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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
序章 王都からきたご令嬢、推しの辺境騎士にグイグイ迫る
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悪役令嬢夫婦の証を交換す

 市場というものは騒がしいもの。

 あちらでなにか起きていますね。


 すっとリュゼ様がわたくしたちの盾になってくださいます。


 そこに騒ぎの元凶が。



「こっこっ! こっこっ!」

「シロ! コマ! パイ! 帰ってこい!」



 子供たちが大型コカトリスの檻を開けたようですね。


 嘴に石化毒はありますが、大型コカトリスは気性が丸くて人に慣れ、子供の相手をしてくれる知性もあり愛らしいのです。


 特に白く艶やかな毛並みが魅力的です。

 逃げるコカトリスたちのその首に、三人から五人の町の子供たちが抱きついていて楽しそう。



「マジか……辺境やべえ。

 コカトリスと子供が遊んでいるんだ」



 普通の小さなコカトリスでも駆け出し冒険者では手に余る魔物ですからね。爪と嘴だけとはいえなかなかの難敵です。



「誰か〜〜誰かうちの子を止めてくれぇ!」

 コカトリスを連れ込んだ卵農家が困っているようですね。



「ご機嫌よう」


 子供たちを乗せたままわたくしから三呼とまり整列する彼らにカーテンシーをすると、彼らは『クワッ』と言ってくれました。


 そのあとは簡単です。


 丁寧に子供たちを降ろした彼ら彼女らは農家に連れられ整列して市場の奥に消えていきました。


 子供たちは『つまんなーい』と不満げだったのでクッキーを買い与えてやりました。


 王都や帝都でなくても『ミリア』が売ってあるのですね。砂糖をどのようにして入手するのでしょう。


 ミカは『ミリア』が好きなので彼女の分も。

 あとリュゼ様……もとい護衛の方にも。



 ミカが三角にして腰に巻いている飾りナプキンを広げ、護衛の方がどこからともなくティセットを取り出して香り高きお茶を淹れてくれます。


「結構なお点前で」


「どうぞ小さなレディ」


 ナプキンは馬車避けの石に敷かれ、わたくしたち二人寄り添えば座れる広さがあります。


 作法に則り香りを楽しみ茶の渋みを愉しむとお茶受けを口にします。

 少し食事が遅れたのでちょうど良いですよね。



「コレ、伝説の貴婦人にちなんでいるのですよね。お嬢様」


「『安価でおいしく保存が効き在庫を絶やさない』ですから」

 ミカ。瓶詰なども彼女の発明だそうですよ。


 かつて大陸を制したという本店は絶えて久しいですが『災害が起きれば篤志家の名前入りクッキーを無償で配る』その名と志は残っていますね。


 魔導人形の自立技術を簡素化して主人の動きを真似るだけにした魔導人形たちによるダンスの大道芸を眺めつつ軽食を楽しんでいますと。



「奥様〜〜」


 先ほどの農夫がかけてきます。

 というよりコカトリスたちが。


 わたくしたち、一応お忍びなので、町娘Aと町娘Bということになりませんか。


「無理でしょ。お嬢様」

「まったくです。まだ娘なのにこんな立派すぎるおっば……」


 コカトリスに小突かれて彼は一瞬石化しました。

 もう少しで打首でしたね。


「アジャサマー」

「オジョサンマー」

「アゲルマスデスー」


 コカトリスたちは自らのふかふかの翼の……。


「きゃ。それはっ?!」


 鳥類としては命である風切り羽根を彼らは自ら引き抜きました。そしてそれを嘴に咥えてわたくしたちの前に並び立ちます。


「……わたくしたちにこれを」

『クワッ!』



 コカトリスが、いえ鳥類がかような行動をする論文は寡目にして存じません。


「奥様。もらってやってください。こいつらなりに何か感じたもんがあるんですだ」


 魔物とはいえ良きまごころ。

 有り難く受けたく思います。


 別れ際にコカトリスたちが嘴に挟んで捧げてくれた三枚の風切り羽根をわたくしたちはそれぞれ待って進みます。


 農夫のロン氏曰く、コカトリスが自ら捧げた風切り羽根はしばらく生え変わらなくなってしまうとのことでとても縁起が良いだけでなく美しいのです。

