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今回はルーク視点のお話になります。





ルークは何も言わなくなったカイを1人残し踵を返し東屋を後にする。


一歩一歩緑の芝生を確かめるように踏む。

自分がちゃんと歩けているのか分からない。


平静を保っているような顔をしているが心は少し突けば割れてしまいそうなほど傷付き大きなショックを受けていた。


どう出るか分からなかったがまさか結婚を先延ばしにしようとしてくるとは予想外だった。


(醜く足掻くほど愛してるのか。でもそれは僕も同じなんだよ。カイ……)


背の高い樹木の道を抜けると人気ひとけはないが一気に学園特有の活発な空気が流れ現実に戻る。


(早くルーナを抱きしめて落ち着きたい。誰にも渡さない。カイとダンジョンになんか行かせない。絶対に)


国王陛下から命令が下ろうが、ダンジョンに行かせない方法は思いつく限り1つだけある。結婚前ではあるが子供が出来たら断れるだろうと考え、まだ同意も得ていないのに気が急く。


「ルーク様」


突然聞き覚えのない女性の声で呼び止められた。

目を向けると魔法使い用のマントを着てフードを深く被り俯き、腕にもう一着マントを抱えた女生徒が立っていた。


「何かな?僕は急いでるんだ」


「私はルーク様のいちファンです。とある高貴なお方からルーク様にこれを渡すように頼まれたので……」


ぬっと手渡された黒い封筒。

正直知らない人から突然手紙を渡されるのは気持が良いものではない。


「こういう手紙は受け取らないと決めている。それに僕は婚約者がいるから手紙を送っても無駄だ」


「お言葉ですが、ルーナ様は無理矢理ルーク様と婚約したのでしょう?」


「何を言ってるんだ?」


「ご安心ください。そのお手紙は本来の正当な婚約者様からです。正当な婚約者様は魔法使いルーナの手によって全てを奪われ、婚約者だったルーク様のお心まで操つられ奪われたと嘆いておられました……」


(正当な婚約者?この言い分はまさか、ジェシーか?)


あまりの執念深さにルークはブルっと身震いした。

とっくに遠くに逃げ果せたとばかり思っていたがこんなに早く婚約話に対応してくると言うことは相当近くにいて学園での情報を把握していると言う事だ。


目の前のフードを被った女生徒をじっとつま先まで観察すると靴下が汚れ靴が古い事が分かる。


(平民の生徒を買収したか……それがたまたま過激派だった……)


自分で過激派というのも変な話だが顔だけ見て騒ぐ人達には小さい頃からある程度慣れている。相手にせず流すだけだ。


マントを着た女生徒は自分が正しいと思い込んでいるのだろう。

褒めてほしいのか全く立ち去ろうとしない。


「はぁ。どいつもこいつも本当にいい加減にしてほしいね」


ルークは思わず本音を零した。

カイといい、目の前の女生徒といい、折角ルーナと両想いになって幸せいっぱいなのにどうして素直に祝ってくれないのか。


イライラした口調で言うと目の前の女生徒は嬉しそうに声を上げた。


「まさかルーク様のそんなお言葉が聞けるなんて」


「……本音を聞きたいか?戯言を信じている君には僕が何を言っても操られているように見えるんだろうけど、僕はルーナを愛してるんだ。本当のファンならこの僕が操られるわけがないって事がすぐに分かるはずだけど。君は残念だね」


「そんな……でも、ジェシー様が……」


ジェシー様と堂々と口に出した女生徒。

ルークは小さく舌打ちし、軽くこめかみを押さえた。


相手がジェシーと分かれば手紙を無視するわけにはいかない。ルーナに危害を加えるかもしれないし捕まえないといけないからだ。


ペリっと赤い封蝋を剥がし中の手紙を取り出す。

逃亡中なのにこんなものにお金を掛ける神経が謎だがとても上質な紙から甘ったるい香水の香りがする。


嗅ぎたくなくて鼻をつまみたい気分だ。

歯を食いしばり本文に目を落とす。


『恋しい愛しいルーク様。どこで覚えたのかわかりませんが義妹が魔法を悪用してわたくし達家族を悪者に仕立てあげた上に、あろう事かルーク様と婚約したと聞きました。


なんて嘆かわしい!

ルーク様、わたくしと一緒に逃げましょう。義妹から離れたらきっと操られている魔法も解けお心が自由になりますわ。


場所は目の前の平民に案内させますわね。

誰かに話したりせずそのままお一人でついて来てくださいますよう。


でないと、操られているルーク様が大切だと思われている人に何か危ない事が起こるかもしれません。

わたくしの手の者は目の前の生徒以外にもまだおりますから。


どう言う意味かわかりますでしょう?

