17
家に帰って来たルーナ、ノーラ、ニコルの3人はリビングのソファに腰掛けガックリと肩を落とした。帰り道も終始無言。3人共ニーノの前では笑顔を作り気を張っていた。
「私本当はとてもショックだったの……ニーノの事全然気付いてあげられなくて……」
「俺もだ……しかもフェルロンド家に養子って、俺の弟分なのに何も出来ない自分が情けない……」
「私もよ……いくらニーノが使用人邸に住んでいたからと言え、存在を知っていたのだから気に掛ける事も出来たのに……自分とルーナの事だけ考えてたのよ」
3人共視線を合わすこともなく俯きただただ無力感に包まれていた。
養子に入る事が決まったニーノはフェルロンド家の家族に紹介する為一緒に帰っては来ず、公爵家に残る事になった。
「いきなりだったね……」
「ああ、いきなりだった……」
「寂しいわ……でもニーノにとって一番いい結果だわ」
「私もそれは分かってるよ。ちゃんとした大人の人が見てくれる、しかもあんなに男気のある宰相様に」
「だよな……でもいつも俺の隣にちょこんと座ってたからさぁ……なんで今いないのかなぁ……」
心に芽生えた喪失感、ニーノロスに陥った3人は深く溜め息を吐き、ニコルが家に居る事も気に掛けず落ち込んだまま夜を過ごしたのだった。
玄関先に吊るしてある鐘の音が聞こえ眠い目を擦りながら出ると本日も上から下まで完璧なルークが立っていた。制服がギルドの制服ではなく学園の制服に見えるのは気のせいだろうかとルーナは思わず目を細めた。
「おはよう。今日も朝からすまないが、リアンナ様から早くお礼を言いたいと急がされてね。先にニコルに伝えに行ったんだけど帰って来ていないと言われたんだが、もしかしてここに?」
「おはようございます。ニコルならソファで寝てますよ。ニーノの事で落ち込んで皆いつの間にかソファで眠ってしまったんです」
「くうっ……」
ルークは眉間に皺を寄せ口を歪め唸った。
「ギルド長?」
「ニコルめ……許さん……」
突き刺すような視線、ルーク得意の辺りが凍りそうな程の冷たい表情である。整っているだけに迫力がありルーナは焦りを感じた。
(よく分からないけどこれだけは分かる、このままじゃニコルが危ない!)
「あのっ!私も姉もニコルも突然ニーノがいなくなった寂しさで一杯で……ソファで話してるうちにいつの間にか眠ってしまったんです。だから、ニコルを怒らないで頂けると嬉しいです」
「ああ、そうだね……大丈夫だ。君が気に掛ける事じゃない、ニーノ君が居なくなって寂しいのは理解出来るからね」
「良かった」
ホッとしたルーナが笑顔を見せるとルークも優しく微笑んだ。
「……ニーノ君も寂しく感じているかもしれないね。これからニーノ君の成長に大事なのは心の安寧だ。せめて慣れるまででも夕食を共にするのはどうだろう?僕が毎晩ニーノ君を連れてお邪魔すると言うのは?」
(と言う事はニーノに毎日会えるのね。ギルド長は変わっているけどやはり優しい方だわ)
「ありがとうございます、勿論お願いします。皆も喜びます!今ニコルと姉を呼んで来ますね」
突然ニーノが居なくなった喪失感はルークの提案により緩和されニコニコでニコルとノーラを起こし玄関へと戻った。
「ニコル、僕は今日学園があるから君が2人を連れてリアンナ様に会いに行ってくれないか。皆も突然ですまないが、兄上にまで急かしてきたらしく……」
「本当に急だなぁ。さすがお転婆王女、自由奔放なところがカイそっくりだ。了解、俺に任せてゆっくりお勉強して来ちゃって」
ニコルに「頼む」と返事をするとルークの視線はルーナに移った。
