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異皇国大戦  作者: 鹿尾菜
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1914年皇国の航空機事情

1914年

陸軍所沢飛行場


1911年4月1日に皇国初の飛行場として開設されたこの施設には、皇国唯一にして最大の飛行機用滑走路があった。

飛行船の運用が多いこの時代本格的な飛行機の試験や飛行訓練が可能な施設は皇国中どこを探してもここだけであった。

それゆえに翌年1912年に陸海共同の航空学校が併設されることになった。


秋の風が広大な敷地を駆け抜ける感覚に肌を震わせた平賀少佐は急足で目的の場所へ向かっていた。

「お待たせいたしました」

案内役の伊丹海軍大尉は既に待ち合わせの場所で待機をしていた。

どこか痩せ細った印象を与える伊丹大尉は実の所平賀少佐より10cm身長が高く大柄の部類に入る人物だった。


のっぽという言葉がよく似合う伊丹に続き格納庫へ足を進める平賀少佐は陸軍の制服を着た基地警備隊から奇異の目で見られていた。

「海軍がこの基地に入るようになってまだ久しいですから。時期に皆慣れます」


「そうか。しかし意思疎通に齟齬が出ては良いものは開発できない。早急に陸海軍との蟠りは解消するべき課題だ」



格納庫の中は電球が小さく、それでいて数十個点灯しているにもかかわらずどこか暗かった。

そんな薄暗い格納庫の中に皇国が共和国から輸入した飛行機がそこに佇んでいた。

皇国が自力で製造、改造した会式飛行機とは違い水平尾翼はカナードではなく機体後尾側のみとなっている。そのせいかどこかスッキリした印象を与えるその飛行機の名はモーリス・ファルマンMF.11複葉機、陸軍ではモ式四型偵察機として制式採用されたばかりの機体であり輸入された四機のうちの一機であった。

現在は陸軍での運用が決まっているが、海軍でも尾部浮舟付の双浮舟型の水上機型を制式採用、することが決まっていた。

その機体のそばに見知った顔を見つけて平賀少佐は声をかけた。


「鏡崎少佐。久しぶりだな」


「おお、平賀か!去年飲みに行ったっきりだったか?」

陸軍の制服を着た男性が振り返り平賀を見るなり野太い声を上げた。

技術畑でどこかガリ勉のような印象を与える平賀とは対照的に筋肉質でがっちりとした体格の彼は、しかし見た目に反して技術畑の人間であった。

この二人は実家が隣同士だったことから親の代より家族ぐるみでの付き合いがあり親友よりも兄弟のような関係だった。

「俺もさっき着いたばかりだ。暇だったんで先に見学してた」



「かまわんさ。しかしこれが共和国の機体か」


「しかしまたひ弱そうな機体だと思わないか?乱暴に扱ったら壊れそうだ」


「骨格は木造、翼は布張を骨格に打ち止めしています」




「骨組みを組み合わせたような見た目だ。これで強度は大丈夫なのだろうな?」

陸軍少佐と海軍大尉の後ろから見ていた平賀少佐が不満を漏らした。連合王国海軍に留学を行っていた際に飛行機の操縦ライセンスを取り幾度となく飛行機に乗っていた平賀少佐だったがやはりどこか剥き出しの木造骨格に布張りの頼りなさに不安を感じていた。

ただ飛ぶだけならこれで良いかもしれないが軍用として使うのならそれなりの頑丈さが必要である。

しかし頑丈の代名詞とも言える金属はエンジン周りのフレームが少し鉄製という程度であり大半は木と布で作られたその機体は確かに手荒に扱えば壊れてしまいそうな不安さがあった。


「現飛行している機体がありますがもうすぐ着陸するはずです。ご覧になられてはいかがでしょう」


「そうする」

三人が滑走路に向かうと大尉の言葉通りちょうど降りてくるモ式の姿があった。


やがて滑走路に向かって降下してきた機体が翼を左右に傾けながらも車輪を地面に押し付け着陸した。しばらく滑走路を砂埃を巻き上げながら走ったのちに駆け寄った整備員が後方から機体に飛びかかり引っ張るようにして静止させた。




