ミカ、友人たちと立ち上がる(『お嬢様。大変心苦しいのですが休出手当と残業手当を請求しますね』)
かなえ……。
私の目の前で鬼灯のように砕けた友人を抱きしめようとして。
「おミカさん下がって」
割り込んできた誰かに止められました。
そのまま抱き止められるように私は部屋の奥側へ。
硝煙を放ち、湯気残る銃を握るのは。
……黒髪で少し小柄な、簡素なドレスを身につけた女性。
彼女はさらに紙でまとめられた玉入れを銃に込めます。
その入れ替えを壁のように守るのは巨大な倭刀を持った商人と怪しげな大型機械を従えし。
「カナエが」
くずおれた骸には頭はなく。
「私のカナエ」
「違う。『私だけのカナエ』よ。ミカ」
銃を持つ女性はさらにその先端を骸に。
やめて。
銃の音が響きました。
「……他人に銃を向けるなと伯爵家では教育受けないのかしらカリナさん」
大きな機械の腕で守られたマリア様は眉ひとつ動かさずつぶやきます。
「私どもの友人に遠慮なく鉛玉を叩き込む方は別ですので」
先ほどまで取り乱していたカリナですが銃を手放していたわけではございません。
しかしながら私の知る二人は人の脳天に向けて銃を放つ方たちではありませんでした。
「友人? ……友人ねえ。
あなたたちの目玉は節穴なの。
私は絶対間違えない」
マリア様は銃を構え、デンベエじいちゃんもフランスも油断なく。
「大きな声を出しますわ!」
私が叫ぶとマリア様は「出しなさい。誰も来ない」と呟くと嘲笑うように懐に手を伸ばし。
「あなたたち、新聞は読まないのね」
私に新聞を叩きつけるように渡しました。
マリア様こそ新聞どころか黄表紙も読まないはず。
カリナは小声でつぶやきます。
「あなた様の胸の谷間によく入りましたね」
あ、そうですね。お嬢様なら理解できます。カリナだとさすがにわかるくらい。
カナエも意外とあるので装飾品くらいなら隠せるかも。
「ドレスには新聞くらい収まる隠しポケットくらい無数にあるわよ。あなたたちだって存じているはずよ」
「挑発を間に受けてカッカするな」
デンベエじいちゃんは背後にいるマリア様にぼやきます。
「スレンダーってやつでしょう。僕は好きですけど」
「こ、ここで惚気ないでよ!」
なんたる茶番でしょう。
しかし騒ぎを聞きつけ先程の冒険者がくる気配がないのはなぜでしょう。銃声などすれば飛び込んできそうなものを。
「ミカ、読んで」
読めと申しましてもカリナ。
されど銃を手に睨み合うこの人々の中で戦う力がないのは私のみです。
新聞はある記事を中心に折り畳まれており、目に飛び込んできた記事を。
「読めと言われても……藩王領に現れた物狂いの少女が同類の自称騎士と共に冒険者の真似事をしていること、その非の打ち所がない貴婦人としての生活と彼女を慕う藩王都の人々及び藩王の惚気めいたコメント記事なんて……うん? 夢見る王国のケイブル王家?」
私、ケイブルという家は一つしかぞんじません。
「いっとくけど『黒き針』ケイブルは長女相続かつ一子相伝よ。後継者が未成年ならば代わりに他の親族を当主として王家へ届け出ることはあるわ。お父様のようにね」
家格でいえばやや劣るマリア様がケイブルより旧家出身かつ身分も上のロザリア様と対等に話していたのは友人であると同時に実質当主と言って良い立場だからでした。
「そういえば『黒き針』を名乗る家は他にありませんねミューシャ。少なくとも昔遊学した太陽王国では聞かない名前です」
フランス。今はベンジャミンかもですがあなたのは遊学じゃなくて締め切り落とした挙句、お嬢様のお金を持ち出してカラシくんを無理矢理連れ出して……いえここでは述べません。
私が新聞を読んでいる間いつのまにかカラシは射線の前で私を守っていました。
「その節はどうも。12歳の少年は当時研究の邪魔と思いましたが、行ってみれば楽しかったですね」
無手ですが彼は銃を前に怖気付いた様子を見せません。
「親戚筋ならアイアンハート騎士爵家や男爵家を名乗るからな。厳密に言えば今はこの娘しか名乗れん名前だ。男は王国内では当主でも家中では本来の主家であるアイアンハート男爵と名乗る」
かつての『車輪の王国』三国時代、王は『最初の剣士』の子孫を名乗り王家の娘たちは滅びた魔道帝国の皇族を名乗っていたようなものですねデンベエじいちゃん。
「厳密にいえは車輪の王国統一王時代にアイアンハートは滅びているので、友家であるオルデール侯爵本家からエニッドという娘を迎えるとともにリリという娘を養子に迎えたの。そのリリの子孫がケイブルで……ってどうでもいいわ。私が勉強嫌いなのはみんな知っているでしょ。それよりミカ、カリナ」
彼女は言葉を区切り、続けます。
「アレが私の、あなたたちのカナエですって?
