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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
序章 王都からきたご令嬢、推しの辺境騎士にグイグイ迫る
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悪役令嬢辺境の地に降り立つ

『お前はトロフィーワイフだ。見た目と教養と血筋で選んだだけだ。ここでは好きに過ごせ。男を連れ込もうが何をしようが特に相談など不要だ。何をしようとかまわないが目立たないようにしろ』


 とんでもない暴言を残して夫である辺境騎士にして一応一代辺境伯相当でもあらせるリュゼ様は寝室を後にされました。


 辺境にしてはなかなかの趣味の良い天蓋つき寝台には今宵一点の血筋もつくことはございませんでした。


 初夜なのですけど。



 なんなのあの方!

 わたくしは耳まで頬を赤らめると、落ちることなく生き生きとしたまま活けられた花を掴み。



「ミカ、聞いた聞いた!?

 わたくしってあの方から見て美貌と教養と血筋が最高だって! やったー!」

「マリカ様、どうしてそんなに無駄にポジティブなんですか!」


 いえ、別の意味でカッカしますよ。彼はかっこいいてす。



「完全に侮辱です」

「クールでニヒルと平民が言うようなですか」


「ちーがー! います!」


 ミカは平民、厳密には初代からの陪臣の子でわたくしとは同い年。すなわち数え十七歳になります。

 今回おつきとして志願してくれました。


 曰く『なんか心配だし』。

 どういう意味でしょうか。



「こんなに知恵に富み知識教養に溢れ血筋までよく、若くして絶世の美少女であるわたくしに欠点などありましょうや」

「その残念なところです」


 ちなみに彼女の美貌ももなかなかのものです。


「でもでも、ほら、あんまり賢そうなのって嫌われそうですし」

「で、未来の王妃候補に抜擢されるほどの教養がありながら婚約破棄されて辺境に来ましたけどね!」



 むう。良いではないですか。リュゼ様はわたくしの初恋の方なのです。結果オーライと平民たちも申すではございませんか。


「ここまでバカにされて黙っていられますか! あの野郎うちのお嬢様をディスりやがって! ブッコロですマジ!」



 ……彼女は異国の『武士』だった五代前の祖先の気質を未だ保っており。

 わたくしの生家の五代前が彼女の祖先を陪臣に加える前の彼女の生家の家訓は『ナメられたら殺せ』だったとのこと。


 いとおそろしきこと。



「おそらくリュゼ様はわたくしの美貌に恐れ慄いたのです。辺境の魔物すら退ける歴戦の猛者をも尻込みさせてしまう我が美貌が今は怨めしいですわね」

「お嬢様はある意味間違いなく傾国の佳人ですけど頭も間違いなく残念ですよね」


 殿方よりずっと背が高く、乗馬にて鍛えた細い腰。お母様譲りの大きく形の整った胸。上向きの腰回り。しなやかで長い手足。

 いかに磨き抜かれた姿見でもわたくしの美貌を正しく映せるものでしょうか。いやないでしょうね。


 あの『自画像』を若くして描いたリンス・リンシィースの筆でもわたくしの美貌を再現することは無理でしょう。



「というか、私の頭が余裕で埋まるソレ()、重くないですか」

「だから特注のドレスで支えています。ほらセクシーでしょう?」


 デザイナーのアンは『お嬢様のその『火球爆裂』無詠唱二段同時起動なソレなら、どんな殿方でも一発でメロメロになる』と保証してくれましたが芳しくなかったようです。


「うーん。おかしいですね。流行からは外れますが控えめな方が辺境では良いのかしら」


 例えば目の前の従者のように露出もなくしてしまうほうが辺境では魅力的なのかもしれません。


「何をお考えか、愚昧なわたくしめには想像もつきませんが、わたくしのはお嬢様のそのバカでかいそれと違い平均かそれよりは大きめです」


 首筋から肘までしっかり覆ったワンピースの彼女はわたくしの視線を察して言い放ちます。


