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朝食が終わるとルーナ、ルーク、ニーノの3人で馬車に乗り込んだ。
家に荷物を取りに行くだけなのだが当たり前のように馬に乗った護衛3名が馬車を取り囲む。
(とても大げさな気が……)
「はぁ……公爵家に居候なんてお姉ちゃんも驚くだろうな」
「そうかもしれないね。でも家が安全なのは確かだから」
「僕は姉様達と一緒に暮らせるからとても嬉しいです!」
可愛いニーノに心癒され目を細め、家に着き鐘を鳴らすがノーラは出てこない。
慌てて鍵を開け家に駆け足で入るがノーラの姿は無かった。
今日は休日だ。仕事に行っているはずもない。
「まさか、本当にジェシーが……?」
ルーナが震えながら呟くとルークがすぐに城に確認するよう護衛に指示を出す。
落ち着かず荷造りもせずにニーノと手を繋ぎ居間を行ったり来たりウロウロしているとお城に確認に行った護衛が帰って来た。
「ノーラ様はお城にいらっしゃいました。ご無事だと言うことです」
「はぁ、ありがとう。良かったぁ。でもお姉ちゃん、まさかお城に泊まるなんて………………どう言う事?」
ルークが少し首を傾げる。
「わからないけど……王太子殿下と2人で話していたんだよね?そ…………そう言う事じゃないかな……?」
「兄上、どう言う事ですか?」
ニーノの質問にルークも、ルーナもはっきりと答えを口にする事は出来なかった。
(まさか……いや、まさか……側室にはなってほしくない)
もしノーラが側室になって子供が産まれたら自分達が味わったような惨めな思いを子供にさせてしまうかもしれない。
(断固反対しなきゃ……でもお姉ちゃんの気持ちが第一で……あぁ、悩める)
キャパオーバー気味のルーナは頭を抱えこんだ。
「ま、まだ決まった訳じゃないよ。お城には客室も沢山用意されているからね。何か訳あって泊まった可能性もある」
ルークの慰めになんとか気持ちを取り直し、ハラハラした気持ちのまま荷物を纏め公爵邸に戻る。
戻ると折角の休日だからと……早速家庭教師が呼ばれていた。
(いきなり領主教育が始まるのね……お父様はまだまだ元気なのに)
心も落ち着いてないと言うのにルーナはニーノが使っているお勉強部屋でルークとニーノと共に領主教育を受ける事になった。
何故ルーク迄領主教育を受けるのかと不思議に思っていたが、ニーノも後学の為一緒に受けると聞き納得した。
領主教育は立派な領主になる為の心構えから経営、税収や紛争、公共事業など多岐に渡る為先生も1人ではなく短期間での詰め込み教育は無理だと悟った。
(よく考えたらそうよね、領民の命を預かるのだもの)
爵位を継ぐ事に納得したわけでは無かったがシャーク達が捕まった今、確実にルーナかノーラがならざるを得ない。
領民への責任を感じなんだかんだ言いつつも責任感の強いルーナは集中して勉強した。
「疲れた……」
夕方、勉強が終わり先生が部屋を出ていくと同時にルーナは呟いた。
「大変だったね。お疲れ様」
「ルークも大変じゃない。同じ勉強をしているのよ」
2人で喋っているとニーノが空に向かって頷いている。
この光景はまさかと顔を引きつらせてニーノに声を掛ける。
「ニーノ、もしかしてそこに私達に見えない人がいるの?」
「うん、僕のお友達。ずーっと昔に家で執事見習いだったお兄さん。ピーターって言うんだ。病気で亡くなったんだって」
「そ、そう、友達なんだ?」
「うん!とっても優しいんだ。いつも僕と一緒にお勉強してるの」
ルーナは空を見て頭を下げる。
「ピーター、ニーノと仲良くしてくれてありがとう。ニーノの事見守っていてね」
「うん。ルーナ姉様、ピーターが姉様の事も見守ってくれるって」
「ふふ、ありがとう。お話は出来ないけどよろしくね」
挨拶を返すと机の上に置いてあった紙が返事をするようにくるんと裏返った。
「すごい!夜に1人だったら恐怖に震えたかも知れないけどピーターだと思うと怖くないわね」
「あはは、ピーターが喜んでる。姉様の言うとおりピーターは凄いんだ。いなくても名前を呼んだらすぐ来てくれるんだよ。お外で呼んでも来てくれるの!」
「へぇ、そんな事も出来るのね!執事見習いだった頃の名残り?それとも霊にもスキルがあるのかしら?凄いわ」
声は聞こえないがピーターの方を見て笑っていると黙って見ていたルークの顔色が曇った。