ふざけないで。あの子は生きている。
そして……ううん。知らない方が良いわ。
これは私の推測。でもきっと間違えない。
あの子ったらお母様の絵画に加えて……。指輪まで渡しちゃったのは私の失態ね。でも……いい。知ったら迎えに行きたくなる」
もしかして物狂い王妃とは。
私が問いかけようとするのをカリナは止めました。
「今はお嬢様方たちの安全を優先するべきのようですよ」
「ぼくが確かめます」
のんびり手を上げてカラシが歩みだすと、首なし死体に近づきます。
気づきました。
普通頭が砕けたら血やら何やらが弾けます。
「カラシ気をつけて」
「うん。こいつはやっぱり人間ではないです。やっぱりマリア様……今はミューシャでフランスがベンでしたっけ……がおっしゃっていたことが正解みたいです」
この状況でなくば研究したいのですが……とりあえずと彼は呟くとその死体を蹴りました。
「小さな頃、カナエちゃんはお祭りの日に指輪をくれました。ぼくにとっても大事な幼馴染です」
覚えていたんだ。
その骸の粘土細工のような首周りには私どもの宿敵、帝国の走狗の特徴があり。
「バイドゥ?」
「私のカナエを模して……許すはずがないでしょう」
しかしバイドゥ1型はお粗末な顔を貼り付けた人間のようなもののけ。
表情などなく、記憶レベルでも他人を写すことなどできないはずです。
混乱している私とカリナをよそにカラシは話をすすめます。
「どうりでさっきはマリア様に口を押さえ込まれて連れ出されるわ、デンベエさんにほっぺたつねられるわ、フランスに髪の毛ちぎられたわけですね」
「あんたに化けたやつがいたのよ。婦女暴行犯みたいなこと言わないでよ」
「衣装を取り出す名目で武器を揃えて」
「一斉にやっつけたわい」
そいつは少年時代のカラシの延長みたいな容姿であり、あまりの汚さに耐えかねたマリア様に散髪をされ、髪の毛が蠢く粘土細工のようになったことから発覚したそうです。
「おミカさん。カリナさん。どうも残念なのですが」
私はいつのまにか膝をついていました。
私は私は私は。
「メイっ……」
「よんだ?」
えっえっ。えっ。
彼女は私の懐に飛び込んでくるとポカポカ叩き出します。
「ミカちゃん私置いてったー!」
いたいいたいごめんなさい。
「でもよかった。メイ。ごめんなさい許して」
「ミカちゃんくるしい。もっとだっこ」
私どもが再会の喜び浸る間、男衆は動いていました。
「えっと、ミューシャさん。やっぱりみんな寝てます」
「呑気なものね」
デンベエじいちゃんは凍死者が出ないように建物に入れてあげようと言い、男たちも同意します。
新型のバイドゥは顔を変えある種の催眠能力やテレパシーを持つのではと言うのがベンことベンジャミンの仮説ですがおそらく真実でしょう。
おそろしいことになりました。
はやく旦那様とお嬢様に報告せねばなりません。
ところで。
「マリア様。これって休出手当と残業手当出ますか。特別危険手当も」
「あの女に頼みなさいよ!」
ーー(リュゼの覚書より)
カリナを名乗る存在は親切だったとメイは語る。
「あのひと、いい人だったよ」(証言ママ)
メイは悪態を彼女と交わしながら買い物を楽しむことになった。
人形の着替えをするために物陰を借りたり、折を見てスライムで鞠遊びをしたという。
カリナを名乗る存在が邪悪な意図あればスライムの分体が察知したはずだ。おそらく真実なのだろう。
信じられないが新型はある程度人間に似た情緒を示し、オリジナルの情緒に乗っ取られるような振る舞いをする。
いや、目標とした存在の『期待通り』に振る舞うらしい。
妻たちが来てからバイドゥの起こす事件が激減していたからな。
まさか新型を開発していたなど私の調査も拙いものだ。
カリナを名乗る存在との時間は楽しかったとメイは言う。
メイは久しぶりに母の家を訪れた。
「ほめてくれた。びっくりした。気がついたら寝ていたの。お母さんがすごく優しい顔で寝ていて起きなかったの」
母を寝台に入れたメイは元の場所に戻るとミカとカラシがいないことに気づいて激怒した。
