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 池袋東口の五差路から南池袋方向に少し歩くと、幾つかの飲食店が並んだ奥まったエリアがあり、その少し先に、良く手入れされた芝生が一面に広がる公園がある。


 公園内の一角には、コーヒーだけではなくアルコールも出す洒落たカフェがあったり、ちょっとした踊りや歌のイベントができるステージがあったり、休日ともなると都会のビル群に隠されたような場所にも関わらず、多くの人で賑わう小さなオアシスと化す。


 昨日までの春の嵐が嘘のような青空と太陽のおかげで、ポカポカと気持ちの良いある日の昼下がり、公園の隅にある木陰のベンチに座る白髪サトルの姿があった。

 

「う〜ん……。美味しい!美味しすぎる!やっぱり〈ほっともっと〉の唐揚げ弁当は最高だなぁ…」

 

 陽気と景色の良さにピクニック気分が高まっているのか、サトルはジューシーな唐揚げとご飯をほおばり、満面の笑顔で呟いた。

 

「あの〜…白髪先生?なんで私まで唐揚げ弁当を食べてるんでしょう?」

 

 幸せいっぱいのサトルの隣に座り、不満いっぱいの沢田あかりが、唐揚げをパクつきながら嫌味を言った。

 

「あれ?沢田ちゃん、唐揚げ弁当、嫌いなの?こんなに美味しいのに…」

 

「嫌いじゃないですよ!唐揚げは好きですけど、なんで仕事の休憩時間に、わざわざ白髪先生と公園で唐揚げ弁当を食べなきゃいけないんですか!」

 

「ええ?だってこんな良い天気なんだよ?風も無いし、ポカポカしてるし、外で食べた方が絶対気持ち良いなぁって思ったんだよ」

 

「はいはい!そうですね!天気も良いですし!唐揚げは美味しいし!最高ですね!!」

 

 沢田はすっかり不貞腐れてヤケクソのように答え、最後の唐揚げを口に入れた。食べるペースがサトルの倍くらい早い。

 

「……?。なんで怒ってるの?」

 

 今日は池袋の平日レッスン日である。昼のゴスペルクラスが無い日なので、次のボーカルレッスンまでポッカリ空いているサトルが教室を出るのと、たまたま沢田が休憩に入るタイミングが重なった。

 人気講師で、そこそこ小金を持っているサトルの事だから、おしゃれな店で昼ごはんを食べるはず、あわよくばご馳走してくれるかも、と目論んだ沢田は慌ててサトルを追いかけてきたわけだが、向かった最初の場所が〈ほっともっと〉、次がこの公園だった事で、その目論見ははかなく崩れ去った。

 

「失敗したなぁ…、職業も見た目もなかなかの都会派なのに、中身はのんびり自然派かよ…。ま、いっか、弁当とお茶は買ってもらったし…」

 

 サトルに聞こえないくらいの小さな声で呟き、沢田はペットボトルのお茶を口にしてから、〈自分の機嫌は、自分の取るもの〉とばかりに携帯を取り出して、サトルにも聞こえる大きめの音量で音楽をかけた。

 ……♬♪…♬…♬♩…と、短い前奏からすぐに歌声が始まったところでサトルが、

 

「…この曲、いいよね」

 

「えっ!?白髪先生、〈ティエラ〉知ってるんですか?最近流行りの顔出しNGアーティストなんですけど、私、歌声が気に入っちゃってー、この人、上手いですよね?」

 

「うん、上手いし、惹きつけるエネルギーがあるね」

 

「やっぱり〜?、いやぁ、自分の〈推し〉が声のプロに認められると、なんだか私まで嬉しいですね」

 

「ははは…」

 

 推しを褒められて、すっかり機嫌が良くなりつつあった沢田が、改めて公園全体を見渡してからサトルに尋ねた。

 

「白髪先生、ここ、よく来るんですか?」

 

「うん、空きがあって天気の良い日なら、よく来てるかな。平日のこの時間は人も少なくて、とても静かなんだ」

 

 沢田にかなり遅れて、ようやく食べ終わったサトルがお茶を飲みながら答えた。

 

「結構長く池袋で仕事してますけど、私、こんなところに公園があったなんて知りませんでしたよ」

 

「ちょっとわかりにくい場所だからね。まぁ、僕も生徒さんに教えてもらったんだけど」

 

「へぇ〜、池袋の生徒さんですか?誰…だろ……あ!」

 

 お腹も満たされ、機嫌も少し上向いてきていた沢田が、公園入口の時計を見て、思わず声をあげた。

 

「やばい!もうこんな時間!休憩終わっちゃう!白髪先生、その話、また今度!行きます!…あ!ご馳走さまでした!」

 

 慌ただしく立ち上がった沢田は、お礼もそこそこに、そして空になった容器もそのままに、一目散に教室へと走っていった。

 

「はは…。相変わらず、騒がしいなぁ、沢田ちゃんは」

 

 苦笑しながら2人分の空容器をビニール袋にまとめ、サトルはもう一度お茶を口にしてから、ベンチから見える公園をゆっくりと眺めた。


 その目がふと、公園入口に植えられたひときわ立派な樹木に留まった時、サトルはクスッと微笑んで、一人の生徒の事を思い出していた。

 

「そういえば、これくらいの季節だったなぁ…」

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