悪役令嬢とその侍女ぷらすわん、カレンダーのモデルになる
「マリカ。説明をしろ」
「あなた様の許可は得ています」
ええ。最初の約定通りこの領地で『好きにしています』。それだけですわ。
「確かに君のすることは私の責任だ。
許可を出したのも私だ。
関係者一同は『旦那様の許可は取っている』と君が常に口にしていると述べている」
「ええ」
「君の個人的資産で行い、君のおかげで雇用が生まれ、戦災孤児や寡婦や傷痍軍人の再雇用事業として実に良く機能している」
「何事ぞ問題ありましょうや」
彼はわたくしに向けて不満げな、居並ぶ偉丈夫たちを一顧して呟くのです。
「だが、良いことをするとしても、正しい手順というものがある」
「あら。わたくし宝石のひとつでも買っておけばよろしいでしょうか」
わたくしが領内で買い求めたのはただの石ころですけどね。
「その方が面倒がないのは確かだな。男を連れ込み宝石やドレスで浪費し享楽を尽くす女の方がある意味君より扱いやすい」
「かように致しましてよ」
専売を廃して特許3年保護にするために技術者を。
わたくしを飾るに足る宝石などございませんが『当地に向いた寒くない服』を新調。
そして王都ではできなかったことを思うままに。
彼はわたくしに何か言おうとして『そういえば相談など要らないと私も君に言ったな』と諦めたように呟きました。
皆様の疑問に答えなければいけませんね。
大きく平たい石をわざわざ購入し集めることにした理由は先に街に出向いた時に足元の不便に気づいたからです。
それに先駆け、搬送用の手押し一輪車を保証金付きにて安価で貸し出して一日ことの貸し出し代金を取りました。
想定通りかなり盗まれました(※言い訳:壊れた。または盗まれた)が領内で大量の模倣品が出回るようになり概ね目論見通りです。
輸送一輪の特許料はあえて取っていません。
輸送一輪の新しい工夫は別の特許として認めていますが根幹部分を特許や専売として申請してくるものは却下させています。
わたくしちゃんと王都の特許をとっていましてよ。
ちなみにフェイロンに渡すと彼は猫たちを乗せていつまでも走り回っていました。
「ねこをはこぶのにいいね!」
彼の主張にミカは「猫は歩けます」と呆れていましたが、『マリカ様』『奥方様』との愛称より『猫』のほうが愛らしいですね。
市場に出すと独自の工夫をするものがいます。
専売品ではこのようなことは起きません。
専売にすれば品質は安定しますが、いくらでも粗悪にもできます。
それを踏まえての特許制度と特許料放棄なのです。
例えば試作品は四角い箱でしたが、やがて横から見て逆三角や前方が張り出した半球のものができました。
圧倒的に安定しており、泥も運べ、前に倒すことで砂を集めることすらできます。
さらに取手を曲げて梃子の原理でさらに持ちやすいものを街で見たシロたちが「カレー!」「ホヂー!」「イイシゴトシマスネー!」と興奮しだしてしまい三羽分購入しました。
そもそもの発端は先日にリュゼ様と街中を視察した時に気づいたことです。
最初は持て余した車椅子ですが、『車椅子は高価な工芸品だが、道路が安定している時のみに限り、荷物を運ぶという別の用途においても車輪が大きいこと相まって便利』とわたくしたちは気づいたのです。
ならば椅子部分を排して安価な実用品にするとともに、一輪で転倒防止の支えを二箇所作れば不整地でも使えるので買い物にも汚物回収においても便利です。
いつも『赤ちゃんや幼子を抱いて抱えてと大変だ』と主張する園丁クム家族は子供を複数乗せるための一輪を独自に開発したので、この工夫も別の特許として認めました。
そこまではよかったのですがクムの子供たちがこの子供用一輪を持ち出し、街の子供たちと坂道にて勝手に遊んだ挙句、坂道下に住民が勝手に設置した馬車避けの大石にぶつかって揃って怪我をする事故を起こし、わたくしは古の資料にあった回転式交差点や道路に設置して良いものの条例と裁判の判例を発掘することになりましたけど。