当然であろう。
しかしそこでミューシャたちと合流し、あちこちで死んだり別れた友や恋人の記憶に囚われ幸せな夢を見続ける人々への対処に追われることになったとメイは述べている。ーー
「起きていた人もいるけど、とってもとっても大変だったの。ミューシャさんは『はやくカリナを助けに行かないところされているかも』ってうるさいし」
「余計なこと言うな泥棒むすめ!」
ミューシャと呼ばれたマリア様は顔を赤らめています。
どろぼう……何をしたのかは聞きませんがきっとメイはいいことをしたのですね。
「曲がりなりにも知人が殺されているかもしれないのよ。人助けも大事だけど気が急くのは当然でしょう」
「ミューシャ、いえマリア様。
ぼくは君を誇りに思いますよ」
ぴたりとミューシャ様ことマリア様は動きを止めると照れたようにしており。
実際に照れたのでしょうけど。
私、彼女が殿方にかような振る舞いをするのをみたことございません。
「ま、まぁ……死なれていたらロゼが泣くから……なによ? ニヤニヤしない! 婚約者とはいえあなたは平民ですからね! 無礼よ!?」
「お気遣いありがとうございますマリア様。それともミューシャ様と呼ぶべきでしょうか。
愚昧なる私にはあなた様のおこころわかりませんでした。
私のような側使風情を高貴なあなたが助けにきてくださるなどなんと感謝すれば良いか、私の主人ロゼリア様に幾度打擲されても足りない失態です。
おかげでおうちに穴が開きましたけど」
そして友人は変わりません。
あなたマリア様を見習って恋人作った方がいいかもしれませんねカリナ。
私こそ恋人作れと反撃されそうですが。
「? どうしましたかおミカさん」
「ミカちゃんこの人に近づいたらダメっ! なんか近いもん!」
思わず古くからの知人の一人をなぜか見てしまったのでメイに叱られます。
「カリナ。説明足らずだった。
カナエの偽物みてついカッとなってやってしまった。今では反省している」
「宜しゅうございます。ぬいぐるみたちは無事でしたから」
そのぬいぐるみたちはしっかり仕舞われておりますね。
「あとで修理代と漆喰塗工事もつけてやるわよ! 婚約者が」
「また私ですか!」
夫婦漫才を始めるミューシャことマリア様とベンジャミンことフランスをうまくかわし、カリナは早くも片付けを始めていました。
「側使風情なんて言わないでください。そりゃ時々ひどいこともカリナさんはいいますけど僕にとってもあなたは知人です。
それにカリナさんが男性嫌いなのは僕も知っていますので気になりません」
男衆はカリナに理解がありますが、カリナが女性として大変魅力的なのも考慮せねばならないと考えてしまうのは私の邪推でしょうか。
「あいつに預けてよかったと思うぞ。孫娘は誤解されやすいが悪人ではない。ワシが育てていたらどんな悪徳商人になったかと思うとな」
「デンベエじいちゃん、今の聞こえてないよね」
ツツツとよって小声でボヤくデンベエじいちゃんは今頃になって家族の大変さに気づいてしまったようです。
私を叩いていたメイはつぶやきます。
「あのひと、とってもしんせつだったよ。
お母さんがあんなにやさしかったことないの。
私がきれいなかっこうをしても大丈夫だって。喜んでくれるって。ほんとうだったよ。
すごくすごくお母さんがほめてくれて、優しかったの」
帝国は人間を『幸せ』にすることを是としますからね。
前にフェイロンやポチたちと行った時以来の落ち着きだったようです。
帝国と違い我々人間はにくみあい争い合い誤解しあい、税を搾取しあるいはひとを騙します。
かのバイドゥは最も人間らしい存在かもしれません。
「あちこちにバイドゥが侵入しとる。ワシは城まで行くがミカっ子。おんしらは邪魔じゃぁ。他のもここで待っとけぇ」
「待ってデンベエじいちゃん。お嬢様が危険です。私行かねばなりません」
思わずデンベエじいちゃんに抗議する私にミューシャことマリア様が立ち塞がります。
「あなた銃が使えて?
魔法の一つでもできて?