 実質幼馴染なので何を言っても良いことにしています。

 彼女はわたくしと違い裏表のないさっぱりとした女性ですので。


「どうしますお嬢様。奴をボコボコにして屋敷に火つけて帰りましょうか」


「ミカ、あなたの個人的な怒りをわたくしの責任問題に発展させないでくださいませ」



 この短慮さがなければ彼女も可愛いのです。

 本当に抱きしめていい子いい子したい程度には。


 それに彼女が怒りを抱く時は一貫して自分以外を侮辱されたと感じた時、弱いものいじめを見かけた時に限られます。


 前にそのようなことが起き、彼女が窒息しかけて以降、最近は抱きしめたくても『フー!』と言って逃げますが。

 彼女は猫なのでしょうか。



「とりあえず」

「不敬な辺境伯相当家を皆殺しに」


 何故ですか。お城の探検に出かけますよ。

 ここは城主がいくさでほとんど不在なのです。

 すなわち女主人となったわたくしはこの城をその間切り盛りしないといけません。


 今のうちに色々覚えないと。



 というわけでわたくしは早速翌日を待ってミカを連れて、前もって話を通しておいた辺境伯相当騎士家執事頭であるジャンさんの案内で城を見てまわります。


 空堀と水堀の組み合わせ。土嚢と塹壕の防衛圏。

 最新式の井戸に城内の畑。家畜小屋。反対されましたが汚物処理スライム施設なども視察します。



 スライムは季節によりキノコ化して、ある種の虫の育成を手伝いますが、そのスライムとほとんど同じ成分を持つランがあり、そのランの育成における秘術を見出した辺境伯の手腕は王都の植物学者も認めております。


 あの大ランは王もいたく感心していましたがスライムと関係あるのですね。


「お嬢様。少し見ただけでそこまで見抜けるのですか」

「王立学校の最新論文を毎日読んでいましたから簡単なことです」


「……奥様の教養、このジャンは感服する次第です」


「やっとあのくそ童貞も一皮剥ける! イヤッホー!」


 と、聞こえた気がしますがもののけの仕業でしょう。



 やっべー僕の奥さん可愛すぎるもう無理限界だよ爺! と悶絶しているリュゼ様を想像してしまうとはしたなくも口元が綻んでしまいます。



「あの方からはそのようなことは。ただ『可愛すぎるので気まずい』とは伺いました」

「いいのですか。ジャン様。

 そんなことうちのお嬢様に言うと、……ほら」


 ……。ああ。世界はなんと輝いている事でしょう。

 青葉揺れる辺境の地では花を活かす脂魚の香りすら馨しゅうございますわ。

 白い雲は妖精の歌により躍り青の山脈は川面のように鋭く煌めき。


「この方、内心『やった』って喜びますから。

 あんまり調子つけたら厄介ですよ」

 ミカがいちいちひどいです。


 まあ、王都の『おともだち』たちと違い、彼女だけは幼い時から態度を変えていませんので、今となっては彼女のありがたみを感じますが。


 ……一時期は首を刎ねてしまおうかしらと本気で悩んだものですけど。



 聖なるジョーの鏡曰く(わかる事。ひとまず)。この城は最新式の設備を極力揃えようとしていることは理解しましたので、辺境で手に入りそうで安価な資材を用いた、現実的な強化案。これを効率的かつ現実的な休憩提案も添え、明日までにまとめて兵士長であるジャンの息子セルクに渡しておきましょう。



 さて、初夜こそ逃しましたがわたくしたちは夫婦なのです。


 夫婦ということはもはや家族です。

 家族として当然の要求をしても支障があるでしょうか。


 むしろこれから家族になる以上必要なことでしょう。



『食事の時は(※夫婦なのですから!)同席をしてもよいでしょうか。いいですよね。もちろん構わないでしょう。断る道理などありませんよね』



 かようにリュゼ様に申し出ますと『……いや、わたしは忙しいし、君は若く美しい。これ以上悪評を立てるようなことはせずほとぼりが冷めたら愛のない白い結婚で寝所どころか食事すらも共にしたこともなかったとでも言って王都に帰れば良いだろう』と彼はおっしゃっており。



