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ピーターとニーノに案内され到着した場所はニコセイ領の外れにある牧場跡地だった。


まず建物手前でニコルとルーナの2人は馬を下り、身を屈め建物の周囲に見張りがいないかを見て回る。


横長で広い木造平屋の壁は深い木の色になっていて、とても年季が入っていそうだ。


辺りは静かで虫の声しか聞こえない。

外から見る限り家に明かりも灯っておらず、出入り口に見張りも居なかった。


一見すると中に誰もいないようにさえ感じる。

周囲の安全を確認しニコルが手で合図をすると治安ギルド隊員達が静かに移動し、ぐるりと建物を取り囲む。


「もし犯人が逃げてきたら頼むよ」


ニコルが声を掛けると隊員は拳を握り返事をした。


「了解です。我らのギルド長を誘拐した奴らを絶対に逃しません」


「ニーノの事もお願いしますね」


ルーナがお願いするとギルド隊員はニーノの両肩に手を置いて凛々しく眉を上げた。


「勿論です!ここまで案内してくれたヒーローを必ず守ります」


ヒーローと言われ少し誇らしげな顔付きになったニーノをギルド隊員に預けると、カイとノーラが合流する。


4人で身を屈め入口に近付くと、手前に引くタイプの古い木製の2枚扉にノーラが手を掛けた。鍵が掛かっていようがノーラには関係ない。


「準備はいい?いくわよ」


ノーラが小さい声で囁くと、バキィッと派手な音を立てて建物から扉を引きちぎった。


「スゲッ」


初めてノーラの力を目の当たりにしたカイが小さく叫ぶ。

ドン!ドン!と大きな音を立てて地面に投げ捨てられる扉たち。


これだけ派手な音を立てれば幾ら声を潜めていようがバレバレだ。

ピーターが強そうだと言っていたムキムキの男性と下っ端男3人がすぐに入り口に走って来た。


「なんだお前らは!」


坊主頭で筋肉隆々のゴツい男性は下っ端3人の先頭に立ち、こちらを威嚇するように叫んだ。


ノーラは楽しそうにフフフと笑みを漏らす。


「ムキムキは私に任せて頂戴。久々で腕が鳴るわ」


腕をグルングルンと振り回しながら中に入っていくノーラ。


「あ〜じゃぁ俺は下っ端だねぇ。スグやっつけるのもつまらないから1人ずつ倒そうかな。ルーナとカイは奥に行きなよ」


慣れた手付きで剣をくるんと一回転させ掴み身構えたニコル。

余裕そうな表情でルーナ達に行けと促した。


「ありがとう!」


「頼んだ!」


ピーターの情報通り奥の部屋を目指しルーナとカイは迷う事無く広い廊下を一直線に走る。


最奥の部屋のドアをカイが蹴破り中に入ると、ドア横の壁に掛けられたランプが薄っすらと辺りを照らしていた。


ただの物置のようで、壁にロープが掛けられただけのとても殺風景な部屋は土臭い匂いがする。

その殺風景な中に椅子が2脚置かれ、その椅子の背に隠れるようにメイドが1人身を縮めていた。


部屋の中央には猿ぐつわをされ、手を後ろに縛られたルークが膝立ちをさせられている。


すぐ隣に立つグレーのワンピースを着たジェシーは片手でルークの髪の毛を鷲掴み、もう片方の手は銀色に光る刃渡りの大きな刃物を持ちルークの首元にピタリとつけていた。


ルーナはグッと唇を噛みしめる。

もしジェシーが少しでも手を動かせばルークの首元から血が吹き出してしまうだろう。


「こんなに早く来るなんて予想外よ。まさかルーク様に追跡魔法でもかけていたの?見てわかるでしょうけどもし、わたくしに魔法を発動したらルーク様のお首が切れますわよ」


確かにジェシーの言う通り1番静かな闇魔法で手を拘束しようにも反動で手が揺れルークを傷付けてしまう可能性がある。


本当は今すぐにでも飛びついてルークの髪に触れている手を、刃物を当てている手を跳ね除けたい。


ルーナの身体はフツフツと湧き立つ怒りで熱く血がたぎるが、冷静でいないとジェシーが逆上してルークが倒れてしまう。グッと感情を抑え足を止め息を飲む。


カイも肩を大きく揺らし息を吐き、ピタリと立ち止まった。


「まぁ、カイ殿下もいらしたのですね?操られてお可哀想に……わたくしがもう操られなくて済む良い方法をお教えしますわ。その女を殺せばいいんですのよ。正義の味方のふりをした悪女ルーナを……」


光のない濁った瞳。薄っすらと笑うジェシー。

今まで見た事もないジェシーの表情にルーナは恐怖を感じた。一歩間違えば本当にルークを傷付けてしまいそうな怖さがある。


「何故俺達が操られてると思ったんだ?」


ジェシーを落ち着かせようとしているのかカイはゆっくりとした口調で問いかけた。


「当たり前でしょう?わたくしと言う完璧な存在がいるのに揃いも揃ってルーナルーナと……その女には卑しい妾の血が混ざっていると言うのに、どう考えても操られている以外理由が思いつきませんわ」