剣の扱いもできないでしょう。
カリナはまだ使えてもあなたまでは守れない。
どろぼう娘あんたもよ。
ここで暖炉にでも当たっていなさい。
落とし前は私がつけてやるわ」
「いや、孫。おまえも……」
デンベエじいちゃんの言を無視してマリア様は続けます。
「……あの女を助けに行く羽目になるのは虫唾が走るけど。
ロゼリア様だって探さなきゃならない。全くフラフラフラフラどこ行っているのよ。
……新聞の締め切りが迫っているのよ!」
「やっぱりあの人新聞読まないですよ。
前日にたまたま毛布代わりにしていて転載記事に気づいたのです」
フランスことベンジャミンは愚痴とも言わずにこぼします。
それでも髪の毛がおかしいと気づいてからの動きはさすがですね。
メイは留守番に抗議します。
「でもでも、乗合馬車みつけたよ! 鍵あけてたくさん助けたもん! ここからあるくのは大変だよ。わたしミカちゃんよりは馬車扱うのできるよ!」
窃盗には違いありませんが、この場合緊急避難です。
緊急避難は法学的には適用が難しいですがお嬢様の危機です。
そして私どもお嬢様方には地獄の果てまでついていく誓いを交わした仲。
「よくやったどろぼう娘。ほめてやる。でもミカ、カリナは……」
「畏れながらマリア様。私があなた方『白ふくろう倶楽部』の冒険についていかなかったことがありますか? 今度もお役に立ちますので、是非とも私の主人のもとへ。
それに私もともと騎士の家柄。
馬車ならそちらの娘よりは扱えますわ」
カリナは銃にありったけの弾丸、短銃を取り出してきます。
「私も行きます。行かない選択肢はありません。お嬢様は私の姉妹なのです」
同行をあくまで訴える私たちにミューシャことマリア様はため息をつくと。
「私のような貴婦人には他家のものとはいえメイドも必要でしょうね。
三人とも。……四十秒で支度しなさい!」
『ありがとうございます!』
「なんでミカはまだしもあんたとハモるの。こんなのカナエの代わりになるのかしら」
「おばさんと気が合うらしいから」
混乱しますがカリナとメイは初対面で仲良さそうです。
私にミューシャ様ことマリカ様は告げます。
「こんな形でミカを使うなんて想定外よ。何度引き抜こうとしたのかわからないのに。あの女はいつまでも忌々しい」
憎まれ口は放ちますが頼りになる時もございます。
ありったけの防寒具をかっぱらって、もとい持ち出してきたらしいカリナが馬車の準備をすでに初めています。
「お祖父様たち男衆は起きている人々をまとめて、寝ているひとたちを助けて、なんとか追いついて」
体重の軽い女性の方が馬には負担が少ないですからね。
「それだったらまかせて!」
メイが叫びます。
彼女は唇に指を添えると鼓膜が破れかねない指笛を鳴らして。
吹雪にも負けないバタバタした羽ばたきは優雅とは遠いものですが馴染みのものです。
「ニンゲン、我々を忘れるとは不遜ぞ」「毛並みが乱れてしまいました」
ポチとタマもいますね。
シロにコマにパイ。飛ぶよりは走る方が彼らは得意です。普段は歩いていますが。
「ミカちゃん乗って。カリナおばちゃんは馬車で」
「さっきから聞いていたらおばちゃんってあなたに言われる覚えはないわよ。……わかった」
私はシロのふわふわの背中に抱きつきますが。
「えっ?! えっ?! 私に乗れっていうのこの雌鶏」
「ダヨー」「ダセー」「ナノネー」
馬術競技の達人ですからたぶんマリア様なら鞍などなくとも振り落とされることはありません。
コマはたまに興が乗ると飛びますし曲芸めいた動きをしますゆえ。
「いやよいやいや!? いくらあの女たちのためといえ……私貴族よ。馬にしか乗らない! 魔物なんかに乗るはずないでしょう!?」
抵抗虚しく彼女はコマが蛇のように伸ばした首に囚われ尻尾に絡め取られ。
(ーーこの時私は『パゲーナ様の触手物語みたい』とよからぬ空想をーー)
……背中に投げられます。私もやられました。
「行け! あとは任せて!」
カラシにメイはお尻を叩いて何かいいますか私の知らない単語です。
しかしカラシは笑ってサムズアップしたので悪口ではないのでしょう。
「パイ。お願い。あとでいっぱい貝殻あげるから……ぜんそくりょくだ!」
コカトリスたちは弾丸のように駆け出し、マリア様の悲鳴は寒空に吸い込まれ。
お嬢様、ご無事でいて。
そして危険手当はくださいね。




