悪役令嬢、風雲の城を攻略す
最近寒うなりました。
元々寒い『ひざのくに』半島ですが、昨今はひとしおでございます。
わたくしはクムから受け取った『りゅうをはぐくむたいりん』の鉢植えを手にリュゼ様の執務室へ向かいます。
ある程度の暖かさがないと枯れてしまうため、人の住まう部屋におくこととなったのです。
突然ながらつい先日、わたくしどもは手狭になってきたお城からお引越し致しました。
新しいお城は天然の尖った巨岩に、窓のように見える穴が複数空いている構造をしております。
華麗とはいえませんが、何処となく愛嬌があります。わたくしは好きですよ。
その名も『うたうしま』城。
発見しました古文書によりますと、風や海水を取り入れて自らの意思で移動する子供好きの素敵なお城とのことです。
その見た目通り、城内には風が吹き抜け波が通り過ぎて、歌うような音がするとともに自ら海を進む不思議なお城でございます。
先日の地震騒ぎで浮島になった岸壁から出現したものですが、年間通してとても暖かく過ごしやすいであろうことが判明しましたので移ることになったのです。
約定によりお城が月に一度満月の夜に海をお散歩するときは海釣りもできるのでわたくしどもや街の皆さんにとっても都合が良く、普段は海ぞいの浜辺もしくは岸壁にいてくださることになりました。
月に一度のお散歩の日でなくとも、わたくしどもが遠出をしたときは迎えに来てくださることもございます。
古代魔導帝国時代のものと推測される遺跡は本来とても危険なものです。
そこでわたくし、大盤振る舞いをいたしました。
「勇敢なる冒険者たちよ! 1000年の時を超えて勇気と希望を繋ぐ『夢を追うもの』の末裔よ!
偉大なる太陽王国の魂『星を追うもの』に繋がるものよ!
あるいは滅びし中央諸国の雄『謎を求めるもの』を目指し始祖にならんとするものよ!
寛大にして偉大なる領主様は、古来の冒険者の掟に従いこの城の探索において『手に持てる発見物は学術的登録と申請による鑑定後、罠を除いて施設に傷をつけねば発見者が持って帰って良い』とおっしゃっています!」
「……」
みなさん、一様に言葉を失って。
「お、お、お嬢様ァー?!」
ミカ、取り乱しすぎでしてよ。
「えっ。えっ。冒険者ではないわたしでもいいの?」
メイ、あなたでももちろん構いませんよ。でも危険なことは避けてほしいですね。
先ほど懐に入れたお人形はさほど害はございませんが、鑑定もなく古代魔導帝国期と思しき物品に触れるのは危険ですから。
「腕がなりますね。あんたぁ!」
「ヤッベェ。おれ剣や杖なんて作ってられねえ」
ライムの両親であるライト夫妻は現役復帰を決意したようです。今のうちに太陽王国植民地跡から流れている杖や剣を買っておきましょう。
「ばぁちゃんやらんの」
「あらあら。ポール。わたくしは空の冒険者。
古代遺跡は専門外ですよ」
そらとびおうごんくじらを再発見したロベルタは今回は見守ることにしたようですが。
「ポールぅ。早速有給取っていこうー!」
「ライムや。兵士の務めを忘れてはいけないよ」
早速後輩に釘を刺していました。
とはいえ、ロベルタでなくばライムには”ヌカにクギ”になったことでしょうね。
「さぁ、6竜のソーサリアンたちよ。
競いなさい。励みなさい。
その手で富と名誉を手にするのです。
そして何よりこの粋なはからいをもたらしてくれる、我らの偉大な領主にして大酋長。
そして海賊の主であるリュゼ様を讃えなさい!」
わたくしが宣言するとその場にいた6竜の『冒険者の店』に所属する冒険者たちは沸き立ちました。
「ちょ、ちょっと待てマリカ。それはさすがにやりすぎ……」
『リュゼ! リューゼ! リュゼ! リュゼ!!』『最高すぎます大将!』『さすが我らの大酋長!』『よっ。未来の辺境伯!』
こうして、施設を除いて冒険者たちが手に持てる内装の多く、特に装飾に使われた金箔をも含めて持ち帰ってしまい、安全が保証されました。
