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悪役令嬢、健康診断される

 デンベエの話は続きます。



 子爵家は無事再興します。

 そして娘が生まれて。


「まさか翁になって自分の娘に惚れられるとは思わないでしょう。かと言って名乗るわけにもいきませんし。

 まぁその辺が親子代々で面白おかしく混じってどこで漏れたか歌になったようです」


 なるほど、年甲斐もなくミカの父やお祖父様も知らないところでずいぶん無茶をしたと。


「名乗ればよかったのに」

 ミカの言い分はもっともですが。

「私は、骨を埋めるならやまとの地と決めとります。幾人もやまとびと仲間が帝国との戦いで魚の餌になりましたわ。それも他人の女絡みです。私はそんな死に様真っ平ですわい」


 お祖父様はお祖母様に一目惚れして帝国との戦いに身を投じたのは存じております。

 しかし攫われどおしで付き合う羽目になっただけのデンベエはそのような義理などないと明言しました。


 死ぬなら故郷の地。

 愛を注ぐなら自分の女のみと。


 そうですね。

 我が祖父の話ながら、英雄譚とは後に記される安易な美談の中で何も言えずに散った方々がいると心にしるすことになりました。



「かっこいい」

 ライムの言葉にガクガも同意しています。

 文化の違うングドゥとンガッグックたちも思うところあるようです。


 ところで話違いは承知の上で、その……。スルメですか。

 そのおぞましき生き物の干物を焼く臭いはわたくし苦手なのですけどなんとかなりませんかデンベエ。


「デンベエ、ガ族の妻はいらんか。今の話を聞けば胤だけでも良いと言うむすめ、なんにんかいる」

「全力で回避しますわ。何度商売を邪魔されたか。あとガ族の女の嫉妬深さは有名ですからな。女遊びなんてした日には私がスルメになって猫又どものエサですわい」

 ガクガは相変わらずですね。

 補足すると猫に塩分は良くないのもあり、わたくしはポチやタマが望んでもスルメなどおぞましきものを口にさせませんけど。


 ひのもとの酒は米で作り、臭みが強いため熱燗にします。


 かつてロー・アースが家伝と称して記した書物の製法を使い、米を磨いた上で発酵を厳密に管理すればとても良い味と神の酒のごとき香りの冷酒になるのですが、父と祖父には認めていただけませんでした。


 スルメを室内で炙り、熱燗にした酒とともにくちゃくちゃと音を立ててデンベエは召します。

 皆さん御相伴に預かっており、わたくしが苦手なスルメも次々になくなっていきます。


「あ、美味しい」

「噛めば噛むほどいいですねこれ。酒の臭みともよく合います」

「ンガッグック」

 ライムとセルクが舌を打つ中、ンガッグックが名前通り喉を詰まらせました。

 ガクガは酒をおかわりしていますがあなた未成年では。


 とはいえスルメを焼くと香ばしいですね。

 わたくし朝より何も召しておりませんので、すこしつろうございます。


 壊れかけたスツールにわたくしは腰を落とし、そして指先が少し震えていたことに気づきました。

 軽く手を握ります。



「奥様、連中はすぐに捕えることができましょう」

 セルクに言わせると猫たちが監視しているとのことで証拠を固め次第捕えるとのことですが。


 そもそもわたくし、一度見た方聞いた声をお名前含めて忘れることなどございません。匂いでも覚えていますわ。


「放っておいてくださいな」

「その方が良いでしょうな」


 わたくしとデンベエの意見は合致しました。

 彼らは末端。おそらく手を引くものどもは。


 彼ら無法者はわたくしの為替が暴落する前に代わりに処理してくれたでしょうしね。

 結論だけで述べればわたくし結局指先一つ傷ついておりませんわ。


「えーっ。納得いかない。ミカに手を出したやつはボッコボコにしないとメイに叱られる」


「どうして兵士のあなたがメイなんかに叱られるのが嫌なのよ」

 あまり顔を合わせないはずのミカとライムは最近仲良くなってきたようです。


「なんか最近情がうつった」


「可愛いでしょう。仕込んだ甲斐があります」

 そういえば最近のメイはおしゃれさんですからね。


「でも手癖の悪さに加えて悪戯されるわよ。


 この間いきなりメイに『モケケー!』と後ろで叫ばれてびっくりして振り向いたら『ピロピロピロ!』と暴れる人形があってそいつが引いた空タライが頭に! 

