悪役令嬢たち、黄泉比良坂より脱出をはかる
「マリカ。だめ」
フェイロン……わたくしもう。
「リュゼが待っている」
ごつん。
あやしき物音とともに王子、いえ王子だったものは崩れます。
わたくしに並び立つのは燭台を持った女性。
「ミカ?」
「ええ。お嬢様」
彼女は微笑みかけてくれます。
「ミカぁ!!」
「ちょちょお嬢様!? むぶっ……くるし……」
やりすぎましたごめんなさい。
ミカ、その休出手当と残業手当金の請求書は後にしてくださいませ。
「愚図め。化け物に唇を許すところだったぞカリナ」
「申し訳ございません。お嬢様」
渦巻く人々はもはや形を成さず、一斉にわたくしどもに襲いかかってきて。
「お嬢様おひさしぶりです」
割り込んできた影は華麗なワンツーとフットワークで薙ぎ倒します。
「カラシ……くん?」
「ええ」
こんなにこの子は背が高かったでしょうか。
「マリカ!」
ガクガ、この騒ぎあなたのあやしいおくすりですか。
「大酋長は何処や」「第一夫人。ご無事でしたか」
当地の『守護者』たちはあの速すぎて海に浮き上がる舟に乗って星の川よりやってきました。
夢だからといっても大したものです。
三人はまさに騎兵隊の大活躍です。
「………」
はて。ロザリア様、いかに。
「あの方は」
颯爽と星の川をかける空飛ぶ舟から飛び降りた青年はわたくしの知る限り声を出せないはずですが、細くしなやかながら筋肉質な美しい身体にふさわしい中性的な声で話します。
「第一夫人ご無事でしたか。パ族守護者筆頭ンガッグック。ガ族守護者ガクガ、ン族守護者にして最年長ングドゥと共に遅ればせながら参上いたしました」
上半身は弾除けの蓑と泥の装甲除きほぼ裸ですが、鮮やかな紋様のついたズボンとエイの尾を刃とする長槍を持ち髪は泥で固めた蓬髪ながら顔立ち美しく。
完全に無視する形でわたくしに膝つく彼に対して珍しいことにロザリア様は何もおっしゃることはありませんでした。
「彼はンガッグックです。帝国において一代侯爵待遇。当『ひざのくに』半島の貴族『守護者』のひとりです。ポージングブックの一件でわたくしたちとも面識があるはずですがはて」
「パ族のンガッグック……一代侯爵ですか。野蛮人にしてはもののわかる方のようですね」「ダメだよロザリアおばさま。ピンや針を持って刺して回るくせに『癖だから許せ』って言う人がいたらどう思うの。頭がおかしいって思うでしょ。ンガッグックさんはそういう人きらいだよ。だから会わせなかったのに」
「ロゼ。少し違います。
ロザリア様はそのようなおかしな方ではございません。
誇り高い彼女は人を虐げておきながら『許せ』などおっしゃったことなど一切ございません」
むしろ人を遠ざけることしかごぞんじないのかもしれません。
「感謝は伝えたわ。でも本物かわからない夢でするより生きているうちにすべきね。
ロゼ、忠言受け入れるわ。
わたくし失敗しないので。
……謝罪はしませんけど」
ロザリア様が少し視線を動かすのにつられてわたくしも視線を動かすと、そこには大きな眼鏡と日常用の赤いドレスをまとった少女がいました。
「ごきげんよう。ロザリアおばさま」
カーテンシーはロザリア様並みに上手ですね。
日常用の簡素なものですが白いフリルのついた赤いドレス姿の少女はわたくしにも微笑みます。
「お母さま。忙しそうだけどミカもいるね。こんにちは。相変わらずおきれい。それにおふたりともとてもお若いです。アマーリアお姉さまより少し上くらいかしら」
わたくしどもには娘はいませんが、少なくともマリア様やロザリア様のお名前をリュゼ様との吾子たちへ名付ける予定は……どうでしょう。吾子が生まれるときの親というものは。ミカの親族のように数字でつけた方が無難やもしれません。
「あ、ロザリアおばさまは若くなくとも綺麗ですよ。性格を今のうちに直せばむしろ美しい方になりますからご安心を」
「……子供でなくば無礼を糺すところ」
不快そうなロザリア様ですが、心ここに在らずと言ったようで。はて。
「……後で紹介してやるから、下がってろロザリア様!」
銃声と共に味方がまた増えました。ミューシャことマリア様です。
そういえばおふたりとも仲良しでした。
「あっマリアおばさま」
「あんた誰よ?! わたしまだ18歳よ!? 下がってろ危険だから!」
