花の聲黙し薫る
「機体よし」
「燃料よし」
設計図を油の香りにて握り締めしをなごたちが指差し点検を行い、最終点検を行っています。
「燃料注入」
「計器点検。ロベルタ、数値を報告して」
「ええ。アザリー。数値は……」
「原動機点火」
爆音。
「エンジンの状態。良好確認」
「いつでも飛べるわ」
「徹夜した甲斐があったね!」
一抹の不安を喚起するどなたかの発言は原動機の爆音と後方回転羽根の暴風にてその時のわたくしの耳に入ることはありませんでした。
「オーライオーライ!」
大きな旗を思わせる団扇を持って誘導するむすめに合わせてロベルタは機体を進ませて行きます。
「うっわっ!? 動いた! 動きましたよお嬢様!」
ミカ、五月蝿いですわよ。それにもう少し張り上げねばわたくしでなくば聴き逃します。
わたくしども主従は一つの席に強引に乗り込み大層心苦しく。
伝声管よりロベルタのいつものか細い声から想像できない溌剌とした指示。
「さぁて……ところでお嬢様がた。機体設計においてはかなり資金技術共にご協力頂きましたが、飛ばすのはこれが初めてでいきなり実戦です。デルタ翼も初めてで不具合あるかもしれませんが……飛べばなんとかなります!」
「なりませんよロベルタぁ! わたくし高いところダメなんです!」
今更ですねミカ。飛び立つまえにさっさと口覆いをつけなさいな。
肺を病んだロベルタのために開発したものがこのように使われるのは想定外でした。
さすがロベルタはわたくしやベンジャミンことフランスより最新の情報には疎くてもその応用には詳しいですね。
ぎゅこ。ぎゅっこ。
ゲートの油が足らないようですね。
しかし正面のみならず大きく開かれる視界は。
光がわたくしたちのゴーグルを貫いて瞳を輝かせます。
大倉庫を模した施設。
現代を生きる我々がお城さんに追加した部分は秘密の飛行機工場と発着場を兼ねています。
「わぁ」
ミカがため息を漏らすのは致し方ありませんね。
暁の輝きの中、油に塗れたドレスをまといし者たち手を振り。
今までの飛行機は対空時間が短く、小型のバイドゥ2型の群れに取り憑かられればひとたまりもなく、また整備修理が大変困難という欠点がございました。
そのため構造的欠陥が出ることは承知ながら、
1.脱出装置を兼ねたコクピット
2.故障多発部位や部品をまとめたパッケージ部位
3.武装
4.エンジン
5.燃料タンク及び増槽
これらをブロック化してそれぞれパッケージとし城に帰還して即パイロットを休ませ交代及び機体を万全に戻して再出撃を可能とする仕組みを構築。
そのために一機あたり3人のパイロットと1小隊以上の整備部隊を要します。
今はロベルタと6竜の『冒険者の店』の7人しかまともに戦えるものおらなくともいずれ。
「とべ! フラミンゴ! とべ!」
皆がなにか叫んでおります。
エンジンの調子は良いようですね。
機体の構造的欠陥にも抜本的な発想の転換を計りました。
帰還機のダメージ頻発部位を統計で算出。
帰還している事実からその部位の装甲を増すのは重量を増してしまうためそれ以外部分を弱点として定義し装甲を増しました。
細かい変更と致しましては、座席や外部から手動操作にて、機体に内蔵された棒を伸ばすことで、自然に棒が延びるとともに棒ハシゴに展開し乗り降りを簡素化できるようにもなっております。わたくしどもが使う馬車にも便利な品です。
「綺麗な機体ですよね。ここからでも塗装は、リベットうちの丁寧さは見えます。いい職人の仕事です」
ミスリル構造色塗装ですからね。ミカ。
装甲にミスリルを用いることは予算的にも資源的にも非現実的ですが、塗装に用いることで塗装重量比は従来の1/10以下に抑え機内温度調整まで行うこと叶います。さらにあらゆる色を再現することで敵の視認を防ぐことすら。
塗装をはじめ設計レベルの見直しにより、装備は従来よりある消火爆弾に加えて銀紙をまく仕組み、消火泡発生装置、三部族の持つミスリルを触媒とし水で高熱を発生させる懐炉技術を応用しカウンターファイアによって火を消すもしくは小型バイドゥのまとわりつきに対抗するいわゆる”草彅剣”を増やすこと叶いました。
「とべ! わたしたちの翼よどこまでもとんでいけ!」「いっちゃえいっちゃえ!」
「……ミカちゃん! お嬢様ぁ!」
わたくしたちを見守る女の子たちの中にはあのメイもいました。
彼女なら『ミカちゃんと一緒にいく』と申し出たはずなのにここに残ると。
ショウにそのようにお願いされ、『メイが待っていてくれれば旦那様も奥様も、私だってメイのところに瞬間移動してでも帰ってきましょう。空だって飛んで』と約束したのだと。
サフランを効かせて香りと色を映えさせ、干しぶどうをまぶした美味しいロールパンを焼いて待っていてほしいと頼まれたからと。
「だから! ミカちゃん行ってきて! お嬢様と!