 みて、まだたんこぶ残っているんだから!」


 図らずしてそれはかのミスリル王家三姉妹の1の家が始祖フィリアス・ミスリルが幼き時、父ファルコ・ミスリル不在の折りに屋敷を要塞として暴漢どもを迎えうつ喜劇にて用いられしもの。

 あれは捨てても戻ってきますし罠使いには便利な品です。


「でも、叩かなかったのね。えらいえらい」

「『メイ。あなた他の人なら殴ったり怒ったりするわよ。でも私は武人で、旦那様の命令で致し方なく戦うときを除くととても温厚なの。あなたが友達や妹分なら許すけど、ただの同僚なら旦那様に報告して罰を受けてもらうよう頼みますけどいいかしら』と詰め寄りはしたわよ。ミカからしっかり言っておいてよ」


「子供はある程度発達すると愛情を試すような手ひどい真似をしますから、両親に大事に育てられたあなたらしい素晴らしい対処ですねライム。ライト家はいいむすめを育てています」

 いくら問題行動を発見したとしても個人で打擲を行い報告もしないのはよくありません。図らずしてリュゼ様やセルクの人徳を再認識しました。

「奥様ぁ。ホントぶん殴ってやろうかと思いましたよ。最近アイツひどいんです。幼な子と違って力も知恵もあるからタチ悪くて。

 この間はショウさんの本に落書きを……ミカ、すごい怒ってない?! ちょっとちょっと許してやって!?」


 この場にいないものの悪口は組織としてはよくありませんが、概ね皆に許されているらしいメイの話題のおかげでわたくしに話すいとまができたデンベエが囁いてきます。



「絵解きはだいたいできておるでしょうがお嬢様」

「デンベエ、わたくしなにもわからないし聞かないことにいたします。あなたもたまたま訪れてたまたま事情を知らぬまま請われるまま助けた。良いですね」


 今注力すべきことは別にございます。

 とりあえず冬を越すことを考えるべきで、教会とことを起こすことなどできませんからね。



 わたくしども、ガレッサの屈辱のようなことは好みません。


 もっともこの身体は生まれつきゆえ、『男を惑わす悪魔を追い出す』と宣う彼の方の鞭やおぞましき恥辱に晒されたいとも思いませんけど。



 わたくしは一連の婚約破棄騒動で不信心になってしまいました。


 今なら『神の言葉は絶対でもそれを伝えるのは人』と聖ジョンを訴えた女性の言葉を信じることができますわ。



「それよりそれより」

「なんじゃいミカっ


 ミカは時折核心を突きます。

「なんでドレス?」

 ミカやメイに着せようとしたり、カナエを禁を破って買い取ってきたりと身内で騒動をお越し、挙げ句の果て信を失い弁明もできないまま私刑でこの地に流されては割に合いません。


