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異皇国大戦  作者: 鹿尾菜
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5500t級球磨型巡洋艦

「くそう本局の奴ら次から次に注文ばっかりつけやがって。仕様書が二転三転してたら設計なんかできるか!」

艦政横須賀本部内部に併設された艦政局員専用の居酒屋の喧騒の中で小さく小松龍弥中尉は怒鳴った。

怒っているわけでは無い。ただの酔っ払いの愚痴だ。

その相手は同期の結月だった。あまり酒を飲まない彼は酒の席でも酒を飲まず聞きに徹している。


「まあ落ち着け。それで今度はどうしたんだ」

飲みに出ないかと彼が言い出したのは今までで2回。その2回ともが酔いが回るにつれて静かに怒りながらの愚痴となる。それゆえに結月は余計に酒を控えて夕食を兼任しながら愚痴を聞くこととした。


「水雷艦隊の旗艦の仕事をどうするかで仕様変更が入ってるんだ」


「あの軽巡洋艦か」

最近軽巡洋艦の要求と設計が迷走していると言う話を噂で聞いていた結月は頭を抱えた。小松は5500t級の設計に初期から関わっていた。だがその時はまだ設計主任としてではなく一技師としてだった。しかし設計主任だった大尉が潜水艦の設計に引き抜かれたため彼が主任として抜擢されてしまったのだった。

しかしその軽巡洋艦が曲者だった。



当初考えられていた水雷の運用では駆逐艦を4隻単位で一つの戦隊とし敵艦隊への雷撃攻撃を行う。その際旗艦は各戦隊の突入指示や艦隊指揮を行う艦と駆逐隊の突入を援護する戦闘艦の二つの役目を持つ。そのため一隻で全てを行うことは不可能とされ一つの水雷艦隊には2隻の巡洋艦が望ましいとされていた。

ここまでであれば砲戦に特化した巡洋艦にすれば良い話である。

事実この時点ではまだ後方からの火力援護を行う艦を海軍局は望んでいた。


対抗馬としては合衆国海軍が建造している新型軽巡洋艦が挙げられる。この艦の性能は予想では6インチ砲搭載で30kt以上の速力を持つとされていた。

5500t級は14cm砲を連装で砲塔として4基搭載し継戦能力と速射性を確保する設計がなされていた。

ここに35ktを発揮する機関を搭載して更に旗艦能力まで持つとなれば当然魚雷を搭載するスペースはなくなる。無理に取り付けることもできるがその場合居住区画を圧迫する事になる。

雷装だけでなくただでさえ砲の大きさで負けている。そのため砲の数を増やして対処する必要もあった。

14cmではなく新開発の15.2cm砲や20cm砲にするのはどうかと思われたがどちらも未だ開発中でありすぐに搭載できるようなものではなかった。


「だが上からの要求書には水雷戦隊での運用だけじゃなく護衛艦隊旗艦の能力も追加するから魚雷と対潜兵装をつけてくれとのことだ」


しかしいざ案が決まり設計をしようとした段階で再びの要求変更が入った。

それは国家戦略の変更により近海での防衛戦だけでなく戦略物資や生活品の多くを輸入に頼る皇国の生命線とも言えるシーレーンの防衛にも使えるようにするようにとされていた。

要求では対潜装備と魚雷の搭載指示が入っていた。

それらもまた世界大戦の戦訓を元に必要数が計算されていたのだがいかんせんかずが多かった。

特に対潜水艦兵装として期待されていた爆雷は潜水艦戦が不可視戦闘であることと一度戦端が開かれると終わりが見えないことからかなりの数を搭載せねばならず弾薬庫も含め空間圧迫が酷かった。


「見せてくれ……なるほどなあ、だがそのかわり要求速力が30ktまで落ちているな」

流石に輸送船の護衛任務で35knのような高速は必要がない。潜水艦自体も潜れば超低速、浮上しても20knも出ない存在だった。

その場合缶室を減らして浮いた重量とスペースでどうにか武装をやりくりすれば良くなる。

しかし問題はその次の要求書だった。

この要求が来たのが丁度前の要求に沿ったものを海軍局に上げた直後のことだった。


「水雷艦隊の旗艦として運用することも考慮し速力は35ktに戻せと……」

そして武装は極力そのままとせよ。


なぜ35ktにこだわったのか。そこには水雷艦隊の事情があった。

当初水雷艦隊が主敵としていたのは当たり前のように戦艦群であった。

しかし戦艦群といえどその内容は様々であり、皇国では主に合衆国の戦艦を仮想敵としていた。

その合衆国の戦艦事情はというと大半の戦艦が20ktから23ktであった。


本来合衆国の戦艦運用は比較的低速から中速で重防御、長距離砲戦向けの戦艦と高速で軽装甲な近距離戦向けの巡洋戦艦の二種類による打撃戦を想定していた。

このうち長距離砲戦向けの戦艦だけが現在就役しており巡洋戦艦は世界大戦の勃発などにより造船所が駆逐艦や巡洋艦の建造にかかりきりになったためまだ手付かずとなっていた。


しかし、2年前から新たに巡洋戦艦の計画が新規に進められていると情報が入ることとなった。この巡洋戦艦は12インチ又は14インチ砲搭載で速力が30ktという快速艦であった。これが速力を重視していた水雷艦隊の脅威となる。

当初建造されていた天龍型軽巡洋艦は速力が33kt。これでは追撃された場合攻撃後の離脱が不可能であるとされていた。さらに船体が小さいため艦隊の旗艦としての能力が不足すると言う問題も同時に発生していた。

