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「ソニア、ごめんなさい。1時間経ったけど、もう少しだけ待ってもらえないかしら?」
「ええ、分かりました」
(思い過ごしならいいのだけど……)
ソニアが了承してくれたのですぐに廊下に出て顔見知りの治安ギルド隊員、ハリーに声を掛ける。
「ハリー、もしかして、ジェシー・サバルトーネを監視してる?」
「あっ……」
ハリーは困った様に口を結んだ。
「もしかして私に秘密と言われてるの?もしジェシーを監視していたなら緊急事態なんだけど……」
「緊急事態ですか?ジェシー・サバルトーネはまだ休憩室から出て来ていませんが……」
「それが、ドレスを取り換えたみたい。中にジェシーのドレスを着た別人がいるのよ。おかしいでしょう?」
ハリーはしまったと言わんばかりに口を大きく開け他の隊員に目を向けた。
「やっぱりジェシーを監視していたのね?正直に言って」
「はいっ。本日のパーティーが終わり次第身柄を確保する事になっていました。修道院送りになる予定だと……」
「修道院に……そうだったのね……すぐにどんなドレスと交換したのか確認してくるわ」
身柄を確保する予定だったとは考えもしていなかったルーナは少し動揺した。
サバルトーネ伯爵が修道院行きを決めたのだろう。
休憩室に戻りソニアに確認するとグレーでスカートがレースで飾られているドレスだと教えてくれた。
「ただ貴族の方から見たらドレスと言うより、ワンピースのように見えるかもしれません。スカートにあまりボリュームがありませんから。あと、髪の毛はおろしていきました。あのっ、ジェシー様に何か問題でも?」
「問題はありません。無事を確認したいだけなのでお気になさらないで。ご協力ありがとうございました。残りの時間、パーティを楽しんで下さい」
ニッコリと微笑み廊下に出てすぐにハリーに服装を伝える。
だが2時間も経っていたら相当遠くまで逃げている可能性がある。
ルーナは急いで男性用休憩室に向かった。
ルークとカイとニコルを廊下に呼び出し詰め寄る。
「ニコル、どうして教えてくれなかったの?」
「いやぁ、宰相様からの計らいでさぁ……っていうかやっぱり気付かれてたか……まさかドレスを交換して逃げるとは……クッソ―俺のせいだ。余計な事言ったから」
「誰のせいでもないわ。ルーク、ニコル、着替えてすぐに後を追いましょう」
「いや、まず状況把握が先だ。僕の家で着替えてすぐ動けるように待機しておこう」
確かにむやみに動いても意味がない。ルークの言葉に頷き、カイに向かってバイバイの意味で手を上げる。
「じゃあカイ、私達行くね」
「俺も行くよ。人手があった方がいいだろ?ところでノーラさんは?」
「あ、カデリア王太子殿下に突然声をかけられたの。2人で話したいって言われて……」
「おぉぉお?マジか!あの兄上が?それ激アツ展開じゃん…………邪魔しちゃ悪いからノーラさんにはただ先に帰るとだけ伝えといてもらうよ」
カイは心底驚いたように唸った。
何故激アツ展開なのか深く聞きたいのは山々だがジェシーの方が先だ。
外に出るとハリー達がジェシーが乗って来ていた馬車を確認していた。
馬車を引く馬2頭がいなくなっているので馬で逃げた可能性が高いとギルド隊員達は右へ左へ大慌てだ。
「逃げるって何処へ逃げたのかしら?」
「サバルトーネ領じゃないかな〜?母親達が捕まったって知らないはずだからねぇ」
「もうすぐ捕まるのかもって話してたけど、そっか。ローシェ達とうとう捕まったのね……」
ルーナはすぐにノーラとニーノと気持ちを分かち合いたいと思ったが、新たに出来てしまった問題に立ち向かわねばと気持ちを切り替える。
「でも、ジェシーはドレスを交換してまで逃げてるから勘付いて家には向かってないかも」
「全く手がかりがないな……」
急いでルーク邸に戻りシンプルなワンピースへ着替えると居間へと急ぐ。
(お言葉に甘えてルークのお屋敷で着替えておいて良かったわ)
居間に入ると皆、落ち着かないのかソファに腰掛けることなく立ったまま話していた。ルーナも同じ気持ちだと立ったまま話に加わる。
「俺だったらまず逃亡資金を手に入れるな」
カイの言葉にルーナも頷く。