わたしまっているから! わたしはメイドだもん!
ミカちゃんが帰ってきたら掃除とかお洗濯とかお料理とか……すごくうまくなったって褒めてね」
「メイ……。
見るまでもございません。わたくしがおしえておそわりともにはげんだのですから」
ミカは飛び立つ別れのとき、ずいぶん背の伸びたその姿を抱き寄せ。
「へへへ。もっとやって」
「銃後をお任せします。今褒めておきましょう。”Roses are red,Violets are blue,Sugar is sweet,……And so are you.”です。
……短いながらあなたを養妹として迎えることができ幸せでございました。陪臣家はあなたを歓迎します。いつまでも健やかにいらっしゃいまし」
「えっ。ミカちゃん最後よく聞こえなかった。なんて褒めてくれたの」
ミカはメイにこたえず、後ろに立つ皆様にも頭を下げました。
想いはわたくしも。
前後いたしましたがわたくしどもはそうして翼となったのです。
「ええ!」「お任せください!」「帰ってこなければお城のお宝を根こそぎ盗んでしまいます!」「あやしい種と変な発明しか残っていないけどね」「怪しいってなによ私たちだって人のこといえないでしょう」「へっへーん」「あ、でもミリオンのところから盗んだワインは美味しかったからあとで開けよう」「神よお許しくださいませわたくしもいっぱいだけ」「一杯じゃなくて大量に飲む気だ」「奥様! ミカ! 行ってらっしゃいまし! 領主様たちを頼みます!」
女の子たちの明るいさえずりよりとどろく回転羽根の爆音のもと、フェイロンとかつての酒場店主が何事か呟き合っています。
「……子供のあんたまでも行くのかい」
「あの磯焼き候補どもを陸にあげちゃまずいでしょう。大人にならなければ誰が子供たちを守るのさ」
つつじの香水かおる彼女の表情は読めません。
「クソ養父もそう言って姿を消したね」
「大人でしょ。ヌルは。そしてもうすぐ」
女の子たちが爆音に負けないよう暴風に飛ばされぬようドレスをおさえ油があちこちについたハンカチを煌めかせ叫ぶなか、ふたりの奥には幼さ残るも倍近い歳の女性と共に戦う決意を固めた整備兵の少年がそのやりとりを黙って見守っていました。
嬰児の姿を持ついにしえの戦士をかつての少女は抱き寄せました。
「『つつじ』。今はそう名乗っている」
「花言葉は『禁酒』。なかなか面白いね。そっか『節制』が大事になっちゃったか。お幸せに」
子供と呼んでも良い年頃の少年は何故か申し訳なさそうにフェイロンに頭を下げております。
「あのさ、養い子さま。
あなたと同じフェイロンって名前の奴に会ったらさ。
『アザレアの花をたくさん咲かせて待っている』
そう、伝えておくれ。
桃色のも白いのもいっぱいだよ。
これは造花だけどいくつか受け取ってくんな。
……いつか知り合いに渡したかった」
彼女はそっとフェイロンの胸に何かを入れました。
「令嬢顔負けの礼法と話術に語学と心理学。鍵開けや忍びの技。狩や戦い方。あらゆる乗り物の扱いも教わって貴族様の縁ってことにしてもらったのに詐欺師になっちゃったからかな。本音がわからなくなっちまった。こんなことでしか伝えられないんだ」
「充分すぎるほどだよ。アザリー」
機体が少し動きます。フェイロンとアザリーの二人は見えなくなってしまいます。
「……アザレアの花言葉をご存知ですか」
「はい? お嬢様時々変なこといいますよね。少しカーブしますから機体に捕まってよそ見なさらないでくださいまし。……フェイロンなら大丈夫です。あの子とは長い付き合いですから。むにゅ?!」
少し大きく揺れてミカが体勢を崩します。
その時伝声管から聲が割り込みました。
「赤は禁酒や節制。桃色は『青春の日々』だよ。ミカ」
「へぇ。さすがっすねロベルタさん」
わたくしかのものどもの会話は聞こえませんでしたが。
「あっフェイロン女の子みたいに頭に白いのつけて。もういたずらっ子なんだから」
……そして白は『満ち足りた心』と何より『あなたに愛されて幸せ』をさすのです。
あの子はわたくしどものもとでは実におとなしいいい子でしたよ。
個性を感じないとわたくしどもがこころの奥で悩むほどには。
思えば採用の時や折々において、新人たる彼女達も奇妙なことを申しておりました。