「娘を思い出すのです。あの子に着せてやりたかった」

 カナエにも娘の面影を見たと言うことですね。


「カナエですか。あの子は痩せっぽちで、哀れで、名前すらありませんでしたから。

 帝国の……いえ、お嬢様の耳に入れる話ではありませんね」


 わたくしの母が帝国貴族だからと気を使わずとも結構ですわデンベエ。



「年頃になったら、ドレスを着せてやりたかったですね」


 デンベエは悔しそうに言います。

 カナエは、教育を受けてケイブル子爵家に行きましたが、幸せだったのでしょうか。

 わたくし、彼女に対して出来ることがまだあったかもしれません。



「わたくしは着ませんけど」

 ミカは機会を得てドレスを着せようとしても幾度も固辞し続けてきました。

「カナエの夢は綺麗なドレスを着てみることでしたから」

 そしてミカは寂しげにつぶやきます。



 その夢は一度叶いました。

 わたくしの腹心の友を名乗ったことのある方の代わりに着ることで。



『一度でいいからお嬢様のようにこんな素敵なドレスを着てみたかったのです』


 それが最後の言葉で、あとのカナエの行方はわかりません。



 ミカは今後もドレスを着ることはないでしょう。

 わたくしどもが花畑で戯れているとき、カナエはミカたちに夢を語ったそうです。



『三人で、お嬢様たちのようなドレスを着て、舞踏会に行けたら楽しいだろうな。そう思わない? カリナ』

『わたくし、そのように不遜なことは心にも描いたことがありませんのでくちを閉じてくださいな』

 鉄面の渾名通りにロザリア様おつきのカリナは答えたそうです。


『ね、ね、ミカは一番綺麗なんだから、絶対似合うよ。騎士様も大商人も振り向くわよ。

『この令嬢たちはどこの誰だ』

 ……って。だってミカはマリカ様といつも一緒で、こんな美しい方たちは他にないって誰もが噂しているし、うちのお嬢様もミカを引き抜きたいっていつもおっしゃるもの。

妬いていいかしら。わたくしお嬢様の後ろに立つため常に努力研鑽しているのですよ』

『常日頃の努力研鑽など自慢にもなりません。わたくしいつもお嬢様には不明をご指摘され恥いる次第で』


 花畑で戯れるわたくしどもを、共に見守り立ち、ミカは友人たちに告げたそうです。



『なんらかの間違いがあって。……三人でなら、着ても良いですよ』



 ミカが『一番はうちのお嬢様です」と告げると友人たちも『うちのお嬢様です』とそこは三者譲らなかったと聞いております。



 わたくしが感傷に浸っておりますと。



「しかし、奥様は相変わらず知恵者です」

「うんうん。炙り出しで手紙を書くなんてすごい機転だもん」


 ガクガはニヤニヤしています。

 この知恵を別件で与えてくれたのは彼女だからです。


「手紙は届いた」


 わたくしは拐かされた証拠の品であるリュゼ様の守り刀ともにお手紙を書くことになりましたが、もちろん炙り出しのような稚拙な手口は前もって調べられるでしょう。


 文は以下のものです。


『ガクガへ。寒気ことのほか厳しいなか、如何お過ごしでしょうか』


 ガクガたちは文字を避けます。

 そしてこのお手紙には本来あるべき結びや本文がございません。


 つまりガクガがわかる方法で本来の企みを送ると伝えております。



 その時大きな足音。

 わたくしの震えは大きくなり。

 歪んで見える視界に彼の大きな腕。


「マリカッ!」


 急に抱きしめられてわたくし儚くなりかけ。


「何も言わずに構わない。言いたいときは聞く。どんなことでもゆっくりとな。今は休め」


 盛大に誤解されているようですがこれは好奇。

 わたくしは彼の視線があっていないことをいいことにつらつらと偽りごとを並べます。


「怖かったです」

 これはまことでして、嘘をつかないことこそ良き嘘でございます。

「無礼者どもはわたくしからたくさんのものを奪ってゆきました……ああ妻として女としてあなたに合わせる顔などございませぬ。願わくはこの場限りにてこの煩わしき身を消し去りたく」


 わたくしリュゼ様から頂いた命にも変え難きかんざしをあのような汚らわしいことに。


「いい。おまえが生きていてくれれば何もいらぬ。君の父君たちには私の不始末だったと手紙を書く」

「お願いします。今すぐわたくしの汚らわしき身をあなたの腕と身体で」



「ストップ」


 ミカは「仮に泥に塗れてもお嬢様はお美しうございますが、本当に何もされていません」とバラしてしまいます。

 このままいい雰囲気で閨にまでとの企みを潰すとはうらめしや。


 とはいえ、感極まる彼の抱きしめる腕は強うございます。


「えっと、旦那さま、本当になんもないです。

 奥様のいつものお戯れですからご安心ください」


 たまりかねたライムが口を挟みます。

 ガクガたち三人も「そのようなことは起きてない」と保証しました。


「マリカ」

「はい」


 彼の腕はわたくしの肩よりずっと下からですが、わたくしは自ら彼にひざまづきます。


「言葉は不完全だ。

 冗句が通じぬこともある。

 冗句でもならぬことはならん」

「ごめんなさい」



 こんなにも大切にしていただき、ありがとうございます。

 叱る彼の言葉にわたくしはこころを委ねました。




「……お嬢様。あのハンカチはうまく処分しましたからご安心を」


 皆が引き上げる中、息を存分に吐いてから耳打つミカに感謝します。


 あれをリュゼ様に見られたらもう……わたくし自ら命を断つ覚悟でしてよ。


 ペンはおろか刃のない彼の守り刀をも含めて奪われたわたくしどもには他に尖ったものはございませんでした。


 ミカは可哀想なものを見る目でわたくしを見ております。


 わたくしはミカが『お嬢様何をなさるのですかおやめください』と叫ぶ中、絹のハンカチに『自家製』のインクを少し染み込ませ、まさしく断腸の思いで大切なかんざしをペンの代わりとしてお手紙を書きました。


 お手紙を拾った猫たちにはふみなどわからぬでしょうが、ポチとタマには状況が届き、猫たちに導かれる形で近くにいたデンベエが乗り込んだ次第。


 終わってしまえは拐かされてから半日もかかりませんでした。



 別れ際にガクガは耳元で呟き、去って行きました。



「茶葉を使わぬ良い薬草茶を作ってやる。砂糖は控えよ」



 わたくしはリュゼ様から「たまには外に出ても良いぞ。警備体制は改善したからな」とお心いただいても頑としてしばしの間城から出ず、「君の分の砂糖やドレスや茶葉や宝石代如きで我が領の財政は揺らがないのだが」と呆れる彼に「銀貨一枚でも民の炊き出しに使ってくださいませ」と乞うことになりました。

参考資料

『女王陛下の007』

『自家製のインク』の出典。

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