悪役令嬢、悪魔の所業を成す
前回に続いてのお話になります。
ちなみにわたくしより美しく愛らしいわたくしのミカはリュゼ様に『一人で』と言われて席を外しております。
前回に引き続き、わたくしの成したこと彼らの抗議のお話です。
例えば道路事業です。
「石は土は精霊たちの家。勝手に住まいを変えて良いものではない」
これは後でわたくしが精霊たちに愛されたとンガッグックが認めてくれましたのでよしとなりました。
その後飛躍的に敷石が壊れなくなったのははたして。
あと、彼らの持つ石灰石の焼き粉と砂を混ぜる知識にも助けられましたこと、汚物を発酵させて熱源にし、また燃料などとする処理法にも助けられましたことを記さなければなりません。
さらに水道ですが、これは完全に彼らの水源に触れる案件でした。
弁解の余地もなく本当に申し訳ございません。
しかし溜池を作るため後の探索にて、さらなる山間部に『絶えない癒しの湯』を見つけるきっかけになったのは奇貨としましょう。
また、伐採した木々を植林する技術は彼らからもたらされ、成長の早いその木を樹脂加工することで配管の問題を解決したわたくしたちは速やかに上下水を整えることに成功しました。
彼らの主神はなかなかジョークの効いた存在のようです。
彼らは鉄も車輪も宗教的に扱いませんが、ミルゥなどと彼らが呼びカットもせずに首から下げていらっしゃる宝石は紛れもなくミスリルです。
彼らは実用にはあえて使いませんが、彼らのミスリル加工技術や素材知識は王国のそれを上回るものでした。
また、魔導なくミスリルを触媒として、水を綿の詰まった金属製の器に入れ、内蓋につけたミスリル触媒を熱すると煙なく火も発さず高熱を生み出す技術にはわたくしたちの生活そして多くの人々の凍死を防いだことを記さねばなりません。
紙についてはその会話過程でエナカおばあちゃんが教えてくれた海藻より作ったびーどろ紙がありますので、彼らに渡すと満足してくれました。
びーどろ紙は記録媒体であるとともに非常食になるのです。
水にはとても弱いのですが煮ると水を固めてくれますし接着剤にもなります。
ひのもと言葉でいう心太に近いもののようですね。
このびーどろ紙とは、もとは聖ユースティティアが当時王族のお菓子として秘匿されていたゼリーの製法を偶然に独自開発して命を狙われた逸話に記されていたものだとエナカさんは教えてくれました。
まこと『夢を追うもの』の逸話は喜劇として完成されています。
後でこのびーどろ紙。
これを気に入ったン族の皆様が作ってくださるようになり、エナカお婆さんの手軟膏の量産によりあかぎれに悩む街の皆さんからングドゥたちが感謝されるようになります。
ベッポは変わらず彼らとの間に立って調整してくれるとのことですが、彼はなぜか肩から少し血を流しており治療を呼びました。
ところで、彼ら三部族との調整において困ったことがあります。
彼らは貨幣を普段用いないのです。
ン族は例外的に商売人の真似事をしますが(※彼らの言うところですが少なくともングドゥ自身は大道芸をやっているとは思えないほどわたくしたちの基準でも相当な資産家です)、冬の海からプァインなる宝貝を手に入れて押し付け合うのが彼らのやり方であり、我々の貨幣を用いないとのこと。
このままでは彼らが搾取されてしまいます。
「彼らは働くことを三つの言葉に分けている」
リュゼ様曰く、彼らの労働感は独特のもので、ある種わたくしたち王国貴族や帝国貴族のそれと重なるところもあります。
ン。食うため、金銭的理由で働くこと。
パ。名誉、地位、みなの評価、自己顕示によって働くこと。
ガ。使命、天職、世のために行うことである。
「ガはわたくしにも理解できます」
リュゼ様は微笑んでくださいました。
