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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
序章 王都からきたご令嬢、推しの辺境騎士にグイグイ迫る
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悪役令嬢街に繰り出す

 翌朝。


【議題:奥様は魔物使い(まじょ)


 謎の標語がかかった一室で当惑の表情を隠せないリュゼ様以下に昨夜の冒険の経緯を語るわたくしたち。


 さしものわたくしもスライムを飼いならしている事例は存じませんでした。


「彼らには知性がある。一般的な掌サイズ、人間の脛ほどのサイズでは大したことはないが、群れることで高度な並列思考を可能とするようだ」

「学園の論文で読みましたが、ミミック最適化機構理論でしょうか」


「あれは知性を持たない単種魔法生物の本能に基づく思考機械の可能性を示した研究だろう。粘菌でも似たような研究成果があったはずだ」


 さすがリュゼさまは文武両道ですね。


「どちらかというと小規模な、種すら違う群体が、数々の体組織を担当するスライムと呼ばれる生き物の並列処理が知能すら生み出す可能性を示す話だ」

「つまり、スライムという生き物は機械教の生物部品説に近いのですね。微小な生物群が部品となって今の人間や大きな生き物になったという説ですがスライムはその原型を示す可能性があるとリュゼさまはおっしゃるのですね」


「……そうだな。君は大変博学かつ、邪教とされる異説にも偏見がないようだな」


 わたくしが混同した研究は、いにしえの織機を模した脳を持たないはずのミミックが人間が好きそうな織機の機構を周囲の気候や人間の生存条件などから最適化していくことを証明した実験論文でした。


 学生カラシ・ニコン氏の論文ではその実験にて生みだした自動機織機構の応用、動くウマなし馬車や携帯式自動連射突撃銃などはドワーフたちが即座に学院に現れてまとめて封印しましたけど。


 本来はいにしえの美術品を模したミミックの価値が今はほぼ見つからないオリジナルを上回ることから彼らになんとかその姿を取らせることが出来ないかの研究であり、人類史の再現実験として着目されているとか。



「で、奥様がスライムを飼いならしている件についてですが」


「リュゼ様が足を痛めたわたくしめを優しく抱えてくださって、月夜のもと嫌がるわたくしめを皆の目の前で淫らにも情熱的に……」


「聞かれたことだけを答えなさい。そして皆の前でウソを言わなくていい」


 彼は半眼でしたが、耳は真っ赤でした。うふふ。



「スライムですが、先ほども歩けないわたくしのため、『えれべーた』という王都にあるからくりの代わりにこの部屋までの足労。まことによき働き」

『できねえよ!』


 皆様は一様に取り乱しておいでです。


「あいつは本来昼間は日光を嫌って動かないのだが」

「先ほど、下働きのメイの洗濯干しを手伝っていました」


 リュゼ様の言葉に執事頭のジャンさんが続きます。


「足が動かなくなって困っていたばっちゃんが歩けるようになっててびっくりした」

「スライムすっげ~~!?」


 兵士のポール氏にライムちゃん。よかったですね。


「旦那様! 助けてください! スライムが!」

「どうした!」


 そこにお医者さんのピグリム氏がかけてきます。

 あの方はかつて戦場にて片足を失ったと耳にしたのですが。


「スライムがにょろっとわたくしめの部屋に来て、脚ににゅるっときたら」

 透明な足が彼の脛の下に伸びており。


「……そのうち馴染んで色形ともに普通の足になります」

 たぶん。いえきっとですけど。


 スライムは各組織をそれぞれ別の生物が担う群体であり、理論上は身体欠損した人間の失われた組織を代行可能と古の資料にありますから。


「奥様! 気持ち悪いです。めちゃくちゃキビキビピクピク動きますよこれ!」


 たしか、馴染むまで歌を歌って聞かせると良いと聞きました。『蛇ぃめいたるはがんには効かないがそのうち聞くようになる』という邪教経典(ピクんシィブ)にあります。


 歌を聴かせることで体の持ち主に馴染んでいき、治癒物質を分泌するとともに、死病である糖尿病をも治せることが理論的に可能とのことですが実例を見ることができるとは。やはり辺境は興味深いですわ。



