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悪役令嬢、怪談を喜ぶ

「うむ。これはあやしき」

 わたくしはかつての学園の指導教官シース子爵令嬢リン様からおしえていただいた数式を書いていました。


 概算で現在の帝国の人間の数と経済規模。

 同じく王国の経済規模。

 太陽王国の人口などなど。



「面妖ですね。これは金の価格をあげねばなりませぬ」

 この世界は魔導強化された貴金属と同額の貨幣により運営されてきましたが、為替が蔓延り結果的に人類の経済規模は増しております。


 それに反しかつてよりはるかに魔導士の数は減り魔導強化の技術も廃れつつあり。


 ええ。わたくしが当地に為替など大量に持ち込んだゆえの金不足と銀不足から、貨幣と同価値だったはずの為替に対して貴金属の供給が追いつかず、まるで投げ売りのように為替が扱われるとともに、市場に大量に粉や油が溢れ、どさくさ紛れに一度民に世間広しと解放した魔導帝国の財宝をわたくしが為替が崩壊する前に現物で引き取りせしめた珍事は記憶に新しきことですが、そののちコインに加工しておらぬ大量の帝国銀が貨幣の代替として市場で流通しており。


 貨幣の総量からしてこの数値。

 しかしながら飛躍的に経済規模が増えていると言うことは。


「銀価格と金価格を跳ね上げねば大不況に陥り当地は滅亡しますね」


 わたくしは商人ではございませんが、相場は行います。

 とはいえ技術革新がその要素を吸収するとして修正式を……。


「またやっておるのか」

「リュゼ様」


 わたくしがチョークで書いた数式を彼は眺めておりますと。


「こことここが違うはずだ。再計算してみなさい」

 え。


 本当ですね。

「あなた様は実のところとても優秀なのでは」


「私の方がこの地に詳しいだけだ。君の計算は都市の発展とともに燃料が不足し維持費が高騰し文明が崩壊するモデルだが当地は湿地帯が多く燃料に困ってはいない。石の墨や油は設備費がかかるが当地で一般的な湿地の葦は生育が早くほぼ無尽蔵。舟を用いれば輸送費もかからない」

 そういえば彼の学生時代をあまり伺っておりません。

 悪戯ばかりして留年しかけたとは父たちより伺っておりますが。


「もう少しお話くださいな」


「そうだな、このようなときは私の愚かしさや失敗話をすべきだな。

 三部族より土地を借りて彼らに使用料を払う。土地の使用料は君も存じているだろうが有史より年間0.5割ほどになる。三部族は金を使わんが利権の概念や為替は理解できるからな。それより大事な本題は……この土地を用いて芋を育てようとした。職のない人々に共有農場と個人農場を運営させてみた……どうなったと思う」

