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ルーナは客間のドアを開けた状態で立ちすくみゴクッと唾を飲んだ。
(胸板で想像ついてたけど、ルークの身体凄いわ。やっぱり男らしいのね)
見るだけ見て、とても目のやり場に困った。
女性の寝巻はネグリジェだが男性の寝巻は下はズボン、上はボタンのない長めの白シャツを羽織るだけのタイプとガウンのように紐で縛るタイプとある。
羽織るだけのタイプだとボタンで留まっていないので当たり前のように上半身の真ん中のラインが丸見えなのだ。
就寝前、その羽織るタイプの寝巻姿で突然部屋にやって来たルークの綺麗に割れた腹筋が、厚すぎない胸筋が見えて気になってしまう。
見事な細マッチョの綺麗に割れた腹筋を触ってみたい衝動に駆られドキドキ。
(でもこんな時間に部屋に来るなんてルークらしくないわ。何かあったのかしら?)
腹筋から目を離して顔を見ると見た事もないような強い瞳とぶつかった。
交わった視線は決して逸らされずまっすぐとルーナを見つめてくる。
「どうしたの?何かあった?」
いつもと違う様子のルークに高鳴る胸。
平静を装い問いかけるがルークは無言のままガッとルーナの両肩を掴むとグイっと身体を押してきた。
(えっ?)
ルーナは意味がわからず後ずさり。
するとズズズイっと両肩に手を置いたままルークは進んで来る。
ルークの事を信頼しているルーナはそれに合わせて後ずさり。
(なんだろう?)
考えていると瞬く間に壁際に追い詰められ、両肩をトンと少しぶっきらぼうに壁に押し付けられた。
「え?なに?」
さすがに焦って尋ねるとルークは両肩を掴んだままゆっくりと顔を近付けてくる。
心臓があり得ないほどバクバクしたがピタリと動きが止まった。
目が合うとルークの瞳が少し細められ、誘うような目付きへと変化した。
(はっ?…………私キスされる?)
そう思ってしまうほど近付けられた顔。初めて見る色気のあるルークの表情。
髪の毛全てが逆立ちそうなほどの驚きと痛いほどの胸の高鳴りがルーナを支配する。
(ど、どうしよう!)
何故自分に?そんな事を考える余裕すら無く、耳まで一気に熱くなった熱を感じながら目の前にある色気を放つルークの顔をただ見つめる。
出会った頃から分かっていたが、近くで見ると実感してしまう。お人形のように白く美しい肌と綺麗な瞳。
ランプの光が揺れ、ほのかに青い光を放つブルーブラックの髪の毛が美しさを際立たせてルーナの瞳を奪う。
そんなルークがゆっくりと形のいい口を開く。
「誘いに来たんだ。明日、一緒に学園に行こう」
「……っ!!はいっ」
緊張から勢いよく返事をするとルークはふんわり微笑む。
「良かった」
(ん?もしかしてそれだけを言うためにわざわざ?寝巻姿で?一緒に学園に行くのはいつもの事なのに)
肩透かしを食らった気分になり肩の力がどっと抜ける。
「もしかしてそれを言うために来たの?」
「ああ、じゃ朝。おやすみ」
ルークは微笑みくるりと背中を向け去って行った。
(一体なんだったの?)
ルークが出ていきドアが閉められるとその場にへたり込んだ。
身体の力は抜けたがドクドクと高鳴った心臓はしばらく落ち着くことは無かった。
朝、昨晩のルークのせいで中々に寝不足だったが、ジェロルド達の微笑みと視線が昨日より半減したおかげできちんと朝食を食べる事が出来た。
ジェロルド達の微笑みの半分は王太子妃になるノーラが請け負ったのだ。
懸念材料だった王太子殿下の婚約者がようやく決定。
しかも相手がフェルロンド家が世話しているノーラなのでスッカリ上機嫌である。
ノーラは冒険者ギルドを辞めすぐにフェルロンド家と王宮で王妃教育を受ける事になった。
「行ってくるね。王妃教育頑張って」
「ええ、行ってらっしゃいルーナ」
不思議なもので、婚約が決まったと言うだけでノーラが凄く大人に見えた。
ノーラに手を振り玄関を出るとルークが手を差し出してくる。
「行こうか」
ジェシーの一件で徒歩ではなく馬車で学園に行く事になっているので馬車までエスコートしてくれるのだろう。
そっと手を取るとギュッと握られて指先が熱くなる。
(なんだろう、昨日からルークがおかしい)
そうは思うが指先だけじゃなく心までギュッと掴まれた気分になって何も言い出せない。
(これがカイならなんとも思わないだろうしニコルだったらすぐに突っ込むのに)
横目でルークの顔を見て無言でエスコートされ馬車に行くと後方に馬に乗った護衛が3人待機していた。
ジェシーのせいで仕事を増やして申し訳ない気持ちになり頭を下げてから馬車に乗り込んだ。ルークが向かいの席に腰掛け口を開く。