言うが早いかミューシャことマリア様は装填を終わらせ、ロザリア様とロゼをその背に庇ってまた銃を放ちます。
「わたくしです。ロゼです! 今までのデザイン料はロザリアおばさまじゃなくてお小遣いとして後でくださいね」
「えっ? ロザリア様ならこっちで何この子。……なにぼうっとしているのよしっかりしてロゼリア様っ?」
図らずして学生時代の『あらしの白ふくろう倶楽部』が三人揃ってしまいましたね。
正確にはここにマリア様のところに送ってから帰ってこなかったカナエがいれば主従6名揃います。
マリア様は流石に学生時代において『”おんなべんけい”』と呼ばれただけあります。
呼んだのは初めてお会いした時のわたくしですが彼女はやまとことばを解しませんので自ら好んで名乗っていました。ごめんなさい。
短銃と長銃使い分けるマリア様ももちろん、哨戒をし装填を手伝うロザリア様は心在らずながらその手は正確無比。お互い視線を動かさず機械の如き正確さで装填しつつ撃ち合い移動し互いを支援する姿は普段の罵詈雑言が嘘のような連携です。
主に手足を狙うのは『敵が救護行動をすれば敵が二人減るから』と学生時代のマリア様はおっしゃっていましたが、そこは彼女なりのやさしさです。
とはいえ夢のばけものにまで適用できるのかは疑問ですが。
「にゃー!」「なの!」
ポチとタマは大きくなれたのですね。
虎のように大きくなり、幻影を操り撹乱させることを好むようで。コカトリスのシロコマパイも石化能力を活かしつつ。
「くるなー! こっちくんな!」
「ミカちゃん私まで殴らないで!」
「邪魔しているのか助かるのか……」
カリナは主人たちの銃撃の合間のみを選び的確に打ち込んでいます。
その装填を手伝うのはモップを持ったミカですが、素人武術ゆえ敵味方ともに読みが難しく。
意外と頑張っているのは冒険者の真似事に参加して連携を学んだメイです。動きにショウの冷静さが受け継がれています。
「モーツァ流モップ術です」
ミカもまたムラカミ。倒れた敵にも容赦なし。
「前々から聞きたかったのだけど何よそれ」
「ご存知ないのですかカリナ。
ミムメヱ書房『音楽家たちの知られざる履歴書』によると作曲のストレス解消にたまたま近くにいたメイドと共にモップ振り回して遊んでいたモーツァ・ルテなる作家がヒマ潰しに編み出した最強の武術です」
「そうなんだ。知らなかったミカちゃん」
カリナは的確に射撃でマリア様を支援しつつも。
「聞いたことないわ。ふたりともバカなの?」
メイがぎこちなく弾をこめる間にモップを振り回して前線を維持するミカ曰く。
「その時家中の者たちとワインコルクをモップで打ち合い遊んでいたら親友にしてライバルであるサリ・エーラが来訪、ワインコルクが彼の顔面を直撃しお互いの家中で打ち合う珍事に発展した史実から互いの家中に敬意を払ってかの文豪ロー・アースにより名付けられたエヰリテ競技が生まれます。
これはかの著名なるY・ワイズマンが興した出版社ミュンヒハウゼン出版より刊行された『車輪の王国スポーツ起源史』にあります」
「ぜったいいま作ったでたらめだミカちゃん!?」
存在しますよ。ええ。
体をほぼ動かさず腕を背後に回して股間や肩越しや脇下から突きを放つことで獲物を敵の視界から消す独特の動きや、飛沫やものを弾き飛ばす妙技があります。
競技中は男女共にロングスカートに飛沫を防ぐ白のエプロンドレス、髪を抑えるヘッドドレスと競技規定1指の長さのハイヒールが正装です。
我々『車輪の絆の民』の古典における多くの原本は『大放浪時代』にほぼ失われているため『司書魔導』によってその叡智と文化が分類保存され、多くはテキストになっていないだけであり、ロザリア様がた太陽王国の人々にはわからない書類資料が少なからず。
幼少期のわたくしですら先人達に『もう少し子孫に残すべき資料を選べなかったのでしょうか』と問いたくなったものが多くありますけど。
なにはともあれミカたちは大丈夫ですね。
点穴を操るンガッグックは構造物破壊の点穴をつくため、あのような槍でも猛威を振るいます。生物には無効ながら敵の装甲や壁を楽々爆砕できるのです。
強化魔導と狂乱の紋をまとうガクガと遜色ない猛き。