「『所有は荒地を黄金となす』ですね。おそらく実った芋は『不思議なことに』個人農場にのみ実ったのでしょう。おそらく横流しで」

 わたくしも学生時代にやった間違いです。


 マリア様は激怒しておりましたが、あのアッシュなる農夫は健勝でしょうか。かは傑物でした。



 ……チョークをにぎるゆびさきほどけ、戯れあい。


 わたくし共はおそらく恋愛をしていなかったのです。

 彼がわたくしを遠ざけんとしたように、わたくしも彼の容姿などあるいは過去など見ておりませんでした。不要ゆえに。


 ……でも、今からでも少しづつ。

 珍しくも眠り続けるかれの頬にくちづけを。髪を自らただし裾を引きミカを呼ばずに手ずから目覚めの茶を淹れるのがいとしくて。



 そのような日常が始まろうとしている中、不思議なお話を知ることになったのです。



「大変ですミカ」

「どうしましたかお嬢様。いえ奥様という練習をせねば」


「奥様!?」

 わたくし舞い上がりそうです。

「あっまだダメですね。わたくしがいつも言う『大変です』をお嬢様がおっしゃって混乱しておりましたね。

 急ぎでなくばわたくしだけで調べてきますが」


 ペガサスが最近愛想良いからって。

 かはわたくしの愛馬です。


 調子に乗っても宜しゅうございますが、側使を愛馬の背には乗せません。


 ……ペガサス自身が乗せるというならわたくし何も申しませんが。



「教会に幽霊が出るのです」

「……どっかのもと小説家ともと髙司祭ですか」


 違います。

 あのおふたりはとても仲睦まじいですが、それよりもののけに近きもの。


「行方不明の元司教様が出ると街のものが」

「あー。パス」


 あんなやつ死んでいて良いのに、迷って出てくるなんてアランの呪曲で滅ぼしてしまえば良いのですとミカはいいます。


 確かにわたくしども、かの方からは婦女子として危うき目に遭いかけました。


 されど曲がりなりにも彼はマリア様の元婚約者の伯父ちち君です。


 マリア様の婚姻に差し障る前に偽幽霊事件などいつものように二人で解決してしまいましょう。


「……反対」


 かように説くとミカは睨め付けてきます。

 今に始まったことではございませぬものの主人に対して不遜です。


「なにゆえに」

「大事なお身体です。幸か不幸か! 今差し当たって大きな変化ありませんが、幾度死にかけたかご存知でしょうか」


 確か……幼少期に空を飛ばんとして自ら木の上より飛び降り……。

 空を飛ぶ機械を作らんと屋根の上より落ち......。

 蒲公英たんぽぽの綿毛を見て空は飛ばずとも適切な空気抵抗を知るべく陪臣家郎党どもが止める中シーツを持って崖下に身を踊らせ……。


 病で高熱を出し……。


 あるいはいくたびか暗殺者に狙われ……。


 学生時代はロザリア様とマリア様とともに『少女の悩みはわたくしどもの悩み』と『あらしのふくろう倶楽部』を結成してから幾度か銃撃を受けあるいはうちかえし……。


 はたまた婚約破棄によりミカと逃亡し……。


 この地でもミカが『大変ですお嬢様』と駆け込んでくるたびに急ぎ追いかけてくださる『護衛騎士』様と探偵まがいの戯れに駆け回り……。



 うふふ。ミカも戯言ざれごとを。

 わたくし記憶術には一家言ありましてよ。


 かように大きな経験すべて、忘れることなど……とはいえあれは危機に入るでしょうか。むむ。


「わからないじゃないですか!」


「リュゼ様たちやマリア様たちや陪臣家の皆様たちがいらっしゃる場合は例外です。皆様優秀ゆえにわたくしに知られる前にことが済みます」

「おばけなどどうせ子供のイタズラ。お嬢様が買って出る必要などございません。いつもいつも二人でペガサスに乗って色々口を出し手を出してきましたが、しまいにはわたくし旦那様はおろかセルクにまで叱られます」


 あなた、最近セルクと仲良くないですか。

 確かあなたは歳下で真面目な方が好きだったはずですが。


 それにセルクはリュゼ様の配下であり、わたくしの僕であるあなたとは関係ありません。


「わかりますわかります。ではセルクに『オバケ退治にお嬢様が行きたいとおっしゃるのでお手数かつ業務外ながら同行願います。ダメなら旦那様に報告し、護衛騎士様なる高貴なかたにお伝え願います』と」


「もういいです」

 まったく。皆様わたくしをかごの鳥のように扱いすぎです。

 シロやコマやパイだってお城の屋根から飛び降りていますのに。

「普通の貴人というものは、フラフラ出歩きません。女性なら尚更です」


 つまんない。妹ミマリならかように申すでしょう。

 本来ミマリにも側使がいてしかるべきですがわたくしどもは三人姉妹のように育ちましたゆえ後任が決まらないと父が困っている模様。


 ミマリも「ミカちゃんじゃなきゃヤだ」とわがままを貫き、素性わからぬ学園メイドに任せるわけにも行かず推薦がありながらも王立学園若年入学試験を受験せず自習を貫いているようで。


 ミカの歳下の叔父シナナイがミマリと同い年ですが、あの子がまことに女性ならば解決するのですが。


 シナナイをマリア様のところに行儀見習いとして出していたカナエということにして学園に潜り込ませる案もあったもようですが、マリア様はわたくしどもの意向などお構い無しで「冗談でカナエに若年者特別推薦試験を受けさせたら合格しちゃった」などとおっしゃってミカの父を驚かせたおこないゆえ、シナナイをカナエということにしてしまうと彼を学生にする必要もありそれは無理と判断されました。仮にあのような騒ぎがなくともマリア様はカナエを手放すことなどなかったでしょうけれども。


