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公爵邸は右へ左へバタバタと人が行き交い、火の付いたような大騒ぎだ。

学園にいたはずのルークが突如煙のように消えてしまったからだ。


夜になってもルークは帰って来ず、治安ギルド隊員と王室騎士団が手分けして学園内や王都中を捜索している。


「離して!もう限界なの、私も探しに行くわ!」


「ルーナちゃん、気持ちは分かるけど闇雲に動いても見つからないよ。今王都中を皆が探してくれてるから落ち着いて」


ルーナは居ても立っても居られず探しに行こうとするがニコルやノーラにガッチリと腕を掴まれ、少し申し訳無さそうに宥められるのだ。


「そうよルーナ。庭を見て。私服だけど治安ギルドの隊員さん達でしょう?心配なのは皆同じだけどああやって情報が入るのを待っているのよ」


ノーラに言われ窓から庭を眺めると、治安ギルドの非番の者達が情報を待っているのか自主的に公爵邸の庭に集結していた。


その光景に目頭が熱くなる。

ルーナも彼らと同じように分かっているのだ。闇雲に動いても仕方のない事を。それでも身体が今すぐ走ってルークの元へ行きたいと叫んでいる。


「どこへ行ったの……」


誰にも何も言わずにいなくなるなどあり得ない。

何かに巻き込まれていたり、どこか高いところから落ちて動けないとか、下手したら命が尽きているかもしれないと不安で不安で仕方が無いのだ。


たまらず涙を零すとノーラが背中を擦ってくれる。

ルーナはノーラにしがみつき声を上げて泣いた。


すると皆から離れたソファに真っ青な顔で腰掛けていたカイが突然立ち上がり、ルーナの前に来て土下座をした。


「わりぃルーナ。多分ルークがいなくなったの俺のせいだ……」


カイは苦しそうにかすれた声をあげた。

見ると、床に突いた両手は大きく震えている。


ルークを最後に目撃したのはカイだ。

東屋から去って行くルークの後ろ姿を見たのが最後。そこから先の足取りが全く分からない。


「……どういう事?」


「ルークとお前に結婚して欲しくなくてわけわかんねーくらい理不尽な事を言っちまった。あいつがショックを受けてるって顔見て分かってたのに止まらなかった。だからぜってー俺のせいだ。クソ、俺何やってんだ……」


カイの震える声が鼻にかかった声に変わり泣いているのか肩を大きく震わせた。


2人で分かり合う為に話すつもりが喧嘩をして終わってしまったのならルークの事だ。相当ショックを受けただろう。


ルーナはカイを見つめぼそっと呟く。


「カイと喧嘩してどこか一人になれる場所に行ってるとか……?」


深く傷付いた時、心を落ち着かせる為に1人になりたいと思う事がある。

それならこれだけ大騒ぎになっているが、ちゃんと帰って来てくれると言う事だ。


だがニーノが即座に首を振った。


「カイ兄様のせいじゃないと思う。僕はピーターと一緒に兄上の話を聞いて知ってるけど、兄上はルーナ姉様の事を怖いくらいに愛してるの。すっごぉぉく。だから、何があっても姉様を置いて何処かに行くなんておかしい!絶対兄上に何か問題が起こったんだと思う」


「確かにルークはルーナちゃんの事を愛してるからねぇ……たとえ喧嘩したとしても居なくなったのはカイのせいじゃないと思うよ」


ニコルが声を掛けるとカイはゆっくりと身体を起こし、制服の袖で涙を拭った。


「ルークがどれだけルーナの事好きかなんて俺も嫌と言うほど知ってるよ。でも他に理由がないだろ?俺と会ったすぐ後に居なくなったんだ……俺がどうかしてたんだ。ルーナ、マジでごめん」


