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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
序章 王都からきたご令嬢、推しの辺境騎士にグイグイ迫る
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悪役令嬢朝寝坊を主従共に楽しむ

『寝坊というものは気持ちが良いもの。

 人生とは寝坊し言い訳を考えずのんびり勤め先を目指すようなもの。その焦りと割り切った余裕こそ人生の醍醐味なり』


 とはどなたがおっしゃったのやら。

 少なくとも文豪ロー・アースではありませんね。

 彼の盟友だったというアキ・スカラーか、詩文には一定の才を発揮したという『黄金の鷹』フィリアス・ミスリルでしょうか。


 とはいえ、この夢はあまりいいものではありませんね。

 幼い頃から時々見ている夢で、怪しきことにミカも同じ夢を見ているとのこと。


 ーー「わたくしの方が姉でしょう」

「いーえ! 今世ではわたくしです!」


「わたくしの方が2ヶ月以上早く生まれています」

「誤差です誤差! お嬢様は早産でございますから! わたくしは少々長く母の中にいまして時期としてはわたくしがお姉さんです!」ーー


 彼女は譲りません。

 生まれ変わりなど機械教徒の中でも異端の教えなのですが、こうも幾度も同じ夢を二人が同じ日同じ時に幾たびもみるのはいとあやしゅうこそものぐるおしきこと。


 内容はわたくしたちが殺し合っているというものです。


 他の方にはお話したことなきゆえに皆さまもご内密にてお願いしますね。


 夢の中ではわたくしは姉神。

 あの子は妹神です。


 神と神が諍いを起こしたという神話があります。

 もう廃れたものがたりですが。


「姉よ何故に」


 肉が湧き血が煮えやがて腐りゆくわたくしのこころに石化してゆく彼女の声が響いてきます。


 よかった。あなたは。


「あなたは勝っていた。何故とどめを」


 理由なんてございません。

 あなたとのひとときはしあわせでした。


 でも、願わくばなんの力もないひとのむすめとしてまたあなたと……。



 おはようございます。

 ミカがいません。


 着替えくらい実家の女はできて当然なのですが、基本的に貴人の召物の替えは御付きの者が行うものです。


 彼女はわたくし自らが個人的な事業で手に入れた軍資金にて雇っていますので本来はこの城の職務を行う必要などないのですが。


「困りましたね」


 貴族というもののむすめは髪ひとつの乱れも御付きに任せることになっています。

 下々の仕事を奪ってしまいますので実家にいたわたくしとしては少々厭わしきことですが。



 わたくしは寝床から起き上がるのみにとどめて書をとり久しぶりに……あらこれはいとさわがしき。



「お、お、お嬢様遅れまして申し訳ございません!」


 あら、走ってこなくても。

 あなた、シロの羽毛がついていましてよ。


「いえ、つい昨日の晩はうとうとと」


 あの不忠もの(メイ)はパイに助けられましたからね。

 暫定的に彼女が横領していたお金は不本意ながらわたくしが立て替えることとなり、心を入れ替えるまでミカが指導しています。


 ちなみにメイが貢いでいた吟遊詩人と酒場は……特定の酒場などの売掛金をこの領では禁止にしたとだけ記しておきましょう。


「それで、メイと鶏小屋で一晩を過ごしたのですか」


 殿方と怪しげな関係を持ったのかと疑っておりました。ごめんなさい。


「なんか気づいたらメイ……あいつと話し込んでしまいまして、城の外の草っ原に三匹のおなかの上で星を見ながら。いやああれは柔らかいしふかふかだしあったかいし気づいたら二人とも朝まで」


「……」


 きゃき。わたくしが剣を持っていたのに気づき、何か誤解している彼女を制してわたくしは説明します。


 怒っていません。

 怒っていませんよ。

 ちょっと羨ましいなぁとかも思ってもいません。

 ……まことのことでしてよ?


