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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
悪役令嬢のお母さま

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悪役令嬢、母の帰宅を見送る

 高貴なる血。

 不老長寿の薬。


 ディアナ・ディア・ディアスだったとされる者はわずかです。


 確実なのは聖ユースティティア。

 あるいは少々あやしきながら太陽王国の祖と関わった英雄シーラ 。


 ロザリア様の祖先であらせられるカリンことジョセフィーヌの末裔にも幾人か。

 もっとも分家には『王の手』なるロザリア様たち本家になき固有魔法が伝承されたようで書面では混同された形跡があります。ちなみに『王の手』はわたくしの知る限り今のところサフラン様と子供たちにございません。


 他『はなみずき』など多くの女性の名前や殿方の名が高貴なる血として名前が上がりますがこれは輸血技術確立前の人物たちゆえ後付けでしょう。


 たしか『車輪の王国』滅亡の引き金を引いた勇者もそのように語られるようです。


 とはいえユースティティアは英雄の時代の人物。かの時代に輸血技術があったとしても伝承に過ぎません。



 異世界であるひのもとの子孫であるお父様に高貴なる血の要素がないならば帝国貴族である母の一族に起因するかもしれません。いずれにしても特殊な血です。


 母の血は人間の基本形に近いようです。

 いわゆる他のかたの血と混ざる血です。



「やっぱりわかりません」


 復調して即座に研究を始めてしまうわたくしに母もショウも呆れております。


 というのは母はあの後、『体調が優れない』とおっしゃるようになったからです。


 急ぎお父様にもお手紙を。

 今まで健康そのものだった、しわひとつしみひとつない美貌を維持していらっしゃる方ゆえ。


 医者であるピグリム様の見立てでは軽い貧血。



『貧血ならばわたくしどもの血を使えるのでは』



 そう考えましたが潜在的な病気……聖ユースティティアは『未病』と表現しましたが、それが発現する可能性を考えますとわたくしもしくはミカはすでに輸血を受けあるいは与えたわけです。

 わたくしどもがいずれかの未病を持っていますと母に感染する可能性があります。

 わたくしやミカには影響なくとも母にはその限りではありません。



「もう少し自分の血について研究しておけば」

「クリは研究するのに、御自身のことは後回しで美しいお目を幾度もつきかけていますからね」


 ミカからは注射を何度も打って血のサンプルをいただきましたので彼女はおかんむりです。


 カリナもまた母の血に近いようで幾度も協力いただきました。

 彼女の鉄面皮が如何なるこころか。

 わたくしロザリア様ならざるゆえわかりかねます。


 ふと『未病』の概念に思い至ります。

「と、なると……この使用済み注射器も危険では」

「お嬢様。注射器がどれほど高価かご存知ですよね。わたくしきちんと手順を守り丁寧に洗っていますよ」


 煮沸消毒後密封し使い捨てかつ安全な器具を安価かつ大量にそして回収し溶かして資源として……こうして思いつきのメモばかりが増えて本流に戻れないのは業のようなものですね。


 ガラス器具、特にガラス管の量産及び再生産を行う機械……水車でできないものでしょうか。


「お嬢様。お嬢様。輸血より食事の方が確実です」


 ミカはかように申しますが、母は本来食事を必要としない身体なのです。


 ……。

 わたくし何か思い出しかけたような。



「そういえば聖ユースティティアは『手を洗え。殺したくなければとにかく医療行為する前に手を洗え。部屋も掃除しろ。殺すぞボケ(原文ママ)』と言い残しましたが輸血とも関係があるのかもしれません」

「お嬢様、頭に血が登っていらっしゃるのに、貧血でございましょうか。わたくしにもわかるよう思いつきの数々の理由を語っていただけると助手として助かるのですが」


 ミカの口撃はもはや絶好調です。


「以前まとめた『衛生条件と手術の成否に関する研究』は」

「お嬢様が『喜んでいただける』と妄想だかなんだかで喜んでいたのに、学会及び当の医師や看護師たち現場より、『未来の王妃はバカ』と凄まじい中傷を受けることとなりましたよね。助産師たちは擁護してくれましたけどぜったい論文読んでませんよあれ」