「マリカ」
「リュゼ様。これから改装してわたくしどもが住みやすくしなくてはなりませんので掃除代金が浮きましたわ」
彼は象に挑む蟻の群れのごとき皆様の浅ましさに思うところあったのか「もういい」とおっしゃって。
「リュゼ坊。古代魔導帝国時代の財宝を冒険者や街の人々に自由に持ち帰らせるなんて奥様はやりすぎです。爺は、爺は」
わたくしといたしましては想定外の収入に頼ることは致したくないと言うこと、何より想定しうる後のことを考えての行動だったのですが、財宝を当てにしていた執事頭のジャンは寝込んでしまいました。
ごめんなさい。
わたくしどもには『うたうしま』城の発見により当地に一時的にもたらされた莫大な貴金属により、お金の価値を低下させないため、足りない現金を埋め合わせるためにも新たな消費先を急遽作る必要があります。
もともとわたくし、ほとんど着の身着のまま当地を訪れたため、このまま領主ごっこをしていては為替がほとんどであるわたくしの軍資金のほとんどは暴落してしまうと危惧していたのです。
わたくしの為替を現金にして下さり、皆さままことにありがとうございます。
それだけではございません。
海の流氷が溶ければ太陽王国移民株式会社が引き起こす数々の問題を待たずして帝国及び太陽王国そして本国からも冒険者崩れが押し寄せるのは必定ですわ。
彼らを受け入れるべく『冒険者の店』では早くも各々の施設や街道建設費を募りだしています。
泡銭と思ったのか、わたくしどもが見つけた『うたうしま』城から剥がした金箔や美術品を冒険者たちはこぞってこのファウンドに投資し、瞬く間に売り切れてしまう珍事に至ります。
「お嬢様! わたくしくやしゅうございます!」
ミカ。あなたは素直ですね。
「ミカちゃん、わたしのお人形あげるから泣かないで」
メイ。それは人目を忍んで懐に入れたままですね。
鑑定しましたか。呪いのモケケピロピロ人形とわたくしは見ましたが。
「ミカ。ここまでは予想のうちです。
おかげで来年からの街の発展は保証されました」
「そ、そうですか。正直冒険者が嫌いになりそうです」
あらあら。
わたくしはミカが地団駄を踏む様子が愛らしすぎてついつい手ずからお茶を入れてしまいます。
よき香り。ミカほどではありませんがまぁまぁでしょう。
「ミカ。メイ。座ってお茶とお菓子を召しませう。
こうでもしなければ冒険者の店たちも施設増強したくともお金も資材もない状況にはなりません」
「うん? お嬢様どういうことですか」
城の罠と共に解体した資材、存分にお使いくださいな。ふふ。
どのみち民間からファンドが立ち上がらなくば領地発展など100年仕事になってしまいますわ。
「春からの流れものたちの受け入れ体制も『皆様の自主的な活動と投資で』決まり、隣組体制は民草自ら整えました。これにて治安維持問題も解決できますね」
「えっと、えっと、炊き出しが今年多いの、みんなで『冒険者の店』や職人さんの宿舎作っているからなのお嬢様」
メイはもともと聡い子です。
たまに陳腐な盗みはしますが。
断っておきますが、冒険者の皆様がお疑いになるので、わたくしはかの建設ファンド自体には手を触れませんでしたわ。
かのファンドを手がけているのは領主でも教会でもない6竜の『冒険者の店』ですからね。
建設ファンドも職人の手配もその給与支払いも口座振り込みによる循環機能をも『冒険者の店』は持ちます。
庶民向けの簡潔な説明は古典ながら『冒険者信託銀行(冒険者ギルド)』なる書物にありますね。
お金の始末など、お話しても退屈に思われる方も多いでしょうが記しておきます。
始末が済み、城のみなさんに絵ときをすることになり。
「奥様ぁ。わたしにもわかるようにお願いします」
チェルシー、あなたは連日夜勤で鍛治仕事をしてくださいましたからね。