 その場合陪臣家のものでありながら家の命令に反して行儀見習先から帰らない不忠義になるのですがマリア様ですからね。


 ええ。シナナイがミマリと関係を持つ可能性は本家含め誰も討議しませんでした。


 かはシナナイゆえに。


 かの見た目は完全に女性です。

 内面は立派な殿方なのに。



「シナナイやフミュカが当地に来てくれれば」


 ニノスケは追い返します。


「あー。フミュカ姉さんは可愛がりようがキツいからわたくしちょっと苦手ですけど、叔父上は役立ちますしね。特に叔父上の資料整理はわたくしより上手です。でもミマリ様と同年ですから学園に通わせて護衛にするのが無難でしょう。ニノスケ兄さんは……追い返してくださいませ。わたくしと結婚しようと企む変態です」


 語るまでもございません。


 なお、ミマリやシナナイと同い年のカラシくんは波枕を共にした覚え書きを卒業論文として提出しすでに卒業認定を受けております。


 たまには遊びに来て欲しいのにカラシくんったら。

 若いを通り越して幼き身なのに『諸国漫遊を経てから故郷の畑を耕して余生を送りたい』と申し、今は藩王様と姉君に招かれ、かの『物狂い王妃』に協力しているとか。


「なんか、このサイン、カナエにそっくり。同じ字ってあるもんですねー」


「そのようなこともございましょう。案外本人かもしれませんよ」

「ないないない。ありえません。

 あのカナエが長銃持って悪党どもと戦うなんて想像もつきません。なんかカラシくんまた『物狂い女王』の『気狂い騎士』とボクシング勝負したって書いてますけどあの子旅先で会う男会う男と殴り合って何やってるんだか……」


 かように申すミカの左耳がすこし動いていました。


 わたくし『あらしのふくろう倶楽部』のときにあなたたちのはたらきをよく見ていますが、カナエは一度見たものをまねるのはとても上手でしたよ。


「『返せないほどの恩義を受けながらの不始末、詫びの言葉もありませぬが……』なかなか文章しっかりしていますねこの方。『物狂い』だからでしょうがお嬢様やわたくしにも面識があるかのように書いていますけど。ううん……まさかね」


 わたくしがくちをひらきかけますと彼女は態度でふさいでしまいます。


「あっ! 黙っていてくださいませ! 何をおっしゃりたきかはわたくしにもわかりますゆえ!」


 彼女は楽しそうに手紙を読んでいます。

 目の端に光るものが見えたかについてはお答えしかねます。


「よろしければ己が部屋にてごゆるりと」

「良いんです。ええ。わたくし知己の手紙は溜め込まないようにしていますゆえ……また見せてくださいねお嬢様。『カラシくんからのお手紙』を」


 こうして『物狂いの戯言』は処理されました。

 わたくしどもとなんの関わりもなき遠方のお話。


 その方がいいのです。


 きっと『彼女』ならただしき道を歩いていけるでしょう。

 マリア様ことミューシャもケイブルを名乗る『物狂い王妃』についてあえて何も語りませぬが人の感情に鈍いかの方も『あの子』に対しては別なのです。



 のちに『政争に散った美しき娘たちの真実!』と銘打った数々の口にしがたき無責任極まる興行どもの中で例外的に一世を風靡することとなる『偽りの王妃は自らの想いをひた隠す』なる歌劇が上演され、その大胆な解釈と演出に夫人方、とくに若いむすめたちに大好評となりますがわたくしたちの存ずるところではございません。


 当地ではチャリティーとして子爵令嬢役と気狂い騎士の両役を、フランクリンことベンの『あの脚本』を全面手直しして大胆な演出と改変そして衣装デザインを行ったロゼことロザリア様自らが勤めました。


 出演者をすべて女性にて固め、全編において可憐な娘たちが殿方役をも演じ氷上で歌い踊る別物となり、物狂い王妃を演じるミューシャことマリア様の美しくも凛々しくたけだけしき姿とロザリア様の美貌と思わせぶりな演出そして騎士としての堂々とした耽美極まる振る舞いにより男女共より好評を博しましたが、最後までマリア様はヒロインの側使と子爵令嬢の同性愛じみた過剰な演出に文句をおっしゃっていました。


 ロザリア様はとても楽しそうにしていらっしゃいましたけどマリア様へのいじわるを好むあの方ゆえに真意のほどはかりかねます。



 わたくしどもが知己どもの楽しい話に耽るなか、領内ではまたおかしなことが起きつつあります。



 もののけなど童の戯れ。

 わたくしも納得しましたが、それは恐ろしき形で姿を表すのです。

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