「……謙虚で可愛いです。素敵」

「お嬢様。どうしてそんなにお花畑な感想になるのです! それにアレが初恋のお嬢様には申し上げにくいことですが、はっきりいってお嬢様をディスるのは許せませんあのムカつくブサイクチビは!」


 ええ。素敵じゃないですか。背は低めですけどがっしりとして渋いお顔立ちで。

 それにわたくしから見て殿方のほとんどはわたくしより上背が低いのですよ。


「ドワーフがイケメンというタイプですかお嬢様」

「彼らは誇り高く技術で身を立て、力強く誠実でウソをつけない特性があり素晴らしい種族です」


「……お嬢様の趣味は身長よりも腹が出ているよりもムキムキなんですね」


 生まれで決まる見た目や身分や財や人脈より、殿方に対してはただ一つの信念と誠実さを求めているだけですけど。


「自らにないものを異性に求めて何かおかしいでしょうか」

「とりあえず、お嬢様の美貌と身分と、お家が用意した結納金とは無縁の個人的資産に関してはおっしゃる通りです。他は残念ですが」


 例えばリュゼ様がわたくしを得たことで実際以上に己を魅力的と愚考した挙句、異性をかわるがわる弄ぶようならば彼は『不慮の事故で』命を落としても不思議ではないでしょうけどその心配は絶無です。