「……そういえば君は僕と同じ年齢だよね。君も…………いや……何でもない。じゃぁまた夜に」
「はい、いってらっしゃい」
(やはり学園の制服だったのね。私にはもう縁のない場所だけど。それにしても同じ歳だったとは……)
「学園に行きながらギルド長を?」
ルークを見送りニコルに尋ねると軽く頷いた。
「ああ、治安ギルドはあいつの為に立ち上げられたんだからね。そんな事より2人共王女殿下に謁見しても失礼がないよう準備しててくれる?俺も一回帰って着替えて来るからさ」
(そうだったわ。王女様に謁見なんて、遅くても前日までには案内されると思っていたのに急すぎる)
ルーナとノーラは大慌てで準備。気が重いなど言っている暇はない。
雲の上の存在である。とにもかくにも失礼がないように持ってきていた中で一番良い服に身を包み髪の毛を整え身支度を済ませた。
ナルバート侯爵家の家紋入り馬車で迎えに来たニコル。乗り込み貴族街を進むと見えてくる新たな壁。その向こうが王宮だ。
王都は空から見るとダーツの的のように区切られ、中心部が王宮だった。
身分証をチェックされ通るとお城前には広場が広がり、見えている大きな門に兵士が立ち、そこで馬車を停め武器の持ち込みがないかチェックされお城の中へと歩を進める。
お城は全て輝いて見えるほど真っ白な壁、柱には彫刻が施され、青色のとんがり屋根に高い天井、広くとられた中庭には花が咲き噴水まであった。
(素敵だけど緊張する。さすがに全ての人生を思い出してもお城に来るなんて初めてなんだもの)
ルーナの緊張と興奮をよそにニコルは慣れた様子で進み、途中王女様の護衛と合流しさらに進みやっと辿り着いた。ドアが開くとルーナ達は俯き手をお腹の前で組み床を見ながら前に進む。
「お久しぶりですリアンナ様。シャイな魔法使いを連れて参りました」
「ありがとうニコル、皆様お顔を上げて下さい」
ルーナはリアンナの言葉で顔を上げた。
リアンナは白いドレスを着て椅子に腰かけ深い紺色の長いストレートの髪の毛を下ろしたエキゾチックな美人である。ルーナとノーラの顔を見ると目を細め、品のある笑顔を見せた。
「やっと、お顔を見てお礼が言えますわ。あの絶望的な状況から救って下さり心から感謝しております。こうやって今この場所に居られるのもシャイな魔法使い様達のおかげに他なりません。私達を助ける前の活躍もお聞きしました。お父様……陛下が褒美を授けると決めたのだけど何がいいかしら?男性だったら爵位を授けるのですが……」
王女様の言葉にノーラが目線を下げゆっくりと挨拶をした。
「リアンナ王女殿下、私はノーラと申します。直接お言葉を頂き光栄でございますが私はあの日はたまたま一緒に居たに過ぎません。シャイな魔法使いは妹ルーナの事にございます。どうか褒美は妹に」
(ヒィッ!お姉ちゃーーん!何故か売られた気分よ。でも、褒美を断るいい機会かもしれないわ)
ルーナも緊張する胸を抑えゆっくりと挨拶をし、一か八か口を開いた。
「私はルーナと申します。直接のお言葉を頂き感激しております。ですが、地下からお助けした事も、村や街での事も魔法を使える者として当然の事をしたまでです。よって、褒美を頂く訳には参りません。辞退させて頂く事はできませんでしょうか?」
「本気で言ってらっしゃるの?お金だって貰えるのよ」
「……ご縁があり宰相様の持ち家に住ませて頂いております。私達はそれで十分にございます。褒美を下さると言うのなら辞退をさせていただく事を褒美として頂きたいと考えます」
「まぁ……なんて謙虚な素晴らしい方なの!私あなたのような方にお会いするのは初めてよ。我が国のヒーローですわ!わかりました、褒美なのに無理に押し付ける訳にはいけませんわね。私から父に伝えておきますわ」