ングドゥはもちろん逆反りのナイフを二つ使いますが杖なし魔導と精霊の導きそして教会でももはや使える者おらずと言われる神々のことばで戦い。
これが夢の中神話のかなたよりはるかな未来までほろばずに永遠の戦いただ続けるという、三部族が誇る『守護者』ですか。
普段の残念さと違いガクガは凛々しくとても美しいです。これは女性でも魅力的に感じますね。
抗うことかなわぬ好奇心によりついにひとくちおぞましきものを興味本位に舐めてしまいましたがこれが夢なら仕方ありません。
現実ならば今度こそ出入り禁止にします。ええ。
夢にしては苦かった上毒があるのかピリピリしましたが。
「さてと。色々聞き出したいことがあります!」
ミカは王子だったものを縛り上げました。
これまこと蜃なる竜がおこすゆめまぼろしゆえ許されるのです。
「リュゼ様はいずこや」
わたくしも扇を手に問います。
「知らん。俺は帝国に雇われただけだ」
これはゆめにて、わたくしもふだんといささかことなる振る舞いをするやもしれず。
簡潔に述べます。
わたくし拷問や人を縛ることは好みません。
わたくし自身がそのような憂き目に遭いました。
拷問など百害あって一利なしでございます。
「あなた『幸せな夢を見せる』能力者かしら。だとするとウルド『貘』卿ね。はじめまして。結構なオテマエに感心するわ……さぁ」
カリナはどこからか椅子を持ってきました。
「な、何故お前は俺の能力を知っている!?」
「『共に幸せな夢を見る』能力なら、幸せな夢故に標的は自ら目覚めることはほぼできない。解除するには夢の世界で術者に『お願い』するか、共に眠りこけている術者を暴き殺す……とどうなるのかしらね」
スキルやギフトならば、『同意するならば術者が死亡しても効果は継続する』はずです。
「デンベエおじちゃんたちがあんたの居場所をそうそうに突き止めると思う。ねえねえお願い。あんた悪いひとじゃないよね。だからこの夢なんとかして」
ぬるいですねメイ。
ミカ。縛りなさい。
「わたくし、拷問なぞ心底にくんでいるのですが」
「ちょっと、ちょっと。マリカ。違うわ。太陽王国における正式な縛り方はこうするのよ。全くあなたたちは拷問の伝統を知らない田舎者だから困るわ。ちゃんと手伝ってよマリア様」
「ロザリア様は実にむごいことをご存知で、無知蒙昧なるわたくしども感心する次第ですこと。ちょっとマリカ、そこの締め方甘いわよ。てめえ猟師もするケイブル舐めんな。逃げられる縛られ方くらい知っているわ」
わたくし、リュゼ様が関わることに関して、すべて極めて愚昧にして稚拙。そして拙速です。
「えっと、待ってくださいませ。『腕を縛り上げ指を反対に折る』とこの本には記述ありますが、本当に行うのですかロザリア様」
「ペンチはあるかしらカリナ。ありがとう。初めて言えたら嬉しいものね」
「……!」
感極まり嬉し涙すら浮かべるカリナですがわたくしども構っているほどこころに余裕なく。
「マリカ。マリカ。あのね」
フェイロン、黙っていてくださいませ。失敗しますゆえ。
「ペンチで何をするのですかロザリア様」
「もちろん指を切ります。一本ずつです。爪先からゆっくりです。おしえさとしながら少しづつ短くしてゆき止血も必要です。そして素直になるまで根元まで。完全に無くなれば致し方ありませんので次のゆびを」
なんとむごい。されど。
「致し方ありません。リュゼ様の命運はすべてに最優先されます」
「ニンゲンはよくわからん」「ねこにもわからない」
面倒なのでポチとタマには星魚にて黙っていただき。
「まぁロザリア様マリカ様。なんとむごい! えいっ」「ちょっと待て、何も聞いてねーだろおまえら!?」
あら。
「おまえら手際わりーだろ!? 爪剥けたぞ!」
「ごめんなさいえっと……ウルド『貘』卿。ロザリア様、ウルド『貘』卿が不手際を責めていらっしゃいますわ」
「次はしっかりやらせます。わたくし失敗しませんので。頑張ってくださいませマリア様」
「あの、人にやらせずあなたがやるべきですわロザリア様」
わたくしどもが相争う中話しかけるものが。
「あのぅ。お嬢様がた。それはちょっと」
「ミカ、リュゼ様のためです。わたくしだって好きで行うわけではありません」
