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ジェシーがギルド隊員に連れて行かれるとカイがルークに向かい深く頭を下げた。
「ごめんルーク、俺がどうかしてた」
「カイ……」
ルークはホッとしたように肩を落とした。
カイは勢いよく体を起こしルークに言う。
「俺さ、ルーナにどうしても言いたい事があるんだ。コソコソ言うのは嫌だからルークの目の前で言う事にするよ」
サァッと顔色が悪くなるルーク。
「一体何を……」
「安心しろ。馬鹿な事はもう言わない。俺、ルークがいなくなってスゲー反省した。それに、もしルークの身に何か起こってたらと想像したらもうこの世の終わりみたいな気持ちになってさ。ルークの事も滅茶苦茶大事に思ってるって事に気付いたんだ」
ルークはカイの言葉が響いたのか瞳を潤ませ頷いた。
ルーナは祈る様に両手を合わせ、ウットリと男同士の友情を見つめている。
(ルークとカイが仲直りして良かった。いつまでも仲の良い大親友でいて欲しい)
ニコルとノーラも2人を見て微笑ましく頷く。
カイがルーナの方に向き直ると途端に寂しさを塗り固めたような瞳になり少しだけ微笑んだ。
「話があるって言ったろ?それ今言うわ」
ルーナは話があると言われた時の表情と、今見せている表情がまるでルーナに別れを告げようとしているように感じた。
ほんの数秒前のウットリと感動していた気持ちが消え、出所の分からない不安と切なさが胸に押し寄せる。
「カイ、話ってどんな?」
「ん?ただの告白。今回はさ、自分の気持ちに気付くのが遅くてルークに負けたけど……来世はさ、生まれ変ったルークよりも早くお前の事見つけるから。お互い中途半端に前世の記憶とか持たないで出会って、俺とまた始めから恋してくれよ」
ルーナはあまりにも突然のカイの言葉に驚き、返事も出来ずにただただ口をぽかりと開けた。
ニコルもノーラも驚いたように目を見開き、口を最大級と言っていいほどポカンと開けている。
ルークは涙を堪えるように少し俯き瞳を押さえた。
「……どういう事……?」
ルーナはカイの言っている事が理解できず、緊張し声を絞り出した。
「来世はルークじゃなくて、俺が幸せにするって事だよ……綾香」
ルーナは名前を憶えていないと言われた時から、心のどこかでカイは春斗なんじゃないかとずっと思っていた。
やはりそうだったのだと衝撃が身体を駆け抜け息が止まりそうになった。落ち着こうと肩を大きく揺らし息を吸う。
「……春斗……」
「やっぱ、俺春斗だよな。ルーナと居たからか少しずつ前世の記憶取り戻してたんだ。前世は俺が馬鹿で幸せに出来なかったから名乗るの嫌だったんだけどさ……来世でまた会おうぜ」
カイは静かに近づくとルーナのおでこにそっとキスをした。
ルーナに一気に押し寄せる喜びと悲しみの感情と涙。
行き別れた大切な家族に出会ったような、自分が落としていたものを見つけたような気分で、ぐちゃぐちゃに顔を崩した。
2人のやり取りを見守っていたルークがルーナの身体を引き寄せ手でおでこを擦るとカイの前に立ちはだかる。
「そこまでしていいとは言ってないし、来世も僕が先に見つける」
「せっかくいい所だったのに邪魔すんなよルーク」
「するよ。来世でまた会おうってなんだ。もう僕達に会わないつもりか?そんなのは許さないぞ」
ルークの言葉にカイは声を上げて嬉しそうに笑った。
「あはははは!会いに来るに決まってるだろ!」
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「母上、僕が5歳になったらニコル叔父さんが剣を教えてくれるって言ったのに、まだ小さいから果物ナイフだって言うんだ」
サバルトーネ家の居間のドアが開けられると本日5歳になったばかりの可愛い長男、クリスが瞳を潤ませ口をへの字に曲げ言った。
クリスはルーク譲りのブルーブラックの髪にルーナ譲りの金色の瞳だ。
ルーナは腰掛けているソファに駆け寄って来たクリスの頭を優しく撫でる。
「多分ニコルはクリスの事が可愛いからまだ大きな剣を持たせられないのよ。本物の剣は危ないから」
クリスの後ろから歩いて来ていたニコルが頷く。
「そ~そ~!やっぱりルーナちゃんは俺の事分かってるねぇ。クリスが可愛すぎて無理無理!本当は果物ナイフも無理って言いたいところだよねぇ~食事用のナイフでも悩むなぁ」
クリスは口を尖らせつつも、可愛いと褒められているからかニコルに言い返す事も無く、ソファに座っているルークとルーナの間に腰掛けた。
「そうだね。本物の剣を握るのはもう少し大きくなってからだ」
ルークはゆっくり、クリスの頭を撫でる。
あれから約6年の月日が経った。
父であるオーランド・サバルトーネはまだ健在だがサバルトーネ領の全権をルーナに譲った。たまに孫の顔を見に来るが相変わらず何処にいるのか国中をフラフラと自由に移り住んでいる。
ニコルはルーナとルークが学園を卒業してサバルトーネに移った当初から一緒に暮らしている。