愛しいルーク様。お待ち申し上げておりますわ』


(なんて一方的で気味の悪い手紙なんだ……)


思いこんでいるのか本当は分かっていて言っているのか判断がし辛い。

分かる事はこのまま目の前の女生徒に案内して貰えばルーナが危険にさらされる事はないし、ジェシーを見つけて捕まえる事が出来ると言う事だ。


手紙をポケットにしまい女生徒に声を掛ける。


「案内してくれ」


「やはり、ジェシー様のおっしゃる通りなんですね!ご案内いたします」


(何を言っても無駄だろうがこれだけは繰り返し言っておこう)


「冗談はよしてくれ。僕が愛してるのはルーナだけだ」


女生徒にマントを手渡され、ルークは無言で受け取り羽織るとフードを被った。


(ルーナ、君の敵を捕まえてくるよ。待っていてくれ)


人目が少ない学園の裏手から出ると周到に馬車まで用意されていた。

言われるがまま乗り込むとルークの腕3本分くらいありそうな腕の筋肉を持つ屈強な身体の男性が乗っていた。

男が馬車の座席を持ち上げると空洞になっていてルークにその中に入れと促してくる。


背の下の部分も空洞になっている為横になり足を曲げればすっぽり身体が隠れてしまう広さだった。


(まさかここまで考えているとは……)


貴族街の門を出る時にたとえ違う身分証を提示させられても、顔で分かるので合図をすればすぐに家におかしいと伝えられるしこっそり追跡されるだろうと思っていた。


「手足を縛られたくなければ早く入れ」


手足のついでに口まで封じられたら困る。

ルークは言われた通り座席の下に潜り込み横になった。 

男が上から座席を被せると真っ暗だ。


馬車が動き出すと身体は激しく揺れを感じ、なんとも気持ちが悪い。

すぐにでも出してくれと言いたいがこれも全て愛するルーナの為だと思えば我慢出来る。


激しい揺れを感じながらルークは状況に耐える為、ルーナとの将来を想像した。


男の子2人と女の子1人。ルーナによく似た可愛い子供達。ソファに座り微笑んで子供達を見守る自分とルーナ。子供達相手にデレデレと遊ぶニーノとニコル。


そして、ルーナの事をスッキリ諦め和解して、フラフラと自由に顔を見せにくるカイ。


すっかり王妃になったノーラもお忍びでやって来て。


特別な事なんてなくていい。領をしっかり守り、毎年毎年皆と共に穏やかで賑やかに過ごし、子供達の成長を見届け年老いてルーナと共に生涯を終えるのだ。


想像しただけで心が震え幸せで涙が零れる。


(早く捕まえて家に帰ってルーナを抱きしめたい)


もうしばらくの辛抱だと言い聞かせ何時間進んだだろうか?ようやく馬車が止まり、座席が取られ身体を起こすといつの間に乗っていたのか馬車内にグレーのワンピースを着たジェシーがいた。


「ルーク様、窮屈な思いをさせてしまい申し訳ございません。あの悪魔の魔法使いが追えぬよう手を尽くしましたの。でも、これでルーク様はもう自由ですわ」


思いこんでいるのか分からなかったがジェシーの言葉は本気だ。

ジェシーは以前より艶のない髪の毛を1つに纏め濁った瞳で不自然な笑顔を見せて来る。とてもたちが悪く思えて自然と唾を飲んだ。


屈強な男性に立たされると馬車のドアが開けられる。

あまりにもジェシーが気味が悪く周りを見ていなかったが辺りはスッカリ暗く、よくこんな暗い中を馬車で走ったと感心するほどだ。


ジェシーを捕まえたいが屈強な男性の存在と御者もいる。

こちらは1人。今すぐ捕まえる事は厳しいだろう。

言葉のスキルを使えば逃げだす事は可能だろうが、それではここまで来た意味がない。


(今は従うふりをするか)


馬車を下りるとポツンと平民の家の割には古いが大きな家が建っていた。

かなり広く取られた囲いを見る限り牧場の跡地のようだ。

キョロキョロ周りを見回すが他に家など見えない。相当田舎なのだろう。


「少し古いですがここがルーク様とわたくしの新居ですわ。ルーナを殺し、皆を正気に戻してお母様達とサバルトーネの屋敷を取り戻すまでの間の辛抱です」


断りもなく言葉の色を見ているが恐ろしい事に全て本気で言っている。


「……何故ルーナを殺すんだい?一体どうやって……」


訊ねただけで逆上したのかジェシーは身体を震わせ拳を握り足を踏み鳴らす。


「殺すに決まってるじゃない!わたくしをこんな目に遭わせたのよ?お母様達も牢獄に入れられルーク様も操られて……きっとお父様もカイ殿下も皆操られているのよ!あいつを殺せば全て元通りになるわ!絶対に絶対に殺してやる!」


濃い赤紫の憎しみの色を口から次々と吐き出すジェシーだが、ルークはルーナに手を出してほしくないから来たのだ。


「僕が来たら彼女には手を出さないんじゃないのか?」


ルークが問うとジェシーは屈強な男にサッと手を差し出した。

男は刃が大きく滑らかな弧を描いた刃物をジェシーに手渡す。


夜の闇の中ギラリと光る刃はとても切れ味が良さそうだ。

ジェシーはその刃先をルークの胸にそっと当てた。


「こんな手荒な真似したくはないですが正気に戻るまで手足とスキルをお持ちのお口を拘束させて頂きますわ」


刃物を持っている上にすぐにカッとなる性格じゃ何が起こるか分からない。手足を拘束され口まで塞がれたら抵抗しようがなく下手したら命が危険だとルークの心に警報が鳴り響く。


(……動きを止めて逃げるか?)


スキルを発動すれば全員数十秒間は動けない。馬車を奪いギリギリ逃げられるだろう。


だが捕まえる為にここまで来たのだ。

結婚前に不安要素は全て取り除きたい。

それに正直ジェシーを相手するのはもうこれっきりにしたい。


ルークは口を塞がれる前に大きく息を吸い、力を込め思い切り大きな声で叫んだ。


「ピーター、来い!」


外で呼んでも来てくれるとニーノが言っていた。念の為にスキルも発動させた。

自分ですら場所が分からないここまで来てくれるかは正直賭けだが、もうこれしか考えつかなかった。





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