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朝早くから鐘をガンガン鳴らされ、ノーラが出ると家に飛び込んで来たのは新聞を握りしめ青のギルド制服姿のやたらと落ち着きのないニコルだった。
「ル、ルーナ!聞いてくれ。ノーラさんも」
リビングに入ったとたんニコルは声を上げた。
だがルーナは本日から通う学園の制服姿で焦りもせずテーブルに置いてあるコップを手に取りミルクを一口飲んだ。
学園の制服は立ち襟フリル袖のブラウスにハイウエストのジャンパースカートで冬はこの上からボレロやマントを羽織る。
ルーナはなんだかんだ王都学園の制服を結構気に入っていて早めに着替えていた。
「ふぅ。おはようニコル、私今日学園デビューと言う苦行があるの。悪いけど相手にしてる暇ないわ。気合いを入れてるの」
「今日から学園なのは知ってるけど大変なんだよ」
そう大きい声で叫ぶと、ニコルは手に持っていた新聞を広げ読み上げ始めた。
「女性ヒーロー、シャイな魔法使い現る!皆さんは今王宮内で話題のシャイな魔法使いをご存知だろうか?」
「ブーッ!」
ルーナは思い切り息を吐き出した。
ミルクを口に含んでいなかったのが幸いである。
ニコルが読み上げた新聞を奪い取り続きを読む。
『第3王女リアンナ殿下を始め沢山のご令嬢を助け、旅先で次々と奇跡を起こし身分関係なく人々を救った人物がいる。その人物は救った後、名前も告げずに立ち去るのだ。通称シャイな魔法使いと呼ばれている』
『王宮からの褒美を『民の為当然の事をしたまで』と辞退するその姿は多くの人の心を打った。心美しいシャイな魔法使いはとある貴族家のご令嬢であるが、謙虚な彼女はルーナと名乗っているとの情報を掴んだ』
(ヒィー!なんで?名前まで出てる。謙虚だからじゃなくて逃げ出したから名乗らないのになんて勝手な)
『そんなシャイな魔法使いルーナは治安ギルドに籍を置きつつも、この度王都学園に編入する事が決まったと言う。一緒に通う生徒達も誇らしいであろう。
また、シャイな魔法使いルーナが微笑むと女神のように美しいと証言する者もおり、この先の活躍と人気が期待される。彼女が行った善行は以下の通りだ』
文の下には助けた日付、人数、詳しい内容。更に図解入りで変えられた地図や地下アジトの脱出ルート等詳細に書かれていた。
ルーナは目を覆った。
見てはいけないものを見た。いや、見たくなかった。
「……何よ、何なのよこれぇ!女神とか意味分からないし!ああ、もう!あああ、なんなのよおおぉ!名前とかギルドとか編入とか合ってるのがまた頭に来るわ!リークしたのは誰なのよぉぉぉ!」
ルーナは両手で頭を抱えて叫んだ。
ルーナの手から新聞を取り読んでいるノーラは『まぁ、大変』とのんびり呟いた。
ニコルは『だろ?見てビックリしたよ』とノーラに声を掛けている。
「そんなのんびりしてる場合じゃないわよ2人共、私どうすればいいの?もう学園行きたくない、行きたくなーい!」
(目立ちたくない、その一心で褒美を断ったのが徒になるとは。何故……途中までは上手くいっていたのに、王都に着いてから予定外、予定外、予定外。こうなってくると何か目に見えない大きな力を感じるわ。でも誰が一体何の為に?)