なお、子供たちの怪我は急遽駆けつけたスライムさんの分体が癒やしました。
領内を見回り気づいたことは、あまりにも道が汚く狭いこと、夜は暗く危険であることです。
王都や帝都と違い隣組同士で道路掃除人を雇ったり、隣組ごとに夜はランプを軒先に置くことが義務化されているようには見えません。
なので、先にリュゼ様不在の時に城を訪れた浮浪者の御婦人が道路や訓練場の掃除を申し出た時に、その作業時間を細かく計り傷痍軍人ならばどれほどの速度でできるかなどの予想値を算出してから事業にしました。
側溝がない道路が多く難渋しましたが、汚物を取り除き埃を取り、めぼしい大通りの馬車や荷車による轍を平らにすべく、領内下流にある平たく大きな石を集めて敷き詰め、職を失った傷痍軍人や寡婦に掃除を担当させる実験を大規模に行ったところ。
「風で洗濯物が汚れなくなった」「歩きやすい」「馬車が早く動かせる」
など概ね好評を得ることが出来ました。
可能なら道路を拡張して馬車に重量規制をかけたいところです。
どんなに敷石をしてもいずれは割れます。
道路を常に維持するためには技術と管理をするための制度の両方が必要なのです。
もし『車輪の王国』が存在していた時代ならばもっと良い道路技術や制度を使えたのでしょうけれどもこの土地ではできることが限られますからね。
隣組が道路掃除や整備や街灯設置を担当する彼ら彼女らに支払う額については難渋しましたが、皆顔見知りであることも相まって無難な額が算出されました。
戦えないとはいえ古強者は当地では尊敬されます。
予想通り「その額なら俺がやる」という健康な男性も現れましたが案の定すぐ辞めてしまい寡婦や傷痍軍人の救済策に落ち着いています。
隣組のランプについても連続で盗まれましたが(※言い訳:壊れた。盗まれました)これも予想通りなので保証金を設けると盗難が激減しました。無理矢理買わせるよりずっと良いですしわたくしが一括して同じものを作らせていますので品質も保証できます。
石の買い取りとともに街に繋がる街道整備実験も行います。
街道におきましては伝統的な日除け風除けになる街路樹の他、安全と外観向上のため環状交差点を設けて小さな公園や安らぎのためのガゼボ(※四阿。あずまや。庭に置かれる小さな小屋や日除け)を置いた場所もあります。
実のところ街中にこそ環状交差点と四阿のある公園がほしいのですがこれは立ち退きなど問題が多いので一時断念しております。
四阿を設置したところで占拠したり勝手に露店にするものが多数出るでしょうから正規兵三名ではできることが限られます。
この辺りは隣組の負担が大きく、冒険者制度を用いて非武装化した民間警備会社制度でも確立することも検討しましょう。
四阿は現在試作した一箇所のみですが、自警団が巡回のときに休める場所として、治安維持にもデートスポットとしても好評とチェルシーが教えてくれました。
そして水道ですね。
庭師クム曰く、高台にある城まで水を引くためにはある程度の水源の高さと圧力に耐える水管が必要とのこと。
そちらの開発はチェルシーに投げましたが金属にある種の木汁を塗った水管を用いれば錆対策含めなんとかなるのではとのこと。
ただし鉛は古代魔導帝国時代に健康被害を出した一因だとかのユースティティアが著書にて断じていますので止めました。
鉄は水管に用いるには高価かつ錆びますから素材の検討はショウが行っています。
現状水源に関しては井戸と水汲みと水売りに頼っていますが、なかなかの重労働ですからね。
海賊の拠点から急速に街へと変貌していく『ひざのまち』におきましては上下水道の分断と設置は急務といえます。
伝染病が発生してから対策するなら遅すぎるのです。
これが王都でもできたなら、そして元婚約者が反対しなければ。
いえ過去の出来事は振り返る時などありませんね。
ひとの命は短きものと母もいいます。
「と、いうわけで。道路整備と水道事業を」