そこで天龍型は2隻で打ち切りとし、船体を大型化し速力と砲戦能力を強化した5500t級へ移ることとなった。これが現在問題となっている5500t級の始まりだった。

元の計画では3500tと戦艦を補助する7000t級の二種類が設計予定であったが7000t級は水上打撃艦隊送りである。


仕様変更がなされたのは運用思想の選定がまだ済んでいないからであったがその皺寄せは確実に現場に来ていた。

当初水雷艦隊は対主力艦相手の戦闘艦隊であり正面戦力の一つだったが世界大戦を期に潜水艦と航空機の脅威が増した。それらが真っ先に狙うシーレーン、つまり輸送艦などの護衛を行う後方戦力としての価値を見出された。

しかし艦隊戦に特化した駆逐艦や巡洋艦では使い勝手があまり良くなく、駆逐艦に至ってはハイローミックスに食い込む形で護衛駆逐艦というものまで生まれてきていた。それらを束ねる旗艦として軽巡洋艦が抜擢されていたが艦隊旗艦と護衛艦旗艦ではその性質も運用も異なる。

その双方に対応可能な艦となればもはや中途半端な存在にしかならなくなってしまう。

さらに旗艦として建造されるため艦隊司令要員が乗るための設備、艦隊指揮に必要な作戦室などを追加しなければならない。


「砲塔から砲架にすればまだ重量と艦内空間が確保できるが……」

流石に結月も頭を抱えた。

「継戦能力が問題か」


砲架は甲板の上に動力付きの旋回台座を設けその上に大砲を乗せる方式だ。それゆえに比較的設置の自由度が高いのだが問題は弾薬庫からの給弾機構にあった。

通常下甲板に設けられた弾薬庫から運び出された砲弾、装薬は弾薬庫に併設する昇降機を使い上に挙げられる。戦艦に搭載している砲架の場合は弾薬庫から人力で砲弾を確砲架の側にある昇降機まで持っていき砲架のすぐ隣まで上げている。


しかしこれは艦内が広く複数の昇降機を設けられる戦艦だから出来ることであり軽巡洋艦にはそんな空間はない。そのため天龍型では駆逐艦と同じく前部と後部の二箇所に昇降機を設けそこから各砲へ向けて砲弾を人力で持っていく事になっていた。

これが重労働であり人間の体力には必ず限界がある。このため即応弾を砲架周辺に用意しておくのが巡洋艦以下の砲架では普通となっていた。しかしダメージコントロールの観点から即応弾は被弾時の誘爆を招く危険があり推奨し難いものだった。

さらに即応弾を使い切った場合連射速度が大幅に下がり戦闘力の低下が問題視された。

特に巡洋艦以下は波の影響を受けやすく揺れやすいことから砲弾を運ぶのは戦艦以上に難しい。

それゆえに砲戦能力を強化する為彼は砲塔式としていた。

しかしそのため艦内空間が砲塔装備で埋まっている。

「いっそのこと15cm砲6門にするか?魚雷も最低限の連装型を二基で予備魚雷は無しにするとか」


「それは提案したけど魚雷はせめて8本欲しいらしい。それと15cm砲は今在庫がない」

高橋中尉は既に考えていたらしい。しかしそれも海軍局の無茶振りによって無意味なものとなっていた。

その上15cm砲は金剛型などの予備砲があったが副砲を14cm砲に変更したことから在庫処分ということで陸軍にまとめて押し付けてしまい現在は満州にて要塞砲や列車砲に転用されてしまっていた。

生産性を考える場合14cm砲しか選択肢はなかった。

「なら砲塔を止めるしかないか。今はあれだがどうにか改良が入るだろう。10隻以上作るつもりなのだぞ」

現在計画されている巡洋艦は六六艦隊計画分8隻、八八艦隊分8隻となる。

「それはそうだが……仕方がない砲架で設計するよ」

渋々彼は結月の言う通り砲塔の搭載を諦めることにした。

「運用上不評だってなれば上の連中だって表立って文句は言えないさ」


その言葉に納得しきらない顔をしながら小松は酒とつまみを消費する淡々とした作業に戻った。

結月もそれに釣られ食事をする手を再開した。賑わっている酒屋の喧騒の中そこだけが穴の空いたかのような静寂と食事をする音が響く。




初期の案から砲塔をやめさらに艦内のいくつかのスペースを切り詰め、そうして艦内空間を抽出したものの重武装の代償は大きく居住性は犠牲となってしまったのだった。

主に35ktを生み出す機関は強力であるがゆえに艦内のかなりの空間を占領している。さらに雷装関係の設備があり対潜装備をかなりの量搭載しているのも響いた。

止めとなったのは艦隊指揮設備のため大型化した艦橋だった。この艦橋がトップヘビーを招く危険があったため船体は船首楼として艦橋までしか船首楼を設けることができず艦内空間がさらになくなってしまったのだった。

それでいて護衛任務には35ktの速力は必要なかった。

それどころか護衛任務の場合長期間の活動が必要となるなど主戦場を南太平洋と設定しても中部太平洋と設定しても居住性の低さは問題となった。特に乗員の士気に関わる問題であったため現場からの突き上げは壮絶だった。

兵の体調万全成らずは敗北の原因なり。

そのことが原因となったのかは定かでは無かったが5500t級軽巡洋艦、球磨型軽巡洋艦と命名されたその艦は6隻で改良型へ設計が変更されることとなった。

また砲戦支援を行う水雷艦隊用巡洋艦は7000t級巡洋艦に組み込まれることとなった。


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