「これが日露戦争の時に有れば偵察ももっと細かく詳細にできた……まさしく鳥の目線から戦場を見れるわけだからな」

日露戦争では気球を使用した観測を行ってはいたが自陣営から見下ろすだけであり飛行機のように敵部隊上空やその奥に向かい補給線の確認や導線を観測するということは不可能だった。さらに風にも弱く運用が難しいというのが実情であった。


「現在共和国ではさらなる機体の開発が行われているそうです」

つまりここにある機体は既に旧式というレッテルを貼られかけている機体ということだった。飛行機の発展の速度の速さに鏡崎と平賀は身震いした。


「まずは飛行機の部品を調べるところからだ。産業革命に乗り遅れたつけはでかいな」


「現在3号機のエンジンを分解し部品の量産を開始していますが精度の問題で2日に一機が限界です」


「しかしこれらが機関銃や爆弾を積んで大量に押し寄せてきたらそれこそ数の暴力だ。なまじ空の重要度が高まっているだけあって数で押し切られたら大問題だ」


空から攻撃を行うというのは実は気球時代から存在するものだったそしてそれは飛行船という道具によって実用化されていた。

飛行船の生産数がその巨体ゆえに稼げないため効果は限定的であったが飛行機がその役目を受け継いだとすればと考えた鏡崎は素早くどのような対処法があるのかを考えていた。

「その通りです。現状共和国ではこの機体を百機以上、さらに新型の開発もおこなっています。まさしく空の歩兵として運用しようというわけです」


しかし空を飛ぶとは綿密な計算と設計が必要となる。すぐに出来るようなことではなかった。

「国産の飛行機はしばらく無理だ。しばらくは輸入機で経験を積むしかないだろう」


「幸い三菱重工と中島が新たに航空機設計の会社を設立するそうだ。そことも連携が取れないかこっちで声をかけてみる」

そう言ったのは平賀少佐。中島にはアテがあると呟いた。


「税金対策と揶揄されているあの会社か」


「軍の力だけでは足らん。この際民間だろうと何だろうと使わなければならない」

そう言いながら平賀は掲げていた鞄からスケッチブックを取り出した。

そして目の前で止まったモ式を見比べながら簡易的な三面図を描き始めた。

「それで平賀少佐、そのスケッチは?」


「骨格剥き出しというのも見かけが悪いから砲弾のように鋭く尖った形状の胴体にしてみたらどうかと思ってな。大砲の弾も球体から円錐状になり初速や飛距離をあげていただろう。それに操縦士達が寒そうだからな」


「なるほど、そうなるとエンジンを前方に置いてみるというのも手ですね」


「改造機か?まあ研究用の3号機は時期にこちらに回ってくるが」


「そもそもどうしてエンジンが後ろ向きなのだ?風を翼が受けて揚力を生み出すのならプロペラが作る風を翼に当てればそれだけ浮きやすいということにならないか?」


翌日に設立された航空開発部の最初の仕事はこの時点で決まっていた。


その四日後、先に着任していた技術士官達によってネジの一本まで分解された3号機はそのまま航空開発部の所有機となった。


さらにそこから操縦系の構造を解析し心臓部分の設計を行う過程で6日。航空力学に関する共和国と連合王国の論文を解読しどうにか翼の形状や大きさの設計に8日。それらを元に木造部品を製造し作り上げるまで20日が経過した。



組み上げられた航空機は未だ名称も決まっていない試作機だった。


砲弾を六角形にしたような外見をした胴体、コックピットとその後方の燃料タンクの後で切り落とされたように布張りの胴体側面は終了しそこからいくつもの棒とワイヤーが伸びて二つの垂直尾翼と水平尾翼がそこに取り付けられていた。