人前でそんな太陽のように……わたくし焦げてしまいます。
「後者になるほど彼らの意欲が高い。
食いつなぐための働きと人生は死や無というが否定はしていない。
この上で自己顕示や世のためが付いてくると骨太の理論を持っている。
特にこれを曲解した悪辣な雇用主のようにやりがいだけ、働く喜びだけしか与えないものは搾取と言うことを彼らは知っている……のでトラブルが絶えなくてな。
マリカなんとかいつものようにいい知恵、いつものようにならんか」
そう申しましても。
わたくし彼らの商習慣には疎くて。
報酬を払うのは彼らの商習慣に反しているが、押し付け合うのはよしとする。
使命感や天命や楽しさを重視する。
しかし搾取には頑強に抵抗する。
彼らが読み書きを意図して行わないのは決して向学心などがないわけでなく、むしろわたくしたち以上に独自の学問を発達させている。
法学知識も難なく理解できる。
彼らは利に聡いが強欲を厭う。
金品を溜め込むことは好まないが歌い踊り舞い楽器を用いほどほどに酒を楽しみ人生を謳歌する。
……考えました。
「では、わたくし皆様の働きに証文や酒や祭りの権利書や露店許可を『押し付け』ます」
三族は自己研鑽と社会貢献を是として私腹を肥やさない誠実さを持っており、彼らに『貸し返して』いただいた証文のおかげでわたくしの事業はますます順調に動くこととなります。
何より彼らは教会特権の外にありますしね。
教会特権たる聖具の使い手はわたくし自身ですから文句は言わせません。
あの時わたくしを助けず、あわよくば修道院で手籠にして『病死に』せんと画策した報いですわ。
わたくしとリュゼ様は三部族のみならずこの後街のみなさんとよく話し合って決めるようにしました。
そして以下のことが決まりました。
もともと領主の仕事というものは多岐にわたります。
司法立法そして行政です。
これに教会が主張する神権を併せて四権と言います。
しかし、実質神権は他の三権を教会が主張するもので、わたくしがこの地に来た理由の一つといえますね。
聞くとングドゥは高度な法学知識を持っており、そのまま裁判所の初代所長を務めていただくことになりました。
同じように立法は今後民の中から議会のようなものができるのではないでしょうか。
実際、リュゼ様は民に良きに計らってもらっていますのでこの地は発展しており、当地の海賊の長にして大酋長として人々に彼が求められるのは治安維持と公共事業に采配を振るい、象徴となることだけです。
当地は海賊や三部族が支配し男女を問わない選挙が一般的です。
わたくしの好き勝手はリュゼ様ほかの尽力によるものであり、尚且つ彼らの利害の一致だったのです。
これはわたくしたちが身を隠して後のこととなりますが、強欲な教会の『私財を溜め込まない建前逃れ』を介さず公共のため実直に事業に資金も人材も惜しげなく貸し与える三部族が持つ金融資産は瞬く間に、わたくしが生前に知った額だけでもげにおそろしきものになり。
わたくしが彼らのために設けた複利や、わたくしすら存じなかった金融派生商品という概念の開発。例えば『オプション取引』や『スワップ取引』などを用いて三部族の金融資産は膨大なものとなりました。
ええ、複利や船株や先物程度しか存じなかったわたくしもまた彼らの知恵に便乗し、後々の子孫のために隠し財産を残せるほどには大いにお金を稼ぐことができましてよ。
ーー彼ら三部族は二十七代にわたって誠実かつ損得顧みずに、物心そして金融的支援をもってわたくしどもの子々孫を支えてくれました。
そのことを素直に感謝します。
またある意味ものすごくわたくしたちを歴代に渡って困らせた要因でありました。
いやぁん! グガンドゥ!
来月まで支払い待ってくださいまし!