主な資金はわたくしが学生時代までに貯め込んだ船株や個人事業から出資して。
領のお金には全く触れていませんことよ。
リュゼ様が沈黙すると、わたくしたちのやりとりを窺うようにしていた蛮族の出立ちをした男女三人が遠慮なく話しかけてきました。
「(大酋長。その女性が第一夫人か)」
わたくしのことを指差して彼は何か身振りと口笛を吹きます。
「(弱そうな娘だな。我がガ族の娘は猛き戦士を産み育むぞ)」
「(大酋長も第一夫人もご機嫌よう。わたくしン族のングドゥと申します。以後お知りおきを)」
リュゼ様は蛮族の言葉を解するらしく何事か話していらっしゃるようです。
知らない言葉ですこと。
そして名詞と思しき品詞の接頭辞パ行とガ行に五段活用と思しきものが見られますね。なかなか興味深い言語です。
「ああ! 奥様!」
彼はわたくしが先日雇った道路掃除夫ベッポです。戦で身体を壊したとのことで道路掃除夫として雇いました。
「モモは息災ですか」
「ええ。孫娘はおかげさまで」
それは何より。
「君は素晴らしいことと困ったことをしたようだ」
「道路整備と水道の件ですか」
「そうだ。このものたちはまさにそれが理由でここに来ている。だがそれだけではないね」
「専売だらけの王都の因習を廃した特許制度でしょうか。便利な庶民向け暦本ならぬ歴板販売でのお小遣い稼ぎでしょうか」
いい元絵師を見つけましたので。
「……暦板か。あれはバカ売れしているな」
「最初の一枚は無料。あとの11ヶ月は定期購入でお得。人生に役立つ一言を毎日趣向を変えて読むことができる自信作です。最もお金にはなっていませんが100年は売れるかと。何より作業を行う御婦人方の収入になります」
暦本ならば定期収入にもなります。
絵師が想像で描いたドレスや背景やアクセサリーなどは星巡りや漁期や収穫時期などがわかるものです。
王都にいるデザイナーのアンが『創作意欲が沸く』と喜びそうですね。
「マリカ。つかぬ質問だが何故君がモデルになっている」
「モデル料のかからないのはわたくし自身とわたくしの知る中で最も美しく最も愛らしい女性であるミカなので後者には特別有給休暇とともに」
後でお父様たちからお叱りのお手紙を受けそうですが。
アクセサリーのユマキでは衣服含めて早くも同じものを作ったとのこと。
エナカお婆さんからは感謝のお手紙を頂きました。
絵師のミューシャも喜んでおり、薄手でも暖かいスカートは記録的に売れているとのこと。
「(む。ングドゥ。よくよく第一夫人を見れば貴様が買い求めた星めぐり図の一幅と同じ顔ではないか。あれは役立つ)」(※これはわたくしには理解できませんでした)
「(然り然り。しかし幾ら可憐な小娘といえどガ族の女こそこの世の至高であることは譲らぬぞ)」
「(しかし大酋長。あの板絵通りの美貌だな。全くこれほどの美女はン族の中でも見たことはない)」
リュゼ様は会話に割り込んできた蛮族たちに何事かおっしゃいました。
「(本物の方が断然可憐で愛らしい)」
なんとなく笑みを隠して拳を握りそうになりましたがミカに幾度も忠言されている悪癖なので思いとどまります。
少し彼らの言葉、覚えましてよ。
暦板と暦本の話に戻りますね。
「あの暦本に何か不満でも。やはり」
技術的に印刷などでの元絵の劣化は避けられませんからそのあたりでしょうか。
「あの肖像、君やミカはまだしも私は少々だな」
「わたくしにはリュゼ様の魅力を描くには力不足ではないかと四度ポーズを変えてのリテイクしてなお、不安でしたがやはりもっともっと凛々しくすべきでした。明日印刷師を」
「しなくていい」
暦本は四種類もの表紙と毎日微妙に警句が変わる組み合わせの妙もあって収集意欲も刺激させることができます。
印刷師を配下に持つならば最も手堅い手法です。
暦板においては日々の簡単な連絡や予定を白墨で書いて後で消すことすらできるのもいい感じです。
「あの絵が君の注文なら仕方ないな」