 ショウもピグリム先生もわたくしのこの論文は読んだことがなかったそうです。

 なんとか太陽王国の学会誌に載せること叶いましたが原本は焚書を免れなかったので仕方ございませんね。


「そもそもあれは産褥熱に関する論文では。輸血と関係ありますかね。水を通さない手袋が云々と冒険者の使うものにまで手をだして『いくらムラカミが冒険者ギルドを束ねているといえ冒険者の装備は専売対象にならない不文律を壊す試み』だと郎党どもにまで疑われ」


 もういいです。

 わたくしが拗ねだしたので彼女は。


 ……どうせ茶菓子でも取って機嫌を取るつもりでしょうけれどもわたくし屈しませんからね。



 彼女の姿が見えず、思わず周囲を。


 ぶに。


 わたくしの頬をつついて微笑むミカと目が合いました。


「あなた、無礼に過ぎませんこと」

「えっ? 何がですかお嬢様。

 いやぁ。ほっぺたがずいぶん血色良くなられて。

 ついついやってしまいました。テペロペロ」


 しばらく睨み合いました。

 屈したのはわたくしの方です。


 もういいです。

 これ以上つつかなくていいですから。


 笑わないでくださいまし。

 全くあなたは主人に対する敬意というものに欠けるのではないでしょうか。



「……食事の用意をお母様に」

「はい! そのようにミリオンに!」


 どちらにせよお母様の病状には輸血の研究は間に合いません。それより食事の方が幾分まともな成果が出ることでしょう。


 ミリオンは『帝国貴族の食事を作るの?! ここで?!』と抗議しましたがリュゼ様が別の厨房と帝国から取り寄せた原材料を用意していらっしゃいました。

 あのミリオンにすら帝国に対する偏見があるのでしょうか。



「ミリオンとロベルタには多大な損害を受けた」


 母の言葉に不思議な気持ちです。


 大戦で活躍したロベルタはさておきミリオンは童ですよ。当時なら生まれてもいません。


 もっともわたくしどもの足元で物欲しそうに母への料理を眺めるフェイロンもまたミリオンと変わらず歳を重ねませんが。



 ミリオンの料理は肉団子をケチャップなるトマトのソースであえてパスタを加えたもの。グロテスクながら滋養溢れる深海魚のソテー。チーズ、パン、肉類。そして果物類。



「言っとくけど帝国貴族の味覚に合わせているから、ぜったい食べちゃだめだよ。食うなよ。

 繰り返し言うけどつまみ食いしないで。......特にそこ! フェイロン! メイ!」


 びくっ。

 フェイロンが伸ばした手を引っ込めました。


 メイはそれでもこっそり別方向から忍び寄りましたが、ミリオンが何事か耳元に申しつけると顔色を変えて。


 メイは『世間広し(つまみ食い)』を諦めましたが、わたくしの目から見ても美味しそうです。


 特に良い香りといい、スパイスといいさすがミリオンですね。


「あの、毒味役は」

 ミカがおずおず申します。


 しかし母はミリオンの料理を平然と作法に則って召しました。


 ゆっくり優雅に。芸術的に美しく。

 まるで糧となったものたちへ、関わったすべてに敬意を払うように。


 気づけばすべて。


『ご馳走様』


 母はひのもとの礼の中でも、この珍妙かつ教会の権威を侵害しかねない礼法がお気に入りです。


 後で伺いましたが、母にも毒が効きません。

 ミカのおそれは杞憂に過ぎません。


 わたくしとミカにも毒やおくすりなど効きませんが体質的なものですし、異教の女神の加護を失った今ではわたくし改めて試したいとも思いませんね。


 となると取り急ぎ毒味役を設けねばならないのですが、この城には今まで。


 いえ、わたくしも毒の検出については多少の意見を持ちますが、試料が万一にも混入していてはならないと食事にすら研究を持ち出した時期があります。

 その時に家中、特にリュゼ様よりお叱りを受けましたので。



「帝国貴族が『血が足りねぇもっとじゃんじゃんもってこい』って言いだしても済むようにリュゼがあらかじめ用意していたけど、まさか本当に料理するハメになるとはねえ」


 母はそのように品性のない発言は致しません。


 嘆息するミリオンにわたくしは抗議する代わりにお願いをしてみます。



「明日にでもわたくしどもにもあのパスタ、振る舞ってくださいな」

「えっ?! えっ!? あのね。トマトピューレを保存する技術が王国にはあまりなくて……ほら、瓶詰めを奥様はお造りになりましたが、あれは時折なにゆえか不良品があります。この季節は帝国より輸入せねばならないのです。