 その証拠に辺境伯家コックのミリオン曰く。


 リュゼ様は『あの女なんなの? グイグイくるけど怖い!』とおっしゃっているようです。


 絵物語のように初恋の人の家に嫁げたのに、喜ばないようなをなごがいましょうや。

 全くあの方は国一番の猛士ですのに……かわいい。



「お嬢様、その後ろ向いて無言でニヤつきつつグッと拳握る癖なんとかなりませんか。なんすか目が後ろから見ても光ってるのわかるの。マジ怖いです」


「わたくしの美貌とあの方への愛が素晴らしすぎて、あの方が戸惑う気持ちは察するに余りあります」

 天地開闢からいとたかき神々を除いてわたくしほどの美貌を持つをなごはいませんので、並の殿方では近づくことすらできないのです。


「リュゼ様のように魔王ディーヌスレイトと対するほどの勇者であれどもわたくしの美貌に殿方が尻込みするのはむしろ当然」

「魔王すか。あの魔王芸には父に困らされました。あいつ泣くまでやりますし。

 それも祖父が魔王と会ったことがあるからですけど。

 祖父言うところお嬢様に『とても』似ているところがあるそうですよ」


 それでもあの方ほどの猛士ならば、それこそ今晩にも盛りのついて狂った獣のように、わたくしを求めてきてもおかしくありません。


「わたくしいつでも覚悟はできていましてよ」

「……とりあえず、今晩はご一緒します」



 この晩において彼女が生家の父に報告すべきことはございませんでした。彼はとても可愛い方です。


 なお、ミカは『今晩も報告義務はないでしょう』と断言したのち即座に職務放棄して眠っていました。蹴りたい背中です。


 あと、ここはわたくしたち夫婦のベッドですからね。

 子供の時とは違うのですよ。


「お嬢様……お嬢様」

 ここにいましてよ。


「本当にお気をつけなさいまし。

 よからぬ噂はわたくしのような下賎の耳にまで入っています。

 卒業記念パーティーにお供できない卑しい身の上が恨めしい」

 誠に、この子ときたら……ありがとう。



「……くやしいよぉ。お嬢様ごめんなさいごめんなさい……私の方がお姉さんなのに肝心な時にお嬢様をお守りできませんでした……申し訳もございません」

 たった3ヶ月生まれるのが早いか遅いかの幼馴染ですけどね。


「ミカ。あなたは卑しくなんてありません。

 生まれは自らで決められません。

 生まれたのちに如何に生きようとするかが大事なのです。

 たとえこの世が変わろうとしても、幾度生まれ変わろうと、あなたはわたくしの大切な妹。半身ですわ」


 彼女を後ろから抱きしめていますと、あの時リュゼ様から救われ、恐れなど克服したつもりでも起きる震えがおさまるのです。



「おまえを婚約破棄する」

「なにかお考え違いでは。殿下。わたくしがあなたに婚約破棄するならまだ少しは理解できますが」


 学院では王国中の優秀な子弟を集めて教育しますので、全員国から支給された同じ制服を着て身分の垣根なく付き合うことを義務付けられています。


 そのように決められているためわたくしが彼を『殿下』と呼ぶ必要は本来ないのですが幼い頃より習慣になっていますので誰も指摘することはありません。


 他の生徒で彼を殿下と呼ぶのは礼法に疎い彼の方のみでしょう。


「で、でんか。これは一体どういうことですか」


 事情のわかっていないコリス嬢は可哀想に震えています。

 彼女は去年まで一介の農夫の五女に過ぎなかったのですが隣国との紛争をきっかけに正義神の神託を得た乙女であり、学科体育共に優秀な成績なのですが礼法ばかりは苦手という野生児です。