『かのロー・アースも日付と節気候以外何も書いていない本を売りました。フィリアス・ミスリルは日記として生涯愛用したと言い、一級資料とされています」
なので、ポケットサイズで後からまとめることができる特殊な閉じをした試作品を彼に差し上げましたわ。わたくしの好きな香水を振りかけて。
「暦板や暦本は手堅い上、身分や文字の読み書きができるかの違いを超えて概ね好評かつ、試作の暦本手帳で私自身予定を間違えることが減った。
しかし、君がしたことはまだあるね」
「蔵書や研究資料や道具を融通し合える有料図書館倶楽部ですか」
あれは会心の事業だと思いますけど。
「出入り業者にしては妙に数が増えたからな。おまけに身分を隠しているようにしか見えぬ身なりの良い夫人が異様に多い」
「無料に致しましたらミカより預かりし蔵書を返却しようとしない愚か者がいましたので持ち出しを現在停止しております。『王都の初代国王言行録』があそこまで人気とはわたくし存じませんでした。きっと初代国王の威光は……」
などと言いかけるわたくしを彼は塞ぎます。
「私のみならず君の首も飛ぶので、初代国王言行録については毀損なきよう計らってくれ」
のちの返却時に『わたくしのせいではないのですが気づいたらいつのまにか手沢がさらにびっしりついていて』と主張する彼女は出入り禁止にいたしましたが、毀損を受けたはずのミカは彼女の出入り禁止の件、大変残念そうにしておりました。
「しかし図書館倶楽部は城への出入りが多すぎる。このままでは安全上問題が生じる」
「浅慮でした。移動と別館設置を検討します」
特許3年保護条例試行で技術者が試作した、『川に入れておくだけで回転してある程度着物が綺麗になる洗濯鍋』、衣服の皺伸ばし機や編み機および手縫い機なども設置し実演販売。
軽食ながら飲食無料にして、子供を預けていいように老婆や寡婦を雇い、さらに殿方用の運動具も取り揃えたところ図書館倶楽部に住み込もうとする変わり者が続出したのは計算外でした。
リュゼ様も運動具は活用なさっていますよね。
「商人たちが執務室代わりに」
「繰り返しますがやり過ぎましたわ」
あれはあれでわたくしどもにはとても良いのですが、お城というものは本来情報施設というより防衛施設です。
もう少し快適な建物を作るべきですね。
「広告つき新聞も君の入れ知恵だな」
「ええ。吟遊詩人には劣りますが記録という意味では有効ですし、印刷師がいるならやらない理由はありません。図書館倶楽部でも過去記事を閲覧できます」
彼に贈った小型暦本はかなり使い込んでくださっていますね。後で別のファイルにまとめることもできるので軽くできるのも利点なのです。
その本の表紙に描かれたリュゼ様の似姿の凛々しきこと。……あらこれは。
「フェイロンったら落書きを。
後で叱っておきましょう」
「しなくていい。私も様子を見ていたからな。
……とりあえず、私の似顔絵はもう少し醜男で構わない」
「そんな御無体な。あの程度ではリュゼ様の魅力の半分も出ていません。五回ポーズを変えた元絵はわたくしたちの寝室にて大切に」
「飾らなくていい」
「リュゼ様の無難な雄々しい両腕上腕二頭筋際立たせた正面ポーズとお尻もセクシーな両腕上腕二頭筋神々しき背面、美しさを追求した背中の筋肉美の前後でまとめたのですがやはり最も雄々しい最強力強いポーズにすべきと絵師は」
「ちょっと待ってくれ。それも君たちのヒノモトことばか。いくつか知らない単語が」
「えっ、えっと……リュゼ様がわたくしどものことばを……う、うれしい……」
後でわかったことですが、彼はこっそり辞書のようなものを取り寄せていたようなのです。
「とにかく、その謎の単語群は」
「横のセクシーさを全開にした横胸厚強調なんて飾ってあったら……わたくし動悸が……眠れません」
「増えてるぞ」
「なっ。なんと……腹筋と脚強調ですって?! そ、そんな……セクシーすぎますわ!」
「寝室に私の絵など飾らなくていいのだ」
彼は真っ赤になって照れていました。
かわいいですね。