プロローグ
はじまりはじまり
レイ「あ〜、よく寝た!」
早朝、宿屋の前で大きく背伸びする男が1人。
彼こそが復活した魔王を討伐すべく立ち上がった、勇者の血筋の末裔である。
レイ「やっぱり朝の澄んだ空気はいいねぇ。昨日何かあったような気もするけど、そんなんどうでも良くなるくらい清々しい気分だな〜」
暖かな日差しと新鮮な空気に包まれ、澄んだ空を眺める。
すると、
ジャス「…」
彼の後方、宿屋のエントランスから荷物を抱えて出てきた男が1人。
レイ「おっ、ジャス!おはよーさん!」
旅仲間の魔導師とわかり、いつもの調子で声をかける。
そして、肩に手を置き
レイ「昨日はよく眠れた?いや〜、俺はもうぐっすりでさぁ。ほら、お肌に艶が戻ったっていうか…」
普段の調子で冗談めかしく笑いかけ、団員の気をほぐす
…はずだったのだが
ジャス「触るな」
レイ「えっ」
乱暴に手を振り払われ、思わず固まるレイ。
なおも立ち止まらず、振り向きもせず歩みを進めるジャス。
2人の距離はみるみる開いていく。
時は遡り、昨晩ー
避けて通る事の出来ない大型モンスターとの戦闘に臨んだものの、あと一歩の所で力及ばず撤退を強いられた、彼らにとって初めての敗北を味わった日の夜。
レイ「…」
ジャス「…」
ルゼ「…」
ブシゾー「…」
宿屋の酒場にて、無言でテーブルを囲む4人。
眼前には温かい夕食と酒が並んでいるが、誰一人として手をつけようとしない。
そんな重い空気のまま数分が経った頃、レイが口を開いた。
レイ「…ま、まぁ、今回のは誰のせいとかじゃなくて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ実力不足だっただけださ!まだ冒険を初めて2週間くらいじゃないか!明日からはしばらく小型モンスターを狩って修行したり、武装を新調したりして、今度こそあいつを倒そう!」
責任の所在を突き詰めず、団員を奮い立たせる方向へ舵を切ったレイ。
勇者という肩書きに相応しい寛大さをアピールしつつ、続ける。
レイ「ジャスはちゃんとヒーラーとしての役割を全うしてたし、ルゼも支援・妨害・攻撃の魔法を適切に使いこなしてた。それに、ブシゾーだって、俺と一緒に前線で奮闘してくれたじゃないか。みんな頑張った、それでいいじゃん!」
ジャス「レイ君…」
ルゼ「レイ…」
ブシゾー「れい殿…」
3人の表情はみるみる明るさを取り戻していく。
自分たちのリーダーが、如何に人として優れているかを再認識した瞬間だった。
レイ「さ!そうと決まれば今夜は俺たちの再出発を祝しての宴だ!楽しもうぜ!」
ジャス・ルゼ・ブシゾー「「「おー!」」」
レイ「店主ー!生3本!あとなんか酒に合うものお願いしまーす!」
かくして、打って変わって和気藹々とした雰囲気の中、宴会が始まった。
数時間後
レイ「だーかーらー!おめぇがあん時魔力切れ起こしたのが悪いんじゃねぇかよあぁ?」
ルゼ「はあぁ?あんたとブシゾーが前衛職のくせに体力無いのが悪いんでしょ〜?」
ブシゾー「貴様!武士を愚弄するか!そこになおれ!その首たたっ切ってやろうぞ!」
ルゼ「やれるもんならやってみなさいよエセ剣士が…ひっく…!大体なんなのよその変な格好!」
レイ「そうだそうだぁ!特にその頭の上のやつ、"チョンマゲ"とか言ったっけぇ?だっさw名前から見た目までだっせ〜w」
ブシゾー「えぇい好きに言わせておけばよくもよくも!貴様こそ毎晩毎晩付き添わなければ1人で厠へ行く事すらままならないではないか!」
ルゼ「えぇ〜?勇者ともあろう者がトイレすら1人で行けないの〜?wあぁそっか〜、血筋だけで持ち上げられて育ってきたお子ちゃまだもんね、仕方ないよね〜w」
レイ「んだとてめぇら!今すぐこの場でぶっ殺してやろうかぁ!?あ゛ぁん!?」
先程までの穏やかなムードは何処へやら、酒場は3人の手により修羅場と化していた。
周囲には割れた瓶と食器が散乱し、足の踏み場すら見当たらない。
ジャス「ね、ねぇみんな?そろそろ落ち着かないと、ね?これ以上暴れたら、僕たちの評判にも関わるし…」
この状況下でも唯一平静を保っているジャスが仲裁に入る。
彼にとって、このパターンは最早お決まりとなっていた。
対して、3人は一斉にキッと睨み付け
レイ「あぁ?酒も飲めねぇ青二才が偉そうに説教垂れてんじゃねぇよ…ひっく…大体さ、魔法職2人もいらないんじゃね?」
ジャス「えっ…?」
ルゼ「あー、それあるかもー。つーか魔導師ってあたしら魔法使いの下位互換じゃんw回復と補助は出来ても、肝心の攻撃が出来ないんじゃねぇ?w」
ブシゾー「うむ、然り。無用な食い口は減らすべきにござろう」
ジャス「…」
同じ経験をしてきたとはいえ、ここまではっきりと言われたのは今回が初めてだった。
レイ「よし、そんな訳でお前クビなw今回の敗因もお前だったんじゃねぇのww」
ルゼ「ちょっと〜、言い過ぎだってば〜w」
ブシゾー「はっはっはっw」
ジャス「…」
例え酒の席の冗談であっても、苦労を重ねてきたジャスにとって、許容の限界を超えるには十分なものだった。
レイ「おぇ…すっきりしたと思ったらなんか気持ち悪くなってきた…そろそろ寝よ…」
ルゼ「あたしも頭痛くなってきたかも。さっさと寝よ〜っと。おやすみ〜」
ブシゾー「では、拙者も失礼いたす」
酒乱の3人は各々の部屋へと去って行く。
ジャスはただ、呆然とその場に立ち尽くすのみだった…
そして現在ー
レイ「…」
口をポカンと開け、肩を置いた際の姿勢のまま固まっているレイ。
ルゼ「おはよー、どうしたの?」
ブシゾー「む?あれに見えるはジャス殿ではござらぬか?」
遅れてやって来た2人は、当然状況を飲み込めずにいる。
レイはぎこちない動作で首だけを2人のいる方に向け、ぼそりと呟いた。
レイ「…俺ら、また何かやっちゃいました…?」
つづく