 そんな彼女の小柄で愛らしい容姿は殿方の庇護欲を刺激するようです。


「おまえは私を差し置いて生意気すぎるのだ」

「むしろご自身の立場をわきまえてほしいところです」


 彼の取り巻きたちが幅を詰めてきます。

 国の要人たちの息子や血縁者であり、彼の支持基盤となっている家の者たちです。


 今ならわかります。

 わたくしは。


 こわかったのです。


 護衛も供の者も連れることを許されない学園においては家の手のものを連れて入学試験を受けることが黙認されつつありますが、わたくしどもはそれを善しとしておりません。


 家の者は正式に外部試験を受けた精鋭のみです。


 彼ら彼女らは主にわたくしたち自ら見出した文官であり貴族ではありません。


 強がって強がって、必死で学び、鍛えていてもたかが17の小娘だったのです。



「……殿下。この状況はなんでしょうか。一人の淑女に対して公然と侮辱し、挙句の果てに婚約破棄し、打擲まで行うとは」


 いままでおともだちだと思っていた皆様が嘲り笑うなか、たったひとり私をかばってくれた殿方は。


 太い太い傷だらけの分厚い手。

 咽るようないくさの香り。


 乱れて陽の光に焦げ赤みを増した黒髪。

 笑うと少しだけ愛嬌がある巌のようなお顔の。


 わたくしの初恋の方でした。



 彼に庇われて初めて、わたくしはみずからの頬が打擲されたことを覚えたのです。

 ぶざまに地を這い、手のひらを踏まれていたことを知ったのです。


「下がれ下郎。ここは栄えある学園ぞ」

「学園に身分は無い。少なくとも私どもの代ではそうでしたがね。例えばここは王の御前ですが、名目上は『関係ない』ですから」


 彼は雄々しくわたくしの前に立ちます。

「ここは一人の大人として行動したまでです。良いですかね。天災クソ野郎。じゃなかった王よ。じゃなかったクサレ学友」

「き、貴様自分の立場を知らんのか田舎貴族!」


 辺境伯は侯爵に相当する独自裁量権を持つ名家です。

 辺境伯をおろそかにする国は独立されてひどい目に遭います。


「わたくしめの後ろに。小さなレィディ」


 記憶に残る大きなおなかに反して彼の背の筋肉は鎧下を通してわかる程盛り上がっています。


「貴様辺境伯。前だけの中途半端な鎧を着て、我らが怖くないのか」

「……ガキどもが束になっても怖くありませんなぁ。それに」


 彼がほほ笑んだのが、わたくしにもわかりました。


「我が背には守るべき民と可憐で気高い少女がいますので。これほど強い守りはございません」


 わたくしはこの時、彼が背を向けていてよかったと心から思うのです。



「……お嬢様。じたばたうるさいです。枕抱えて寝ぼけないでください」



 ミカに忠言されて目覚めたのはまだ月と小さな迷い石がふたつ出たばかりの時間でした。



「ミカ、あの時のリュゼ様のカッコよさときたら」

「はいはい。トイレはこちらですから。あ、お花摘みですね」


 火照った頬と身体を鎮めるためわたくしたちは外に出ました。


 空に輝く『輪』と銀の月。赤き迷い石と黒い石。

 その明かりに照らされて、城のお庭の花々は白く銀嶺の如く輝いています。



「ミカ。これが『りゅうをはぐくむたいりん』というランですよ」

「……初めて見ました。あの日、辺境騎士伯が卒業記念パーティーのために自ら標本を持ち込んだ花ですよね」


 見事なほど大きく白い美しいランですが、その生育過程である種のスライムの代わりを果たすことで受粉を行う生態の為、今まで人の手で育つことが無かった女神の花です。


「ってことは、この庭、昼間と違ってスライムがいっぱいいるってことじゃ」


「かもしれませんね。ミカ」



 ずざざざ。

 えっと……。


「ミカ」

「お嬢様」


「振り向かないでください」

「理解しております」


 今宵は月が美しいですね。この場合は睦言にあらずです。


「ゆっくり行きましょう。まず一歩」

「はい。二歩目」



 ぞぼぼぼごごごご。


「三歩目はありません」

「走ってくださいお嬢様!」


 淑女に走れなどあるまじきこと。



 昼に書庫で拝見した『よくわかる! 競歩術』を参考に10かけて10すすむを繰り返します。


 この歩法と呼吸を正しく行えば古マラトン街道を休憩なく二刻(四時間に相当)で駆け抜けることが出来る秘法でございます。



「いやだ~! スライムに服を溶かされてぐっちゃんぐっちゃんにされるの嫌だぁ!」

 気持ち悪い本を読むのはおやめなさいとせんに命じたはずですわ。

「デュッセル男爵とパゲーナ侯爵みたいに淫欲を刺激されて死ぬこともできないまま永遠に全身を延々と責め立てられるんだぁ! いやだああ!」


 両方殿方の名前ですよね。不遜にも初代国王言行録に手沢した物語などこんど見かけたら没収です。


 わたくしはナイトドレスを踏まないよう裾を両手で握り、足音を立てないように『歩き』ます。

 あと3呼(約9メートル)です。



「お嬢様ああ!」


 思いっきりつきとばされ、あと一歩で庭に倒れ込んでしまいます。


 じゅるじゅる動く銀色。

 月夜の輝きを受けて蠢く透明の波。


「お逃げくださいませ!」


 左手を呑み込まれてミカは叫びます。

「そんなこと、できるわけがないでしょう」


 転んだはずみで、足首をひねったようです。立てません。

 透明な波が私たちを覆い隠そうとしています。



「離れなさい。その子はわたくしの大切なひとです」



 私は月と共に、魔王の『輪』を透明な波越しにみました。



「しっです。しっしたらぺーしなさい! めーでしょ!」

「お嬢様?」


 スライムの動きが止まりました。



 ぺっ。


 吐きだすようにポンとミカの身体が宙を舞いました。

 あぶないと思うとスライムが動き優しく彼女を受け止め。

 もちろん彼女が危惧したように粘液まみれになることもなく、水ベッドのように彼女は軽く跳ねて空から私を見下ろしています。よかった。



「めーでしょ! ぽんぽんいたいいたいしたらやーでしょ!」

「お嬢様。スライムって子犬や赤ちゃんですか……」


 今さらになって松明が翻ります。警備体制の改善案が効を発揮するのはもう少し時間がかかりそうですね。



「あそこだ」

「スライムが侵入者を捕まえたはずだ」

「出会え出会え……って奥様ァ?!」


「なんの騒ぎだ」

「あ、旦那様」


 その晩、巨大なスライムがシュンとなってわたくしの言う事を聞いているさまをみて、皆様は大変驚いておいでになりました。



「……すまん。説明を」

「ぺっしてやー! してちょいやちょいやとして、めーしたらむーしたので、なでなでしています」



 彼は当惑して仰りました。


「さっぱりわからん」

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