「その……ニーノ、ピーターは何歳くらいの人かな?それに見守ると言うのはどの範囲だろうか?朝から晩までついて回ったり……」
「兄上…………」
ニーノが朝同様悲しげな瞳をルークに見せた。
そしてすぐピーターが何か言っているのか空に向かい頷いた。
「姉様だけじゃなく兄上の事も平等に見守るから心配するなって」
「良かったね、ルーク」
「……ありがとうピーター」
ルークはとても悩ましげな憂いを帯びた瞳で空を見つめたのだった。
夕食までの間は部屋に戻り暫しの休憩。
コンコンとドアをノックされ返事を返すとようやくノーラが顔を出した。
ほっと息を吐きソファに2人並んで腰掛ける。
「ローシェ達の事聞いた?ジェシーが逃げた事も」
「聞いたわ。やっと、やっとね……でもジェシーは馬鹿ね。普通に修道院で済むはずが逃げ出したせいで行き先が修道院の地下牢になるんじゃないかしら。自業自得ね」
普通貴族令嬢は寄付金と共に修道女になるべく受け入れられるが、素行があまりにも悪いなど訳ありの人は修道院の牢に監禁されると聞く。
「このまま何もしないで捕まればそうなるかも。ジェシーが何かしでかすかもしれないって理由で此処に住む事になったって聞いた?」
「聞いたわ。領主教育もするのでしょう?私は賛成よ。しっかり教育を受けて立派な領主になってほしいわ」
「お姉ちゃんも一緒に教育受けようよ。そして2人でサバルトーネを治めるの」
「ごめんなさいルーナ。それは出来ないわ、実は私……」
ノーラが言い淀み突然照れたようにモジモジし始めた。
(これは……まさか側室になるカミングアウトかしら……)
照れているノーラと違いルーナは拳を握る。
(側室は駄目、側室は駄目)
「実は、カデリア王太子殿下にプロポーズされたの」
「えーーーーー!」
ルーナは度肝を抜かれ叫んだ。
「ど、どういう事?王太子殿下ってたしかもう21歳くらいでしょう?婚約者はどうなるの?何その急展開」
「そ、それが……」
ぽっと顔を赤らめたノーラ。
王太子殿下はノーラの一件が相当ショックでトラウマとなり、自分を責め婚約者を選ぶ気になど到底なれず婚約話から何かと理由を付け逃げ続け他国へ留学したりしていた。
20歳の誕生日、とうとうしびれを切らした国王陛下から数名の令嬢を推薦されてしまう事態に。
わざと時間を掛け1人ずつ面会をこなし1年以上が経ち、さすがにもう誰かに決めないとダメだと言う時期だった。
ノーラの姿絵は捨てる事が出来ず留学先にまで持っていき時々開いては成長した姿を思い描いていたので昨日見掛けて心臓が飛び出すほど驚き、すぐ声をかけたらしい。
「留学にまで持っていくなんて、それはもう罪悪感じゃなくて愛じゃない!とても素敵な話だわ。それにしてもなんて神タイミングなの……運命ってやつかしら?」
「カデリア様もそうおっしゃってたの。昨日は満月だったでしょう?月の女神様のおかげだって……私もそう思ったわ!」
屈託のないノーラの笑顔にルーナの涙腺は崩壊した。
「良かったね、お姉ちゃん。その笑顔、なんてプロポーズの返事をしたのか聞かなくても分かるわ」
「ええ、ありがとう。実はずっと心に残っていたの。あの時顔に傷をつけられなかったら絵じゃない本物の王子様に会えたのにって」
「うぅ、お姉ちゃん、そんな素振り全然見せなかったのに」
「ふふ、私はお姉ちゃんなんだからしっかりしなきゃ。それにもう王太子殿下にはとっくに婚約者が決まってると思ってたから……あの時ルーナと一緒に屋敷を逃げ出して本当に良かったわ……」
2人で手を取り合い嗚咽を上げ喜びあった。
「でもお姉ちゃん、いきなり朝帰りは大胆過ぎるわ」
嬉し涙が落ち着いた頃冗談のように言うとノーラは頬を染めた。
「ルーナが誤解するような事は何もないわ。ただ、とても心配性みたい。冒険者ギルドの仕事は危険だし、男の人に誘われた事があるかと聞かれて正直に答えたらもう行ったら駄目だって帰して貰えなくて……」
「会ったばかりなのに凄く愛されてるじゃない!本当に何もなかったの?」
ルーナがからかうようにニヤニヤするとノーラは頬を染めた。
「キッ、キスされただけよ」
「キャーーーー!」
大興奮したルーナの一際大きい叫び声が屋敷中に響き渡る。
「キャー」だったからかルークとニーノ、いつの間にか来ていたニコルとカイ。警護達まで駆け付け屋敷がざわついたのは言うまでもない。




