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マリーは1つ1つの記憶を整理していた。
一気に複数の人生を思い出したにも関わらず落ち着いている方だが。
1つ前の日本人『綾香』として生きた人生。
魔法がない代わりか科学が発展していて身分の差もなく住みやすかった。
高校生の頃から長年付き合った彼氏『春斗』がいたが、自由奔放な人だった。
お互い結婚するまでは自由でいようという方針で仕事や友達優先の人生だった。
(私の29歳の誕生日に2人で婚姻届を出しに向かってる途中事故で死んじゃうとは。春斗は大丈夫だったかなぁ)
1番鮮明な前世の最後を思い出してしんみりしてしまったが今更である。
確かめる事も出来ないしと心残りを振り払った。
前々世の魔法使いの時代は基本の6属性魔法を使いこなし仲間達と研究所で働き楽しく充実した生活を送っていたが、戦争が起こり捕らえられ仲間と共に呆気なく命を落としてしまった。
しがない冒険者だった頃の記憶は魔物の知識が豊富であるが、しがないと言うだけあって弱く仲間も固定せずフラフラと生き、強いモンスターにやられ命を落とした。
魔女だった頃の記憶は人生の後半は虐げられていた記憶を伴い苦痛であった。最後は魔女と言うだけで処刑された。1番恐ろしいのは魔女でもモンスターでもなく人間だった。
全ての記憶を整理すると共通点に気付いてしまった。
比較的若くで命を落としている事、それに加え……
(私、全ての人生1度たりとも結婚してない。何かの呪いなの?今度こそ結婚しておばあちゃんまで生きてやるわ)
辛い記憶も多かったがマリーは生きる喜びを感じていた。
逃げ出して自由を手に入れ好きな人と出会い結婚もする。そう考えると心が踊る。
完璧にこの家から逃げる為に何よりもマリーは魔法の練習を第一優先事項にした。
魔力の加減、コントロール。出来る事を1つ1つやっていく。
使える属性は火、水、土、風、光、闇。魔法使い時代と同じ基本の6属性。
部屋で地道に身体に魔力を巡らせる練習から入る。
コントロールに自信がつくと裏門から外に出て暫く歩くと出てくる魔の森に入り、入り口付近で魔獣を狩った。
入り口付近にいる魔獣はモグラにネズミ、ウサギによく似た魔獣が頻繁に出没する。それらはマリーの魔法でいとも容易く倒せた。風魔法で切り裂くのだ。
溢れんばかりの魔力は朝から夜まで狩っても尽きる事は無い。
(それにしても夏期休暇中でよかったわ。まるで運命が逃げなさいって言ってるみたい)
1人の侍女以外誰もマリーの事を気に止めないので部屋にこもっているふりをして外に出られる事も幸運だった。
そう、1人の侍女以外は。
そのたった1人のマリーを気に掛ける侍女、エミリーはあろう事か魔の森までコッソリとついて来てしまっていた。
マリーが魔法でバッタバッタと魔獣を倒している所を目撃されてしまったのだ。
「マリー様!最近お部屋にいらっしゃらないと思って心配していたらこれはどう言う事ですか!?」
突然茂みから飛び出して来たエミリーを見てマリーは大きな溜め息を吐いた。
「なんで勝手について来たのよ!」
「森に入って行くのが見えたものですから……お守りしなければと」
「守ってもらわなくて結構です!私には母から受け継いだ魔力がありますから!」
「えっ?魔力!?お母様には魔力があったの!?」
エミリーは驚き叫ぶと自身の両手を見つめた。
そして集中しているのか目を閉じたり、逆に手のひらを眺めたり『えい!』と手を振り下ろしたり『火!燃えよ炎!』などと大声で叫んでいらっしゃる。
(もしかしてこの人は偽善者ではなくただの天然?)
炎がダメだったからであろう。
『水!湧き出よ!』『火でも水でもないなら風?風ね!風よ吹け!木々を揺らせ!』と1人で木に向かって手を伸ばし叫んでいる。
前世で言うと中2病であろうか。見ていられない。
「あの……魔力があったのは私の母であなたのお母さんではないから魔法は使えないと思うわよ」
マリーはエミリーが色んな意味で気の毒になって優しく声を掛けた。
ハッと驚いた顔をしたエミリー。
「実は……私はあなたの姉なのよ!だから私にも力があるはずなの!」
「え、何言って……」
マリーのツッコミは聞こうともせずエミリーはしゃがんで地面に触れ『土!つぅぅちぃい~!こう、ボコってなってぇぇ~ボコってぇぇ』と気合を入れて魔法を発動しようとしていらっしゃる。
(どうしようこれ。姉だと思い込んでる?)