「護衛に頭を下げる貴族を初めて見たよ」
「あ……貴族の威厳を大切にする人から見たら褒められた事じゃないわね。気をつけるわ」
「いや、君はそのままでいいよ。それよりもうすぐ学園も卒業だね」
ルークの言う通り、気付けば残りの学園生活は1ヶ月を切っている。ルーナはしんみりしてしまった。
「そうね、通うって決まった時は悪夢かと思ったけど……終わるとなると寂しいわ」
「それだけ学園生活が充実していたんだろう」
そうなのだ。サバルトーネ領で通っていた学園とは比べものにならないほど楽しかった。
「悔しいけど、学園に通うように言ってきたお父様に感謝すべきね」
ルーナの言葉にルークは満足気に微笑んだ。
学園に到着し馬車から降りると生徒達からの視線が一気に集中する。
学園1、いや国1番のイケメンルークと同じ馬車で来ているから当然と言えば当然だ。しかも護衛付きとくれば何事かと嫌でも見てしまうだろう。
「ルーナ様、おはようございます」
校門前にクラスメートのディアナ始め女子生徒が数名立っていてすぐに声を掛けられた。
「おはようディアナ。どうしたの?誰か待ってるの?」
「ルーナ様を待っていたのです!とうとうカイ殿下と婚約なさったとか」
「えっ?」
「それは誤解だよ。もしそうなら僕と彼女が一緒の馬車に乗って学園に来るはずないだろう?」
ルーナが否定する前にルークがすかさず否定するとディアナは目をパチパチと数度見開いた。
「言われてみたらそうですわね……では、失礼ですがお耳に入れた方がいいかと。パーティー会場でルーナ様がカイ殿下のプロポーズをお受けして、ルーク様がショックで倒れたと噂でもちきりになっていますわ」
ルークも誤解したくらいだ。他の人から見てもプロポーズに見えたのだろう。
ルークがやれやれと言わんばかりにはぁとため息を吐く。
「それは全くの誤解だよ。彼女とカイはただの友人だし、第一僕がショックで倒れる意味がわからないな」
怪訝そうな表情のルーク。
これ以上噂が広がらないほうがいいに決まっている。
「ディアナ、なんとか噂が消えるようにお願いできないかしら」
「カイ殿下も王妃様達も衣装をルーナ様と同じネイビーで合わせていたので今回ばかりは本当の事だと私も早とちりしてしまいましたわ。では、皆様に誤解だと伝えてきます」
「ありがとう。お願いします」
ディアナ達はゾロゾロと校舎内に入って行った。
悪い人達ではないが噂好きなのは女子故か。
「そう言えば、ルークは前に噂になりたいって言ってなかった?」
「……こんな変な噂じゃなくて君と噂になりたかったんだ」
ルークは冗談を言っている風ではない。
穏やかに言い、ギュッと手を繋いできた。
「えっ?」
困惑するルーナをよそにルークは手を引き校舎内へと入って行く。
(えっ?えっ?どういう事?これじゃまるで恋人同士みたいなんだけど……)
それでも、ルークの手を振り払う事が出来ないルーナはそのまま教室に入り大注目を浴びたのだった。
(だって繋がれた手が熱いし振り払うのも失礼じゃない!)
おかげで授業には全く集中出来ず、休憩中はディアナに「あの、ルーク様とどうなってますの?」と小声で聞かれる始末。
「私も何故手を繋がれたのか分からないわ。もしかしたらカイとの噂を無くす為なのかも」
ルーナは小声でディアナに返した自分の言葉にハッとし、やけに納得した。
(そうだわ、カイへの気持ちがバレたくなくて必死なのよ。守るって決めたんだから動揺してないで協力しなきゃ)
カイとルークの噂を自分との噂で上塗りする。
それが使命だとルーナは思った。
「お昼に行こうか?」
お昼、ルークからサッと出された手を取り繋ぐ。
そして堂々と食堂へと歩く。
視線があちこちから刺さって痛いがこれもルークの為だ。
昼食時、ルークはいつも向かい合わせに座るのに今日は隣に腰掛けた。
(徹底的に噂を無くすつもりなのね。動揺せず、勘違いせず、できる限り協力するわよ)
ルーナの決意は固いがすぐに動揺した。
ルークがデザートのケーキを一切れフォークに刺してルーナの口元に差し出したからだ。
ただでさえ注目を集めている所にこの仕草。
食堂内がざわついたのは気のせいではない。
ルーナの心中は焦り、狼狽えているがそんな素振りを見せてはならない。
そう、全てはルークの為に。
恥ずかしくてたまらないが口を開けるとルークがそっとケーキを食べさせてくれた。
(はーっ!恥ずかしいよー)
食堂内は更にざわざわ。
ルークは愛しい人を見ているかのように目を細めている。
ルーナはモグモグ咀嚼しながらトクントクンと高鳴る鼓動に耳を傾けたのだった。