 あとで帽子にでも飾りましょう。

 デザイナーのアンに自慢できそうです。



「でも、お嬢様」


 なんですかミカ。


「わたし、アレ思いっきり、もっふもふってやりたかったなあ」


 そ、そ、そのような淑女にあるまじきこと。か、かかかかか考えも、貴人の身では及びもつかぬ庶民の発想ですね。ミカ。



「柔らかそうだったなあ。暖かいんだろうなあ。めっちゃおとなしいし可愛いしデカいし抱きしめても暴れないだろうし。小型と違ってお日さまの匂いがしたなあ」


 は、はははは、抱きしめるなんて……破廉恥な発想ですね。

 想像することすらあり得ませんわ。


「でもお嬢様。猫好きじゃありませんか」

 お城の猫と石化能力を持つ魔物をおなじゅうしないでくださいな。

「スライムでもいうこと聞きますし。え、可愛くないのですか」


 わたくしは火照る耳を、扇子で表情を隠して彼女から視線を逸らします。


 ……目の前に自称護衛騎士様がいらっしゃいました。

「呼んでこようか。小さなレディ」


 思わず蕩けておりました。されど。



「リュゼ様。護衛はしばらくお口を巾着袋にていただきたく!」


 あ、あちらにもいとおかしな香りがします。

 龍涎香りゅうぜんこうでしょうか。


「あーあ。三匹まとめてモッフモフやったら気持ち良さそうだし可愛いんだろうなあ。お嬢様のせいだ」



 くっ。屈しません。屈しませんよわたくしは。


「そのあの、いきませんか。

 あちらにはもう少し興味深いものが。

 龍涎香はそらとびまっとうくじらの体内から得ることのできる貴重な品で……」



「あいつら人懐こいし、デカいがほんとにかわいいぞ。乗り心地も良い」

「えっまじすか旦那様。やっぱり呼んでこようかな。あのおじさん乗せてくれるかな」



「くっ! ムラカミは屈しない! いっそ殺せ!」

 一人会話から取り残されたわたくしめは。


「時々めちゃくちゃ面白いですよね。お嬢様って」


「子供の頃から個性的な娘だったぞ」


 何故か妻を差し置いてミカと仲良くなっている夫に嫉妬するのでした。



 街を歩いていくと、少ないものも花を投げて捧げてくださる娘さんを目にすることがあり、ここが豊かな地になる可能性を感じます。

 みなさんのお召し、布地そのものの質はもちろん王都の庶民のそれに劣りますが刺繍のパターンに独特のものがあるようですね。


 そして彼女らには髪結いの習慣はないのですね。

 それならばリュゼ様を責められません。

 あえて結わなかったのですけど。


「ところで旦那さま。剣は買いましたか」


「ん?」


 互いを守るかんざしや剣は夫婦が最初に買い物するもの。

 これはムラカミが異界渡りをする前からの風習だとミカはいいます。



 わたくしですら申し上げることができなかったのに。ミカったら差し出がま……ありがとう。



 かんざしや剣は作ること難きものです。

 まず芯鉄という剣の基本部分を鍛造します。


 目につきやすい握りにあたる部分を、いかに錐状や螺旋にと加工できるかが腕前の見せどころ。


 これにある種の樹脂を流し、削りを入れることで鉄より固く錆びず、炎に強く、しなやかで、寒くても凍って手に張り付かない剣やかんざしとなります。

 樹脂の産地により赤き煌き、蒼きウルなどとも呼ばれますね。


「馴染みの職人がいる」

「へえ。本当になんでもあるのですね」


 ミカが調子に乗っていますね。


「製造過程を見学できるぞ。マリカ、博覧強記の君とはいえ本で読めない現場仕事には興味があるのでは」

「あります! どちらかといえばあなたと一緒にみることに!」


 その製造過程を己の目にすることができてはしゃぐわたくしたち。

 あやしきことに彼の頬が少し赤かったようですがお風邪かしら。



「この羽根を入れて欲しい」


 工房につくと彼はあっさりとコカトリスの風切り羽根を職人に差し出しました。


「い、良いのですか領主様!?」


「領主ではない。サントス。私は護衛騎士だ」

「はい? 何言ってるんすかリュゼ坊主」


 職人、サントスさんは不思議そうにしています。


「護衛騎士だ。わかるな」

「はあライムのやつどうしました。うちの娘はちゃんとやっているのやら。どうにも粗忽で家業もサボってばかりで。領主さまも今日は奥様連れて自ら護衛ごっことはなかなか面白いデートですな!」


