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「お母様、わたくしの食卓に毎日乞食が出るのよ!目障りで仕方ないわ」


燭台が置かれた長いダイニングテーブル。その端に1人だけ離れ俯き加減に座っているマリーの姿を見たジェシーは顔を曇らせ声を荒げた。


「あらジェシー、いい方法を教えてあげるわ。あれはいないと思えばいいの」


ジェシーの母、ローシェは立ち上がりわざわざマリーの座っている席に移動して手に持っていたコップをひっくり返した。


髪が濡れ水が顔に伝ってくるがマリーは拭きもせず奥歯を噛みじっと耐える。


「ね。ここには誰も座っていないのだからこうやってお水をこぼしても何の問題もないわ」


「あら、私もその場所にお茶をこぼしたい気分だわ」


ジェシーの姉、シャリーは熱いお茶が入ったティーカップを手に近付く。


マリーの頭上にカップを高くかかげゆっくりと回しながらかけ、最後にカップを頭上目掛けて落とした。


熱めのお茶が頭皮に届きマリーは拳を握った。薄茶色の液体がポタポタ頬をつたって落ちていく。


「あはははは!惨めね!汚い子!」


ジェシーもシャリーもローシェも食事の世話をする侍女さえもマリーを見て笑っている。


長男のシャークはくだらないお茶掛けには参加して来ないが止める事もせず黙々と食事を摂っている。

次男シャイルは声は出さず鼻で笑う。マリーは声も出さずグッと歯を食いしばる。


(お父様がいないといつもこう……)


ご飯を食べる為に耐え、生きる為に耐える。


だがマリーが反応しない事が気に食わなかったのかシャリーがマリーの皿のパンに手を伸ばし掴むと床に叩き付けた。


マリーはすぐに立ち上がりパンを拾い手ではたく。


「見て、やっぱりアイツ乞食だわ!カルロの事も引き離してくれたし、お姉様は最高よ!大好き」


「任せて頂戴。こんな子の友達なんて可哀そうだもの。カルロが分かってくれて良かったわ~!アハハハハ!」


ジェシーとシャリーが嘲笑っていると再びローシェが立ち上がった。ツカツカとマリーの元へ早足で歩く。


「シャリー、カルロの事は良くやったわ。でも2人共まだまだ甘いのよ!これは人間じゃないんだからパンなんか食べさせちゃダメよ。こうするの」


マリーの手からパンを奪い取ると床に叩き付けて更に足で踏みつけた。


「お母様最強」


「さすがお母様ね~!私達は甘すぎたわ」


ローシェは『ふふん』と得意気に笑っている。


(……低俗な人達)


間違いなく低俗で下らない行為であるがやっている本人達は至って本気である。

低俗だろうがとにかく優越感を得たいのだ。

マリーは唇を噛み締めジッと一点だけを見つめた。


(耐えて、耐えて、耐えて)


「何その生意気な顔。お父様があんたを道具にするって言うから我慢して生かしてあげてるのよ?」


「あんたの姉はまだ可愛げがあったわよ!すぐに泣いて命乞いをしてたわね~!」


シャリーが愉快そうに笑うとローシェも声を上げ笑った。


「ホホホホ!そうだったわね。泣き叫ぶマイラを切り刻んだ時の爽快感はたまらなかったわ!本当はあの女にそっくりなあんたの事も姉のマイラみたいにナイフで切り裂いてやりたいのよ!我慢してやってるんだから私達を不快にさせる顔はしないで頂戴!今すぐ殺したくなるでしょう?」


その言葉にマリーはたまらず廊下に飛び出した。


いくら低俗な虐めに耐え強がって見せてもまだたった17歳。

マリーはローシェが怖くて仕方なかった。涙をこらえ部屋へ向かって長い廊下を走る。


(あの人の前で泣いたら私もそのうち母と姉の様に殺される)