 ……わかりました。トマトならあります。冷水でゆっくり凍らせ保存したトマトやみかん……やまとびとの柑橘なら」


 母が召す、かはトマトピューレにあらずや。

 あやしうことを申しますねミリオン。


 ミカはやまとの食べ物があると知って早速メイとともにミリオン秘蔵の冷凍みかんを奪わんとたくらみしめしたるようですが、耳にしなかったこととします。


 わたくしども、風切り羽根を捧げてくれた物言わぬ友柄のため昨今はコカトリスの肉は召しませんが、他の肉やお魚などならば口にします。


 ……みかんは美味でした。

 わたくし出所は伺っておりません。



 最近のミリオンは食材や調理法や調理場所に神経質です。


「基本的に人と帝国貴族の料理は空気だって触れさせたくないんだ」

「まぁわかるけど、奥様にはわからないわ」


 庭でミリオンとロベルタが話しているのを聞いてしまいました。



 母の体調は回復しましたが、『あぎと』様は職務を忘れて観光気分かあちこちを。

 帝国貴族というものは福利厚生に富むようです。



 ちなみに『あぎと』様は快く母への献血に協力してくださいました。

 もちろん彼は体調を崩しません。



 献血自体は魔道帝国期の書物にもありますが、その基礎は聖ユースティティアが確立し、その後散逸したもの。

 母を救うためおじは快く協力はしてくださいましたが、あの笑みは絶やしませんでした。



「死ぬ気か『心臓』」

「人間は死にますが、意思を残します。それは血筋に限りません。子を残し、他人の子を守り、書を残し歌にしあるいは踊り喜び怒り悲しみ伝えて生きてゆきます。わたくしは人に嫁ぎました。人のやり方を実践しているのです」