「なるべく激しい曲が良いようです。アラン。お願いしますね」

 最近は楽譜の権利について姦しい世の中なので歌詞については割愛しますわ。


「激しい……ですか」


 わたくしが名前を記憶に留めていた事実に戸惑いを隠さない吟遊詩人アランですが、彼はこの城の広報担当にして諜報任務も司る重要人物。

 もちろん彼のサーガが一級品であることは疑う余地もありません。


「君はアランを知らないはずだが」

「あら。リュゼ様お戯れを」



 わたくしは居並ぶ主だった者たちをそれぞれ扇子で指し示します。


「チェルシー」

「え? ええええ!」


「バーナード」

「ふぁ!? 奥様がわたくしのような下賤な奴隷を!」

「ショウ」

「……たまげた」


 ミリオン、ジャン、セルクなどはせんに記した通りですわ。なんならそこにいらっしゃるかたの横領の痕跡も白日に晒すことができますけど……ね。


 わたくしは下働きの少女を睨め付けて差し上げます。

 メイ。汗がすごいですよ。



「チェルシーは鍛治士で『蹄銀』職人。武器防具民具から始まり大型兵器や水車風車など設計図があればなんでも作れる高度な技術者。隣国から逃げてきた人々を受け入れ婚礼の儀式を代行することもあります。

 バーナードは複数の言語を自在に操る帝国戦争捕虜出身。若き頃の辺境騎士リュゼを支えた伝令として紋章官として多大な功績を挙げた勇者。

 ショウは賢者。今では失われたとされるスカラー派の生き残り。中興の祖アキ・スカラーに関連する研究論文提出数およびその質は国内随一」


 チェルシー自身が駆け落ち婚でありながら鍛治士であった夫に逃げられる絶倫、バーナードはチェルシーに毎晩迫られ最近腰痛気味、ショウは錬金術にハマっていて時々叱られている……まではおもてに出す必要はないでしょう。


「……すっご」

「……その通りです」

「奥様がわたくしの駄文を……私の論文に読者が存在するなんて」


 少なくともショウ、あなたが『暇つぶし』に初代国王言行録へ行っている数々の不遜行為は王都で人気ですよ。



「そういえば奥様が提出してきた警備改善案、徹底的に現実的なものでしたね。個人の体質や事情を視野に入れた休憩シフトにまて言及がありましたし必要資材はこの領で安価かつ入手が簡単なもののみです」


 セルク。その程度のことはここに来る前から調べられる範囲で把握しています。



「若。この童貞」

「童貞はどうでもいいだろ爺!」



 執事頭のジャンがリュゼ様に宣うに。


「前にも申し上げておりますが、わたくしめも王都で起きた予期せぬいざこざの末の成り行きは理解しています」


 護衛すらつけることも出来ずに修道院にまで旅することになりかけていますしね。

 現実にここに至るまでに幾度か死にかけました。


「奥様をお守りし、是非ともこう、いい感じになってご世継ぎを」

「爺! 余計なこと言わない!」

 そうです。リュゼ様のおっしゃる通りです。執事に忠言されずとも今晩と言わず今からでも遅くありませんわ。


「いや、マジで『墓参りに行ったらお菓子をもらえた』ですぜ若」

 園丁のクムも援護します。



 園丁。すなわち庭師です。


 植物への豊富な知見と体力、治水工事技術は述べるまでもなく、複雑な幾何学への造詣、人間の五感が生み出す錯覚や視覚効果を用いる彼は水利のみならず防衛の一旦をも担う技術者でもあります。