「勝手な申し出を認めてくださりありがとうございます」
そうしてルーナは深々と頭を下げたのだった。
「ぷはぁ、緊張した!でもこれで褒美の話も無くなったし、これ以上目立たなくて済むわ」
謁見を終え、来た廊下を戻りながらルーナは胸を撫で下ろした。
「ルーナ頑張ったな~舌噛まないかヒヤヒヤしてたよ。折角だから中庭通って帰ろうか。もう来る事もないだろうし」
「よろしいの?さっき通った時気になっていたの。是非見たいわ」
「そうね、もう来る事も無いだろうし」
ルーナが家を出た頃の計画とは大分狂っていたが、辞退出来た事で『目立たずギルドで働きひっそりと生きていく』方に修正出来たと安堵し、のんびり3人で中庭見物をして家に戻ったのだった。
「ただいまぁ」
玄関口にニーノの元気な声が響いた。
「おかえりなさい」
ルーナが返事をするとニーノは走って駆け寄りギュッとハグ。
日も暮れた頃約束通りルークがニーノを連れて来てくれたのだ。
「ニーノー!俺の愛する弟よ~。大丈夫か?チクチクルークに虐められてないか?」
すぐにニコルもニーノを抱きしめる。
「あはは!ルークお兄ちゃんはチクチクしてないよ?スッゴク優しいの」
「僕がチクチクするのはニコルにだけだよ」
「くわはあっ」
ニコルが大げさに反応するとニーノがケタケタと笑う。
仲の良さにルーナとノーラは微笑み、食事が並べてある長いテーブルに着くと皆で「いただきます」をした。
(屋敷に居た頃は1人だけ離れて食べる事さえままならなかったのに。今はこんなに賑やかで幸せ。月の神様に感謝を)
伯爵邸に居た頃の事を考えるとなんて幸せなんだろうとほんのり瞳を潤ませた。
「これなに?この食べ物初めて見たんだけど、うっま」
一口食べたニコルがフォーク片手に声を上げた。
「これはトンカツよ。パンを崩して衣にして揚げてあるの。塩を少し付けて食べるともっと美味しいのよ」
本日の夕食はニーノとルークが来るので、おもてなししようとルーナが前世の記憶を掘り起こし張り切って作ったのだった。簡単だしね。
「ルーナが作ったのか。あーもぅ俺の嫁になるしかないな」
「そんな事ばかり言ってるとまた口に蓋をするわよ」
「冗談だから勘弁してよ~折角こんなに美味しいご飯食べてるんだからさぁ」
ニコルがいつもの調子でふざけたその時だった。
突然ルークが立ち上がった。
「僕も口に蓋をされてみたいんだが」
「え?」
全員一斉にルークを見たがとても眉をキリっとさせ真剣な表情である。どうやら冗談では無いらしい。それどころか瞳を輝かせているようにも見える。
「おいルーク、何言ってんだ?」
困惑した様子のニコルが首を傾げる。
ルークは少し目線を下げ、それでもルーナを見てハッキリと口を開く。
「魔法を掛けられた事がないから興味があってね。受けてみたいんだ」
(ドMかしら……?)
ルーナはルークの事が心配になったが、自分達の事を気に掛けて良くしてくれるルークが望むならと闇魔法を発動した。
「闇よ、ギルド長の口に蓋を」
黒い靄が蓋をするようにぱっとルークの口元を覆う。
「うっ」
短く声を漏らしたルークだが一瞬で目を細めた。顔が整っているからか口元を隠し目で微笑んだだけでオーラが金色に輝いたように明るくなる。
(なんて嬉しそうなのかしら……)
食事が出来ないのですぐに蓋を取るとルークは真っ白な歯を見せ笑う。
「ありがとう。またいつでも気軽に掛けてくれ」
「は、はぁ……」
(イケメンなのに勿体ないわね……)
ルーナはあまりにも嬉しそうなルークに何も言えず笑顔を作ってみせたのだった。