「先日リュゼさまから頂いた剣を見ていただけですよ。別に自らを傷つける気もあなたを誅するつもりもありませんから」


 あの時、彼から受け取った刀身は戦士が持ち運ぶ剣としては不自然なことに、刃がついていなかったのです。


 それにいくら短剣とはいえ彼が用いるには小さすぎます。


「(これは……古代魔導帝国文字でしょうか。リュ……ウェ……)」



「この剣って旦那様がせんにお嬢様にお渡しした守り刀ですよね。……変ですね。これはトーフだってきれませんよ」


 わたくしから受けとった剣を恭しく受け取り確認するミカにわたくしは曖昧に微笑んで見せます。

 少々心に留めておくべきことか多くなりましたので。


 わたくしたちは父や祖父たちと違いトーフなるものをくちに召したことはありませんが、喩えとしてはわかります。


 灰色の刀身は砂をまぶしたような仕上げがされており、古代魔導帝国文字とされる奇怪な文字が描かれた刀身には『リュウェイン』なるひとの名が輝いています。


「なんすかこの変な字。やまとの文字でもミンの字でもないですね。うーん。語学堪能なミスリルの一族かショウさんに聞かないと」

 多分、やまとやミンの文字が読めるのはわたくしたちの代でおしまいでしょうね。それよりも覚えるべきものがこの浮世には多すぎますから。


「これは伝説にある魔導帝国文字とされるものです」

「ああ、御伽話の。そのために文字まで捏造するなんて昔の人は気合い入っていますよね」


 あなたも少年アルダスと魔虎のなぞかけ噺を喜んで聞いていたでしょう。

 そのお話に出てくる太守がのちの魔導帝国皇帝であるリュウェインですね。


 それに、この灰色の刀身はミスリルです。


「ミスリル? お嬢様ご冗談を。あれはもっと色鮮やかで武器としては破格の性能があります」


 ええ。ドワーフたちが鍛えたものはいずれもそうですね。

 ミスリルは魔導加工に伴い鍛え手によってさまざまな構造色を持ち、もっとも硬く鋭くそしてしなやかな剣となります。


「構造色って蝶の翅みたいなのですか。前にお嬢様がおっしゃっていましたね」

 あら。よく覚えていましたね。ミスリルは宝飾品としても一級のものでしてよ。



「ところでお嬢様。アルダスって建国戦争の勇者ですよね」

 そのようになっていますね。


 そして神話の時代よりアルダスと名乗る幼子がこの世の命運を賭けた戦いには必ず姿を現すと今わたくしが読んでいるこの本にはありますね。

 偶然にしては歴史書や御伽話に頻出する名前です。


 そしてわたくしたちは祖父たちより『勇者は皇帝と相打ちになった』と伝え聞いております。



「旦那様ってその」


 いくら学友とはいえ平民の子供が王太子の悪友としていつも共にいるのはおかしな話ではありますね。『りゅうとさる』を王が彼に与える前、彼が何をしていたかはよくわからないのです。


 リュウェイン……リュゼ。

 狡猾や知恵者を意味するリュゼはアルダスの魔虎の謎かけ歌から生まれた愛称です。彼はもしかして。



「アルダス。ごめん」


 声に振り返るといつのまにかフェイロンがいました。

 どこから入ってきたのでしょう。

 あら、寝具がわたくしのみか入っていたにしては乱れています。ここに隠れていたのですか。


 見ると鍵をかけていた窓が開いており、綱が見えましたがこの子がまさか。



「おまえお嬢様の部屋に忍んでくるとは如何なる了見だ〜〜」

「いたいいたいいたい〜〜」


 あら。すっかり仲良しですこと。



「その隣は私の場所だー!」

「ミカ、昨日はパイのお腹の上でよく寝てたもんね!」


 どうも彼はわたくしの隣で寝ていたようです。

 幼子でなくば打首ですね。


「許さないですよくそがき」

「ミカさんこっちこっち」


 そうです。ミカ。

 あなたはわたくしをひとり残して、もっふもふの上で月夜を見上げ、昨夜はお楽しみのようで。


「わたくしがチェルシーがバーナードに……もとい! 不貞な女に見られるようなことをおっしゃらないでくださいましお嬢様。それは勇者ロットとラウラ姫との宿屋ものがたりでしょう」


「そうですね。あなたはあんなに怯えていたコカトリスやスライムたちと仲良しですから。ふん」


 猫のポチが『こら後ろから締め付けるな』と抗議するのはあえて気にしないことにして、わたくしは彼女をねめつけてみせます。


 彼女もいつのまにかタマをおなかに抱いて背中をいい具合に撫でながら宣ってきますがあなた猫アレルギーでは。


「タマとポチは猫じゃありません。ポチとタマです。

 そういえばお嬢様はデカい生き物は馬以外ダメでしたね」


 ……そそそそ、そんなことはありません。

 なななな何かの間違いではないでしょうか。


「そうそう。現王様が飼っていたデカい白犬。轟天号でしたっけ。アイツめちゃくちゃ吠えるし噛みつこうとするしお嬢様めちゃくちゃ泣いてましたもの」


「あなただって泣いていましてよ」

 嫌なことを思い出してしまいました。


『こらー。お嬢様から離れろー』


 そう言ってわたくしの前にたち、震える脚のまま泣きに泣いていた彼女のこと、今に蘇るかのよう。


「な、なんすかお嬢様。ニヤニヤして」

 別に。大したことではございません。


「あ、ひょっとしてあの時助けてくれた騎士って旦那様じゃないですか」

 あら、今更ですね。


「じゃ、お嬢様」

 なんですか。



「先日の馴れ初めの話、もっと遡れるじゃないですか」


 ………そうですね。


「そっかー。確かにあの時騎士ってかっこいいって思いました。でも恋にはならんでしょ。わたくしたちって三歳かそこいらですよ」


「ミカ」

「はい」


「『従者の身ながら一言多い』とはあなたの母からも幾度忠告されたか数えてみなさい」

「……ごめんなさい。お嬢様。パンを食べた数よりは少ないと思います。あとまたいいます」


 正直なことまことにけっこう。

 わたくしは抱き上げた枕を彼女へ。


 彼女は微笑み返すと胸に抱きしめて止めた枕をわたくしめに。


『やれぃやれぃ人間ども』

『頑張ってミカさんマリカも負けるな』


「わーい。僕もなげる〜〜」


 こうしてわたくしたちは子供と猫たちとともに休日の朝より主従入り混じりて恥を晒すのです。


 何度声をかけても返事がなく突入したとおっしゃるリュゼ様は、わたくしが投擲し逸れてしまった枕の直撃を受け……わたくしが枕をおっとに向けて投げるようなお転婆のように思われるのも癪なので勝手ながらこれ以上は記さないようにしますね。

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