マリーが困惑しているとエミリーは悔しそうに立ち上がり「妹に力があって何故私にはないの~!お母様の馬鹿ぁ!」と木に向かって拳を振り下ろした。
擬音で表すならポカポカと八つ当たりした程度。
しかしバキッと大きな音がして木が折れた。
勿論エミリーがポカポカした部分からである。
折れた木は細いとは言い難く、素手で折るなどどう考えても無理な太さであった。尋常ではない。
マリーは言葉を失った。エミリーも言葉を失い2人揃って口を開け折れた木を見つめる。
「私がお母様から受け継いだ力は魔力じゃなくて力なの……?」
「分からないけど手に魔力を込めていたなら私とは違う種類の魔法が使えるのかも……肉体強化タイプとか……」
呆然と呟いたエミリーに呆然と返事を返したマリーであった。
本日の魔法修業は早々に切り上げ部屋に戻り紅茶を飲みながらエミリーの話を聞く。
「私は10歳までマイラ・サバルトーネだったと言えばいいかしら」
エミリーの話によるとマイラは10歳の頃この国の第一王子から王宮へと招待された。
直接会った事は無かったがマイラの評判を聞き絵姿を見て是非会ってみたいと連絡が来たのだ。
それは婚約者候補の1人に選ばれた事を意味していた。
しかしそれが面白くなかったローシェと当時8歳だったシャリーはマイラの頬にナイフで深い傷をつけた。
数少ない治癒師に来てもらったが傷は一生残ると宣告されマイラは王宮に行けなくなった上、顔に傷が出来てしまっては良家に嫁ぐことは不可能。
『利用価値が無い』と烙印を押されてしまった。
王子にはマイラは王宮へ向かう途中事故で死んだ事にして届けられた。
そしてエミリーと名前を変え使用人として生きろと命じられ今まで生きて来たのだと。
(そりゃ王子に家の正妻と娘が嫉妬して傷付けちゃいましたとは言えないよね)
「何故今まで私に言わなかったの?」
「姉だとマリーにばらしたら殺すと脅されていたし、言っても信じて貰えないだろうと思ってたの」
(姉みたいに殺すぞって私を脅す為に生きている事を秘密にしたかったのね)
確かに記憶を取り戻していなければ、あの木を折った力を見ていなければ信じていなかったかもしれないとマリーは思った。
姉、マイラは瞳の色が伯爵譲りでグリーンであった。マリーは母譲りで瞳は金色である。
髪の色は2人共日に当たると金に近い薄い茶色で似ている。
(顔は似ているのかな?半分隠しているし気にした事もなかったから……)
「顔、見ていい?似ているか見てみたいの」
マリーが問いかけるとエミリーは悲しそうに瞳を伏せた。
「マリーならいいわ」
ゆっくりと顔半分を隠している髪の毛を横によけた瞬間、マリーは怒りと悔しさで涙が込み上げ歯を喰いしばった。
『ナイフで傷つけられた』と言う言葉で漠然と1本傷があるのかと想像していたのだ。
だがエミリーの頬にあったのは3本猫のひげのようにつけられた傷跡。それが赤いケロイド状になっていた。
(まるで自分達以外人間じゃないとでも思ってるんじゃないの?人を馬鹿にしてっ)
ドス黒い怒りが沸々と沸いてくる。自分が今までされてきた事は我慢できてもこれは許せないと拳を握り震わせる。
「……お姉ちゃん、一緒にこの家から逃げよう。私はその為に毎日魔法の練習をしてたの」
マリーがまだ怒りで震える手でエミリーの手を握ると、エミリーは涙を流し微笑んだ。
「お姉ちゃんって呼んでくれてありがとう。お姉様じゃなくてお姉ちゃんって所がマリーらしいわ。ふふっ。勿論私もマリーと一緒に行くわ。誘ってくれてありがとう」
自然と『お姉ちゃん』と呼んだ事に照れつつもしっかりと手を握り合う。
それだけで心が通じ合っている気がして2人喜びの涙を流した。