「完全なる我々は死なん。酔狂はよせ」


 貧血に過ぎないのに、母もおじも少々大袈裟です。


 母は父が大好きです。

 貧血などお父様がいらっしゃればすぐ回復します。


 迎えに来ない選択は父にはございません。


 たとえ宰相が激務であろうとかれは母を愛しておりますゆえ。



 ……。



「わたくし、父母にすべてを」


 それどころか妹のミマリも、弟のナレヰテすらも訪れるのでは。

 ミマリに叱られるのはわたくし少し。



「しっかり叱られなさい」


 わたくしの背はむごいことをおっしゃいます。


 あんなことやこんなことやそんなことすべてが父に明るみに。

 親の目が届かぬこの地で背の申すまま好きにしていたのに。


 いまさらむごいです。

 あなたさまも同罪です。


 娘を想う父は苛烈なもの。

 その覚悟宜しゅうお願いします。



「そうっすね。おふたりが元気になって色々やってなんとかなってから、わたくし一週間目にしてまた倒れましたから」


 主人に、そしてその背たるリュゼ様の前で何を。

 ミカを睨んで差し上げます。



 あの最後の日。

 あなた己のつとめをわすれましたよね。

 あんな……愚かな真似をリュゼ様の前で。



 あの過程と労苦。

 あえて筆にできませぬが、あの朝ほど幸せを感じ、また衣替えもせず髪も直さず気持ち良さげに寝ている己の側使によって我が背の前で辱めを受けたことはありません。


 長年の務めなくば解雇です。



 もっとも母がいてよかったのです。


 幸せに浸ったわたくしどもはすべてを忘れており、そののちさらに一週間分の執務を妹背で半分泣きながらこなすことになりましたし。


 執事長のジャンはあえて処理してくれずにサフラン様に師事して裁縫を頑張っていました。


 ミリオンとフェイロン、そしてクムの子供たちは気が早いことにもう賭け事を。


 ミカは一連の間、『お嬢様。しばし殿方と共に仕事できそうにございません』と愚かにも。


 わたくしどもの執務を別室にて手伝いましたがその程度では足りない失態ですわ。



「やっと帰った。

 デンベエ、塩をたくさん売ってくれ」

「海水ならくたばるほどありますわい。あの御仁は暇ですな」



 春が訪れ快くなり、母も帰るとおっしゃいます。

 お父様の来訪に備える準備は徒労に終わりよかったです。……今のところは。


 父は海賊出身ゆえ、我が背は少々の覚悟が必要です。父とかれは歳さほど変わりませんゆえ。



「やっと二人とも帰っていただけますね……」


 ミカ、無礼です。


「奥様がいらっしゃる間、『常に二人以上で』と旦那様がおっしゃるせいでお尻が冷とうございました」

「ミカ、あなた最低ね。つつしみというものがないの」

「おばさんも風邪ひいたじゃん」

 ……。


「あのトイレ怖いもん。ミカちゃん高いの苦手だもんね」


 大きな城で持ち場を離れられぬ城詰めの兵士たちもそのようにします。

 利便性は増しました。わたくしの背の考えに間違いはございません。

 実際、母も『あぎと』様も快適に過ごして帰ります。



 わたくしども、国王陛下からは『うけるーマジそれホント』なる許可なのか私信なのかわからぬ御言葉を賜りました。


 後で大臣様に真意を確認しましたところ『追って措置を取るとのことで帝国の勝手な言い分ゆえ反乱の意図などなきこと承知』とのことです。


 父からは『今すぐ行く。こいつ殴ってから』と返信がありましたが、とりあえず侯爵家と王家は戦争に至らずで、相変わらずおふたりとも仲良しです。


 ショウの新作が異例の写本率なのは納得ですね。

 ……わたくしの父を使っていいはずがないでしょう。発禁にします。



「帝国貴族というものは勝手すねー」

 鍛冶屋にして本職は蹄銀職人であるチェルシー曰く、『蹄銀やその備えを帝国貴族は軽視しすぎている』とのことです。


 貴人が長旅に動けば必ず蹄銀職人の耳に入ります。


 しかし彼ら帝国貴族は有史以来目的地の他に姿を現した事実はないのです。

 もちろん知的好奇心のまま歩むことはありますが。


 母もまた船に乗った記録なく、宿に泊まった痕跡なく。

 まるで小さなお手紙専用の早馬を使ったかのような速さで。


 わたくしとリュゼ様はコンテナを用いた密輸入防止策に穴があったのかと妹背共に悩んだものです。


「小荷物ならわかるが、本国から藩王国を超え流氷残る海を渡り、この日程で『ひざのくに』半島に辿り着き、私の網にもかからず三日前に通達して唐突に現れるのは無理だ。『あぎと』も論外だ。本当に唐突に現れたのだ」

「ですよね。本国にいるときのお母様は馬車を用いましたのでわたくしにもわかりかねます。瞬間移動という遺失魔法が帝国に残存しているというお話は寡黙にしてわたくし存じませぬ」


 しかし母も『あぎと』様もは魔導といった『人間の技術』は使いません。

 ますますわからなくなります。



 ......小荷物に詰めて送る。ですか。



「そういえばマリア様、もといミューシャにお願いして、リリ村でそのような手法を実験したことがございます」


「リリ村? 辺境の……ケイブルゆかりの村か。王都に距離的には近いが」

「職人がひとつひとつ作る椅子が馬車に積み重ねられ馬好きな学友が心を痛めていたので、椅子の材料を部品ごとに分けて作らせ、水車や風車を用いて規格化し、女子や子供でも作れる安くて品質の良い部品を各々の村で作り、街道を用いて大量に……」


 職工ギルドに潰され、規格が狂うことになって組み立てできず頓挫しましたが。


「君は相変わらず、いや昔の君も魅力的だな」


 ごめんなさい。また儚くなってしまいそうです。


 わたくしも成長するのです。

 あんな努力を経た妹背ゆえミカの手など借りずとももはやこの程度で知恵熱など。


「その詳細を聞きたいのだが。村村によって調達できる素材も異なる」

「ええ。座位は柔らかくしなやかに。背は頑丈かつ快く。脚は硬く頑丈に。そして床に触れる部分は床を傷つけぬ素材にて……」


 彼は真剣に聴き入ってしまいました。


「あの、当地で行うつもりならばわたくしどもには旧家たるケイブルやマーリックと違いブランド力というものがありません。

 品質は保証しますが輸送費を考え、この地における椅子の需要を考えますと」


「少し気になることがあるんだ。


 ……ミリオン、ミリオンはいるか。

 できたらミカにも頼みたい。


 馬肉の入荷があれば調べて欲しいと」


 馬や船がなくば貴人は移動などできません。


 もちろんあやしいことなどありません。

 馬は大きな生き物ゆえ、街路で斃れることあればどなたかが目にします。


 母は旅立ちます。

 外交官『あぎと』様は帝国国境に確かに辿り着きました。


 しかしながら彼のおっしゃること、あやしうことなきことを改めてのちのわたくしは思い知るのです。

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