クリスが生まれた頃からニコルの表情が柔らかくなり、クリスの成長と共にいつの間にか壁を作るような瞳はしなくなった。
ルーナが望んでいたような屈託のない心からの笑顔を見せて子供達と遊ぶニコルの姿はクリスと同じ子供としか言いようがない。
見た目も出会った頃と変わらずお洒落でエネルギッシュだ。後は素敵な人が現れるだけなのだが。
「ん~。素敵だと思う人って聞かれたらルーナちゃんとぉ、ノーラさんなんだよねぇ。異性としての好きかは正直微妙だけどさぁ。だからルークとカイには悪いけど俺も来世で皆より先に出会っちゃおうかな~」
相変わらずこんな軽口を言うがルークが追い出さないという事は異性としての言葉ではないのだろう。
「おい。ニコル、俺の真似するなよ。事あるごとにネタにしやがって。そこで笑って聞いてるニーノもだぞ」
ニコルとニーノに笑いながら文句を言っているカイは冒険者のような生活だったからか以前より体つきが男らしくなった。
元々お祭り騒ぎ的行事が好きなカイは学園卒業後、地下ダンジョン競技を復活させる為各国の強モンスター討伐に尽力した。
1年に数回顔を見せに来る程度だったが昨年末に無事に掃討が完了してからはサバルトーネ家に入り浸っている。
「え?僕は兄上に悪いのでネタにはしません。本気ですから。僕は来世はルーナ姉様とノーラ姉様の本当の家族になりたいんです。ね、ラルフ」
膝の上に座っている2歳の次男、ラルフの頭を撫でるニーノは鎖が解け、すくすくと成長し男女問わず誰もが思わず振り向くほどの美青年になった。
しかし、モテすぎてつきまとわれ、第2のジェシーを生み出すんじゃないかと恐怖したニーノの希望で学園内で護衛を付けたほどだ。
学園が終わるとすぐに馬車に乗り込み帰って来る。そんな学園生活を送ったおかげで家大好きっ子に育ってしまった。
「はぁ、揃いも揃って……」
ルークがはぁと悩まし気な溜め息を吐くとノーラが笑う。
「妹の旦那様は気苦労が絶えない割には毎日幸せそうだわ」
ノーラの隣には5歳の長男、カラムが座っている。
父親は勿論カデリア王太子殿下。無事、王太子妃になったのだ。
カデリアはノーラの頬に傷を付けたローシェを許す事は出来ないとし、徹底的に調べる事になった。
おかげでローシェの指示でルーナとノーラの母親に毒を盛ったメイド達が見つかり証言。
ローシェは断頭台に消える事になった。
シャリーとシャークは平民に落とされ国外追放。シャイルは修道士に。ジェシーは一生を牢の中で過ごす事になった。
「まぁ、なんだかんだ言うけど楽しいからね。僕はルーナとノーラさんと子供達には来世で会いたいかな」
ルークがノーラに笑みを向け言うと、ニコルが鼻の穴を広げジロリとした目付きで言う。
「うわぁ、本当はルーナだけで良いって思ってるくせにぃ。本当ルークは凄いよねぇ。いっつもくっついてさぁ。実はルーナちゃんそろそろ1人になりたいと思ってるんじゃないのぉ?」
ルークは相変わらずルーナを深く愛していて、結婚前に言っていたようにほぼ片時もルーナの傍から離れない。
朝からおはようのハグとキスをし昼間は執務室で一緒に仕事をする。お風呂も食事も夜眠るのも勿論一緒だ。
「それが全然嫌じゃないのよね。もう1つになりたいぐらい。でも1つになったら抱きしめて貰う事も出来ないからこのままでいるの」
幸せそうに微笑んだルーナはこの屋敷の中だけの狭い世界から逃げ出し姉との絆を知り、友情を知り、愛情を知り、前世の縁を知り、家族愛を知った。
今まで生きた人生の中で1番幸せだと胸を張って言えるだろう。
「ニコル聞いたか?そう言う事だ。ピーター、お茶を」
執事になるのが夢だったピーターはサバルトーネ家のお茶専門特別執事に任命された。ニーノの指導とピーターの努力の甲斐あってお茶を淹れられるようになったのだ。
宙に浮いたティーポットからカップに紅茶が注がれる光景は子供達から大人気である。
ルーナもその光景を見るのが好きで、浮かぶティーポットをじっと眺めていたらニーノが口を開いた。
「あ、姉様。ピーターも来世はルーナ姉様に出会うって」
「ピーターまで……」
ルークは眉尻を下げ困った様に呟いたが目が笑っている。
きっと皆が来世来世と話しているのでピーターも純粋に混ざりたくなったのだろう。
ルーナは皆に向かって大きな笑顔を見せる。
「いいじゃない!皆、また来世でも必ず出会いましょうね」
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このお話で完結となります。最後までお読み下さった皆様ありがとうございました。
間を空けてしまい、当時考えていた構想と違う展開になったかもしれません。文体も変わったと思います。ほんとごめんなさい
9月6日新作「一緒に異世界トリップした人は不良の皮を被った一途男子でした」の投稿を始めました。
貴族令嬢でもないですしざまぁや今遅など流行りの要素全く無しの恋愛物ですが良かったら覗いて見てください。お好みに合いそうでしたらブクマしてお読み頂けたら嬉しいです。
後書きも最後までお読み頂きありがとうございました。




