悪役令嬢、不当裁判で人々を虐げる
みなさまご機嫌よう。
当地は王国本土より離れており、また『うたうしま』城が運んでくださらなくばわたくしどもが治めるには広すぎることがだんだん地図調査の結果わかってまいりました。
よって本国の裁判や巡回判事を待つのはいささか現実的とはいえない実情があります。
「わたくしの財産を奪ったこの女を罰してください!」
この民事裁判がその最たるものです。
公的な記録といたしましては王国法に基づかない『ひざのくに』初の民事裁判になります。
ここに明記しておきますが、わたくしどもは王国法に叛くつもりはなかったのです。
しかし当地の事情が絡むため、領主権限でこのように采配することになってしまったのです。
経緯といたしましては、流刑者が流刑者のパンを盗んだと言う訴えがあったことから始まります。
しかし、流刑者は財産を持てません。
お給料もございません。
このパンは支給品であり、王国法にそうとリュゼ様のものをリュゼ様が手に入れたことになります。
冬は毎年厳しい土地でございますが、今年はひとしおにて、流刑者同士の争いは絶えません。
本来流刑者は裁判を受ける権利すらないのですが、当地は流刑者が大手を振って歩いている状況ですからね。
それを踏まえればデンベエは財産を持っています。
彼が正式に流刑を受けていればそもそも再起は叶わなかったことになります。
まことおかしなことになっていますね。
結論。
互いに鞭打ち数回を受ける。
パンは公費により両者に再支給。
ングドゥはリュゼ様の名の下に極めて寛大な判決を下しました。
王国法で裁かれたならば両者再犯であり恐ろしいことになります。
「被告は飢えた『妹』のため、彼女言うところ『奪われた』パンを取り返した。
原告はパンを自らのものとするがこれは流刑民が財産を主張するのと同じであり不当とする。
パンの分配の証拠については各々証言のみであり、その証拠は当法廷の独自調査により、原告が日常的に暴力を振るっている人々からのみと断ずる。
原告が領主を無視して行う他流刑者への虐待や分配義務違反の不当行為は別に裁くとして、本件は双方証拠不十分とする。
パンそのものは双方の管轄あらず、監視義務を持つ領主の負担とする。
被告とその『妹』は分配を無視したことは明らか。
よって本来鞭打ち三回。
しかし被告とその『妹』は衰弱が激しいため場所を変えて一週間の謹慎とすることで上に代える。
その後は二人とも再編成した班に入り、女性のみの宿舎建設に従事せよ」
「王国法はどうした!」
判決に不服を示す流刑民の百人頭ですが、彼は自分の越権行為について後に裁かれることになります。
「本件、財産権などなき流刑民同士の争いにて、本来ならば裁判対象ではない。
しかし寛大なる領主様の名において当法廷は運営される。領主の持ち物たる流刑民は領主の随意に。
不服あらば再審請求をせよ。
ただし原告の実費と思え。
なお、その際原告は流刑民につき、財産があると判明し次第、刑事裁判を覚悟せよ。
これにて解散とする」
盗んだもの勝ちといえる裁判と思われたことでしょうが、予定通りリュゼ様の委任を受けて専横の限りを尽くした粉屋を解任致しましたので砂で増したパンが余っているのです。
とはいえ、砂入りのパンで流刑民のサボタージュが防げるはずがありません。
小麦粉の中の砂は本件の原告たちが別件刑事裁判にて受けた実刑により丁寧にふるいにかけるとしても財産や給料を認める必要がありますね。
粉屋の是正に伴い、改心させた彼と新規業客の競合を促すことで良質な粉が出回りそうである意味とても良い傾向です。
ミンの古事にある『”塞翁が馬”』でございますわ。もっともあの古事のように浮き沈みして欲しくはございませんが。
幸いにも予想通り冬にも関わらず粉が溢れたため、女たちが急に営むようになった一銅貨屋台では鉄板の上で甘芋を細かくおろした汁を薄く焼き、その上にて水に解いた粉を焼くことでできる、生焼けのパンにスジ肉の薄切りや冬野菜の微塵切りを混ぜたものが大量に出回りだしました。
「生焼けの上に肉。
お腹を下しそうです」
ミカはもうしていましたが、焼き方ですからね。
この土地の水はとても美味しく安全なのです。
まず、油を鉄板にひきます。
甘芋のすり身をしき、横で肉などを焼き、卵などを甘いものすり身を薄焼きしたものに乗せてから小麦粉を溶いたものと冬野菜の刻みを入れて場合によっては麺類を入れるなどしたものをかけ、肉を乗せて上下焼いているようです。
「暖かいし、お腹も膨れるし、色々な料理の技術を応用できます」
実践してくださった主婦の方はそうおっしゃっており。
ええ。わたくし出資致しまして彼女らに手伝っていただき現金や貴金属や暴落しかねない為替を回収しましたがそれが何か。
冒険者の中には為替をお金の代わりに使うものもいますが、これが彼らや子供たちにはなかなか使い勝手が良かったもようで、主婦たちも競って味を高めることとなります。
教会がこともあろうに為替の換金を渋ったこともあり、冒険者たちも気前よく為替をレートより安く現金の代わりに使ってくれました。
結果、当地では蕎麦か鉄麦しか育たないと思っていましたのに豊富な食材と粉が出回りだしました。
どうやら粉屋が冬に備えて不正に溜め込んでいたものが何者かにより市場に出たようです。
先日そらとびまっくらくじらによる脅威を退け、『魔物を教会が引き取ることは穢れを齎す』と教会の専売を認めなかったリュゼ様の采配により冒険者の手売りでかの魔物脂と肉は市場に格安でながれました。