卑しい妾の血という言葉を何回聞いたか。選民思想が強すぎるローシェを見て育ったジェシーには本当に汚く思えているのだろう。


言い返してやりたいがこの状況で出来るはずもなく黙っているとジェシーは言葉を続けた。


「カイ殿下、その女の首をへし折ってくださらない?じゃないとこの刃物を思い切り押し当て横に引きますわ。ただの脅しだと思ってるかもしれませんが、わたくしもうルーク様と一緒に死んでも良いとさえ思っているんですのよ」


脅すために少し力を入れたのかジワリとルークの首元に血が滲む。

ルーナの瞳から一瞬で涙が溢れ出た。


(殺さないで……ルーク……いや……)


思い出したくもない魔法使い時代の最後の記憶がフラッシュバックする。何度もかけ続けた治癒魔法。もう2度とあんな思いはしたくない。


(大切な人を守れなきゃ意味がない。これ以上傷付けさせない!)


ルーナは頭に浮かんだイメージの魔法をルークに向かって放つ。

保護するように薄い光の膜に包まれるルークの身体。血が滲んでいた首元も何もなかったかのように奇麗に戻っていく。


その時手を後ろに回していたルークがジェシーの刃物を持っている手首を掴んだ。

ピーターが緩めた縄を解いた後、拘束されているふりをしていたのだろう。


まさかルークの手が自由だとは思っていなかったジェシーは油断していたのか、いとも簡単に首元から離れた刃。


すかさずカイが飛びつき両手でジェシーの腕をガッチリ掴むと髪を鷲掴みにしていた手も離された。


ルークは口元の猿ぐつわをサッと外す。


「ジェシー、刃物を捨てろ」


響いたルークの低い声。

ジェシーの手から刃物が離れるとカシャンと音を立て床に落ちた。


ルーナはすぐにジェシーの身体を闇魔法で拘束。一瞬の勝負だった。


ピンと張りつめた空気。


「あっ、ノーラさぁん、ロープここに沢山あるよ〜」


部屋の入口から気が抜けるようなニコルの声が響く。そして入っては来ず去って行く。


どっと室内の空気が抜けるとルークとカイは肩を揺らして短く笑った。


ルークはまだ膝立ちの状態。

でも、待ち切れないとばかりに笑顔で両手を広げる。


「ルーナ」


ルーナが今まで見た中で1番の笑顔だ。そのくらい心に愛しさが溢れた。好きで好きで堪らないと思った。


ルーナはルークの腕に飛び込みしっかりと抱きしめる。

ルークは肩に顔を埋め強く引き寄せた。


「おいおい、せめて足のロープ外してから抱き合えよ」


カイが愚痴を言いながらルークのロープを外しているとニコルがノーラと治安ギルドの隊員3名を連れて戻って来た。


「そこのメイドは手だけ拘束、ジェシーはすんごいぐるぐる巻きで」


ニコルが隊員に指揮をする。

闇魔法のまま移送は出来ないので当然縛り直すのだ。


ルークのロープが外されるとルーナと2人、立ち上がる。

ノーラが「無事でよかったわ」とルーナに近付くとギルド隊員に取り押さえられているジェシーが禍々しく声を上げた。


「この、卑しい血の姉妹がぁ」


「こらっ、黙れ」


ギルド隊員は2人がかりでジェシーを床に押し付ける。だがジェシーは顔を上げルーナとノーラを殺意を持った瞳で睨みつけて来る。


ルーナは頭も押さえつけようとしているギルド隊員にそのままでいいと手で合図を送りジェシーの瞳を見てスゥと息を吸った。


「まだ発表されてないからご存じないでしょうけど、私の姉は王太子殿下の婚約者に選ばれたの。あなたのお姉様とお母様が嫉妬して頬に傷までつけたけど、王太子殿下は私の姉の事をずっと想い続けていたのよ。あなた達が1番(さげず)んでいた血がこの国で1番高貴な女性になるの。残念だったわね」


ジェシーは曇っていた瞳を大きく大きく見開いた。


「う……嘘よ……王太子殿下もルーク様みたいに操られているんだわ……」


か細い声で呟いたジェシーにルークが視線を落とした。


「言っておくが、僕は操られてなんかいない。ルーナに出会う前から彼女の事が好きだったから。マリー・サバルトーネの姿絵を見た瞬間、僕は恋に落ちたんだ」


ジェシーは意味が分からないとばかりに首をゆっくり横に振った。


「お父様はわたくしの姿絵を送ったはずよ!このわたくしの!見なかったのですか?」


「ああ、確かに君の姿絵も一緒に送られてきたよ。パーティーの時は焼却したとだけ言ったけど、本当は君の姿絵だけは見てすぐ捨てたんだ」


「ど、どう言う事ですの?」


「ふぅ。女性を傷つける事はあまり言いたくないけど……君には現実を見て貰わないといけないからね。君の姿絵はひと目見て、丸めて、ゴミ箱に捨てたんだ。ルーナの姿絵は大切に取ってある。そう言う事だ」


ジェシーはルークの言葉が相当ショックだったのか呆然と口を開けたが言葉を発する事は無く、自分で歩く事も出来ずギルド隊員に抱えられ連れて行かれたのだった。







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