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「…………ああ、もうどうしようもない、どうしていいか分からないくらい好きだ。抑えきれない」
ルークのとても切なげな声が聞こえてきてルーナは思わず距離を取った。
これ以上自分が聞いていい事ではないと感じたからだ。
(少しカイが羨ましいな……こんなにルークに想われて)
そう思った途端、夕焼け空のような切なさが心をセピア色に染めていく。
大きさや形さえも分からない、目に見えない心がこんなにも主張してくるのは何故なのだろう。
ルーナは答えが分からないまま、じっと2人を見つめた。
ルークとカイは壁に向かいボソボソと話していたが、話が纏まったのかカイが顔を上げ目線を送ってきた。
それでも自分から近付き話し掛ける気分にはならなくて複雑な思いで見ていたらルークがツカツカと近付いて来る。
「やぁ、待たせてすまなかった。ニコル達も探しているだろうしフロアに行こうか」
カイとの誤解が解けたからか、スッカリ普段通りに戻ったルーク。
少し緊張しながらもルークの瞳を見て返事を返す。
「はい」
視線がぶつかると先程までの伏せた瞳と違いルークは優しげに目を細めてくれる。その笑顔は当たり前のようにルーナの瞳を引き付ける。
(こんな素敵な笑顔を見せてくれるから私が1番の友人だと調子に乗っていたのかもしれないわ)
サッと腕を出され、そっと手を添える。
パタと心が軽くなり、ルークにとってカイが1番でいい。むしろ当たり前だという気分になった。
「ルーク、何かあったら言ってね。力になるから」
「ありがとう」
顔を赤らめ嬉しそうに返事をしたルークを何があっても守り、応援しようと決めた。
が、カイがなんとも気まずそうな表情で隣に来た。そしてバツが悪そうに声を出す。
「あ〜、ルーナ……多分誤解してると思うんだけど……」
「何を?」
「ちょっと今ここで言いにくいな」
「あ……大丈夫だよ。私、誰にも言うつもりはないわ」
「いやだからそれがー。でもこれ俺の口から……あー……まーまた後で」
カイは困ったように顔を歪ませ去っていった。
「なんだろう?」
尋ねるとルークは不思議そうに首を傾げる。
「分からないな。また後でと言う事は大したことじゃないんだろう」
「そうね」
ルーナは歩きながらカルロが謝っていた事と手紙が嘘だと知った事を聞いた。
手紙がデタラメだと分かってくれただけでスッキリした気持ちだ。
「ありがとう。本来なら私が話さないといけないのに突然過ぎてパニックになっちゃって」
「いいんだ、混乱する気持ちがわかるからね。何度でも僕が盾になろう」
(こういう優しい事を言うところが誤解してしまうんだよね。地下ダンジョンでもそうだった)
「でももし今度声かけられたらちゃんと自分で話さなきゃ」
「ないと思うが……もしその時は必ず僕を同席させてくれ。君の安全の為、必ずだ」
急に低くなった声にルーナはすこしきょとんとした瞳で頷いた。
(カルロがなぜか危険人物認定されてるみたい。まさか何か失礼な事でもしたのかしら?)
フロアへ戻ると先程より人が増えていた。
色とりどりの華やかなドレスに目移りしルーナは初めてのパーティーを実感し始める。
ルークに目を向けニコリと笑う。
「こんなに華やかな場所初めてだわ」
「君が楽しそうで良かった」
また、吸い込まれそうなほどの優しい瞳で返され胸の鼓動が高鳴るのを感じる。
(ルークの表情とか魔法使い時代の彼となんとなく重なるからドキッとしてしまうのかも)
自分の鼓動に言い訳をしたルーナは壁近くにニコルとノーラを見つけた。
2人の目の前に行きルークの腕から手を離しノーラの腕を取った。
「お姉ちゃん聞いて。さっきカルロに声をかけられて……」
ルークが話してくれた事を伝えるとノーラは「フフフ」と嬉しそうに笑う。
今の話のどこに笑う要素があったのかと疑問に思うとノーラは口を開いた。
「手紙が嘘だと分かった理由が女子生徒なんでしょう?理由はわからないけど学園でのジェシーのパワーバランスが崩れたんだわ。裏切る人が出たんですもの。ザマミロね」
ルーナは我が姉ながら絶対敵に回したくないタイプだと思ったその時。
「あの」
と、背後から聞き覚えのある声がルーナの耳に入ってきた。
「ルーク・フェルロンド様、突然お声掛けして申し訳ございません。わたくしジェシー・サバルトーネと申します」
ニコルも、ノーラも、もちろんルーナも息を止めあり得ないほど目を見開きお互い瞳を見合わせた。
そして顔を動かさず視線のみをルークに向ける。
顔を横に向けるとバレてしまう為表情は確認出来ないがルークはくるりとジェシーの方へと向き直り、3人を背で隠すように一歩前へ進み出た。
(何故ジェシーがルークに?もしかしてカルロと話したせい?)
ドキドキと鼓動が早くなり身体が熱くなる。
息を小さく細く吐き出しノーラと目を合わせるとノーラも驚いたまま息を飲んでいる。
「何か、ご用ですか?」
ルークが平坦な口調で答えるとジェシーは一際高い緊張したような声を出した。
「はっ、はいっ!突然お声掛けして申し訳ございません」
「謝罪はもう聞きましたが。ご用件は?」
ルークの冷たすぎる声にルーナまで緊張し、ぐっと肩に力が入る。
「大変失礼致しましたわ。わたくしとても緊張しておりまして」
「ですから、ご用件は何でしょう?」
(ヒィィ)
すぐ背後にジェシーがいるという緊張感と、全く感情を感じないルークの冷たい声に更に緊張が重なる。
そんな中緊張に耐えられないのか、ニコルが鼻の穴を広げ歯をむき出しにして何とも言えない顔をルーナとノーラに向ける。
(やめて!)