マリーには会った事はないが5歳離れた姉がいた。


丁度マリーが産まれた年に5歳になった姉は教育の為伯爵が本邸に移した。

そして姉が10歳の時ローシェとシャリーに刺し殺されたとマリーは教えられている。


その事件があった為、マリーは5歳になっても本邸に移される事は無く母が亡くなる3年前まで離れに住んでいられたのだ。


マリーの母は金髪に金色の瞳で自分がエルフと人間のハーフだと言い張っていた。


『お母さんには力はないけど長生きに決まってるわ!でももしかしたらマリーはお母さんと違ってエルフの特別な力があるかもしれないわよ。楽しみね』


と、おとぎ話を語る少女のように言っていたが何の前触れもなく突然亡くなってしまった。


本当にエルフと人間のハーフだったのかは分からないが、母は何歳になっても変わらず綺麗だった。


だから嫉妬深いローシェがサバルトーネ伯爵が長期不在の時を狙い毒殺したのだとマリーは確信していた。


なぜなら母が亡くなった朝すぐにローシェが離れにやって来て泣いているマリーを無理矢理引き離し、弔う事もせず母の遺体を魔の森へ捨てさせたからだ。


『魔獣が骨まで綺麗に食べてくれるわ』と微笑んでいた顔を一生忘れないだろう。


「マリー様、今日もご主人様がご不在でしたがご飯は食べられましたか?」


部屋に入ると顔の半分を髪の毛で隠した陰気臭い侍女が心配そうに声を掛けて来た。


マリーはこの名前も知らない侍女の事が大嫌いだった。

侍女の中でこの人だけが心配した素振りで優しくしてくるからだ。


本邸に来た当初は母と一緒に住んでいた時の侍女が居たのだがいつの間にか居なくなっていた。


気付くと虐めを見て笑う侍女ばかり。まさかと思うがそこまでするのがローシェだ。


(この人がこの家に残っていると言う事は他の侍女同様ローシェ達の前では私を嘲笑ってるのよ)


いくら優しくされてもそんな思いが消えなかった。


「あなたに関係ないわ。下がって!」


「……申し訳ございません」


侍女を下がらせるとマリーは窓際に立ち月を眺める。


この国では月の神が信仰されていて満月の日に願いが叶うと言い伝えがあった。


(まんまる月の日何かがおこる。まんまる月に願いを込めてきっと願いは叶うから)


マリーは心の中で月の歌を歌い「嘘ばっかり」と呟いた。


満月の日に神様が自分を助けに来てくれるのではないか、ここから逃げ出せるんじゃないか。


そう期待して本邸に移ってからのここ3年間毎日月を見ながら祈っていた。だが願いは叶わない。


祈る事はせず美しい月をただぼうっと眺めていると昼間のカルロの事が浮かび心に影が落ちる。


(私がこの家と関係ない人間だったらずっと友達でいられたよね?早く家を出れていたら……)


ふぅと溜息を吐いたが家を出る希望がない訳ではない。

伯爵は今ジェシーとマリーの嫁ぎ先を探していると聞いた。


シャリーは婚約者はいるがタイプではないのか花嫁修業中と称し中々家から出て行かない。


(知らない人に嫁ぐなんて嫌だと思っていたけど、友人も居なくなったしこの家でローシェに殺されるとビクビク過ごすよりはずっとマシだわ。たとえ相手がお爺さんだろうが浮気者だろうがここから逃げられるなら構わない。学園を卒業したらすぐ嫁ぎたい)


結婚してすぐに家を出る。

そう決心し月におやすみなさいを告げ窓から目を逸らした。


寝る前に髪の毛を洗わないと。

そう思った時マリーはベッドの上に置いてあるタオルに気が付いた。


(あの侍女……本当に嫌だ。私に優しくして反応を見てローシェに報告でもしてるのかしら)


ふかふかの柔らかいタオルを手に取る。

他の侍女が用意する捨てる前かのようなボロボロタオルとは大違いだ。


(本当に私を気遣っているの?いえ、そんな事はないわ。今この家に残っているのだから裏があるに決まってる。騙されちゃダメよ)


優しく接してくるのは優越感に浸りたいのか、偽善者だろうとマリーは結論付けた。


絶対に心を許さないよう自分に言い聞かせた。




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