「それにこれは夢ゆえたぶん起きたら快くなっています。そうですよねカリナ」「もちろんお嬢様のおっしゃっていることに間違いなどございません」
「それなら遠慮なく……」
ごきっ。
あやしゅう音ぞ。
「あ。ごめん。折っちゃった。どうしようフランス」
「いでぇーー!? おまえらめちゃくちゃすんな!」
口角唾を飛ばし。ですね。
もっとも議論の余地なとございません。
わたくしどもは扇でおもてを守ります。
「申し訳ございません。次はしっかりやります。……マリア様が」「なんで私が。本ばかりの知識を出さないであなたがやりなさいよマリカ様。そもそも失敗しないロザリア様がやるべきよ」「あら、私は指示はしますがこのように下賎なことは野蛮な子爵代行に譲ります。わたくしは人のつとめを妨げることはしません。マリカ様。マリア様の言い分もっとも。後学のため学者としても興味ございましょう。お願いして構いませんよね」
えっ。
でも考えてみれば被害者はいないことになります。
……夢ですからね。これは。
えぃっ。
「どうしてそこで椅子で殴るの! こっち。ちゃんと持ちなさいペンチを!」
「マリア様ごめんなさい。あと名前が被っていてややこしいのでやっぱりミューシャとよびたき所存」
「さわがしきことこのうえなくまことものかなし。太陽王国伝統ゆえ私が手本を」
「待て待てまておまえらお嬢様だろぅ?! 無茶苦茶すんなぁー! やぁめぇろう〜〜!? いゃぁらめぃ!?」
「黙れ下郎め! リュゼ様はいずこや」「はじめてゆえ学友らが手際が悪いのは致し方なきゆえ、しばし待たれい」「えっと……あ。ごめん間違えた。マリカごめん。ペンチで押さえていただけなのに爪剥がした。折るか切るって難しいね。どうしたらくっつくかな。夢だしいいよねロザリア様」
「あぎゃああああ」
「……えっとですね。お嬢様。いくら敵でも問題あると思うのです」「ですね」
カラシくん、フランス。もっと押さえて。
「ガクガ!」
「マリカ、夢の中でもやっていいことと悪いことある」
彼女は以心伝心、その言葉に反してどこからか袋を出してきます。
……乱暴なことは致しません。
ご安心くださいウルド『獏』卿。
あなたは子供のころ何が望みでしたか。
ええ。なるほど。兄弟多くしかも貧しくおなかいっぱい食べたかったと。
それは深刻ですね。切なかったことでしょう。
ところでここにお酒と干した海草がございます……。
「マリカ、マリカ、それするとお酒は美味しいけど星若草が胃袋の中でバカに膨らんでおなか破れてしまうよ」
フェイロンの言葉にミカが『ひっ』と小さな悲鳴をあげます。
「ちょ暴れんなしっかり抑えてロザリア様」「あさましく疎かなりてまことゆゆしき」「ではたんとおあがりなさい」
何故かカラシくんまでドン引きしていますが、夢ゆえに。
「いう! いう! 言うって!? もぐもく……ぶっはっ!? ごぼごぼがばぁぁ?! ……領主は自室にいる! ただしその為には複雑な鍵を開けねばならない。これは現実世界の方法に準じるから、俺でも開け方は……なにそのスライムは。ちょっとちょっと待ってメイちゃんうばばば溺れる」
スライムさんがいるなら、ミミック理論で仕掛け鍵をとけるやも。
こうして、わたくしどもはこのややこしき事件を解決に。
……ふむ。
あれ。
わたくし何故リュゼ様の枕元に。
ふふふ。いいです。
これも夢ならば。
わたくしは眠っている彼の頬にくちびるを寄せます。
ゆめです。これはゆめゆえに……。
彼とぱっちり目が合いました。
「どうして君がいる」
えっと、物憂いによる夢遊病です。
「ふむ。何故鍵が開いている」
わたくし、王妃教育の一環として鍵開けの妙手を少し。
「どんな王妃教育だ。ではこの寄木細工の仕掛け鍵をいかにして」
ミミック理論により開けました。
おかしなことです。いつのまにかそうなっていました。
「君は魔導帝国期の家具には詳しくないはずだが」
それなりには存じております。ミミックによる民芸品の再構築実験を手がけたゆえ。
「ふむ。日記をみたか」
「妻と認めてくださり、わたくしこころよきままにあなたをだきしめいつのまにやら眠りに」
あれ。そのようになってますね。
変な夢を見ました。
よくわからないことに、わたくしども皆が記憶曖昧にて。
「正座して反省してもらう」
むごいですリュゼ様。




