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ルーナ視点
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ニコル視点になります
「私が、誰に何を言ったの?」
緊張で震える声を出しながらルーナはくるりと振り返る。
目線の先には赤地に花柄模様が入った華やかなドレスを着て、赤茶色の髪の毛を高く結い上げたジェシーの姿。
目が合った瞬間胸が激しく鼓動を打ち、鼻奥を刺激され奥歯を噛み締める。
嫌と言うほど心臓の音がドクンドクンと大きく響くが、幸いな事に涙は浮かばなかった。
(大丈夫、大丈夫よ)
大丈夫だと言ってくれた優しげなルークの瞳を、声を、握ってくれた手をまじないのように思い返す。
心を軽く炙られたようなじんとした熱を感じ、ルーナは熱をルークがくれた言葉の温かみだと解釈した。
(うん、大丈夫。ルークがくれた言葉がまだ心の中で生きてる)
ルーナは拳を握りじっとジェシーの顔を見据える。
見つめられたジェシーは目を大きく見開き、口を半開きにしてピクリとも動かない。
死んだと思っていた人間が目の前にいるのだ。相当驚いたのだろう。
「な……ぜあんたが……顔の傷は…………なんで……」
ようやくジェシーから出た声は狼狽え、息も絶え絶えに掠れ震えている。
ルーナはすぅと息を吸う。
まっすぐとジェシーを見つめたままルークを真似るように冷静に、淡々と声を出した。
「私は学園に話せる人なんて1人もいなかったわ。そんな私がどうやってあらぬ事を吹き込むの?」
ジェシーはハッと我を取り戻したように口を開いた。
「あんたのせいで……あんたが魔の森に入ったせいでこのわたくしが人殺しのレッテルを貼られたのよ!あんたごときのせいでこのわたくしがどんな思いをしたかっ……」
憎しみが隠しきれないといった声だが、ローシェが森に連れて行けと言ったのにまるで自ら森に入った事になっているのが理解不能だ。
森の入口まで見送った事を意気揚々と話したらジェシーの予想外の反応が返ってきたので、ルーナ自ら森に入った方に嘘で修正でもしたのだろう。
学園の女子生徒達も良心の欠片があったか、ジェシーと関わるのが怖くなったか。
(きっとドン引きされたのね。まぁ今更どうでもいいわ)
「楽しそうに見送っておいて良く言うわ。そんな事よりさっきからとても醜いわよ。嘘は真実にはならないの。諦めて帰ってくれない?」
「醜いですって?このわたくしに向って……妾の娘のくせに偉そうに。それに何よその格好。乞食のくせに生意気なのよ!脱ぎなさい!」
全く関係のない見当違いな返答にルーナはため息を吐いた。
「何故私がドレスを脱がないといけないのか意味がわからないわ。それとこんな場所でそんなに大きな声を出したら目立つわよ」
「わからないの?あんたには分不相応なのよ。早く脱いでわたくしに渡しなさい」
「ジェシーに渡さないといけない意味が分からないしドレスの話がしたいんじゃないの。私が言いたいのはこれ以上ルークに迷惑」
「ちょっと!あんたごときが呼び捨てしていいお方じゃないわ!それにそのドレスはわたくしみたいな高貴な女性が着るべきなのよ。どうやって手に入れたか知らないけど、家を出てからどうやら何か勘違いして生きているみたいね」
(こんな醜態をさらしても自分が高貴だと本気で思ってるんだろうな……)
ジェシーへの恐怖心が呆れへと変貌していく。
と、ルークが見かねたように割って入った。
「僕が彼女にルークと呼んでくれと頼んだんだ。それにこのドレスは僕とカイ殿下が彼女にプレゼントしたものだ。君に脱げと指図される筋合いはないね」
ルークの言葉を聞いて見るからに顔色が悪くなったジェシーはルーナをより一層睨みつける。
「あんたまさかカルロとお兄様だけでは飽き足らずルーク様にまで色目を使ったの?わたくしの夫になると知って仕返しする為ね?……なんていやらしいのかしら」
胸一杯にむわっと広がる不快感。ルーナはジェシーの言い分に抑えきれないほどの苛立ちが込み上げた。
(ルークがジェシーの夫になるわけないじゃない)
「わたくしの夫?勝手に決めないでよ。それに前から思ってたんだけど色目って何?その馬鹿みたいな設定いい加減止めにして貰えないかしら?」
刺々しく言い放ったがジェシーは物ともせず蔑むような視線をルーナに向ける。
「生意気な!こんな場所じゃなかったらその口を切り裂いてやるのに!あんたが誰彼かまわず男に媚び売ってる事を色目って言うのよ。妾の母親そっくりよね」
ルーナが言い返そうと口を開いた時ルークが手を上げ止めた。
「君の言う色目はただの嫉妬からくる偏見だろう。彼女が美しすぎて男性の心を奪ってしまうから」
ジェシーはヒュッと息を飲む。
「……ルーク様なんて事……すっかり騙されてしまったのね。なんてお可哀想なの!そうだわ、わたくしがシャイな魔法使いルーナ様にお願いしてルーク様を正気に戻してもらいますわ。会場にいらっしゃるでしょう?」
