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「すみません、代わりに無礼をお詫びします。うちのギルド長はまだここに来てたった1年なんですけど、もう既にこの街で1番失礼な人間だと有名なんですよ。だから女の子にもモテなくて~はい、とりあえずこれ飲んで」


お茶を淹れ戻って来た受付嬢アンナが入り口付近に立ったままのルーナ達にアンナ特製ティーを配りだした。


「アンナ、余計な事を言わないでくれ!」


姉のノーラは完全に冷めた瞳でギルド長の事を見ている。背景を書くなら吹雪と雪山であろう。


「お姉さん、そんなに睨まないで頂けると助かるんですが……折角の美人なんですから笑った方が良いですよ」


そんな軽口にノーラの顔が少し崩れ手で口元を隠した。吹雪がピタリと止んだ感じだろうか。

ギルド長は自分の軽口でノーラの態度が柔らかくなった事に驚いた顔をし笑顔を見せた。


「あ、お姉さん、俺の事はニコルと呼んで下さい!来る者は拒まず。去るものは離さない。そんな熱い男、21歳独身お嫁さん募集中です」


ギルド長が張り切って自己紹介をし始めるとアンナがルーナに囁いた。


「来る者も去る者もいないが正しいわよ。本当お調子者なのよねぇ。それにしても……お姉さん純情すぎない?」


「……そうだね」


ノーラを見るとツンツン他所を見ながらもほんのり頬を染め誤魔化すようにお茶を飲んでいる。

屋敷から出た事もなかったので異性にあまり免疫がないのであろう。


(私も言いたいな。顔を半分隠していても綺麗だよって……王都に腕のいい医者か治癒師がいればいいんだけど……あれ?私も治癒魔法使える……よね?……後で試してみよう)


「いやぁ、こんなに純粋な方が逃亡者の訳がない!職業病で本当に申し訳無かった!」


ギルド長はノーラの態度に気分を良くしたのか頬を染めデレデレである。


(なんて単純で分かりやすいの。まぁ悪い人間には見えないけどね)


この世界の常識を知らずに墓穴を掘りまくったルーナは思いきって遠回しに打ち明ける事にした。一種の賭けだ。


「ギルド長、私達はある意味逃亡者なの。犯罪者じゃなくて犯罪者から逃げて来た方のね。ある日魔法が使える様になって逃げ出せたのだけど、あなたの言う通り常識に疎くて。もし良ければ常識を教えてほしいんだけど」