エンジンはすぼんでいく機首に収められておりプロペラが先端から突き出た独特の構造となっていた。

どこかずんぐりしたどんぐりみたいな見た目だと一人平賀少佐はつぶやいた。

砲弾を参考にして胴体を作ったから仕方がないのだがどこか不細工になってしまったと後悔する事となった。


しかし今更嘆くこともできなかった。飛行場にはいつのまにやってきたのか大学の教授までもが機材を持ち込みあるいは即席で作り上げてデータ観測を行おうとしていた。


「エンジンと操縦系は3号機からの流用。こちらが製造したのは翼と胴体の骨格だけです」


「上下の翼を支える柱も3号機からの流用でよくここまでこれたものだ」

ボルトの長さが足りないところはあり合わせのボルトを使い強引に組み上げている。

「無事飛んでくれると良いのですが」



離陸直前まで加速させる試験では異常は見られなかった。翼の撓み具合も予定通りのものであった。

これが初の飛行試験となる。

平賀少佐としては空に飛び上がるだけで十分であった。飛ばなくても次の糧にできる。そう思っていた。そのため過度な期待をしていなかった。

やがて何度か地上で点検を行っていた機体はゆっくりと観測装置の前を横切って走り出した。

「飛んだな」

その姿は滑走路を十分に使い加速し、そして浮き上がった。案外あっさりとしたもので、平賀少佐にとってはそれが当たり前のようだった。

だけれどその感性はどうやらズレていたようで試作機が無事に飛んだことに喝采が沸いた。その上空をまるで無関心のように試作機は淡々と試験項目を消化していった。






1時間の飛行を行った試作機は少しばかりふらつきながらもモ式4号偵察機より遅い速度で滑走路に降り立った。


「最高速度はそこまで変わりませんが失速速度がかなり低くなっています。重量が増えている分上昇性は衰えていましたが旋回性能は失速速度が低い分かなり良好です」


降りてきたテストパイロット、東条悟はそう言って得られた情報を書き出していった。

その結果をもとに再び機体の特性やどのような翼の形が良いのかを調べていく作業に技師達は取り掛かることになる。


しかし希望に溢れていた時間はすぐに悩む時間へと変わっていった。

その問題を作り上げたのは二回目の試験飛行にて元となったモ式との模擬戦の結果であった。


模擬戦闘と称して相手の背後に回り込む事ができるのかの試験を行うのとになったが、その結果は今ひとつであった。

巴戦と呼ばれる相手の後ろを取ろうとする一対一の戦闘では旋回半径の小さい試作機の方が有利であった。

しかし上昇能力に劣ることから高高度へ退避されたり速度で振り切られてしまうと立場は一転してしまい、好きに背後を襲ったり近づいたり翻弄されてしまう状況が出来上がってしまった。


「原因は重量増加による上昇性能と加速の低下です」

その結果をまとめた平賀は頭を抱えた。たしかに水平時の最高速度ではモ式より伸びがあった。しかし加速が遅いため容易に距離を空けられてしまうのだ。

「しかし巴戦では負けなしだった」

鏡崎はそう言って慰めたがあまり効果はなかった。

「ですが巴戦は相手がそれに応じない限り発生しない」

正直戦争において手段は選ばれない。近代戦ではいくら相手が剣で戦おうとしていると言っても銃で遠くから撃たれて終わりなのだ。


「やはり力が足りないか」

同じ70馬力エンジンなら重量のある方が不利なのは薄々分かっていたがここまで圧倒的に差が出てしまうと考えものだった。

しかし空気抵抗は明らかに減っている。でなければ重い機体が速くなるはずないのだ。

しかしその代償は大きいと言わざる負えない。その上僅かに胴体を大きくしエンジンの位置を変えただけだというのだから尚更だった。

「しかしこれ以上このエンジンでの馬力向上は無理です」

エンジンの設計と複製を担当していた技師の一人は言った。現在の皇国の技術力ではエンジンの複製は作れてもそこからさらに出力を上げるのは無理だった。

そもそも同じ出力を維持できるかどうかすら部品の精度が安定しないためなかなかうまくいかないのだ。

「一つ手がある。確かカーチス社から研究目的で購入した100馬力のエンジンがあったな。あれを搭載して比較試験を行おう」


「ですがあれは故障が……」

6月に合衆国のカーチス社から取り寄せた航空用エンジンのことだった。

本来で有ればそのエンジンは世界大戦でいくつかの航空機の動力として運用されるはずであった。しかし故障が頻発し戦場での運用に支障が出ると烙印を押されてしまったエンジンだった。しかし重量こそルノー70馬力エンジンと同等程度であり比較試験にはちょうど良いかった。

「試験を行うときさえ動ければいい。どうせ試験機なんだどうにでもなるだろう」


こうして試験は新たな段階へ向か事となりこの時に収集されたデータと実績が後の皇国航空機の開発の方向性に少なからず影響を与える事となった。


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