 隣国の『太陽の君』時代、立派な庭でもてなした宰相が反逆の意思ありと投獄された事件の園丁に似てはいますね。名前が違うので気づくことが出来ず死にかけました。


「クーム……」

「なんならまた尻を蹴って差し上げましょうか。泳げるまで池で特訓した時のように。いいですよ。嫁持つのは」



「がははは。父ちゃんやめなよ」


 樽のように巨大な女の言動は教育の所為としても、面立ちに『太陽の君』の特徴がありますね。


「ねえねえポール」

「なんだよライム」


 見事なまでの不動を貫いていた兵士二人が雑談を始めました。


「王妃様になるはずだった方ってやっぱりすごいね」

「そりゃそうだろ……おまえは相変わらず呑気だな」


「ひょっとしたら昨日もらった髪飾りのことも奥様ご存知かも」

「ちっ、ちっげーよ!? 調子乗んなよ! たまたまこの間助かったし、奥様をこっそりお守りするついでに藩王都に行ったら見つけたからつい」


 わたくし寡聞にして、昨夜の初動が遅れた原因までは存じませんでしたわ。



「スライムのことを話さず危険な目に合わせた」


 リュゼ様はそのようにおっしゃると深々と頭を下げます。

 おもてを上げてくださいませ。


「……あ、奥様。旦那様はこういう時テコでも動きませんよ」


 生家にはまだ父母と祖父母、そして妹と幼い弟がいます。

 仮にわたくしたちが皆志半ばにして土に還ろうと神具が残れば家は残りますから構いませんわ。



「いえ、この件は重大な防衛上の秘密です。


 本来入ってはいけないところと時間に入ったのはわたくしの落ち度です。と、いうわけで」


「君の許しがあろうとなかろうと責任を取り、適切な頃合いに王都に帰し」

「早速夫婦の契りを!」


 今こそ既成事実の好機。


 ……たまりかねたらしいミカに引きずられ、わたくしは部屋を出ることになりました。



「すん……ミカが邪魔した……」

 枕を抱いていじけているわたくしにミカ宣うに。


「相手は拗らせたクソ童貞です。押してダメなら引くのです」


「思い当たりませんでした。ミカ。縄を持ちなさい!」

「その引くじゃない!」


「ではリュゼ様を寝台に縛り」

「お嬢様。それにはまだ協力者が足りません」


 むう。


「ミカは平民だけにそちらの実技に優れているのですね」

「っっ!? もももももちろんですよお嬢様! わたくしが耳学問だけと思っていたのですか」


 ミカ、左耳が動いていましてよ。

 なにはともあれ、協力者ですか。


「いいことを考えました」

「嫌な予感がします」


 大したことではありませんわ。


「『男を連れ込んでいい』とリュゼ様はおっしゃいました」

「まぁ私も初夜の様子を報告しなければいけないので聞いていましたが。マジムカつくんですけどあいつ」


「しかしこの城のものはリュゼ様配下です」


 人材発掘を兼ねて、街に出ましょう!

 男と言わず優秀なものをわたくしの側に置くのです。

 幸いにもわたくし、個人的に買い求めた債権や船株がまだまだあります。彼らの雇用には問題ありません。



 思い立ったら即実行でございます。

 わたくしは一心に彼の執務室へ。


 あら、綺麗なお花。

 香りといい切り方といいこれはミカの仕事ですね。

 口では色々言いますが彼女は新しい環境に馴染もうと努力してくれています。


 ならば主人であるわたくしも範となるべくさらに励まねば。


「リュゼ様!」

「うわっ!? なになに!?」


 急に話しかけてしまったからか、彼は子供のように狼狽しています。


「鍵をかけていたはずだが」


 ジャンが開けてくれました。『なんともいい感じに頑張ってください奥様!』と謎のことを宣っておりましたが。

 わたくしはそのまま彼のそばに歩み寄ります。


「以前言質を取りましたので、男と言わず女子供老人にいたるまで連れ込みます!」



「……好きにしろ」

「さらなる優秀な配下を当家に!」


 彼は苦虫を噛み潰すようななんとも複雑なお顔をしていました。


「そういう意味ではないんだぞ。マリカ」

「他にどの様に解釈すれば佳いのでしょう」


 わたくしはまだ未熟な小娘です。

 夫の真意をはかりかねて小首を傾げてしまいました。


「そ、れ、よ、り」


「……なんだ。何がおかしい」

 もう一度名前を呼んでくださいませ。


「今、『マリカ』と聞こえましたが」


「『誰かあるか』と間違えて聞いたのだろう。護衛と金を用意する」


 もう。つれないかた。

「いえ、いっぱいあります。わたくしたちは愛のない夫婦ですからそれくらいの保険はかけてもいいでしょう」


 嫌味だったかしら。

 首に荒縄かけて閨に連れ込むよりは良いでしょう。

 わたくし、あなたの態度にいっぱい傷ついていましてよ。

 後ろ髪を引かれる思いですが、あえて彼に背を向けて差し上げます。



 翌朝早速出発の手筈を整えて。

「さぁミカ。いざ街へ」

「本当に行くんですか」


 呆れるミカに不安げなリュゼ様。

 かくしてわたくしたちは街に出ることにしたのです。


 リュゼ様『そっくりの』殿方がついてきてくださるのは目に入れていないことにしますね。

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