「なるほど……魔法は突然使えるようになったのか?」


さすが治安ギルドの長である。

デレデレしていた顔が消え一瞬にしてピリッとした真剣な表情になった。


「説明しにくいけどそう言うこと。満月の日に力を手に入れたの。女神様からのギフトよ」


「それでその犯罪者と言うのは?」


「どうする事も出来ない相手だから詳しくは言えない。貴方や貴方の家族の為にも知らない方が良い事もある。だからこれ以上聞かないで」


ギルド長は戸惑いを隠す事もせず顔を歪めルーナ達3人をしばし見つめ唸った。


「よし、分かった!君達を信じよう。俺の事はニコルと呼んでくれ。では常識を教えるから丘の調査をお願いする」


「いいわ、取引成立ね。私はルーナ、姉はノーラ、弟はニーノよ。役に立てるか分からないけど行ってみましょう」


街を出て西に進むと小高い丘に到着した。グリーンの芝生の絨毯に色とりどりの花が咲き乱れ広がり眼前を青い空が包んでいる。

白い2人掛けベンチが距離を取り置いてあり、恋人達から人気なのも頷ける。


「綺麗ね!」


「そうだろ?ここでプロポーズをする為にかなり遠くから来るカップルが多いんだよ。で、何かモンスターの気配は感じるか?」


「だめね、全く感じないわ。本当にモンスターが出るの?」


その時ニーノが咄嗟(とっさ)に丘の頂上に生えている木の辺りを指差し叫んだ。


「ねぇ。あの人さっきから何か言ってるよ!」


「どの人?」


「あそこに立ってる男の人だよ!」


ルーナはニーノが指差している方を見つめ身を乗り出し目を細めたりして見るが男の人は見当たらない。

見えているのは赤い花が咲いている木である。


「誰もいないんだけど……ねぇ、お姉ちゃんは分かる?」


「いいえ、私もニーノが何を言ってるのか良く分からないわ」


ルーナとノーラ、ニコルも一緒になり首を傾げるとニーノはパタパタと指差した方へ走っていった。


「うん!見えるし聞こえるの。うん」


何も無いところに向かって元気よく話し始めたニーノ。見守っている3人の顔が歪む。


「もしかして『何か』ってモンスターじゃなくてさ……」


ルーナは苦々しい顔で言葉を続ける。


「幽霊だった……?」

「うわああああああ!」


「ちょっとニコル、やめて頂戴!びっくりするじゃない!」

「ニコル、怖いから突然叫ばないで!もう!」


ノーラとルーナが2人揃って突然叫んだ事に抗議をするとニコルは顔を崩しデレデレし始めた。


「2人が俺の事をニコルと呼んでくれた。幸せだ~」


この状況で浮かれているニコルに姉妹揃って冷たい目線を向けるとニーノがパタパタと戻って来た。


「あのお兄さんここでプロポーズしたのに振られて死んじゃったんだって!だからここに来たカップルにここに来ても幸せになれないよって教えてあげてるんだって」


「全部そいつの仕業だな。振られたのは自分のせいなのになんて自分勝手な奴なんだ……」


ニコルが眉間にシワを寄せるとニーノが突然口をすぼめ気まずそうな顔になった。


「あの、ちょっと言いにくいけどあのお兄さんからニコルさんに伝言があるの」


「えっ、俺に?なんて?」


「えと…………お前いつも一人で来て可哀想だなって」


「ハァーーー!なんてこったぁああ」


ニコルはがっくりと膝を突きその場に崩れ落ちた。再起不能に陥ってしまったらしい。

強いから身を隠したわけではなく、ニコルがいつも一人だったので何もしなかったと言う事であろう。


「なんて恐ろしいの。こんなに的確にメンタルを削る攻撃をしてくるなんて」


「ちょっと白目剥いてるわよ。慰めてあげた方がいいんじゃないかしら?」


「慰めるのはお姉ちゃんに任せるわ。それにしてもニーノ、霊が見えるし話せるのね?カリーナおばちゃんの事はまんまる月がカリーナの霊に力を貸したのかと思ってた」


「僕前から幽霊は見えてたの。あのお屋敷は幽霊いっぱいだったよ!でも話は出来なかった。この前の満月の日初めておばちゃんの声が聞こえたんだ」


この国では亡くなった魂は月へ帰ると言われている。

もし恨みや強い心残りのある魂は月に帰らず霊となり現世を漂うとしたらあの屋敷は幽霊だらけだ。


きっとニーノは元々霊力が強く、満月の日にルーナが記憶を得たように霊と話せる力を得たのだろう。あの屋敷から逃げ出す為の力を。


「私には見えないけどそこのお兄ちゃんにもう成仏してって頼んでみてくれないかな?あなたのおかげで噂が広がってカップルも来なくなったでしょ?って」


「分かった!言ってくる!」


数秒後。


「嫌だって」

「早っ」


「カップルをこの世から消し去るまで頑張るって」


「ちょっと、それもう完全に趣旨ずれてるし、悪霊思考なんじゃない?自分で成仏しないなら無理矢理させるわよ?光魔法で昇天」


右手を上げ、光魔法を発動してみせるとニーノがパタパタ行ってパタパタ戻って来た。


「その光なら気持ち良く成仏出来そうな気がするから光に当たってやっても良いって言ってる」


「物分かりがいいじゃない!じゃぁニーノ、お兄さんの場所を教えて」


ニーノがここにいると教えてくれた場所に向かい右手を伸ばす。


「月に帰りなさい」


光魔法を放つとキラキラと輝く粒子が天へと上っていった。


「バイバイお兄ちゃん!」


ニーノにつられてルーナも空に向かって手を振る。


「ニーノが居なかったら原因さえ分からなかったかも知れない。ありがとうニーノ!」


「僕お姉ちゃんの役に立てて嬉しい!」


ルーナとニーノは2人ではしゃぎ握手を交わす。


「これで一件落着ね!ノーラ、ニコル、行きましょう!」


ノーラとニコルに顔を向けるとメンタルをやられていたはずのニコルは顔を上げルーナが光魔法を放った場所をぼうっと眺めていた。


「悪い事して、生きてる人間に迷惑かけてたくせにルーナの魔法であんなに美しく輝いて月に帰れるなんてラッキーな奴だな。ニーノも霊と話せるなんて凄いな。2人共ありがとう」


「へへ!」


ニーノが照れ臭そうに笑うと聞いていたノーラが肩を落とした。


「私の出番が何もなかったわ。1番お姉ちゃんなのに……」


「適材適所よ。お姉ちゃんも一緒だからここまで安全に来られたのに落ち込まないで」


「そうかしら?もっと色んな場面で役に立つ為に基礎体力でも磨いた方が……」


「えー、もしムキムキになったらやだな」


「そうですよ!俺が守りますからムキムキはやめましょう!」


ニコルが調子を取り戻し張り切ってノーラを口説こうとしていると感じたので、ルーナはとても大事な事を伝えた。


「ねぇニコル、私達この街通りすぎるだけだからね?明日には出て行くの分かってる?」


「そうだった……」


「めんどくさいからその場にへたり込まないでね」


早く街に帰って常識を教えてもらい、王都に行き人に紛れるのです。

そして目立たずひっそりと、平民として自由に暮らしいつの日か恋をして結婚し、年を重ね穏やかに生きていくのだ。

ルーナはそんな事を想いながら街へ向かって歩いているとニコルが突然声を上げた。


「そうだよ!俺が3人を王都まで連れて行けばいいんじゃないか!よし、決めた」


「イヤ突然何言って……」


「馬車を出してやろう」


ルーナに断らせないぞと言わんばかりに言葉を被せて来る。


「あら、それは助かるんじゃない?」


「そうでしょう?解決してくれたお礼に、俺が責任を持って皆さんを馬車で送り届けます」


ノーラの言葉に食い気味で返したニコル。


「ギルドはどうするの?」


「大丈夫、大丈夫。暫く隊員に任せるさ」


なんて自分勝手なとルーナは大きく溜め息を吐いてみせたが、馬車を出してくれるなら正直有難い。

馬車は台車より早い、広い、楽、の3拍子である。


ルーナはこの先の道のりを考えると、狩ってある魔獣を全て売ってでも馬車を買うか借りた方が良いのではないかと考えていたところだったのでニコルの提案は渡りに船だとほくそ笑んだのであった。




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