皆の前だと言うのに震える声で謝って、鼻まで真っ赤にしているカイに何故喧嘩したのかと責められるはずがない。


「……ルークとカイの間で何があったか分からないけど、私に謝るんじゃなくてルークと分かり合えるまで話してほしい。それに皆が言うようにカイのせいじゃないわ」


カイは立ち上がりルーナの肩に手を伸ばしたが触れた瞬間さっと手を引っ込め、グッと拳を握った。


「……分かったよ……でもさ、俺が原因じゃ無かったら居なくなった理由はなんだよ?ルーナに想いが通じて幸せいっぱいのやつが一体何の理由で居なくなる?」


カイが問いかけると皆が口を結ぶ。

と、ニーノが「え?」と声を上げた。


「ピーターが兄上が居なくなるほどの理由があるとするならルーナ姉様がらみの事に決まってるだろうって」


「私絡み……?」


ルーナは首を傾げたがディアナの言葉を思い出す。過激派の一部がおかしな噂を立て不穏な動きをしていると心配していた。自分は魔法が使えるからと高を括っていたが、狙いはルークだった可能性もある。


「もしかしたら、過激派が……」


青ざめ口にするとカイが「どう言う事だ?」と前のめりになり聞いてくる。


ルークには正当な婚約者がいたのにルーナが魔法で操り無理矢理婚約したとおかしな噂をしていた事と、不穏な動きがあると注意された事を説明するとカイの顔色が変わった。


「マジで過激派の仕業かも」


「ああ~なんかその噂の仕方、やな予感がするなぁ〜胸がムズムズゥ」


ニコルはスッキリしないのか胸のあたりを両手で搔きむしる。

隣に立っているノーラはハッと肩を揺らし震えながら声を上げた。


「その……正当な婚約者って言い方と操るって発想が……私、ジェシーを思い出したわ……」


「それだ、ジェシー!俺もそれが引っかかったんだよね」


ニコルが興奮したように声を張り上げ、人差し指を立てノーラに向かいブルブルと振る。

 

過激派に同調心が芽生えていたルーナは何を言われてもただ申し訳なく感じ、ジェシーなどと思いもしなかった。だが、言われてみたらジェシーが言いそうな嘘だ。


その場にいる全員が顔を見合わせる。


「お姉ちゃんとニコルの想像通り過激派に吹き込んだのがジェシーだったら……」


「私達が遠くに逃げたと思い込んでいただけで、近くに潜伏していた可能性があるわね」


「アクセサリーを売ったお金があれば平民の生徒なんて余裕で買収出来るだろうねぇ……」


「そいや俺、ジェシーがストーカーだからルーナが危ないって言ったけど、良く考えたらストーカーって執着してる対象本人に刃を向けるわ……」


全員が唾を飲み叫んだ。


「「「「ルークが危ない!」」」」


すぐにニコルが平民の学生でおかしな動きをした生徒が居なかったか庭に待機していたギルド隊員に確認するように指示を出す。と、ものの20分もしない内に戻ってきた。


「門兵に確認したら1人の女子生徒が平民なのに馬車で登校したそうです!男性も一緒で理由を聞いたら今日は大きな荷物があるからだと答えたらしく……行きも帰りも馬車内は2人だったらしいですがいつもと違う行動があったのはその生徒だけで他にないそうです」