ルークは呆れたような困り顔でルーナに目を向けた。
「はぁ。君の義姉は一筋縄ではいかないね。君とノーラさんの苦労が偲ばれるよ。限りがないからもう相手するのを止めて行こうか、ルーナ」
確かに限りがない。サッと差し出されたルークの手をルーナが取るとジェシーが何処から出したのか分からない声で叫んだ。
「なにを、なにをなにを!何を言ってるのよ!」
なりふり構わず叫んだジェシーの声に注目が集まる。
ニコルがサアッと前に出てパンパンと手を叩く。
「申し訳ありません〜驚いただけですので皆様お気になさらずどうぞパーティーをお楽しみ下さい」
ニコルが叫ぶとノーラがジェシーの前に出る。
「王城のパーティーで叫ぶなんてどこに教養があるのかお聞きしたいわ。これ以上サバルトーネ家の名前に傷をつけたくなければ大人しく身を引いて頂けないかしら?」
「あんた……エミリー……あんたまで……あの傷は消えないはずよ……一体どうなってるの……」
ジェシーは驚きゴクリと唾を飲んだ。
さすがにサバルトーネ家の名前に傷をつけたくないのか目を鋭く光らせノーラとルーナを睨みつけたまま口を結ぶ。
周囲の視線が逸れるとジェシーが幾分か冷静になったのかルークの顔を見つめた。
「ルーク様、何故マリーの事をルーナとお呼びになりましたの?」
「彼女がルーナだからだ」
「デタラメですわ!ルーク様は騙されているのです。その卑しい女は魔法なんか使えません。ルーナ様の名前を騙っているのです。ルーク様、どうか目を覚まして下さいませ」
必死にルークに縋り付くジェシーの執念は凄まじいものがあるが関係ない。
「魔法、使えるわよ」
ルーナは分かりやすいようにジェシーの目の前に手のひらを出し、水を湧かせて見せた。
「なっ、何か仕掛けがあるはずよ。あんたがルーナ様のはずがない」
「仕掛けなんてないわよ」
手のひらにモヤッと闇の影も集めて見せる。
「嘘よ、嘘よ、あんたがルーナ様な訳ないわ……だって、ルーナ様は爵位を継承するって…………」
愕然としたジェシーはルーナとノーラを見つめ、肩を小刻みに震わせ一歩後ろへ下がった。
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ニコルは密旨を受けていた。
本日のパーティーが終わり次第ジェシー・サバルトーネを確保する事。
以降シャイル・サバルトーネとジェシー・サバルトーネは治安ギルドの監視下に置かれる事になっている。
この2人の行く末は修道士、修道女だろう。
ローシェ・サバルトーネ、シャーク・サバルトーネ、シャリー・サバルトーネの身柄も本日付けで確保されこの3人は今頃牢に入れられているはずだ。
ルークにもルーナにもカイにも内密にしていたのは折角のパーティーを楽しんで貰いたいとの宰相からの計らいだ。
ニコルはスッと進み出て震えているジェシーに声を掛ける。
「ジェシー・サバルトーネ。信じようが信じまいが構わないさ。とにかく君は今日のパーティーを思う存分楽しむといい」
(まぁ食って掛かってくると思うけどねー。あとは俺が相手するしかないな。ルークとルーナを自由にしてやらないと)
「……どう言う意味ですの?」
「そのまんまの意味さ」
ジェシーは何かを感じ取ったのか珍しく言い返さずゴクッと唾を飲んだ。
「あんた達、覚えてなさいよ。身の程をわきまえずこのわたくしに対して無礼な態度を取った事、絶対後悔させてやるわ」
ルーナとノーラを睨みつけ、ジェシーは背を向け去っていく。ニコルは相手をせずに済んだとほっとしながらも腑に落ちない気分だ。
ルークとルーナとノーラの3人が首を傾げて見ているが折角の宰相の計らいだ。余計な事に気を取られず最後まで楽しんで欲しい。
「いや〜、ルーク良くスキルを発動するの我慢したね」
「ああ、下手にスキルを使ってしまうとそれを理由に無理矢理結婚させられそうな勢いだったからね」
「はは、それくらいの勢いはあったねぇ。さ、もう行ったから、2人はパーティーを楽しんでくるといい。ジェシーは俺が気をつけておくよ」
「ああ……ありがとう」
ルークが何か勘付いたような瞳を向けてきたがパッパと手で合図するとルーナと2人去っていった。
(ルークは何かあると気付いただろうな。それよりジェシーの態度だ)
あれだけ執念深い性格なのにやけにアッサリと引いたのが気に掛かる。
(俺以外にも何人もの人間がジェシーを監視しているから大丈夫だとは思うが……)
どうしてもジェシーの態度が引っかかるニコルはノーラから離れ監視についている治安ギルド隊員に監視の強化を命じたのだった。
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お読み頂きありがとうございます。
次回更新日は6月29日(火)になります。
更新が出来ない日は次回更新日決まり次第あらすじの最初の方に載せています。
よろしくおねがいします。