今回も魔導甲冑を壊したのはわたくしのせいではございませんわ。
全部悪いのは幼馴染ですから、その証文はあっちに持っていってくださいな。
いまどこにいるかって。
わたくしが知るはずないでしょう。
春の花が咲く頃に『夢を追う者』は帰ってきます。
これは古からの習いですわ。
ええ、ですから、一割だけなら幼馴染のよしみゆえに王子の代わりに払いましょう。ゆえに利息含めてまとめて彼らに、わたくしのこの証文も添えてお願いしますわ。
どこにいても必ず見つけ出してくださいね。わたくしも少しは心配……いまのはなしです。なにを笑っているのですか。
早く行きなさい。行って。もうったら!
とある代行の言動を書いた日記よりーー
「また会おう! 今度来る時はついでに大酋長の胤をもらうから協力してくれマリカ!」
「二度とくるな」
彼の言葉に思わず頷きかけてしまいました。
彼ら賑やかな方々が去ってから、わたくしは彼に約定を守っていなかったことを謝ります。
だって全ての約束の条件と言える『目立つな』だけはわたくし無理でしたもの。
彼はそれに楽しそうに、いえこれはとても悪い笑い方で……わたくしも好きな笑い方ですね。
「まあ、『正しい手順』がないと人は従ってくれん。それはわかるだろう」
「つまり、わたくしそれを知らない愚か者としてあなたに利用されたということですね」
確かに不思議だったのです。
全ての事業が順調に過ぎました。
本来ならば100年かかってもおかしくないのです。
人間とは、権力を持つものは、己の利益のために人々を圧するもので、わたくしたちは特にその傾向から逃れられないのですから。
まるで『妖精の加護を受けて』いるかのような物事の進みにわたくし戸惑っておりましたがもともとリュゼ様もやりたかったことなのですね。
「いや、準備はしていた。していたが何代も先と諦めていたのだ。これは君が連れ帰った子供のおかげでもある。うちにもミリオンがいたが」
「……フェイロンのことでしょうか。それにミリオンですか。あの二人は童ですよ」
でも、不思議ですよね。
童がコック長やわたくしの実家のデザイナー。また大人顔負けの槍術や大どろぼう遊びができるはずないのです。
不思議を喜び常識を疑うものにしか見えない子供の妖精がいるということ、くしゃみをすると手のひらこびとになる老婦人の噂程度にはわたくしも存じておりますけど、まさかいまだにわたくしたちの、ひとの子の身の周りにも……ふふふ。楽しいお話ですこと。
「ね、フェイロン。不思議なお話でしょう」
「そだね。あ、ミマリから手紙預かっているよ」
星の巡りいとはやきもの。
年は明け偉大零から最初剣、そして早くも春の兆し示す花水木に至る頃。
妹から届いた手紙を読みつつ、リュゼ様とわたくしは熱効率を追求し調理も可能な新型ストゥブの熱に身を委ねて穏やかに時を過ごすのです。
特許はわたくしと三部族が連名で持っていますが、特許料を取らないことで王都や帝国にも広まりつつあると妹から喜びの手紙が来ていて、家族みな元気そうで嬉しいですね。
ところでフェイロン。
あなた一ヶ月ほど姿を見ませんでした。
探しましたことよ。
え?
ミマリに会った?
一ヶ月は帰れないとは確かに書き残しがありましたがあなたが文字を書けるはずないでしょう。
あの海を泳いで渡った?
凍死しますわ。冗談もやすみやすみおっしゃいな。
でも、信じます。
あなたはわたくしたちの、そして妹の守護妖精なのでしょうね。
「(大酋長頼む。吹雪がすごい。入れてくれ)」
「今日は一日吹雪くなマリカ」
ええ、まるでひとのむすめのこえのよう。
「(マリカ、すまなかった。そんなに怒るな。これもガ族のならいだ)」
……。
「後で雪が見たいので、しばらくしたら開けてあげなさいミカ」
わたくしが申しつけると、ミカは耳を塞いで窓の外に対して知らん顔を貫いておりました。