目覚め
VRゲーム、以前の日本ではそれほど普及していなかったが、最近では家庭でも楽しめるレベルにまで一般化した最新のゲーム機だ。ゲームの世界を疑似体験できるが、それは聴覚と視覚のみであり、映し出されている映像を間近でみているだけと言ってしまえばその通りで、ゲームの世界に意識が飛んでいくというわけではない。
だが、自分の好きな見た目になりそれを一人称で操れる点だけでも俺にとっては革命的だった。男の俺がどんなかわいい女の子の見た目になったとしてもここではそれが当たり前、自分の部屋もVR間につくり、ここが第2の人生じゃないかと思わせるくらいには遊びつくしていた。
「それがまさか、次の日起きたら別世界で本当に第二の人生を歩まないけないだなんて誰が予想しただろうか……」
いつも通りに帰宅し、いつも通りにVRの世界にとびこみ、次の日に支障がでない程度の時間に就寝したはずだった。だがいつものように目覚ましが鳴らず、遅刻したと飛び上がったら別世界。
見知らぬ洋風の部屋のど真ん中で俺は目を覚ました。
何かがおかしいと顔を動かしたときに長い銀色の髪が揺れていることに気づき、それが俺のものだと分かった瞬間、俺の体が女体化していることにも気づいてしまった。
そして現在、俺は壁に立てかけられていた鏡の前に立ち、自分の容姿を確認している。
何やら見覚えのある顔立ち、銀色の髪と頬をつまんだり変顔をしてみたりしてわかった。俺がVRで使っていたアバターとそっくりな見た目をしていたのである。さすがにゲームのときの見た目と現実での見た目ではリアリティで差がでるが、それでも特徴を見ていくと、VRゲームでつかっていた女の子のアバターとほぼ一緒の見た目をしていた。
身長は150あるかないかくらいで、腰当たりまでのびきった髪。現実でこんな女の子がいたら不潔極まりないとおもっていたが、自分がそうなってしまうとは……。
ため息を漏らしながら、自分の整った容姿、イメージカラー白でキャラをつくったせいか、白い生地のゴシック系のワンピースを見にまとった自分を見てもう一度ため息を吐く。
美少女だからいいと思ってはいたものの、元男の自分が本当にこの服を着ると気持ち悪さが直に伝わってきて不快な気分になる。
「で、部屋を見回した感じ、俺は一人で暮らしてるわけではなさそうだけど……」
ふと、目につくところに窓があったため、近寄り外を眺めてみる。
どうやら高さ的にだいたい自分のいる部屋は4階あたりに位置するようで、下は中庭になっているのか、四方向に今いる建物から続くように壁で囲まれていた。
壁には沢山の窓がついており、想像以上に住居人がいることがわかる。
あまりの窓の多さにホテルなのでは? と疑問が湧いたが、自分の部屋があまりにも生活感に溢れているため、それはないだろう。
そもそも旅行や長旅や出張に行くならどこかに大きな荷物を置いてるはずである。
ただ、毎日ここで暮らすとなると少々居心地がよくない。ベッドはあまりにもフワフワだし、上にお姫様かよと言いたくなるようなヒラヒラがベッドを囲むようについている。
ついさっきまで男だったやつにこれに慣れろというのはあまりにも酷だ。
「エレナ、とっくに朝食の時間をすぎていますよ! 貴方が寝坊するなんて珍しい……」
「え、あ。えぇぇっ。」
いきなりドアをノックされ、声をかけられる。
まさかのお嬢様ポジションなのだろうか、作法とか全くしらないし、返し方もなんもわからん。俺は声にならない声を出しながら、部屋のなかでおろおろと右往左往した。
とりあえず、部屋から出ないのはまずいなと無言でドアをあけ、目の前にいた使用人らしき女性に苦笑いを浮かべる。
使用人らしき人は俺の違和感だらけの動きに気づいたのか眉をひそめたが、何事もなかったかのように食卓へと案内した。
美少女になれるとは夢にも思わなかったが、こんなに緊張感のある日々はごめんである。しかも使用人の様子と、部屋の感じからしてこの体にも前任者がいるようだしすごい罪悪感もある。
いや俺だって自分の体に戻りたいよ。
食卓には朝食とはおもえないほど豪華な料理がたくさんならんでいた。が、どれがどんな食べ物なのかまるでわからない。西洋の食べ物っぽいと言ってしまえばそれで終わりなのだが、西洋にこんな食べ物ってあるのかと疑問に思うレベルで謎の食べ物が大量に並んである。
中に、一番パンのような見た目をしているものがあったため、とりあえず最初に食べるのはこれにしようと頭の中でそう決めた。
中には俺のほかにも人がいて、こんな西洋なお城みたいな建物の中だし、使用人みたいな人もいたから自分と同じようなゴシックな見た目をしてる人ばっかだと思っていたけどそうではないらしく、騎士道をつらぬいてそうな見た目の人、武士道を貫いてそうな見た目の人、何やら背中から翼が生えてる変な人など多種多様な人物が席についていた。
そんな個性しかないメンツの中で自分の席と思われる椅子に腰かけ、あらためて周りを見回す。
だが、おかしなことにどの人物も目に光がやどっている気がしなかった。どの人を見ても無表情、姿勢は皆同じで微動だにすることなし。
中央のでかい椅子に座っている、3mはある王冠をかぶった巨人だけにこやかな笑みを浮かべていた。