考えてみたが得する人間は思い付かなかった。ルーナ以外は。
損得で考えるならルーナ本人が1番得をする。この記事のおかげで新しく通い始める学園で好意的に迎えられるだろう。
(偶然かしら……)
「とにかく行きたくないわ」
叫びソファに座るとノーラが隣に座り実に心配そうな瞳でルーナの手を握った。
「屋敷に連れ戻されてしまうわよ」
「ヒイイィィ。お願い、言わないで。もう現実を見たくないの。こんな状態で学園に行ったらどうなるか想像も出来ないわ」
ニコルはすっかり腰が引けたルーナの肩に、優しく手を置いた。
「究極のアドバイスをしてあげるよ。諦めるしかない」
「ああ、嘘でしょ……」
ルーナは正直限界を迎えていた。
キャパオーバーである。
(ムリムリムリムリ)
学園に行くふりをして迷子になってしまおうか。
そうだ、それがいい。後半年間、毎日迷子になれば良い。
(これぞ妙案ね、フフフフフ)
1人にやついた時、玄関の鐘が鳴った。
ルーナは嫌な予感に動かずソファにじっと座っていたがニコルが玄関に出て予想通りの人を連れて来た。
(はぁ、妙案が一気に愚案に……)
「やぁ、おはよう。新聞を見て凄く驚いたよ。まさか編入初日にこんな事が起こるとはね」
驚いたと言いつつとても爽やかな笑顔で登場したのは勿論ルークである。
「おはようございますルーク様、そうなんです、私も驚いて学園に行く気が失せてしまって」
「何故?きっと学園の生徒達は君に会える事を楽しみにしていると思うよ」
「あの、そういうのが慣れてないっていうか、注目されたくないんです。目立たずひっそり柱の影に身を潜めたいの」
「それは今までの学園のイメージだからだよ。きっと行ってみたら友人も沢山出来て変わるよ、大丈夫、僕が一緒にいるから行こう」
ルークは今にも手を引いて家を出そうな程ウキウキしているのが見てとれる。爽やかを通り越しにニコニコ笑顔でルーナを見ている。
(何故そんなに嬉しそうなの?……そうだった、ルーク様の事を理解するには修行が必要だったわ。とりあえず自然と一体になれるくらいまで)
ノーラとニコルに見送られ貴族街にある学園に向かうと道すがら既に注目を集めている気がしてならなかった。
「ルーク様、皆様がチロチロ見ている気がするのは自意識過剰でしょうか?」
「ああ、皆君を見ているね。見ない顔だから、きっとシャイな魔法使いだと思っているんだろう」
「ヒィッ!あ、すみません……それにしても一体誰が記者に話したのか気になります……名前まで知ってるし、そもそも新聞に載せる必要があったのでしょうか?」
「……王宮は君の噂で持ちきりだったから特定するのは難しいね。それと君のした事は称賛されるに値するから当然だと僕は思う。おかげと言ってはなんだが、前の学園の時のような思いは絶対しないだろう。良き友人を得て、学園生活を楽しめばいい」
(確かに前の学園のイメージが抜けなくて臆病になってるのかも。もし良き友人が得られるなら帰りに寄り道して一緒にヤキトリ食べたりしてみたい。お嬢様が買い食いしてくれるか分からないけど)
ルークの言葉に少し自分を取り戻しドキドキしながら学園への道を歩いた。
見えてきた学園、門の前には人だかり、ルーナがまさかと思った時にはルークと共に沢山の女子生徒に囲まれていた。
「シャイな魔法使いルーナ様、王都学園へのご編入歓迎致しますわ。私達新聞を読んで大変感動致しましたの。同じ学園に通えて光栄ですわ。是非、私達とお友達になってくださいませ」
きっとクラスの中心的存在の良家のご令嬢であろう。赤いストレートの髪の毛にヘーゼルの瞳で可愛らしい雰囲気の彼女は喜びを隠しきれないように微笑んでいる。
ついさっきまで『ヒィー』を連発していたルーナだったが、こうやって実際声を掛けられてみると、意外と感動している自分がいた。
(お友達になってくださいませって、私がシャイな魔法使いだから言ってるんだけど……この世界でこんな言葉を貰えるなんて前の学園じゃ考えられないわ。ちょっと泣きそう)
ルーナは左目の目尻を指で拭い、じんわりした涙を誤魔化し微笑んだ。
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いしますわ。ですが、シャイな魔法使いではなくただのルーナとして付き合って下さると嬉しいです。仲良くなって帰りに皆でヤキトリを食べに行きましょう」
ルーナが挨拶するとわあっと拍手と歓声、称賛の声が響いた。
恐縮し内心ヒイイィィと叫び身を縮める。
「お褒めの言葉は有り難いですが同じ学園生ですから止めて頂きたいです……普通に皆様と同じように接して下さい」
(なんとも言えない気持ちになるんだもの……)
「まぁ、本当に謙虚なのですね」
「慎ましい君らしいね。さて僕は貴族街にヤキトリ屋を1軒手配してくるから彼女達に学園を案内して貰うといい」
ルークがそう言って離れようとした。
(買い食いの前にやはりお嬢様達は壁の外側に寄り道できないのね。軽い気持ちで言ったのにわざわざ来てもらうなんて申し訳ない)
「あのっ、わざわざ来てもらわなくても大丈夫です。軽い気持ちで言っただけですから。寄り道出来ないなら出来ないで……」
慌てて呼び止めると振り向いたルークは真剣な顔でルーナの顔を見つめる。
「僕が君と帰りに寄り道してみたいから手配するんだよ」
「……はぁ……?」
意味も分からず思わず返事を返すとルークはニコッと笑顔を見せ去っていった。
ルークが見えなくなると女子生徒の悲鳴が響き渡った。
「キャー!見ました?ルーク様が女性に向かって笑顔を」
「やはりギルド員であられるシャイな魔法使い様は特別な方なのですわ!カイ様がいらっしゃらないのに朝からルーク様の笑顔が見られるなんて奇跡的な事です」
首を傾げるルーナをよそに女子生徒達はルーナとルーク、そしてカイの話で大盛り上がり学園入口は女子会祭り会場と化したのでした。




