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「面白そうだと思って親心みたいなもんを出したら、面白くない気分になって返ってきたって感じ?」
「何よ突然!全然わからないわ」
ルークと護衛達の呼び止める声が聞こえなくなるとカイは足を止め振り向いた。
突然言われた言葉にルーナは首を傾げるばかり。
「俺もよくわかんねーよ。とにかく行こーぜ」
「皆凄く驚いてたわよ。待ってた方が良いんじゃないの?」
「いーいー!5階下で合流すれば。んで次また代わって最下層目指せばいいだろ?次はお前お姉さんとペアな」
簡単そうに言っているカイにルーナは首を横に振り軽く息を吐いた。
「簡単そうに言ってるけど今日1日で行って帰って来れないわよ。下層にいるモンスターにもよるけど最低1週間は見ないとだめだと思うわ。本気で最下層を目指すなら食料や装備を整えてからね」
「はぁ?なんだよ、そのまるで地下ダンジョンの事知ってますって口振りは?」
「前々世の記憶にあるの。ここじゃないけど地下ダンジョン作りに参加した事もあるわ」
「はあぁ?このダンジョンの正体を知ってるのか?誰が何の為に作ったのかどの国にも何の記録もないんだよ。知ってるなら教えてくれ、この世界の為に!」
(カイってば大袈裟ね)
カイに両肩を揺さぶられルーナは全てを説明した。
「と言う訳で最下層にお宝が眠っているのも本当だし、多分全てのダンジョン地下100階くらいまでいってると思うわよ」
ルーナの話を興味深く聞いていたカイはルーナの肩を組んだ。
「マジスゲェ……めっちゃ感謝、この世界の長年の謎がついに解明されたんだぞ……こうしちゃいられない。帰るぞルーナ」
思い付きで動くカイはルーナの手を引き来た道を戻り始めた。
(この自由奔放な感じが懐かしい……)
懐かしいと思ってしまったルーナは、先を歩き手を引くカイの後ろ姿を眺めた。
(もしかしてカイは……)
カイの前世をふと想像し息を飲んだ時、走って追い掛けて来ていたルークとニーノと鉢合わせた。
「おールーク、予定変更だ。一回帰るぞ」
「また急に気が変わったんだな?帰るからその手を離せ」
カイが繋いだ手をパッと離し急ぎ足で護衛と合流し、来た道を戻る。
ニコルとノーラも合流し急いでダンジョンを出ると外はもう夕暮れ時を過ぎていた。
「泊まるの中止。すぐに王都に帰るぞ。世紀の大発見なんだよ!」
興奮気味のカイは『王都に着いたらすぐルークも一緒に王宮に向かうから悪いな』と早口で言いニーノとニコルも同じ馬車に乗せすぐに出発してしまった。
ルーナとノーラは急ぐ事もなく別の馬車でのんびり帰ったのだった。
そんな風に慌ただしく別れた翌朝、毎度お馴染みニコルが珍しくニーノと共にやって来た。
4人でリビングのソファに腰を据えミルク紅茶を味わう。
一口飲みカップを置きルーナはニコルをじいっと見た。
「ねぇ、昨日バタバタしてて聞けなかったけど、お姉ちゃんに変な事言ってないわよね?」
「勿論だよ~。俺が口説くのはルーナちゃんだけさ」
軽くパチっとウインクをしてみせたニコル。
「だから、そー言うのいいから。求めてないし。ニーノ、いくらニコルがいい人でも女の子に対しての態度を真似しちゃだめよ」
「うん、ルーク兄上からもそう言われてる」
笑顔で頷いたニーノの頭をニコルはニコニコで撫でた。
「ちと悔しいが、今自然にルーク兄上って言えたな、偉いぞ~!」
誉められて照れ臭そうに笑うニーノを見てルーナはノーラと顔を見合せ頷き合う。
(和むわ……)
そんな穏やかな休日の朝を過ごしていたその時、玄関の鐘が鳴った。
出ると王宮からの使いが立っていてルーナに黒地に金色の刺繍が施されたマントを手渡して来た。
(何かしら?)