「わたくしが関わったのは、金融派生商品としてかのファウンドや為替の値段の上下と金相場の上下に賭ける賭け事まがいの金融派生商品というものです」
「なんでしょうか結局それ」
バーナードは戦場における勇者で紋章学の大家ですが、このあたりはわたくしも存じなかった方法ですからね。
金融商品や貴金属の値動きそのものに対する金融派生商品。
これこそングドゥの知恵で手掛け、当地に一時的に足りなくなった現金、暴落を待つ為替、現物つまり『主に金箔など』での買取をも認めたものです。
「ミリオン。よくわかんない」
「だね。フェイロン」
「愚かものどもめ」「どもめ」
「そんなこと言うけど、ポチもタマもわかんないでしょ。私は諦めた」
「おい、ライム、猫と話すのはいいけど食われるなよ」
ライムはむきになってポールに突っかかります。
「わたしはネズミじゃない。ヤマネ!」
ヤマネはもう少し湿った土地に住まうネズミによく似た生き物ですが、ライムの実家であるライトはプーカ妖精の末裔である家伝から、ネズミや鹿や狼やイタチなどを大切にする習慣があるそうです。
ライムの発言の意図をわたくしが理解できないように、ほとんどの方はこの値動きそのものを売買する概念が理解できなかったようで、わたくしとングドゥ他を除き限られた方のみの大勝ちになりましたが、倍率が高いのでおすすめしかねる空恐ろしきものです。
「とにかく、金箔をも剥がしていただく勢いでお城の掃除をしていただいた冒険者の皆様ですが」
「ベッポ爺さん意外と強かったし、貴重な書籍や美術品がたくさん本屋に出ましたね。二束三文で買えて嬉しかったです」
ショウは賢者なので古い本や美術品の価値を存じていますが、焚きつけにならずに済むよう骨を折った甲斐がありました。
「皆様。金箔や美術品でお腹は膨れませんわ」
「あ」
「あっ」
ふふ。貨幣代わりの為替の処分のほど捗りましてよ。
「さらに、粉屋たちに競わせてはいますが、粉税は領主のもの」
低品質のものが市場に溢れ、高品質のものに駆逐される過程で一銭洋食遊び屋台乱立の基盤となりましたが、どのみちリュゼ様のお金になりましてよ。
「わたくしどもにたくさんのお金、特に現金と貴金属と貴重な古代の書籍や美術品を相場と比較してただ同然でくださり、冒険者の皆様には感謝の言葉つくしても尽くしきれません」
たくらみ全てを明かしてから。
リュゼ様は『おまえは知恵者だが、ちょっとついていけない』とおっしゃっり。
そして執事頭のジャンに『今年は粉税免除だ。いたたまれないからな』と吹き込んでおりました。
不本意です。ちゃんと冒険者の皆さんは投資を回収いたしましたよ。……為替で。
たぶん、現金や貴金属が足りなくなれば相応の値上がりが起きるはずですから、彼らにとって初期投資より高い今の高値と、その後訪れるであろう一時的な大暴落に惑わされず為替や金箔を持ち続ければちゃんとひと財産築けます。
金箔や為替を市場で燃料や麦粉にせず、寒さを凌ぎお腹を膨らませることができるなら。ですけど。
外貨、すなわち実態を伴わない為替と、今までなかった貴金属が古代遺跡発掘で大量にもたらされることでお金の価値が大きく上下することがある事実への始末はこれくらいにいたしましょう。
この冬はあまりにも色々起きすぎたのです。
ーー魔導帝国の夢を謳う城と我らは約定に従う。
古は語り伝える。
宝は今の民に全て返却する。
城は我々に代わり未来のために遺る。
『うたうしま』
リュウェイン・『小渓』
村神 鞠華
後の『りゅうとさる』たちよこのことばを伝えよ。
(後の子孫が発見した碑文より)ーー
前のわたくしたちの住まいのこともお話ししますね。
前のお城、いえ丘の上の領主館は図書館倶楽部として暖かいお屋敷に改修することになりました。
もともと堀もなく、城壁と呼ぶには低い壁しかありませんでしたから建て替えには遠慮がなく、立地もよくサロンに改修するには向いていたのです。