顔をしかめ口の前で人差し指を立てる。
こんな状況でふざけるなと言いたいが声を出せない。
ノーラも眉根を寄せてニコルに抗議している。
「酷いですわ。わたくし、お会いしてお話できる日を楽しみにしておりましたのに」
「申し訳ないが何を言っているのか見当もつかないんだが」
「わたくしとの婚約の件ですわ」
ルーナは大きく息を飲んだ。
セピア色どころじゃない。心臓を鷲掴みにされ叩きつけられたような衝撃に手が震える。
(そういえばルークが私とジェシーの姿絵が送られてきたと言っていたわ……でも話を進めてるなんて一言も聞いてないのに)
ニコルとノーラに目を向けると2人共眉間に皺を寄せあからさまに顔を曇らせている。
「婚約?他の誰かとお間違えでは?」
少し声色が変わったが淡々と返したルーク。
「いいえ、間違えておりませんわ。確かにルーク・フェルロンド様に姿絵をお送りしたはずです」
「そういう事ですか。それなら我がフェルロンド家では勝手に姿絵を送ってくる家は相手にしないと決まっていますので」
「その決まりは長男や次男の場合ではないのですか?わたくしは四男であるルーク様に送ったのですよ?」
「四男宛てだろうが、送られてきた姿絵は全て焼却される決まりになっています」
「焼却ですって?失礼ですが、公爵家とは言え四男は何処からも縁談が来ませんでしょう?伯爵家の血筋であるわたくしが婚約したいと言えば喜んで迎えるべきではありませんの?」
(もしかしてジェシー、ルークと婚約したくてゴリ押ししようとしてる?)
ノーラとニコルの眉間の皺がより一層深くなり、ルーナも同じ表情で目線を合わす。
「……つまり貴女はこう言いたいわけですね?四男に伯爵家からの縁談が来ているから受けるべきだと」
確かに次男以降でも「もしも」の時を想定し、なるべくそれなりの血筋と結婚するのが理想とされている。
だが三男四男になると婚約など後回しで結婚しない場合もあると前にニコルが言っていた。
「その通りですわ。卒業したらすぐに嫁ぐ心構えもできております。王都で一緒に暮らすのを楽しみにしておりますの」
しかしここまで堂々と言い切るのは相当自分に自信があるのだろう。ある意味感心する。
「話にならないな」
「まさか断ると言うのですか?」
「ええ。僕には心に決めた人がいますから」
(そうよ!ルークにはカイがいるの。あんたなんかお呼びじゃないわ)
「存じております。ルーク様はカイ殿下に想いを寄せておられると噂を耳にしました。わたくしはそれでも構いませんわ」
「何を言ってるんだ?」
「このわたくしがそれでも構わないと言っているのです。とにかくわたくしと結婚してくださればそれでいいのですわ」
相手は公爵家のご令息だと言うのに序列を軽んじているのだろうか?さっきから不快感しか湧いてこない。
「わからない人だな。僕は断っているんだ」
とうとうルークが苛つきを表に出した。
とても低く攻撃的な感情を乗せた声はトゲだらけ。
こんな声を出されたら普通は怖じ気付いて引くだろう。
「……お願いします。わたくしと結婚して下さい。でないと、わたくし……」
ジェシーは引きはせず突然しおらしい声を出した。
「お恥ずかしながら義妹が勝手に家を出たのです。その義妹があろう事かわたくしの学園の友人にあらぬ事を吹き込んだみたいで、突然避けられるようになりましたの……それで、耐えかねてつい姿絵をお送りしたフェルロンド公爵家の四男であられるルーク様に嫁ぐ事を皆に話してしまったのですわ。そのおかげで友人が戻ったものですからルーク様はわたくしと結婚して頂かないと。恥を忍んでお願い致します」
学園でジェシーに何があったのかは分からないが、ルークと結婚するという嘘を真実にしようと必死なようだ。
嘘を真実にする為に嘘を重ねる言い分を聞いていたら怒りがふつふつと湧いてくる。
(あらぬ事って何よ?私があの学園の誰と話せると言うの?大体何故ルークがジェシーの為に結婚してあげないといけないのよ)
「お願いされても僕には関係ない。何を誤解しているか分からないが心に決めた女性がいる。この話は終わりだ」
「こう言ってはなんですが、家柄、教養、見た目、そしてなによりルーク様をお慕いする気持ち。全てにおいてわたくしに勝る女性がいらっしゃいますか?」
「いるに決まってるじゃないか。いい加減しつこいぞ」
「わたくしは結婚して頂かないと困るのです。それにいると仰ってますがどちらにいらっしゃるのですか?建前なら無駄です。わたくしにも立場がございますの。後には引けませんわ」
続く押し問答。ここまで執念深く食らいつくのはローシェの血筋故か。
ルーナはいくら強がっても、長年集団で虐げられたせいで心の根っこにジェシーに対する恐怖心が植え付けられていた。
だが、今ルークに迷惑をかけているジェシーのことが許せない気持ちの方が勝る。
(勝手すぎて聞いていられない。ルークを守らなきゃ。顔を見られたって、また罵られたっていい。私が止める)
緊張で一気に鼓動がバクバクと音を立てる。
ルーナは意を決し、大きく息を吸い込んだ。
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