ルーナは差し出されたマントを受け取り首を傾げるとニコルが気まずそうに顔を歪めた。
「あーのさ!ルーナ、一言だけ言っておく。もう諦めろ」
受け取ったマントをニコルが持つと使者に促されるまま馬車へと乗り込む。
(なんか、促されるまま馬車に乗ったけど……)
王宮へ向かう馬車から外を眺めると嫌でも異変に気付く。
貴族の馬車が何台も王宮に向かい列をなし、平民も王宮に向かいゾロゾロと歩いている。
「どー言う事?こんなに沢山……」
「あー大丈夫。俺達は王族専用出入口に回るから」
「そう言う意味じゃないわ」
ルーナの返事にニコルは激しく首を横に振った。
「深く考えたらダメだぞ!逃がしたら俺怒られちゃうからね」
そう言いながらニコルは持っていたマントをルーナに羽織らせた。
馬車はニコルの言った通り王族専用出入口へと入って行く。
「……なんだか私が全力で逃げたい事が起こりそうな」
か細い声で呟いたルーナの予感は的中。
王宮前の広場は平民で埋め尽くされ何事かとテラスを見上げている。
貴族は王宮のテラス後方にズラリと並んだ。
その1番前の列にもう逃げられないと察した涙目のルーナも立っている。
そんな貴族達に背中を向け前に出て下から見上げている民衆に手を振ったのはカイの父親、この国の王である。
歓声が聞こえると国王陛下は皆を集めた理由を話し始めた。
「100年謎だった各国にある過去の遺跡、地下ダンジョンの秘密をついに我が国が解明した!」
国王陛下の言葉に、集められた理由を知らなかった貴族達まで目を大きくし驚いた。
一瞬のどよめきはすぐに収まり、集まった全員が話を聞き漏らさないように静かに聞いている。
ルーナがカイに説明したそのままを国王陛下が群集に告げると納得の声と共に大歓声が巻き起こった。
「今早急に世界各国へ向けてこの事実を発信している。我が国が解明した事は世界に誇れる大変名誉な事である。昨日ダンジョンに行き、その謎を解明したシャイな魔法使いルーナには偉大なる功績を称え、女性ではあるが特例として爵位継承権を与える事が決まった!」
(爵位継承権ですって?!)
驚き隣にいるノーラと顔を見合せるとニコルが肘で合図をしてくる。
ルーナには辺りを見回す余裕も無く全く気付いていなかったが、父であるサバルトーネ伯爵が最前列に並び笑ってルーナ達に小さく手を振っていた。
隣にはルーク、ニーノ、ルークの父フェルロンド、カイ、第3王女リアンナ、王妃殿下の順に並んでいる。
「何故王族と一緒の列に……しかもなんでまだ王都にいるのよ……もしかして、私にサバルトーネ家を継げとでも言うつもり……?!」
ルーナはただでさえ涙目であったが更に瞳を潤ませ体を震わせた。
「逃げたい……ていうか逃げたはずなのに……私……逃亡中の身なのよ。なのにどうして?おかしい……絶対変よ、こんなはずじゃなかったのに……」
心の中で愚痴ったつもりが思い切り言葉にして口から出ていた。ノーラが優しく背中を擦る。
「いいじゃない、お父様がそう言ってるんだからルーナが継ぐべきよ。シャーク達……いい気味ね。ふふっ、正義は勝つのよ!」
嬉しそうに笑うノーラにルーナは複雑な気分で笑顔を見せ震える声を出した。
「ねぇ、もしそうなってしまった時はお姉ちゃんも一緒よ」
「そうね、でもその頃にはルーナを支えてくれる素敵な婿養子様がきっと来ると思うわ」
「ええっ……」
その時ルーナは国王陛下に呼ばれ集まった皆に挨拶をと促され、両手を合わせペコリと深くお辞儀した。
緊張や驚きでいっぱいいっぱいのルーナは言葉も発せずそれが精一杯。
ルーナにとって散々な休日であるが、それでも幸いだったのはサバルトーネ家の名前を一切出されなかった事であろうか。
解散になると、思ってもみなかった国王陛下に声を掛けられると言う事態に緊張し返事を返すルーナ。
失礼があってはいけないとルーナが神経をすり減らしている隙に、父であるサバルトーネ伯爵はノーラの頭を撫で『ノーラ、傷跡が綺麗になって良かった。すまないがルーナにはそう言う事だからよろしくと言い聞かせておいておくれ。他にいないんだよ』と告げさっさと逃げていた。
「そう言う事だからよろしくって……そんな軽い事なの?」
ルーナは嬉しそうなノーラの笑顔を見ても複雑な気持ちが消えず、止まらない溜め息と共に午後の時を過ごしたのだった。