赤子の頃に嬰児に拾われ育てられ奉公に出た。娼館の禿になるまで不思議な嬰児といた。不思議な獣や嬰児のきょうだいと育ったなどなど。夢ともつかない思い出として。
子供を救うことと戦うことしか存じず育てることは知らぬ者。
ゆえにわたくしどものもとではいい子にしかなれなかった。
ミリオンのように料理にめざめたりする道を与えることかなわず。
養親としてくやしゅうございますわ。
「お嬢様、この白いアザレアのブローチはいつぞ身につけましたか。お胸がほら、顔に当たって痛くて」
「……ごめんなさいまし。少し動きますゆえ」
いたずらっ子ですね。かれは。
ミカをだきとめ、もの想います。
たしかにフェイロン。
道は切り開くものですね。
それを歩むか否かは子供たちに。
ミカ。動かないで。もう。
なにを肩を叩いて……ごめんなさいまし。
「お嬢様。今さとりました。呼吸器は重要にございます」
こちらこそ至りませんでした。
三部族や太陽王国移民株式会社の皆様の義勇兵。
海賊衆とその奥方たちは義憤にかられ領主を救わんといつ暴発するかわかりかねる状況。
兵士長であるセルクは騎士であるリュゼ様に代わり街で指揮をとることでしょう。
医者のピグリム様。紋章官バーナード。賢者であるショウも共にあるはずです。
元兵士のベッポは城にいる孫娘モモのためにつるぎを再びとることでしょう。
詩人のアランとサフラン様と調子の良いアジテーターであるジロラモは街へ。
鍛冶屋チェルシーと庭師クムは身重を押してでも子供たちのため工兵を指揮します。
兵士であるポールとライムはリュゼ様の護衛。
ングドゥとデンベエは来るべき戦いに備えて買い出しに向かい戻ってきません。
ンガッグックは勇者ゆえ三部族の指揮をとるのでしょうか。鉄槍竹を植え迎撃準備をしているはずです。かの竹の花言葉は『正義ある限り太陽は登る』ゆえに。
わたくしに『あなたを愛している』の花薫文字を師事したガクガに至ってはあやしきことに姿みせません。わたくしつねに身勝手なる彼女を想い手を振りました。ひょっとしたら『愛し憎み友情を育みたくおもいます』かもしれませんが構いませんわ。
執事長のジャンはひとびとを率いて城を守ります。
彼の武装した姿を初めてみたやもしれません。
わたくしとミカが連れ込んだ猫たちは今や増えに増え工房の中にまで。
アクセサリーのエナカのおばあちゃんと常連の皆様は無事でしょうか。ミカに懸想していたエドなる幼子とその父たる元悪徳粉屋は戦闘糧食を焼き固めているのでしょうか。
メイの両親サントス夫婦は大人しく剣や杖を作っているでしょうか。
酪農家のロンは今日も乳搾りをしているのでしょうか。
王妃教育にて師事したディーヌ夫人や学園講師リン様は息災でしょうか。
本来ならばこの場所に立っていたコリス嬢は心穏やかに過ごしていらっしゃるのでしょうか。
遠く離れた藩王国で親友カラシくんと『物狂い女王』たちは戦いを続けているのでしょうか。
印刷所の皆様、マリア様やロザリア様。新婚前に公演をと訴えていたフランスは街を出ることかないましたでしょうか。
お父様。ミマリ。ナレヰテ。陪臣家の皆様。お転婆お許しくださいね。
思えば我が背のつれなさに、浮世のさだめのむごさに袖濡らすこといくどあったとても、わたくしは彼の手が受け止めてくれることを信じて。
「辺境で……」
「え、お嬢様。何かおっしゃいましたか」
全てを失って主従二人旅立って多くの暖かさに触れました。
「推しの騎士様との新婚初夜に『お前はトロフィーワイフだ』と暴言吐かれて放置されましたが、辺境で親の目も届きませんのでおっしゃるままに好きにいたしますね」
ええ。今ならわかります。
親たちの目が届かないのではなく見守られていたことを。
その優しさも暖かさも我が背は存じて代わりにわたくしを支えてくれたと。
ですから。
此度もこのわがままを受け止めてくださいまし。
今すぐお救いに参ります。
『”Fly me to the Sky! “ ーー駆けろ蒼穹の果てにーー』
『”Fly Me To The Moon”ーーやつがれにたまかつらとらせたまふなれよ。ぐしゆきたまわれーー』
紙の月だって空に輝けるのです。
わたくしどもが読んだあの小説の一節が思い浮かんだそのとき、わたくしどもは光の中にございました。