「同感だわ。私も家から逃げ出した時北の街で真っ先に魔獣を売りに行ったもの。指輪はドレスを交換してくれた子に渡してたけど残りのアクセサリーを売ると思う」
「買い取りが出来る宝石店、パーティーの時は結構遅くまで開いてんだよね〜色々あるからさぁ。あーでも、今回のパーティーは学生ばっかりだから閉まってるかなぁ〜?」
ニコルが言う色々あるとはジェシーがソニアに指輪を渡したように、パーティーで出合い手っ取り早く身に付けている宝石で多種多様な取引がなされる事があるからだ。
「すぐに確認に行かせよう」
「私が行ってくるわ。落ち着かなくて……」
「ルーナ嬢、それは待ってもらえないかな」
突如聞こえた低い声。見るとルークの父、ジェロルドだった。
渋い顔で居間に入って来たかと思ったらすぐに頭を下げる。
「ジェシー・サバルトーネを逃がしてしまい申し訳ない。落ち着かないのは分かるが逆恨みをしてルーナ嬢とノーラ嬢に危害を加えようとしている可能性もあるからむやみに動かない方がいい」
ジェロルドの重々しい声にルークは深く頷く。
「あの性格ならあり得るね」
ルークが呟くとニコルは大きく頷く。
「あ~あの性格は逆恨みの可能性が99%はありそうだねぇ〜」
「2人から話聞いたけど発言が完全ストーカーだもんな。ルーナが危ないに俺も1票」
「そうかな?私がルーナだって理解したから逃げたんじゃないかしら?魔法が使えるって分かってるのに何かしてくるなんてあり得る?早く動いた方がいいと思うんだけど……」
何を言われても心が急いてしまう。
あのジェシーだ。何をしでかすか……
「追うのはギルド隊員がもうやっているから君が出る必要はない。いくら魔法が使えるとはいえ暗闇で不意打ちされたりしたら危険だろう?」
「でも……」
「せめて明るくなってから動いてくれないか?君の事が心配なんだ」
ルークの有無を言わさぬ真剣な表情。
ニコルとカイも心配そうに見つめてきてルーナは頷くしかなかった。
やりとりをじっと黙って見ていたジェロルドがゆっくりと口を開く。
「……ジェシー・サバルトーネが捕まるまでルーナ嬢とノーラ嬢は家で保護しよう。明るくなったら護衛を連れて家に荷物を取りに行くといい」
突然の提案にルーナは瞳が零れ落ちそうな程目を見開いた。
「いえ、あの、ありがたいお申し出ですが、そこまでして頂かなくても大丈夫です。魔法が使えますし、なんなら魔女時代の知恵で使えそうな物を……」
「いや、父上の言う通り家にいた方がいい。寝ている間に屋敷に侵入されたらどうする?家なら警備はしっかりしているから心配はいらないよ」
ルークがジェロルドに同意するとカイがニヤニヤしながらルーナの肩に手を置いた。
「それを言うなら俺んちが1番安全だぜ?なんたって城だからな。来るか?」
「イエイエイエ、お城なんてとんでもない。勿論公爵家にもこれ以上お世話になる訳にはいかないですし」
カイの申し出にも両手をふるふる振って断る。
皆心配してくれるのは有り難いが公爵家や王家に居候など出来るはずがない。
気を遣うどころのレベルではないのだ。
ルーナの肩に置かれたカイの手をジェロルドがそっと掴み避けた。
「カイ殿下、王子と言う立場で未婚の女性を王宮に住まわせるなど気安く言う事ではありません。それに私はルーナ嬢のお父上から領主教育を頼まれているんでね。この際だ。うちに暫く住んでルークと一緒に領主教育を受けるといい」
「えっ?」
話が全く見えないと言いたいところだがサバルトーネ伯爵がルーナに爵位を譲るのは本気だったようだ。
すぐに考えが纏まらずに言葉を発さずにいるとカイが顔をしかめる。
「えっ?叔父さん本気?つーかもうバリバリ固めてあるじゃん。なんか面白くないな」
カイがジェロルドに向かって抗議しているようだが「固めてある」だの「面白くない」だの意味が分からないがルーナにはそこに疑問を投げかける余裕はない。
脳内が混沌としてしまっているからだ。
(嘘でしょ?ジェシーが捕まるまで公爵家に居候?イヤイヤ、あり得ない。お姉ちゃんどうしよう、私がルークと一緒に領主教育を受けるなんて…………あれっ?何故ルークまで領主教育を受けるの?)
ルーナがふとルークに目を向けると、とても綺麗な顔でほくそ笑んでいた。