この魔物の脂とスジ肉が大変安価かつ美味なので、鉄板を維持するためにあるいは灯として一銭屋台を営む主婦たちはこぞって冒険者たちからレートより安く手に入れた為替で買い求めました。
結果、教会が独占していました古く汚くおぞましき味の油や脂が冒険者からもたらされる高品質な魔物脂に今年は置き換わり、溢れた脂で街の隅々まで街灯が灯ることになります。
もちろんわたくしが関与致しました消防士隊の仕組みも機能しましてよ。
実質専売がなくなり、後のお話になりますが教会は次の年も低品質の油や脂やお酒を出せなくなりました。
混ぜものなど神が許されるとは思われないのですが、神の代弁者の方々のご意見は違うようです。そして選択肢を得た主婦たちの正直な意見も。
そらとびまっくらくじらは栄養価高く、食したものはその魔法効果で三日も体温が上がるらしく、討伐の結果と致しましてはかの魔物が飛んだ場所はしばらく闇に包まれ作物が育たないという脅威よりも経済効果と飢餓対策効果が上回りました。
かつて空の英雄と呼ばれたポールの祖母ロベルタの勇姿も見ることができて眼福でしてよ。
デンベエはあのミソから漏れる塩汁を売りだし初めは泣かず飛ばずでしたのですが、すぐに為替での買い取りを認める形で薄利多売に乗り出します。
珍妙不可思議にも牡蠣の煮汁や魚醤、発酵した野菜やトマトを使ったソースにこの塩汁、デンベエは塩油、すなわち醤油もしくはショーユと名づけましたが、これら上記をまぜ一銭屋台の生焼けのパンにつけると絶品なのだそうです。
ショーユは為替で買えることから大変安価であり、あらゆる食物に合うとのことで皆こぞって買い求めました。
のちに恐る恐る試しましたが、ミソが苦手なわたくしでもショーユならばくちにできました。
さらに教会が毎年劣悪なる酢……おそらくお酒と思しき粗悪品に売り文句をつけては『酒』と宣うていましたものについてはこちらも二束三文の値に落ちた結果、三部族が持つスパイスとコカトリスの卵、魔物脂を用いたマヨネーズソースとなって、これが上記のソースと合ったので一銭洋食は一般的な屋台となりました。
わたくし、蕎麦粉を用いたガレットはミカとのお忍びで王都の屋台……こほん。
いちど機会に恵まれくちには致しましたが、ボソボソして美味しいとは思いませんでした。
されど当地の、太陽王国移民株式会社の生き残り数名が『とある商人』の出資で試験的に作り出した蕎麦粉製品は実家の”正月”に口にするお餅のように美味しいものでした。
四角に折り畳んだガレットの上にはさらに四角に折り畳んだコカトリスの卵からなる目玉焼きまで乗っており、もちもちした口当たりに広がる甘みはまこと珍味。
わたくしの知識では、蕎麦の実は餅米や餅麦と違い餅になることはないため、良くて汁物と混ぜるそばがきなどにしかならないはずなのです。
蕎麦粉は窮乏食や子供のおやつにはなりますが、もそもそした食感からあまり美味しいものとはいえません。
仮に餅麦などございましたら、それは機械教が生み出した邪悪な出自の魔生物でしょうね。
しかしこのガレットは絶品。
実家で父や祖父が喜んでお召しになっていました、ミソシルにナットウとモチ、挙句に卵までが入った臭いだけでおぞましき食物とは比べるべくもなく。
御婦人、お土産を包んでくださいな。
(※ガクガはウォーマーでナットウを作っていましたが、今度わたくしの前で作ったら絶交ですわ)
のちに味変と称し一銭屋台にて様々なお遊びが進んだ結果、遂には『ナットウタマゴチーズガレットユズミソ風味』なる面妖なるものが三部族や冒険者に流行りましたが、わたくしは口にしとうありません。
よってそのお味についてはしるすことはできません。
ガレットが冷めやむ前に取り急ぎ、当地で王国法に依らず独自に行われた刑事裁判についてもお話しましょう。
とある流刑民夫婦が別々に流刑されることとなりました。
これはあまりにも哀れということで篤志家でもあるディーヌ伯爵夫人とシィース子爵令嬢リン様が運動なさり、彼らは多額の寄付を持って共に当地へ訪れたのですが、流刑船主がこれを着服した疑いがあったのです。
もちろん、流刑民に本来財産権はありません。
よってこれは横領とはいえません。
しかし人々にとって心情的に許しがたく、船主はこれを酒場で己が知恵者かのごとき放言を繰り返し、リュゼ様を侮辱しました。
結果的に彼は篤志家たちの好意を裏切ったかどで罰せられ、流刑民夫妻には領主の好意として失った以上の金子が与えられることにて決着したのです。
このふたつの裁判にて、わたくしはかつての知人たちに『よく似たお方たち』と出逢うこととなりました。
彼女らの悪罵には耳を塞ぎ、国王様は後にこの顛末に呵呵大笑したとのことですが、結果的に王国法を無視した裁判を行ったわたくしたち。
その後、わたくしとリュゼ様は色々なお話をしました。
「見ろ。マリカ。日が昇る」
「昇ると如何に。リュゼ様」
朝日を受け、未だ蕾もつけぬ『りゅうをはぐくむたいりん』の苗は輝いております。
リュゼ様のいまのお心はわかりかねますが、わたくしめは王国法を無視する大悪事ののちに、頼まれたわけでもないのに性懲りも無く『知人によく似た』おふたりの未来に祝福があるように朝日に祈っております。
きっとわたくし、かのおふたがたがおっしゃる通りとんでもない悪人なのでしょうね。