 そういえば今朝から見ていませんね。

 ポールさんもいません。



 ーーそのころ。


「ねえねえポール」

 女兵士は呟く。


「奥様たちとはぐれちゃったねえ」

「はぐれちゃったじゃねえ! てめえわざとはぐれたんだろ!」


 もぐもぐと海串を食べるライム。

 キレつつ口に突っ込まれた山串を『ちっ』と言いつつ食べるポール。


 ふたりは計画的サボタージュをしていた。ーー



「これは小さなレディにと主人より」


 この茶番、まだやるのですかリュゼ様。

 もう。とことん付き合って差し上げましょう。


「あら、ご存知ないのですか。お互いに剣とかんざしを交換するのが習いというものですよ」


 彼の手が少し止まります。


「拙者武骨者にして、女性にょしょうの髪留めを扱ったことがありません」


 そのようですね。

 わたくしずいぶんがっかりしたのですよ。

 でも知らないこと興味がないこととは、『見えない』ことです。


 これからお互いが少しずつ見えるようにできるといいですね。



 わたくしは自らの髪を巻きます。

 ミカが音もなく後ろに立ち整えてくれます。


 そっと目を閉じ、腰を下ろして待っています。

 殿方の鎧の匂いにミカの囁き声。


「ここ、ここです。斜めになっています」


 彼がわたくしの髪に触れました。


「……かたしいな」

 もう。手際が悪すぎてびっくりですこと。

 それでは淑女の関心を惹けませんことよ。


 少し痛いですけど、幸せというものは万薬に勝ります。


 コカトリスの雄羽根のかんざしはわたくしの髪に。

 わたくしの雌羽根を使った短剣は彼の腰に。


 少し遅れましたが全て無事あるべきところへ。



 シースは本来ならばわたくしの髪を編み込むのですが後で手配しましょう。


 赤い鞘に祝福の口付けを。ベルトには敗者の妻たちへ捧ぐ償いと憐れみの涙を。

 手早く彼の腰に装着してみせます。


「さすが侯爵家の娘」

「武具や馬具の着装はムラカミの女の嗜みです」


 コカトリスの風切り羽根は刀身の芯材。握りにはミカが編み込んだわたくしの髪の一部とビーズ。


 あなたがいくさばから無事飛ぶように帰ってくださいますように。


「できました」


「ありがとう。ぴったりだ。今まで使っていた短剣は父の形見だが……是非とも君に持っていてほしい」

 ええ。よろこんで。……あら。このみつるぎは。



 わたくしたちのやりとりを見惚れていたように口を閉じていた職人曰く。


「芯材に鋼や銀針金細工はよく見かけますが、大型コカトリスの風切り羽根、それも夫婦羽根を扱ったのは初めてです」


 そうなのですか。


「鉄より固くしなやか。即座に生えてくることから『不滅』の絆を示します。

 冒険者時代に戦いましたが、あいつらかわいいナリして風切り羽根を乱射してきて、なかなか強敵なんですよ。小型と違い長く伸びた蛇の尾で脚を払いにも来ます」


 唐突にミカが自分の羽根を職人の眼前に差し出しました。


「あ、あの、わたくしのこの羽根は」

「お嬢ちゃん、これも珍しい! 娘羽根だね!

 夫婦もののコカトリスから生まれた若コカトリスの風切り羽根だ。こいつは魔法材として貴重なんだぜ。

 ちょっと待ってな。あんたにはふさわしいものにしてやる。……ああ。お代はいいよ。娘羽根を扱えるなんて職人冥利ってもんさ! あとできなあとで! 今日はもうおしまいだからな!」


 剣とかんざしを受け取ったわたくしどもはライムの実家を出ました。



 気づくと日が傾き出しています。


「本日はありがとうございました。護衛騎士さま」


 わたくしがカーテンシーをすると彼は早速コカトリスの風切り羽根を使った短剣で答礼をくださいました。



 ……で。

 こうなります。



「だからなんで大量の猫を!?」

「この子誰の子?!」



 本当に気づいていなかったのですが、あとで街のみなさんが申すにはわたくしたちは大量の猫と、この少年……フェイロンを連れて帰っていたのです。



 まるで護衛するかのように猫達はわたくしたちを取り巻いていたと皆は申しますわ。



 フェイロンは、帰り道で不思議な感覚に振り返ると、わたくしの衣の端を摘んで歩いていたのです。


 三人とも全く気づきませんでした。



「き、きさまお嬢様のお召物にまた汚い手を……」


 怒ろうとしているミカですが、彼女は子供好きですからね。目端が下がって説得力がありません。



「きみ、お母さんは」

「……」


 リュゼさまのお言葉に彼はわたくしを見上げます。


わら。そなたの父は」

「……」


 わたくしが問います。こんどはその視線がリュゼさまへ。



「ぼく、お名前は」

「フェイロン」


 ミカが問うと名乗りました。

 幼いこともあり、それ以上のことばを彼は知らないようでした。




「そういうわけで、連れ帰りました。人材を」


 城のみなさんはお互い視線を交わし合って宣うに。



「拾い子とかんざしと剣。まずまずじゃね」

「いやあ、わざとはぐれてよかった」

「いやあよく休めた。奥様さまざま」

「どうでした若。デートは。よかったでしょう」

「町中が協力してくれて助かった」



 リュゼ様はみなさんに告げました。


「……今月は減給」

『横暴だ!』


 この時、わたくしと城内の皆さまの心は一つになりました。


「余計なことばかり画策しすぎなのだ!」

「ザッケンナ! ストライキしてやる!」


「みなさんの申すこと、わたくし妻として断固支持いたします旦那さま!」



 彼は翌日には皆さまに謝っておりました。

 ……で、わたくしには?



「……宝物庫には穀物以外も増やせるように努力する」

「あら、わたくしもダイエットをしましょうか」


 彼がとても情け無いお顔でおっしゃるに。


「勘弁してくれ」

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