短い間でしたが、ミカと幾度も枕投げや投扇興の勝負を決したわたくしの部屋、もといリュゼ様との愛の巣となるはずだったあの寝室とはお別れと思うと感じるものがありますね。
よって使い慣れたわたくしとミカの部屋、もとい夫婦の寝室もかわり、塩水を好まないスライムさんの大移動を経て海岸そばのこのお城に渡りました。
前のように思いついたら即ミカとともに街に馬を走らせ、『護衛騎士様』が後から追いかけてくださるような楽しみはなくなりましたが、そのおかげでリュゼ様の大工という意外な特技が判明したのです。
裁判も元領主館で行う予定です。
初代裁判官には多数の反対を跳ね除けて予定通りングドゥを任命し、彼の任命に特に反対をした町の主だったもの6名には陪審員をお願いして始末をつけ、あとの7名は不正を防ぐため都度集めることにしました。
このように、お引っ越しやさまざまなことが起きたのですが、突然手に入ってしまった新しいお城は子供たちが遊ぶには実に都合のいいものでした。
古代遺跡であるこのお城はあちこちに愉快な仕掛けがあり、フェイロンやクム夫妻の子供たちは手すりに乗って滑ったり、脱出や出撃用の滑り台や滑り棒を使ったり、エレベーターで延々と遊んでおります。
脱出や緊急出動用の滑り棒も子供たちにとっては良きおもちゃですからね。
わたくしが存ぜぬうちに、子供たちに遊びやすいようにそして怪我をしないようにとリュゼ様は大工の腕を披露してくださいました。
海賊衆の見習いをしていた頃に船大工の指導を受け、また軍時代に簡単な鍛治も覚えたとのことで結構な腕だそうです。
さすがリュゼ様。子供たちの為に御手を痛めるその姿、ますます好きになってしまいます。
リュゼ様の新しいご趣味により、大工代が浮きました。
例えば移動に便利な滑り棒や運搬鶴瓶、エレベーターは使い方違えば危険な施設です。
幸いこのお城の滑り棒の下や階段などは、普段は硬くとも非常時は激しく跳ねて怪我を防ぐ不思議な床ですのでまず大怪我はしません。
されど『滑り棒が便利だからたっぷり寝てから出撃したい』と駄々をこねるライムに辟易したポールと兵士長セルクの依頼を受けて、わたくしがポールとライムが各配置や待機中から緊急出動までの時間を抜き打ち計測してみたところ意外にも『階段の方が早い』ことが判明。
兵士長セルクとポール及びライムは訓練の成果、たとえ待機中で眠っておりましても各装備を整えこの大きなお城を出るまでに必要とする時間は滑り棒などなくとも平均してたった3分でございます。
ライムは『奥様の(※街灯の)せいで火事出動が増えた』とはっきり言うのですが、街灯設置に伴い編成させた6竜の冒険者消防隊は明らかに訓練不足なのです。遅れをとらぬよう勤めなさい。
存在意義をなくした滑り棒。
危険なので子供たちを何度も何度も叱っているのですが、コック長のミリオンどころかメイドのメイ、いえミカを含む大人たちが一番遊んでいるのではないでしょうか。
いえ、油断をすれば手すりや脱出用にあちこちに設けられていると思しき滑り台も。
子供たちに示しがつかないほど城の設備で遊び続ける大人たちの総意は、『城のあちこちにある滑り棒は極めて楽し……便利ながら、特定のルートを除き便利さよりも危険だとわかった』となり、リュゼ様の闇曜大工で安全柵を設けることになりました。
幸いにしてリュゼ様の指導の結果、今のところ滑り棒及びその床による事故は一件のみにとどまっております。
ところで皆様。
わたくし、ミカのようなお転婆娘ではございません。
ほんの少し、城の皆さんの目がない時に、子供たちの安全のため否応なくして、学術的関心を持って、その、ひとりで試しただけにございます。
……まことでしてよ。
場所が場所だけにスライムさんに治していただくわけにもいかず未だお尻が少し痛うございます。