「すぐその生徒の家に向かおう」


「他の隊員が既に向かってます」


そう返されたが、何か重要な情報が掴めるかもしれないとルーナ、ノーラ、ニコル、カイの4人で馬に乗り平民街に向かう事に決めた。


玄関でジェロルドからくれぐれも頼むと頭を下げられた時、見送りに来ていたニーノが突然声を上げた。


「ルーナ姉様、待って!」


ニーノは目と口を大きく見開き少し動きを止め、4人に向かって待てと合図するように手の平を向ける。


「今、ピーターが言ったの。ルーク様に呼ばれたって……そしてパッてここから消えたの……」


ルーナは喜びで震え口を押さえた。

ピーターを呼んだと言う事は生きていると言う事だ。

ホッとして涙で滲むが、ルークがどういう状況なのかまだ分からない。


「ピーターは戻ってくる?」


「多分……だって兄上、ピーターが行っても見えないし話せないもの」


確かにニーノの言う通り。

ピーターは紙をひっくり返してみせたり軽い物は動かせるが、戦える訳ではない。 


もし自分がピンチの時に話も出来ないピーターを呼ぶとしたら1つしか考え付かない。


「……場所を教える為に呼んだのかも……」


それ意外に呼ぶ理由がない気がする。

ルーナは手を合わせ祈る。


(ピーターお願い、戻って来て場所を教えて)


1分1秒がとても長く感じられて心が逸る。


カイもピーターを待っている時間が長く感じられるのか落ち着かないように手で自分の腰のあたりをトントントントン叩き続けている。


ニコルは手足を動かし変わった動きを繰り返し、ノーラは頬をぷうと膨らませ両手で拳を作りじっと待っている。


ピーターが消えてから十数分、ようやくニーノが叫んだ。


「ピーターが帰ってきた!」


待ち構えていた4人はニーノを取り囲む。

ニーノは少し上を見上げ頷きながら口を開く。


「あ……兄上は監禁されてたって……悪者はとっても強そうな筋肉ムキムキ男が1人、下っ端男が3人、女が2人で1人はメイド。えと、場を仕切っていたのは赤茶色の髪の女でジェシー様って呼ばれてた。兄上は……怪我は無かったけど手足口を縛られた状態で1番奥の部屋に転がされてたから手の縄を緩めといたって!凄く固くってピーターにはそれが精一杯だったみたい……」


「本当にジェシーだったのね……怪我が無くて良かったわ。ありがとうピーター。それにルークの事だからきっと縄が緩んだ事に気付いて自分で解くと信じてる。それで、場所は……?」


「ここから馬で3時間くらいの場所だって!でも兄上には場所を推測されないよう敷地内をぐるぐる走り続けたって悪者達が笑いながら話してたみたい。えっと、牧場跡地で凄く広いから出来たって!今からピーターがそこに案内してくれるって」


3時間馬を走らせたらルークに会える。

早く会いたくて、無事な姿をこの目で見たくて気が急く。


「行こう皆!」


ルーナが力強く言うとニコルがニーノの頭を撫でる。


「ニーノは俺と一緒に乗ろうな!先頭で皆をしっかり誘導してくれよぉ〜」


「うん!」


ニーノが凛々しい顔付きで頷き返事を返すとカイがルーナを見て外を指差す。


「よっしゃルーナ、すんなり走れるように俺達で太陽作ろうぜ?」


「太陽?」


外は真っ暗で馬に乗るのは危ないのでルーナが光魔法の球体を作り、カイが風魔法で球体を制御する。

自分達を照らすよう真上に浮かせ、動きに合わせて球体を移動させると言う案だった。


「名付けて、動くプチ太陽だ!」


「そのままじゃない!なんの捻りもないわ」


ルーナが少し呆れ笑いを零し、両手で抱えきれない程大きな光の球体を作り上げるとカイが久し振りに口元をやんわりと緩めた。


「ルーナ、ルークを無事に救出したらさ……少しだけ、俺に時間くれよ。話があるんだ」


緩んだ口元。それなのに覚悟を決めたような諦めたような、なんとも言い難い表情でカイはルーナを見つめた。その表情にルーナの心はしんしんと静かな切なさを覚えた。


「……そんなにかしこまらなくても、私達は前世同郷の友人よ。いつでも、沢山話すわ」


「……ありがとな」


後は助けに行くだけと馬に跨がりルーナ、ノーラ、ニーノ、ニコル、カイの5人はプチ太陽に照らされながら馬を走らせる。


庭で待機していた治安ギルド隊員達はサンサンと輝き辺りを照らすプチ太陽を目印に後を追うのだった。



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