37
お読み頂きありがとうございます。
今回はルーク視点になります。
「冷静に、冷静に、冷静に」
冷静にと言う言葉を何度呟いただろうか?
ルークは自室の鏡を見ながら言い聞かせる。
いつもならすぐに冷静になれるのに今回ばかりはダメなようだ。
はぁぁと熱の籠もった溜め息を吐き深呼吸。
「いつもどおりの冷静な僕」
最後に鏡を見ながら低い声でスキルを発動させる。
(よし、もう大丈夫だ)
心の表面が真っ直ぐ穏やかになるとルーナの待つ部屋へと足を進める。
ドアを開けると眩いばかりのルーナの姿。
近づき謝ると大丈夫だと微笑んでくれる。
その微笑みはルークの心をパアッと照らす。
(美しい)
ルーナの微笑みを見た途端スキルで抑えた心は何処へやら。
身体中に広がる甘い思い。心の中はルーナに話し掛ける時の言葉と同じピンク色。
心臓がボールのように何度も跳ねて止まらない。
(無理だ。とてもじゃないが直視出来ない)
唾を飲み再び水を飲みに行くと伝えるとルーナは優しい瞳で頷いてくれる。
(はぁ、僕はなんて情けないんだ)
見惚れ過ぎて足元もおぼつかない。
「好きだ……」
再び自室に入り呟くとじわっと瞳が潤んだ。
相変わらず好きで好きで仕方がない。
世の中の人はどうやって恋心を制御しているのだろうかとルークは身悶える。
言い聞かせではなくスキルを発動し平静を装っていると言うのに。
はぁと熱い溜め息。
鏡を覗き込んでスキル発動。
「僕は冷静な男だ」
キリッと目に力が入りルーナの部屋に行きスキルが突破され……を繰り返した。
「心乱されるな。冷静にしろ」
と命令口調でスキルを掛けたらようやくルーナの隣に立てた。
ドレスのスカートにボリュームがあるのでニコルとノーラは違う馬車。
目の前にいる美しい想い人。
2人きりの馬車内。窓の外には流れる夜景。全てがロマンティックでルークは夢心地。
ひときわ明るく光るとんがり屋根の王城前で馬車が停まるとルークはサッと降りてルーナに手を差し出した。
「ありがとう」
ルーナの手がそっとルークの手に置かれた。
(あああああ、彼女が僕の手を取った)
一気に乱れる心。
目を閉じ眉間に皺を寄せ小さく低い声でスキル発動。
「静まれ」
「何か言いました?」
「なんでもないです。行きましょう」
ルーナが馬車から降りると手を離す代わりに腕を差し出す。そこにスッとルーナの手が添えられルークは感無量。
(幸せだ)
赤い絨毯が敷かれた道を一歩一歩進んで行くとまるで結婚式のような気分になってくる。
入口で立ち止まりチェックを受けるのだがルークとルーナは顔パスだ。
ニコルとノーラを待たず明るく照らされた入口へと足を踏み入れる。
入口すぐから広がる大広間。天井からは豪華なシャンデリアが吊り下げられフロアを彩る色とりどりのドレスを着た女性達を照らす。
顔見知りと雑談を交わす男性達。幾度か王城で見た光景。
ルークはパーティーをいつも鬱陶しい貴族の義務だと感じていたが今日は違う。
心から好きで、誰よりも美しいルーナをパートナーとして連れている。皆に自慢したいくらいだが子供っぽい真似は出来ない。
そう思いながらも優越感に似た気持を持って歩みを進め奥へと入って行くとルーナの元友人カルロの顔が目に入った。様子を窺うが近くにジェシーの姿は見えない。
(1人か……目ざわりな……)
イライラが沸き立つ。ルークはカルロが嫌いだった。
理由はルーナが気にかけていたからだ。
(彼女を傷付けたのは許せないが僕に取っては自滅してくれて感謝すべきだな)
ルーナはまだカルロの存在に気付いてはいない。
普通ならカルロに気付かれないように避けるのだろうがルークはそのままカルロの方に突き進んだ。
(もし僕がいない時に偶然会って謝られでもしたらきっと彼女は許してしまうだろう。それに、2人きりで話されたらと考えただけで嫉妬で狂いそうだ)
「マリー!?」
案の定ルーナの姿に気付いたカルロは大きな声を上げた。ビクっと肩を震わせ足を止めたルーナ。
ルークはギロリとカルロに視線を向ける。
「僕のパートナーはルーナと言うんだ。誰かとお間違えでは?」
「ルーナ……?マリーがルーナなのか……?」
呆然と声を震わせるカルロ。
ルーナは困ったように眉尻を下げルークを見上げる。
ルークは優しく目を細め安心させるように言葉を発した。
「大丈夫。僕が話してくるから少し待っていてもらえるかな?ニコルとノーラさんももう来るだろうし」
ルーナは気まずそうに瞳を伏せて頷いた。
「君、何か話があるなら僕が聞こう」
「えっ?」
ルークは有無を言わさぬ迫力で見つめカルロと共にバルコニーの方へと歩き出す。
「本当なんですか?マリーがシャイな魔法使いなんですか?」
「ああ、そうだ」
「いつの間に魔法を……それより、生きていて良かったです。僕は取り返しのつかない事をしてしまったので彼女がずっと心に残っていて……」
話を聞きながらバルコニーに出てカルロに向き合う。
ライトアップされた庭が見えとても雰囲気がいい。だが、目の前にいるのはカルロ。
「……取り返しのつかない事とは?」
「実は……マリーの言う事を信じてあげられなかったんです。シャーク様に色目を使っていると言う1文にカッとなって……手紙に書いてあった事は全て嘘だったと後から知ったんです……ああ、すみません、こんな事をあなたに言ってもわかりませんよね」
「僕は全て知っているよ。君がくだらない手紙を信じて彼女を傷付けた事もね」
「やっぱり……僕が傷付けたからマリーはいなくなったんですね?」
「何か勘違いしてないか?」
ルークはカルロの話を聞いてはらわたか煮えくり返りそうなほど苛ついた。
「1文にカッとなろうが彼女には関係ない。信じなかったのは事実だし彼女が家を出たのは君のせいじゃない。長年あの家で虐げられて姉と逃げ出したんだ。自分が彼女の人生に大きく関わったと思うなら勘違いだ。自惚れないでくれ」
「虐げられ……?」
「何を驚いているんだ?手紙が嘘だと知ったんだろう?」
カルロはゴクッと唾を飲んだ。
「はい、1人の女子が手紙は嘘だと教えてくれたんです。ジェシーが僕とマリーを引き離す為に仕組んだ罠で、それはジェシーが僕に想いを寄せているからだと……だから僕は頭に来てジェシーを避け……」
「ハッ。おめでたい奴だな君は。なぜ彼女と友人でいられたのか分からないよ。人に言われた事を全て鵜呑みにして被害者気取りかい?彼女はあの家で口にするのもはばかられるほどの事をされていたんだ」
ルークが眉間に皺を寄せ言うとカルロは真実だと悟ったのか思い切り顔を歪めた。
「っ……それが真実なんですね?僕は、なんてことを……彼女に直接謝りたい……」
「彼女はもう君が気軽に声をかけていい人じゃない。立場をわきまえてくれ。僕は君にそれを分からせる為にわざわざ彼女を置いて来たんだ。謝罪と手紙が嘘だと知った事だけは伝えておこう。彼女の名誉の為に」
「……お願い……します」
「ああ、きちんと伝えるからもう君の心に彼女を残さないでくれ」
言葉を失い情けなく肩を落としたカルロに同情する事もなくルークはバルコニーを後にした。




