か先ほどから不安げな芳子の緊張もほぐそうと努めた。その様子を静かに見ていたみはるが、
「いつもならレッスン前に簡単な説明などをさせていただくんですけど、今日は白髪先生もいらっしゃいますので、早速、レッスン室に向かっていただいて、ご体験していただくのが良いと思うのですが、中里様、いかがでしょう?」
と、突然、3人に向かって提案した。それを聞いたサトルは即座に心の中で、
『さすが…』
と、呟いた。ついこの間まで小学生だった大地が緊張するのはわかるが、母親の芳子まで緊張してるのは少し変である。
おそらく、何か言いにくい事か、言いたい事があるはずであり、それが受付に言える内容なら、申し込みの段階でとっくに伝えているはずである。
ということは答えは一つ。サトルに何か伝えたい事があるのである。それをこのわずかな時間で察知して提案できる、前田みはるの実直だけではない洞察力に、サトルは改めて感服していた。
「いいですね!そうしましょう!では、大地くん、お母様、どうぞこちらへ」
サトルは爽やかなディズニーキャストを意識したかのような明るい声で、二人をレッスン室へ案内した。
「わぁ…」
白とグリーンを基調としたサトルのレッスン室はクラビノーバや音響機器、マイクだけではなく、壁にたくさんのウクレレやギターがかかっている。別の曜日にここで弦楽器のレッスンが行われているためである。
部屋に入るや否や、親子は初めて見るレッスン室に少し高揚した様子で、部屋のあちこちに目をやっていた。
「どうぞ、そちらにお座りください」
と、サトルはあらかじめ用意していたパイプ椅子に二人を促してから、クラビノーバの奥へ向かい、自分の定位置に着いた。
「改めまして、ボーカル講師の白髪サトルと申します。本日は中里大地くんの体験レッスン、よろしくお願いします!」
サトルの明るい開始の挨拶に、高揚していた大地と芳子の雰囲気が、微妙に元に戻った事をサトルは察知したが、
「最初にまず、簡単なエクササイズと発声練習をしていきたいと思います。では、大地くん、早速、始めていきましょうか!」
と、構わずに始めようとしたその時、芳子が緊張した表情で口を開いた。
「あ!、あの…、先生、ちょっと宜しいでしょうか?始めていただく前にお伺いしたいことが…」
『来た…!』